18. 複合大魔法(総費用銀貨80枚)
何、ロズ?
歪みって結局なんなのかって?
あー、そうだよな、普通知らないよな。
んーと、また食堂で昔話するか。シルキーと初めて会って、歪みの事を知った時の事を。面白いところだけ掻い摘んで。
歪みとは何か、是正者とは何か。
はっきりとした事は俺も言えねえけど、昔話の流れで悟ってくれ。
……それより折り入って話がある?……いやいいわ、お前がどこに所属してたかなんて、薄々知ってたし。
大事なのは今と、そしてこれからだろ。おめーがこのマスターの元で何を成し遂げるかが重要なんだ。
……例え裏切られたところで、俺の腕は知ってんだろ?
わーったらランプを持て、地下は暗れえんだから。
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あれはアリスとの二人旅もそこそこ板についてきた頃だ。
二人の友情も、愛情もそこそこ深まり、料理当番とか洗濯当番とか、新婚夫婦がするような家事の分業とかをやってたな。あの頃はな。
今じゃ考えられねーだろ。そりゃ当然だ。あの頃は、アリスと俺は対等だったから。
俺らは旅をしながらいい落ち着き場所がねえか、金稼ぎはねえか、考えながら生きてきた。
イァラムダとの決着があり、奴隷商団同士の抗争に巻き込まれ逃げだし、街から街を飛び回り。
辿り着いたのが妖精郷フェイハットだった。
妖精郷っつってどんなところを思い浮かべる?森?泉?
ちげーんだよな、俺が辿り着いたそこは、石製のビルが立ち並ぶ近代国家だった。
「なんですかこれは……」
「……東京みてーだ」
アリスは言葉を失っていた。
俺たちは、この世界の事は田舎しか知らずに育ったつったな?
まぁそんな光景は初めて見たんだよ。ある意味絶景だったね。
街の中央にはぺたんこ帽みたいな巨大なドーム。
周りを高いビルが連なり、その隙間をモノレールのような小さな小さな乗り物が行き交っていた。
地上には大きい路面電車。多分、これが一般の人間用。
一般ってどういう事かって?
そこにはな、ふよふよと空中を移動する、羽の生えた小さな女性が多数居たんだわ。
妖精族。手のひらサイズの人間が、そこで生活してたって話よ。
あ、この名前は本人たちが名乗ってるわけじゃなくてただの通称だ。ジャゼウェル族とは違う。
フェアリー族には、基本的に女性しかいない。
繁殖の問題はどうするかというと、繁殖期になれば全体のほんの一部の一部が男性化して、生殖を行えるようになるんだとか。
彼女らは体が小さく非力な為に、一般流通している貨幣を使えない。
よって、腕時計のような機械でお金のやりとりをする。
電子マネーみたいなもんだよな。
その為に両替商が街の入り口付近に店を構えてんだ。
俺らは前の街でも色々やらかしてよ、逃げてきたから指名手配されてねーか心配だったんだが、冒険者ギルドに行っても治安維持組合に行っても手配書はなかった。
色々何があったかって?いやー、聞いても気持ちのいい話じゃねーぞ。
つまんねーから一言で言うぞ。虐げられてた奴隷を助けたら抗争に巻き込まれてみんな死んだ。
次行くぞ次。……おめーが聞いたんだろうが、そんな顔すんなよ。
その時は持ち合わせもあんまりなかった。
まぁ金貨7枚ってとこだったかな。
銀貨30~40枚が一泊の相場だから、それ以下の値段でって事になった。
空中を走ってるモノレールみたいなやつなんだが、空渡って呼ばれてた。フェアリー達専用の移動手段だ。
その空渡の線路が走る橋の下で、檻に入れられて運ばれていくシルキーとすれ違ったんだ。
水色の髪に、……あん時どんな格好してたっけ?今みたいにスケスケではなかったと思う。へそは出てた。断言しよう。
その檻に貼られていた『売約済み」の文字を見たとき、ギュッと心臓が掴まれたような感覚がした。
欲しい、と思っちまったんだよ。
気の迷いだと思って見なかった事にしたんだけどな。しばらくは忘れられなかった。
そこから4日、ギルドで簡単な仕事……鼠取りや人探し、通信とかの仕事を受けて金を稼いでたんだよ。いつもの如くな。
冒険者ギルドの仕事には難易度があって……みたいな話は面白くねえから飛ばすぞ。
聞きてえって?仕方ねえな、シルキーにはあとで、ベッドで囁くように教えてやるよ、あ痛え。
なにすんだよアリス。
その日の深夜、そこそこでけえ魔力の発動を感じて俺は飛び起きた。アリスは静かに寝ていたから、俺だけちょっと様子を見に行こうと思ったんだよ。
月と星の光がビルのガラスに反射して、暗くはなかった。そういう工夫がされてんだろう。
街を走り回って、『そいつ』をようやく見つけた。
俺とアリスが入ってきた街の入り口が見える大通り。
間一髪走り込んで金貨1枚くらいの盾を買って、護ったんだ、『シルキー』を。
何があったかわからんって?わかったわかった、今から『やってやる』から見てろ。
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「何故守る、そんな歪んだ子を」
「おめーこそなんで斬ろうとしたんだ。無抵抗の人を殺したら犯罪だろ」
「犯罪だと?人を守るための法律を、人を危険に晒す存在に適用するのか?」
何言ってんのかわかんねえ。けど、こんな綺麗でかわいい子を殺そうとする奴は悪人だとしか思わなかった。
『売約済み』の札がかかった、横に転がる檻に少しだけ視線をやり、薄水色髪の子の前に出る。
彼女を背に守りつつ左手に盾を構えて距離を取る。
剣を持ったその男は華麗なステップをして体勢を整え、構え直した。
白いスーツに白いマントという出で立ちに黒い剣を構え、カチカチに固まった茶髪のオールバックを月に煌めかせていた。
さっきの魔力は……剣を呼び出すのに使ったのか?
