FIN. 最悪の最期と、そして
さぁて、次のマスターはうまくやるかね。
持ってるもん全部渡したし。なんとかするだろ。
やる事ぁ全部やった、俺以外全部ハッピーエンドだ。
これからまた始まんだ。何も問題あんめぇ。
やれやれしかし、俺はこれからどうするかね。
能力もねえ。感覚もねえ。肉体もねえし周りにもなんもねえ。
真っ暗な空間に意識だけある。
数字でも数えてっか?
何億桁年過ぎるのにかかる秒数は何秒かとか、計算でもしてみるか?
抱えた思い出に浸ってみるか?
あの世界で経験した事を全部順番に思い返してみても、過ぎた秒数まで正確に再現したとしても、たった二十年しか経たねえんだな。
こんな暇な中で何億桁年?
気が狂っちまうよ。
いや、狂う肉体がねえんだ。精神もそのまんまか。
……禁忌の子らは、ループ何回くらいで擦り切れるんだったかな。
何万年も過ぎねえうちに、俺の精神も擦り切れて消滅するかもしれねえな。
まぁ、それならそれでいんだ。俺にふさわしい最期だろ。
……俺はようやく今概念になれた。
目指していた形とは全く違う、全てを捨てるんじゃなくて『取り立てられる』形で全てを失くした。
概念になると、世界の外から世界に干渉できるようになる。
前世の俺が宝くじに当たったように『歪み』が俺の一生に干渉して展開を変えたんだ。
俺は、そんな理不尽を消したかった。
勝手な干渉、勝手な救い。
幸せを識ると云う不幸。
二度目の生と云う救い。
どっちも押しつけられたものだ。
それは大抵の人間にとってありがたいものだろう。
しかし俺はその押しつけがましさに最初から腹が立っていた。
だから、ずっとずっと。アムニ村で生まれた時からずっと。
概念たちと対立する、と心に決めていた。
「ざまぁ見やがれ」
俺が選んだ数人だけでも、魂の消滅から救う事ができた。
大成功だろう。
その思いだけであと百年は自我を保てる。
その先どうなるかわからないが。
……概念になるってどういう事かわからなかったけど、今ならなんとなくわかる。
卑弥呼って、居るじゃん。日本人なら大体知ってるはずの。
あれが『卑弥呼』って概念なんだよ。
そいつが何を成したかとか、どういう道具を持っていたかとか、そういう事は西歴二千年まで伝わった。
しかし、そいつの為人や正確な外見は、誰も知らない。
そういう名前の奴が居て、どういう存在だったかの設定だけされている。
しかし、その本人がどういう思いで成したのか。それはわからない。
概念ってそういう事なんだろ。
しっかしお笑いだぜ。
アイツの後に俺が概念になったんだ。
っつー事はよ?
くくく、傑作だぜ。
全世界がどうなるか、それが視れないのは残念だが……。
思いを馳せるだけで楽しい。
あとは……。
アリス達、元気でやれよ。あとはもう俺は知らねえぞ。
救われるっつーのは、俺にとっては最上の快楽を常に得続ける事じゃねえんだ。
困難の先にあるカタルシス、それに辿り着くまでが楽しみで、救いなんだ。
ゲームとか、好きだったしな。
楽な人生、送れると思うなよ?
