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21. ダイヤモンド(時価)



「トワ君余計な事してくれたんじゃないかなぁ」

「結果的に僕らの尻拭いをしてくれたんだ」

「感謝こそすれ余計な事ではないよ」


 『情報』『存在』と『原初』たちが話す。

 『情報』が言った。


「でも共有が起こったら確実に歪むよ、今度こそ」

「その時は、その時さ。あの子ならなんとかするよ」


 『無』が楽観した。









『新物質、ダイヤモンド流通』


 私はとある商人の伝で、ダイヤモンドなる物質を手に入れた。

 価格はなんと1グラムで金貨10枚。


 この輝き。この透明度。そして、硬度。

 金貨10枚の価値はあるでしょう。

 いやぁいい買い物をしました。




 新聞記事により、ダイヤモンドの噂は瞬く間にゾルの街を駆け抜け、帝国都市ルードへまでも広まっていった。

 武器に使うもよし。飾りに使うもよし。触媒によし。砕いて加工によし。


 チェシャ=クロックと名乗る、カイゼルヒゲを生やした若者。

 彼の店へ行き金貨を渡せば、相応のダイヤモンドと交換してくれる。


 連日連夜、ゾルの街に構える彼の宝石商店は満員御礼だった。

 彼曰く、独自のルートで仕入れている。との事。

 独占商法だがそれを規制する法律はない。他の宝石商は歯噛みした。


 また、転売屋も現れた。

 彼のダイヤモンドを買い、遠くの街で売る。

 1グラムに金貨100枚の値がついたこともあるらしい。


 そんな中、彼が売るダイヤモンドは尽きる事はなく、金庫はどんどん膨らんで行っただろう。

 しかし、チェシャ1人の財布のみが膨らみ、市場に流通する金貨の量が減っていくとどうなるだろうか。


 買い控えが起こり、市場が沈静化する。

 ものが売れなくなる。値段が下がる。


 ダイヤモンドには魔力が籠もっていた。

 1人で街丸ごとデフレーションを起こすほどの。




 ダイヤに魅せられていた人々はある日突然目を覚ました。

 こんなものはまやかしだ。綺麗で硬いだけの、ただの石ころだと。


 商人たちは武器を取って、チェシャの店へ向かいました。


 しかしそこはもぬけの殻。

 一枚の置手紙だけが残されていました。




『ダイヤに価値を見出すのは各々だ。


 飽きたら他の国で売るがいい。それで市場に金は戻るだろう。


 俺はダイヤより金貨の方がいい。即物的に欲しかった。


 君たちに売りつけた罪悪感はちょっとあるが、返品は受け付けていない。


 また出会う事があればシルクハットとヒゲを取って本名を名乗ろう。


 そして、商人として取引をしよう。


 その日が来る事を楽しみにしているぞ。


 最悪の商人チェシャ=クロックより愛をこめて』







 俺はそこまで一気に読み上げた。

 新聞の切り抜きやらゾルの街の商人による伝記などをな。


 そう、俺は吹っ切れた。常識に囚われていたんだわ。

 思えば12年間、いつだって力を振るえばアムニ村くらい脱出できた。

 それを『金がねーから』程度の言い訳で悪人になる事を恐れていたんだ。




---




 商人の精神を弱らせてゴミを売りつけようとしたら、受け取った金貨に電撃が走った。久々だったしマジで痛かった。

 取引に合意を得ても、ある程度等価値でないとダメみてーだ。

 そこで俺は、炭素さえあれば簡単に作れるであろうダイヤモンドに目を付けた。多分異次元倉庫を使ったら作れるんじゃねーかと。

 これになら価値をつけられるんじゃねえかと、思ってな。


 こちらの世界では、産出されねえのか原石に気づかねーのか、ダイヤモンドの流通がない。

 俺だけが作れるのなら価値も俺が決めていいはずだ。


 木片を異次元倉庫に放り込み、炭素原子以外を取り出す。

 倉庫に残った炭を理想的な元素配置で結晶化させる。別に圧力は要らない。

 あら不思議。一瞬でダイヤモンドの完成だ。

 高校の化学レベルの知識しかねえ俺でも簡単に作れたぜ。


 カットだが、試行錯誤の結果なんとか58面体のブリリアントカットっぽい全反射を再現することができた。

 まぁ失敗しても戻せるし、パターンなど数えるほどしかない。面積比を調節すればいいだけだ。

 煌めく透明なその石は、作った俺ですら魅惑的に思えるほど綺麗だった。


 そして、炭素を取り出した木片はしっかり土に戻す。

 ポイ捨てするより気分がいいだろ。


 試作したダイヤモンドをアリスとシルキーに見せた。

 言葉を失った様子で、目をぱちくりさせていた。そんなに綺麗か。


「……これはガラス?それとも水晶ですか?」

「はわ……きれいです」

「木炭かな、木から作ったし」


 それを伝えた時の『嘘つけ』みたいなアリスの顔、俺は忘れてねーからな。

 二人とも異次元倉庫内に放り込んで、制作過程を見せた。

 真っ黒な炭の粉が少しずつ結晶になって輝きを放ち始める。


 それを見ていた二人の瞳はダイヤモンドより輝いていたな。

 ……気障じゃねーよ。茶々いれんな。


 ダイヤを遠隔売買で売れないか実験もしてみたんだが、売る対象が居なければできないらしい。

 普段買ってるサンドイッチとかも、世界のどこかに買う対象が居たんだなと判明して驚いたものだ。


 あとは、さっき読み上げた通り。


 2週間で、金貨14万枚。

 デフレを起こし過ぎてキレた商人達から逃げ、ゾルの街を追われる事になりはしたが、どこかに定住する事も可能な資金が貯まった。