「……よく見れば貴様も禁忌の子か?二つの禁忌が同時に打ち取れるからこそ神によって俺がここに遣わされたのだな。」
「おめーはなんなんだよ、神の遣いを気取るなら名くらい名乗れや」
そこで、過去の俺を苦しめ続ける名前を聞く事になるんだわ。
そいつは俺にガンつけながらこう言った。
「是正者が一人、リザンテラ=ガルドトニア」
「レクティフィアー?ホントにわけわかんねえ奴だな」
慎重に間合いを計りながら、リザンテラから視線を離さず薄水色髪の子に右手をやる。
温かい手が俺に触れ、無事である事を確認した。
「立てるか」
「立てますです」
リザンテラは物凄い勢いで肉薄してきた。どうにかこうにか盾で受け流す。
今の俺に何ができるか。
魔法使いや天候使いの術は契約がないので等級が低い。
あの身のこなしでは物理での戦闘も不安だ。
じゃあ精霊しかないか。
「戦えないなら下がってろ」
「りょうかいです」
下がらせたはいいが、盾だけではどうしようもない。
異次元倉庫に何か使えそうなモノが入っていないか考えたが、何も思い浮かばない。
大体あんなでけえ倉庫何に使えばいいんだ。温泉でも作るか。
「っと!」
ガキン!という音がして、どうにか俺に当たりそうになっていた剣撃を逸らす。余計な事考えてる場合じゃねえ。
逸らす事には成功したが、その返しの剣で頬を横に切り裂かれた。
思いっきり体を引いたのにギリギリ届きやがるのか……。
『その』返す刀で肩口を斬られた。
「ぐっ……」
連撃はようやく終わったようだ。
盾が意味を成していない。なんだこれは。
ネタバレをすると、剣の銘は『三閃必中』。一発でも命中すれば三連撃が終わるまでの間、前後の因果関係を無視、防御をも貫通して何かしらのダメージを残す魔法武器。
魔剣だ。
血が滲み出す。この体に生まれて以来の大怪我と言ってもいいだろう。
だが再び迫ってくる。一旦距離を取らねば……。仕方ない。
「錬金術師の名に於いて命ずる。金属よ、弾丸となって敵を撃て!金属弾!」
盾を分解して数百の弾丸に変える。それを見たリザンテラは一旦距離を取る為に離れる。
当てようとは思っていない。弾丸の雨がやたらめったらに地面を撃ち抜いていく。
金属の盾が木製のフレームだけになるほどに撃ち尽くした時、リザンテラは瓦礫の後ろから無傷で立ち上がった。
こいつ、本当に当たってねえぞ……歯が立たねえ。
しかし距離は取れた。アレでいこう。
俺は小声で詠唱を始めた。それを察知したリザンテラが駆け出す。
「精霊使いの名に於いて命ずる。土の壁よ、我を守りたまえ。土壁」
リザンテラと俺の間に高さ4メートルくらいの壁を作る。そして俺は詠唱を続けた。
手前にもう一枚土壁を作り、左右の建物に被害が及ばないようにそちらも壁で守る。
左右へ逃げる通路を潰しながら。
ついでに天井も作る。
更に。
「付与術師の名の元に書き変われ法則!
其は火に強し! 火焔耐性!」
「小癪な」
壁はそこそこの厚みがあったが、斬撃数回で切り崩される。
俺は最後の詠唱を丁度終わらせた。
向こうの壁が切り崩された瞬間……俺は狙っていた術を発動させた。
「……隣の町まで飛んでけ。複合大魔法、閃光爆発! ……なんつって」
「な!」
その時起きた現象は、魔法でもなんでもない。
リザンテラが壊した壁の位置は、言うなれば銃口の最奥。
異次元倉庫内の物質はほとんど何もなくとも、空気はある。それも意のままに操れる空気が。
そのうちの酸素を圧縮して二枚の壁の間に詰め込み、向こう側が崩された瞬間に魔法で火をつけた。
エネルギーの逃げ場は向こう側にしかない。大爆発と大閃光を放ちながら街の入り口方面へと、白いプロペラが飛んでいく。
そのまま彼方まで吹き飛び、視界からは見えなくなった。
やべーな深夜だっつーのにでかい音立てちまって。もう出てかにゃならんのか?
後ろに向き直ると、薄水色髪の女の子が、キラキラした目をしてこちらを見ていた。
「す……すごいです。助けてくれたんです……か? わたしを」
「まぁ……結果的にはそうなるな」
「このごおんはわすれません、なんてお呼びしたらいいですか?」
その前に。
「待て、おめー行くあてあるか?」
ふるふる、と首を振る。さらっさらの水色髪と、ゆるゆるの首輪が揺れる。
詳しく聞けば、両親にも会う事はできないらしい。
それなら、と。
「じゃあ俺らと来い。俺も行くあてがねえんだ。マスターと呼んでくれ」
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そう俺が言うと、シルキーはぱあっと顔を赤らめながら潤んだ瞳をしつつでこう言ったんだ。
いつもの奴だぞ。おめーらも言えよ?せーの。
『いえす、まいますたぁ!』
元気よく言ったのはシルキーだけだった。