責任持つっつったが、勘違いすんじゃねえぞ。
最高で最低の人生を保障してやる。
……さーて、もうだらだらするだけだ。
久々になんも考えなくていい。
ずっと寝てみてもいいかもしれねえな。
意外とあっという間かも。
俺が解放されたら、外は、どうなってっかな。
なんもなくなってたら……どうすっかな。
そーしたら俺が神になってみるか。
そりゃ……楽しみだ。
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「マスターが飲み込まれたね」
「うん、やっと平和になった」
『情報』が言った。
『無』が続ける。
「やれやれ。『力』も消えたし『運命』も消えた。頭数が減っちゃったよ」
「まぁ。そのうち補充されるだろう。あの世界は諦めて、他の世界に賭けよう」
『運』が言った。
『存在』が呟く。
「しかしなんだ『最悪』も概念になったんだろう。あちらからの干渉は計算に入れなくていいのか」
「何もできないさ。僕らと違って取り立てられたんだ。意思も能力も器も残っちゃいない」
歪みが否定した。
原初が何かに気づいた。
わなわなと輪郭の無い体を震わせる。
無がその様子を見て、声をかけた。
「どうした?」
「……『力』が倒され『全て』になった。そしてその『全て』は『最悪』に買われた』
全員が気づいた。
「『全て』が『最悪』に?」
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「ククク……アーッハッハッハッハッハッ!!」
ウケるぜ。概念たちどんな顔してんだろうな。
全てが最悪になった『全』世界。
最悪っつっても、俺の最悪だからな。救いとかもあんだ。
おっもしれえだろ。てんやわんやになるぜ。
それも『全て』が。
研究室で育ててる細菌の、全部のビーカーをごちゃ混ぜにしていくつかぶち割ってやったくらい台無しだ。
そこに何が生まれるか。
どうやって元に戻すか。
しかしこの場合、研究室とは手間のかかりようが違う。
なんせビーカー一個一個は『世界』だ。
全く、全部なんて概念になってくれたトワさまさまだぜ。
しっかし、元奴隷とか言ってたよなアイツ。
奴隷商人やってた俺が知らないような、小さい村とかで生まれたのか?
んでも、最後にちらっと見えたアイツは金髪をしていた。
中央大陸の出だよな、それも、カントカンド周辺だ。
……思えば服装もコケット社製の侍女服だったような。
…………。
あっ。
……え、え、え?
じゃあ、もしかして、トワとの決戦になっちまって俺がこんなところに幽閉される事になったのって……。
俺自身のせい、か?
トワは、10年前俺が、カントカンドでアリスに偽装した奴隷だった……んだ。
今思えば。
トワのその後を考えたら。
……アイツは、なんて言ってたっけ。
全てを捨てて、苦しんで死んだ?
俺が殺した?
あ、あ、あ、俺は、なんて。
なんて事を。
俺は何人も殺してきた。
けど、それはどうしようもない悪人ばかりで。
酷い人生を歩みそうな者は助けたり、して……。
アイツを救う道だって、あった。
あった、はず。
はずなのに。
挙げ句の果てに俺はこんなところで数億桁年……!?
そんな。
あ、ああああ……。
あああああああああああ!!!!
*
最大級の自責の念に押し潰されたマスターは、その後七億桁年超を苦しみながら過ごす事になる。
意識も消えず、擦り切れもせず、ただただ苦しく悲しいその、存在しない胸中を打ち明ける相手は、奴隷は、誰もいない。
孤独に寂しく、狂いそうになりながらも狂えず、永久に等しい時間を過ごす。
これが最悪の選んでしまった、彼にふさわしい終わり。
概念たちも、新たな世界作りに奔走する事になり、慌ただしく時は流れていく。
いつしか、奴隷と魔法と能力の世界も形を為し、また再び始まっていく。
世界は進む。『最悪』の観ぜぬ場所で。
そうして、いつしか概念からも忘れ去られ、『最悪』を知る者は居なくなる。
それでも『最悪』が生きて生きぬいて救った何人かの奴隷たちは『最悪』の知らぬところで『最悪』を知らずに生を受けて、新たな人生を送る。
その人生は、困難に塗れたものだろう。
なんせあの『最悪』の用意した生だ。
しかし、いつしか救われるだろう。
それが『最悪』の遺した最期の願いだから。
こうして最悪の奴隷商人と呼ばれた男の一生、いや、二生は幕を閉じた。
しかし、また再び同じ名で呼ばれる男が生まれる事になるとは、誰も思っていない。
暗闇で苦悩に無い身を捩る、初代『最悪』を除いては。