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2. 俺というもの

 俺は生前、いや、語弊があるな。

 俺は死ぬ直前、金遣いが荒かった。


 嫌な記憶だけど、少しだけ、思い返してみるか。




*




「お前は、最悪だ!」


 部長の怒号が響く。

 うるせえ、俺は俺なりに真面目にやってんだよ。

 机を叩くハゲ散らかしたオッサンに唾を吐かれながら怒鳴られるのは全くもっていい気分じゃねえ。

 かわいい女の子なら別だけどな。


「お前ほど長く勤めていてここまで細かいエラーが減らない奴は居ないぞ!」


 そんなもん誰にだってよくある事だろ。

 ケアレスミスってやつだ。

 今回だってプリンターのインクのカセットを上下逆さに刺しただけだろうが。

 自分でも間抜けだとは思うがな。

 まだ怒るのかこいつは。


「新人がやる仕事だろ! なんでお前がやってるんだ!」

「暇だったもんで」


 みんな仕事しているのにか、と怒鳴られる。

 俺の仕事はもう終わった。ミスはあるかもしれねえが。

 見直しだってしてんだ。その上でミスってたら誰にだってわからんだろ。


「お前がやってる事務だって代わりはいくらでも居るんだぞ!」

「俺より早く終わらせられる奴はそういねえぜ」

「口答えするな!」


 これは本当だ。普通の奴が2時間残業するくらいの量なら定時で片づけられる。

 その分給料がいいとかはない。

 まぁ新人に比べたらちっとは多いか。


「――――ァ! 聞いてるのか!」


 名前を呼ばれた。聞いてるよ。

 俺は口下手で、口も悪い。友達もほとんどいねえ。

 だから話す相手もいねえ。余計に口が悪くなるばっかりだ。

 よく面接通って取ってくれたもんだ。数年前の人事にゃ感謝するしかねえ。


「なんで黙ってんだ!」


 余計な事を言っていつも怒らせちまうから黙って聞いてるだけだ。

 ……まぁもうキレてるか。黙るのが遅かった。


 パソコン仕事や画面の中の美少女とコミュニケーション取るのは得意だが、それ以外はてんでダメなんだ。

 『人付き合いだけは要領悪い』ってよく言われるよ。


 ……ん、時計を見るともう17時。

 俺は8時から出勤しているから、上がる時間だ。


「んじゃ俺定時なんで上がります」

「……明日からもう来なくていいぞ」

「明日俺の席が無かったら労働基準監督署に駆けこむんで。

 色々痛いとこあるだろ」

「グ…………」


 それだけ言い残して、俺は胸にかけてある社員証を勤怠管理のタッチセンサーにかざして退勤処理をした。




*




 会社帰り。なんとなく目に付いてしまった(・・・・・・・)のは宝くじ屋。

 ここで3億なり当てたら、会社辞めて一生遊んで暮らせるだろうか。


『ザッ』


 と何かが過ぎった。

 視界がざわついた気がした。

 映ったのは。


『75』


 という数字に見えた。

 どこかのCMで見たんだったか、よく思い出せないが、その数字は強烈に俺の心に刻みつけられた。


「いらっしゃいませ、大きい夢(・・・・)、如何ですか?」

「75枚」

「かしこまりました、2万2500円になります」


 気づいたら、宝くじ屋の前に居た。

 俺は言われた金額を提示通り出した。


 2万2500円。大金だ。

 11連ガチャが7回引ける。


 勝手に頭の中でソーシャルゲーム算をする俺自身が妬ましい。

 まぁ唯一と言ってもいいほどの友人は友人で音ゲー算――100n円あったら音感ゲームがn回できるという計算。nは自然数――をするので、類は友を呼ぶと言うべきか。


 その日はそのまま萎びたアパートに帰った。

 ハマってるソシャゲにログインだけして、潰れきった布団で寝た。




*




『46組 143325』

「46組 143325」


 ……ホントか?

 何度も確認する。


 ……確認間違いじゃないよな。

 何度も何度も確認する。


 よんろく いちよんさんさんにーごー


 ……あってる。

 全部合わせて3億飛んで3100円、当たった。


 数字を合わせて行く作業を74回繰り返し、そうそう当たるもんじゃないよなと思いつつ最後の1枚を見た時、震えが止まらなくなった。


 3億。3億だ。男性の平均生涯年収を軽く超える。

 という事は。


 電話番号を携帯に手打ちで入力する。会社のだ。

 繋がった。


「俺です。仕事辞めます。バイバイ」

「は? おい、ちょっと……」


 がちゃん! なんて口に出して言いながら切ってみた。

 これで今日から自由の身。


 こんな古臭いアパートに住むのは止めよう。

 マンションに住もう。


 俺の残り生涯が50年くらいだとして、3億を50で割ると600万。

 月50万か。


 ……みみっちい事言わないで、気にせず使うか。


『ザッ』


 へーきへーき、どうにかなるって。

 こんな俺でも仕事やってこれたんだ。ちっとくらい遊んだってバチは当たらねえよ。

 ご褒美みたいなもんだ。


『ザザッ』


 さーて、じゃまずは適当に200万課金してくるか。

 あ、いや、マンションマンション。月20万くらいの部屋でいいか?