 馬車を買い、精霊魔法で精霊馬を呼び出して引かせる。

 別にあの世に連れてかれたりはしないはずなのでその馬の野菜みたいな外見には目を瞑ろう。


 ゾルの街からある程度離れたところで異次元倉庫に馬車ごと入り、一泊する事に決めた。

 揺れない場所で落ち着いて話し合う必要もあったし。舌噛んだし。




「まずはお疲れ様。2週間売り子ありがとうな」

「お疲れ様です」

「おつかれさま~」


 買った果実水で乾杯をする。

 異次元倉庫に食堂を買い、テーブルと椅子を買い、肉料理を買って、買った皿に取り分け、銀のフォークとナイフを買ったので配る。

 もちろん買ったパンとサラダは取り放題。スープも買った。


 煮込んだやわらかそうな羊肉に、デミグラスソースがかかっている。

 ラムシチューと言うのだろうか。シルキーには特盛でよそってやった。

 人参が入っていたのでそれだけよけてやる。俺が食う。

 シルキーはもりもり食べるが、アリスはお淑やかに食う。

 俺は普通だ。無音で食う。


 ここまでまともな食事は前世以来だ。

 宿の食堂でも質素なものばかり頼んでいたし。

 シルキーが口の周りをソースでべたべたにしていたので、ハンカチで拭ってやる。

 これは買ったもんじゃねえ、結構前から持ってたやつだ。

 アリスの表情が緩む。微笑ましそうな顔をしている。


 さ、これからどうするか。

 このまま進めば帝国都市ルードへと到着する。

 ここは今まで通ってきた村や街よりも大きな、国だ。


 皇帝によって直接統治されている。

 フェイハットよりも大きく、技術力も高いはずだ。

 定住するにはもってこいではあるが。


「とりあえず、このままルードへ向かおうと思うが」

「マスターの意思に従います」

「ますたぁのいしにしたがいます!」

「……おめーら自分の意見はねーのか」


 ため息にならないくらいの深い呼吸をした。

 二人は別に俺の所持物ではない。そんな状態で俺に運命を託されても困る。

 そもそも俺も奴隷身分だ、責任が取れない。

 ならば。


 用意してあったチョーカーのようなお洒落な首輪と、指輪を2つずつ出す。


「……これは?」

「きん色と水色の、首わとゆびわ?」

「俺と一緒に来たいなら、どちらかを受け取ってくれ」


 それぞれのイメージカラーをあしらった首輪と指輪。

 ダイヤモンドの構造を弄っていた時偶然黄色のダイヤモンドを作れた時思いついた。もちろんそのダイヤもアリスの方のチョーカーと指輪についてる。

 シルキー用に水色のダイヤを作ろうと試行錯誤したが、こちらは時間がかかった。何を混ぜたらいいかわからなかったせいだ。

 窒素などを混入したり、組成の一部から少しずつ炭素を抜いてみたりしてようやく完成したのだ。


「俺と一生を共に歩みたいなら指輪を。俺の元に仕えたいなら首輪を。

 どちらでもないなら取らなくていい」


 二人は顔を見合わせると、同時に首輪を取って首につけた。そして。

 二人とも、指輪をも取って、つけた。


 俺はその様子を見て、歯を剥き出して思いっきり笑った。

 選びづらいだろう2択を与えてやって、その上を超えてきたのだ。

 愉快だった。


「おぉ?両方か!欲張りさんだな」

「私は、マスターが来なければ一生檻の中だったでしょう」

「わたしは、ますたぁが来なければあのまましんでいました」


 そうかもな、けどそれに縛られるこたーねえ。

 とは思いつつも確かな愉悦を感じていた。


 金銭術を使って心を操ったりせずに選択肢を与えた上で、自らの意思で忠誠を誓ってくれるというのだ。それも美しくて可愛い女の子が。


「いいのか?折角自由になったのに。イァラムダから解放されたのにな?」

「少なくともマスターは閉じ込めたりしないので。それに、マスターだったら……いいので」

「わたしも、大じょうぶです。雨ざらしのわたしに手をさしのべてくれたのはますたぁだけです」


 いい比喩表現をするな。シルキーともどんどん仲良くなれそうだ。

 ニヤついてしまう目元を押さえながら、詠唱をした。


契約者(コントラクター)の名の元に、汝らの未来を買い受けん!『絶対(アブソリュート) 服従(オビーディエンス)!』」


 アリスとシルキーが、ぶるりと身震いする。辺りの金貨が光を帯びて、首輪に収束していく。

 背後の金貨の山が崩れる。かなりの枚数減ったらしい。




「まだ許容範囲内」

「共有により進化が起こる、歪みは少し後」


 『情報』が言った。




「……今何か聞こえたか?」

「何も、えっ?」

「そんな」


 突然情報が、へらへらしていた俺の脳内を、視界を駆け巡る。

 これは、共有(リンク)だ。

 シルキーは、共感通信士(スピリットリンカー)である母を持ち、剣舞魔導師(ソードダンサー)の父との間に生まれた。

 剣舞魔導師、盗賊と魔法使いの間に生まれたという事は禁忌の子だ。

 つまり……シルキーは禁忌の子を親に持つ。

 複雑怪奇なシルキーのその職業は……。


 知りたくない情報もどんどん流れてくる。俺の記憶も、少しずつ流れていく。

 この現象は……俺を中心に起こっているようだ。

 俺の脳が情報で埋め尽くされる。処理しきれない。


 アリスはおろおろしている。シルキーは……。




 意を決したような表情をしていた。




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