16. ゴング(銀貨54枚)
「えー、ではこれよりジャゼウェル族長の今後、そしてジャゼウェル族の、これからの方針についてを決める会議を始めます」
議長の声が部屋に響きます。
書記は私アリスが、引き続き務めさせていただいています。
議長の隣には補佐としてシルキーが居ます。
その他大勢、マスターに仕える者たちが『傍聴席』にいらっしゃいます。
また、ジャゼウェル族の大人たちが男女問わず、空いている限りの席を埋めて座っています。
一人だけ、薄手すぎる白いつなぎのような水着を、腰までずらしてだらけている少女が混じっています。
本当に寒くないんでしょうか。
むしろ暑そうに舌を出しています。下は出していません。
「ジャゼウェル族長ハクラ、何故この場にお前が居るかわかるか?」
「はい……」
そうです。人を奴隷落ちさせるのはよくある事ですが、奴隷を人間扱いしない事も意外とよくある事です。
奴隷に守られる人権はない。だからこそ主人が守ってやらないといけないのです。
本来誰からも罰せられるところではありませんが……。
「奴隷商人に、奴隷の酷い扱いを見せるその態度は、高くついたぞ」
「ますたぁ、5200えんです」
「オゥ、比較的高くはあるが。お前の価値は金貨半分程度らしい」
「私は……」
ハクラが何か喋りはじめましたね。
マスターは思考を抜いているのか目が虚ろです。
あ、戻りました。爆発しないという事は明確な敵意はないのでしょう。
「私は族の為を思って、強い子孫を残していく為には仕方のない犠牲だと思ってやってきました。それが誇り高い使命だと思って」
「そうだな。命を切り捨てるという判断は並大抵の人間にはできる事ではない、ないが」
指で合図をすると、ジャゼウェル族たちの中から一人の少女が立ち上がって、ハクラの近くまで来ました。
水着は着直していますが、全身汗でびしょびしょです。私は、この部屋は寒いと思っているんですがこの子は……。
「とりあえず飲め」
マスターは氷の浮かんだ橙色の果実水が入ったコップどこからともなく取り出し、その水着の娘はすぐに受け取ると貪るように飲み始める。
彼女が飲んでいる間にマスターは話を始めた。
「フランカレド。地下で一番死に近かった子だ。以前も忠告したはずだが、殺すような事は避けろと言ったはずだ。
地上で普通に、子供たちに混じっていればもっと早く俺も気づいたものを、どうして地下に追いやる事になったんだ」
「戦士としての適性がなかったからです……」
「……では、試しに戦ってみるがいい」
……今この人は何を言ったのか?
甲高い音を立ててハクラの手枷が外れました。彼女は驚愕の表情を浮かべています。子供と、戦う?
「わたしは、ますたーのもの。もとめられれば、したがうだけ」
「一体何を言い出すのか……」
マスターの言いたい事はわかります。どんな展開が待っているのかもなんとなく、わかります。
水着の娘は飲み切った後ぺろぺろ舐めていたコップをマスターに返すと、準備運動を始めた。
いやらしい腰つきで体を横に曲げる運動をしたり、伸脚をしながら股間を見せつけ見下すような表情をしたり……。
「マスター?」
「いや元からだから」
そんなわけありますか。
「ルールは……あるんですか?」
「ない。負けを認めたら負け」
ルールに小細工もないらしい。戦闘経験も豊富で筋肉も体格も身長も恵まれているハクラが、その全てで劣る少女と向かい合っている。
こんなもの、試合になるわけがない。普通なら。
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カーン、とマスターはどこからか取り出したゴングを鳴らす。
戦いが始まってしまった、らしい。
私は机が除けられた檀上でフランカレドと向かい合った。こんな戦いに意味など見いだせない。
「こないのか?」
「……お前と戦う意味など」
「せめはわたしの」『ほんぶんではないのだけど』
正面から聞こえていたはずの声が、右の耳元で囁かれるように変わった。
ハッとして右を向く。
「こっち」
何が起こった?
私は天井を見つめていた。右足に鈍い痛みが走る。
そんな、族で最強の戦士である私が。
足払いを受けて転倒した?
「ありえない!」
「わからぬもしかたのないこと、ひとのもつおごりとさだめ」
後ろから聞こえてきたが振り向かない。これは幻術だ。そうに違いない。
「げんじゅつなどつかえないし、どくしんじゅつもない」
まだ後ろから聞こえる。
認めたくない。あんな『将来のない』娘が実は実力を隠していたなどという事が。
私が見捨てた者が、あんなにも強かったという事が。
そしてその者が、私のせいで死ぬ運命に入ってしまっていたという事が。
振り向く。いない。
「わたしは、ばんのうせんし。よろずやでウェンドぞくのちちをもち、せんしでジャゼウェルぞくのははをもつ、『きんき』のこ」
視界を外れるように動いているのか?それだけではないようだが。
私にはジャゼウェル族としての誇りがある。混血に負けるようでは示しが……。
感じろ、野生に限りなく近い生活をしてきた我らだからこそ、鍛えられた第六感が。
天井。
私は倒れたのか?
「なぜだ!」
「これでわからねーなら、長失格だな」
「ぬかせ!まだ負けを認めたわけではない!」
「じゃあどうやって勝つんだよ。おめーの種族には潔さとかねーのか」
ブチッと来た。ジャゼウェル族を貶めるような物言いに。
「ない!」
マスターなど、詠唱できなければただの人と変わらない。それが私の評価だった。フランカレドほど早くは動けないが、押さえつけて頭を潰すくらい朝飯前だ。
そのフランカレドに、抑えられた。
こんな小さな体だというのに後ろ手に抑え込まれ、動けない。
「けっとうちゅうにめうつりするのか、あなたは」
「最悪だな」
拙い滑舌の中に、微かな憤りを感じる。
私は最悪などではない!……ではない、はずだ。
「禁呪すら平気で使い、禁忌の子をも助けるお前に最悪などと……」
「いやお前は最悪だよ。褒めてない方のな。
価値なき者に価値を与えるのも、価値を見出すのも、上に立つ者の務めだ」
……何も言い返せない。もしかしたら私は……。
「奴隷からやり直せ。上に立つべき姿がわかればまたいつか、上に立つ日が来るかもしれない。
契約者の名の元に、汝の未来を買い受けん!『絶対服従』」