*




「あッ! そこぉ、そこがいいの! もっとちょうだい!」


 薄明りが灯るスイートルームに、若い女の声が響く。

 そこそこ遊んでいる感じだ。見た目だけは清楚系なんだが。


 金に釣られた売女。だがまぁいくらでも貢いでやるぜ。

 なんたって俺は3億当てた男だ。

 全力で腰を打ち振るう。自分さえよけりゃそれでいいと思ってたから。


 でも、違うんだよな。

 それでは精神的満足感とか、そういうのが足りなかった。


「んん……そうじゃないの、もっと、優しくして」


 諭された。

 やっぱこういうのは、いや、これだけは、勉強していかねえとな。

 今の俺がやる気を出せる分野はもはや、女とゲームだけになったから。




*




「そんでよ、ぽんと100万くれてやったのよ。泣いて喜んでたぜ」

「わぁー最悪ー! 私にも頂戴!」

「女には優しくがモットーだが、見返りが欲しいな俺は」

「……カラダでいいの?」


 もちろん。


 ……自分が嫌な奴になっているという実感はあった。

 でも許された。何故か。

 金があるからだ。


 金は、この世の全てだ。 

 金がありゃなんだって買える。


 カードだって。

 うまい飯だって。

 かわいい女だって。

 ゲームの筐体だって。

 車だって、宝石だって。

 0.02%しか出現確率がないガチャのレアだって。


 人の心だって。


 なんでもかんでも、買えるんだ。

 そう、思ってた。




*




 終わりは突然だった。

 いつしか、その時が来るのは、知っていた。

 だから、怖くて口座を見るのをやめていた。


 『その日』が来たのは、僅か半年後。

 冷たい雪が降りしきる日だった。


 ポケットに手を突っ込む。

 手は暖かくなったが、心は冷たいままだ。


 結局、俺が買ったものは、意味も形もないものばかりだったんだ。




 どんな値段の高いトレーディングカードゲームのカードだって、現在の環境についていけなくなれば価値は暴落する。

 ブームが去ればただの紙だ。


 うまい飯を食ったところで、消化が済めば排泄物と脂肪になる。

 食っても食っても満たされないのは、そういう事だったのか。


 かわいい女を買っても、そんなのは行きずりの愛。

 そいつにはそいつの人生があって、俺なんかATMに等しい存在だったんだ。


 ゲームの筐体。法人を取得しないと遊べなかった。

 一番無意味な買い物だった。俺にとっては価値のない、ただの鉄の塊だ。


 高級車も宝石も、何になると言うんだ。

 小さな傷がつくだけで価値が落ちる。本当に意味がわからない。


 ガチャのレア。あれだけ課金してやったのに、サービスが終了するとは。

 俺の金はなんだったんだ。データの海にただ消えた。


 挙句に、人の心だとさ。


 そんなもの、金で手に入るわけがない。

 手に入ったと思っても、それは虚構に塗れた現世(うつしよ)の夢。


 俺は、何を買ったつもりになってたんだ?




 最寄り駅のホームで自嘲気味に笑う。


 これが、俺の人生だった。

 あの宝くじが俺を狂わせた。


 いや、元々、社会に適合していなかったんだ。

 金を通してようやく世界がわかった気がしたけれど、もう遅かった。


 俺は、俺の人生は、これ以上ないほど最悪だった。


 居るか?

 こんな奴。他に。


 悪いには悪いなりの幸せを掴んで死んでいく人も居るだろう。

 最悪を知らずに、生まれてすぐ死んでしまう者も居るだろう。


 じゃあ俺は、なんだ?


 ……あの宝くじは、チャンスだったんだ。

 あれを元に、何かを成せという。


 俺には、何ができた?

 金の意味と、俺自身の、最悪さを知っただけだった。


 生かす先はもう、ない。


 俺の人生は『あと一歩分』だ。


 迫る電車。

 痛みとかはどうでもいい。

 迷惑とかもどうでもいい。


 願わくば、生き残ってしまう事のないように。

 できれば、俺みたいな奴が二度と生まれてこないように。


 最悪な祈りを捧げながら、残った人生を歩み終わった。




*




 その先があった。

 真っ白な世界に扉がいくつも、無限に並んで浮いている。


 『なんだここはと思いたかった』記憶がある。

 そんな事を考える脳も体もなかったから、思えなかった。


 そこで出会ったのは概念だった。

 『何か』がずらりと並んでいた。


「こうなるとは思わなかった」

「頑張る君に、ズレた君に、褒美をあげたかった」


 『運』と『存在』に話しかけられた。

 わかるけどわからない言語で。

 『歪み』が言った。


「君が居なくなった世界の穴をどこかの世界で埋めなければならない。歪んでしまうから。割れてしまうから」

「君が望む力をあげよう。ただ、そうした場合元の世界には戻せない」


 『原初』が言った。

 そいつは俺を連れて、扉の世界を案内した。


 一つの扉を開ける。

 そこは、大森林が世界を覆う『樹の世界』だった。


 一つの扉を開ける。

 そこは、瘴気が世界を包む『終わりの世界』だった。


 一つの扉を開ける。

 そこは、街の中。歩く人々全員が服飾を身に着けていない。

 『裸の世界』だった。


 扉の向こうは、『世界』だった。

 本当にいろんな世界があった。

 それこそ、無限に。


 横にも、奥にも、上にも下にも、無限に扉が連なっていた。


 『情報』が言った。


「好きな世界を選ぶがいい」

「好きな法則を選ぶがいい」


 『運命』が話した。


「ここまで逆方向に僕を捻じ曲げた人はいなかった。

 もう介入しない。好きに生きてほしい」

「そのために」


 『力』が言った。


「君は、お金が好きだね」

「君に、たった一度しかない(・・・・・・・・・)人生を、我々の介入で終わらせてしまったお詫びをしよう」


 『無』が続ける。


「僕に戻る前に、君が再び歩む人生は―――」

「君が得る力は―――」



 俺が扉の世界から持ってきた記憶はそこまでだ。

 そうして俺はこの、奴隷と、能力と、魔法の世界に生を受けた。

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