15. アトラタ王(銅貨0枚)
「では、アトラタ国王とジャゼウェル族長の今後、そしてジャゼウェル族の、これからの方針についてを決める会議を始めます」
議長の声が部屋に響きます。
書記は私アリスが務めさせていただいています。
議長の隣には補佐としてシルキーが居ます。
その他大勢、ロズを含めたマスターに仕える者たちが『傍聴席』にいらっしゃいます。
また、その傍聴席にはウェンド族の者が一人だけいらっしゃいます。
また、ジャゼウェル族の大人たちが男女問わず、空いている限りの席を埋めて座っています。
一人だけ、薄手すぎる白い水着を着ている少女がそこに混じって座っています。
上から布を羽織っているようですが肩が出ています。
この空間の換気はいつもシルバーケイヴでしているので室温が低いんですが……。
寒くないんでしょうか……。
厳かな雰囲気の中、騒ぎ立てる者は居ません。
ここはマスターが所有する異次元倉庫の中の一室。
この空間内はマスターの意のままになります。入退室も固定の入り口があるわけではなく、どこからでも可能です。
生物が入室するとその時点で倉庫の場所が確定してしまうのでその場所から動かせなくなる、だから中に人を入れたままの移動は不可能だとか。
色々制約があるんですねと言った事があるんですがその時は、
『たりめーだ。なんでもできちまったら面白くねーだろ?』
と言われたんですが、大体『なんでもできちまってる』今でもマスターは面白そうなので、時によっては『たりめー』じゃない事もあるんだなと思いました。
因みに詳しい広さはわかりませんがマスター曰く『大体トウキョウドーム一個分』らしいです。
ほとんどの容量を魔法武器や貯蓄などを入れておくための物置に回しているらしいけれど、それでも宿泊施設や会議室、食堂と言った設備も一応整えられています。
アトラタ国王は豪華な服のまま後ろ手に縛られ、シルキーの隣で沈痛な面持ちをして話を待っていました。
ジャゼウェル族長も同じように縛られ、アトラタ国王の隣でその時を待ちました。
「事の始まりは、バギンフォルス=アトラタ王の第6子息、ハルダリオス=アトラタの違法奴隷取引でした」
国王は目を剥く。そんな事は知らないと。
だが『また』騒ぎ立てれば魔法武器『百万の手』によるくすぐり攻撃が飛んできます。
静かにならざるを得ませんでした。
また、それを見た他の者もこれだけは絶対食らいたくない、と萎縮してしまっている為に必要以上に静まっているのでした。
あれをマスターが使っていいのは契約により、例外的にこの空間だけです。
マスターは百万の手を手に入れた直後から、いたずらばっかりを仕掛けてくるようになりました。
すぐくすぐったりいやらしい事に使うので、マスターに仕える者たち一同全会一致で封印する事に決めたからです。
しかしここではその契約を上回るほど存在級位と権限が高いので使えてしまう、だからこそここぞとばかりに持ち出しているんでしょう。
最悪ですよね。
……褒めてないのでにやけ顔でこっち見ないでくださいマスター。
この空間に人の思考を覗くほどの権限まではないと思っていましたが……まさかですね。
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そのまさかよ。
たりめーだ、俺を誰だと思ってる。
わざわざこの空間に連れてきた理由の一つがそれだ。信頼と所有者権限があれば特殊な技能なくとも思考を覗き見できる。
どちらかがなくてもシルキーに頼めば可能になる。
全てが意のままになるこの空間こそ『裁判』にはもってこいだろ?
「ハルダリオスは、奴隷商としてはそこそこだった。名は通ってないが品質のいい奴隷を売ることで、信頼は得ていたらしい。
王子の癖に名が通っていなかったのは、『ハルシオン』という偽名を使ってたからだ」
そう、こいつ王子の癖に奴隷商人をやってたのよ。
そん時はまだ俺の『シマ』を荒らしたわけじゃなかったから放っておいたんだが……。
「んでそのハルシオンが手を出しちまったのが、俺が手塩にかけて我が子のように親しくしていた、ジャゼウェル族だ」
一瞬だけ、どよめきが起こってすぐ静まった。
別にざわざわしたくれーでくすぐりゃしねーよ。
「狩りの度に行方不明が出たりしなかったか?いつの間にか子供がいなくなったりしてねーか?大移動の時誰かの気配を感じた事は?」
ジャゼウェル族は我慢できずにざわめきが広がっていく。
まぁ俺が喋ったら静かになってくれるだろうから少し時間をおく。
「それに気づいたのは市場でだ。シルキーが、俺が卸している油と同じ匂いを嗅ぎつけたのがきっかけだった」
そう、俺は日焼け薬などをジャゼウェル族に卸していた。その香りがするとシルキーが言ったのだ。
俺がジャゼウェル族と懇意にしているのは周知の事実だった。それに手を出すと言うのがどういう事か。
「見に行くと、居るわ居るわ。よく見知った褐色娘たちが劣悪な環境で並べられてんだよ。俺がわざわざ薬を選んでやった奴も居た」
「……そんな事になっていたんですね、最近よくアトラタへ向かわれる事が多いと思っていたら……」
「その子らはその場で全員買い取った。金貨110枚で9人。とりあえずそのまま戻るわけにもいかなかったし、俺の店を一個畳んでそこに住まわせた」
「移動費かかりますしアジトに入れるわけにもいかないですしね……」
そうだ。そして俺は張った。レッドチリの岩場地帯付近上空で。
この時男子禁制の岩場地帯を発見して怒られたんだが本当に事故だったから許してほしい。
予想通り現れたハルシオンと三人の仲間。契約する奴隷商本人が居ないといけないので、自分の足で仕入れに行くのはこの業界では当然の事だ。
無理やり引っ張ってくるのは違法だしな。ま、似た手段は俺も使うが。
ついでに言うとジャゼウェル族の奴隷身分は地下の者たちだけで、それ以外の者を攫ったら違法だぞ。
ダブルで違法だ。
「そんで、色々あってこうなった」
壁に四枚のブロマイドカードを張り付ける。
一から十まで説明すんのめんどくせえからどんどん行くぞ。
「わかるな?そーゆーこった。んで落とし前をつけさせようって事でジャゼウェル族長、ハクラから依頼を受けバギンフォルス=アトラタ国王を攫った」
別に私怨とかはねえ。出し抜かれた俺が悪かったってだけだし、ハクラからの依頼だって私利私欲のための金稼ぎのつもりだった。
「国民に、今の王が王たるものかアンケートを取ったりもした。まぁもし悪人だったら攫うのに躊躇は要らんよなって事で。あと話ついでに言うとすでに第一王子グローリス=アトラタの戴冠は済んでいる」
「な、なんだっふあはははは!!はーっははは!ひーははははやめ!ゆる……」
「ま、おめーに恨みはねえし、金も取れねえんじゃ用はねえんだぶっちゃけな。
俺がおめーを攫っちまった事と、おめーの息子が違法的に俺のシマに手出してた事で痛み分け。これでナシつけねーか?」
「……」
葛藤は無意味だぜ。
シルキーに目配せする。察したシルキーが右目でウィンクをする。あ~かわいいなこいつはホントに……。
膨大な情報の海が脳に流れ込んでくる。その濁流に飲まれないように、シルキーが引っ張ってくれる。必要な情報は……。
あった、このクソジジイの思考だ。
『わしは、元の生活に戻れればそれでいい、そう思っていた。しかしそれは無理だ。息子がもう即位している。王には戻れまい。
また人質としてハルダリオスが居る。この空間を掌握されているのも不利なところだ。
だが、わしには最後の切り札がある。最大最上の極大魔法が。これを使えばいくらマスターと言』
バン!
という音が鳴り、バギンフォルス=アトラタの頭がはじけ飛んだ。
いくら魔法が強くとも死んじまったら使えまい。
掌握されている、という事の怖さを学んでおくべきだったな。
飛び散った血肉は百万の手で受け止めて、床が汚れるのを防いだ。
「シルキー」
「いえすまいますたぁ!」
部屋がパニックになる前に、アトラタが行った脳内での葛藤を共有させる。
「わが声は世かいの声なり!耳なきものにも伝わりとどけ!情報共有!」