表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/138

129. 終点

 大勢は決しました。私はほっと胸を撫で下ろします。

 視線が自分の体に移る。普段着の侍女服はもう傷だらけ、ですね。


「消えろ、消えろ!! ……くそ、なんで僕の権限が届かない……。『全て』にマスターは含まれないなんて事、あるのか!?」

最高存在へ向ける裏金(ブライビングイグジスタンス)で、俺は全ての摂理から外れた。ちっと高かったけどな」

「くそっ……原始的な手段で攻撃を加えるしか……でも死なない……あの世界だけならまだしもここを再構築するわけにはいかない……『この世界の死の先』は視えない……ああ……」


 マスター、ここに来てもう無茶苦茶するようになりましたね……この為にお金を貯め込んだのですから、当然でしょうが。

 でも、もう勝負はついたようなものです。

 他の概念たちも、動かないようですし。


 こうなってしまえば何も起こりようがありませんからね。


「もういい、全部やり直そう。全て、全部、無から!」


 これは、自棄ですね。


「フィル! 今だ!」

「はいはいさっきのね!」


 トワが、全身から空間へ向けてヒビを生やし始めました。

 フィルはその付近まで一気に跳んで近づき、そっと手を差し伸べてひび割れを埋め始めます。


 黒くて暗い、何もかもを吸い込むかのような空間の隙間を、フィルは優しく癒すような光で塞いでいきます。


次元修復(ディメンジョンヒール)って言うのかな、何に使うかと思えば……」

「ううううぅ……運命、歪み……手を貸してほしい……」


 トワは見苦しくも概念たちに助けを求めます。

 何を考えているのやら。

 ずっと見てるだけだった概念が手を貸すはずありません。

 操れるのなら、全ての概念に含まれているのなら、最初から操ればいいのですし。


「バカだね、僕ら概念は敵味方なんてない」

「なりゆくままを観察し、過ぎゆくままを観測する。時に手を出すけど……こんな大きな変化、手を出さなくても面白い」


 そう言った『運命』の、首から上と言う概念が吹き飛んだ。

 残った胴体はパラパラとした霧状になり、吹きすさぶ風に混ざって拡散していった。


 それを見た『歪み』はへらへらとした笑いを返す。

 死んだ……のかしら。


「いいね。どうなるのかな。僕も消してみるかい」

「……理解できない……」


 トワは頭を抱えながらフィルへ向けて多数の光槍を放った。

 フィルは上半身が吹き飛びかけたが、何事もなかったかのように、一瞬で元に戻った。


「ぶはっ! はぁはぁ…………え、これ全身が一気に消滅したら死んだりしない?」

「わかんね」

「ちょっとマスター!?」


 ゲラゲラ笑いながらフィルの頭をぽんぽんと叩くマスター。

 軽口を叩く余裕すらあるみたいです。

 対してトワは、地面に膝をついています。


 決着でしょうか。


 ロズと、フランと、リタ。それにガイアがトワを取り囲みます。


「……なんで、僕は奴隷だったんだぞ。なんで君たちは奴隷なのに、僕の邪魔をする。わかってくれない」

「そりゃ、わかりませんよ」

「すくわれたから、むくいるだけだ」

「よくわかんねえけど、……嬉しかったからだ」


 救われなかったトワと、救われたみんな。

 立場一つ違うだけで、結末は全く別のものになります。


 私もひょっとしたら、オウェンスの奴隷のままだったら、いつかおかしくなって、トワのようになっていたかもしれない。


 マスター。あなたは、いろんな人を救ってきた。

 自分で決めた小さな世界を守る為に、その他の全てを敵に回して戦ってきた。


 それが正しいのかどうかはわからないけれど、少なくとも私たちは……感謝の言葉しかありません。


「なんで君たちは、そんな幸せそうに剣を取るんだ。なんで僕は、救われないんだ」

「それは、どうしようもない事です。私たちにも救われない未来は用意されていたでしょう」

「でも、マスターがあらわれた。マスターがわたしたちをすくうことをえらんだ。うんめいのかいにゅうで、みらいがかわった」

「お蔭でお前はこうなった。お前の救いは俺たち全員の死の上に成り立つものだろ? そんなのマスターが許さない」


 目指したものが間違っていた。周が悪かった。タイミングがズレていた。

 何か一つ噛み合っていなければ、この結末にはたどり着けなかった事でしょう。


「まだ、まだだ! 運命は滅びた。『運命の役者』という法則は概念と共に消え去った! もうお前たちはふとした事で死に、ふとした事で生き返らない!」


 破裂音が響く。


 私の方向へ飛んでくる槍は、私の光断ち(ライトスレイヤー)で無効にできますが……。

 ……! フィルが離れたところで倒れています。

 みんな、みんなは無事ですか?


 トワの攻撃によって吹き飛ばされ、皆バラバラの場所で倒れています。


「『運命の指針』という概念も消え失せた! もう僕は何も視えないが、僕を視るものもいない! 運命などない。絶対などないんだ! 僕は全てが救われる世界を作る!」


 マスターが起き上がる。


「……今までの世界を消して? つまんねえやつだな」


 そのまま、トワへ歩み寄っていきます。


「僕は、世界を……救う……」


 トワの全身から、再びヒビが空間へ向けて走り始めます。

 それは、世界の終わりの予兆に他なりません。

 私は、怖かった。

 それでも、マスターを信じているから、みんなを信じていたから、……大丈夫だと思っていました。


 マスターはトワへ向けて歩み寄るのをやめ、背中を向けました。

 ……マスターには、視えたのですね。


「絶対なんてない、か。俺はこうなるって、絶対信じてたけどな」

「……何を」


 マスターが初めて運命の指針に沿わずに選んだ奴隷。

 シルキーが見初めて。

 無力を知って。

 少しずつ成長して。

 挫折を覚えて。

 武器を得て。

 師を得て。

 技術を得て。

 運命を覆した彼女が。


「……あなたはいつか『やる』と思っていました」


 心からの声が漏れた。


「いけー!」


 シルキーが言った。


「今ですわ!」


 トリアナが言った。


「ぶっ殺せ!」


 ティナが不穏に叫んだ。


「うぅ……あ、え、頑張れ」


 フィルが呻いた。


「おしえどおりな!」


 フランが言った。


「そこだぜ!」


 リタが言った。


「人と謂えどもやるものだ」


 ガイアが呟いた。


「……これが、見るべきもの、か」


 カシューが感嘆した。


「来た甲斐があったと言うものですー」


 メノが言った。


「……貴女をそうしたのは……私のせいかもしれない……。それでも……アリスは救われたから」


 フェイトが祈るように両手を組んで、目を閉じた。




*




 必中の細剣が、トワの胸元から生えていた。

 その細剣には、ロズがフランから叩き込まれた技術の粋が全て乗っている。


「無慮十全、概念断ち」

「……何が起きた」


 トワは、背中から胸へ向けて刺さった細剣を見下ろした。

 鈍い煌めきが刀身をひた走り、ない筈の肉へと抜けていく。


「人間だと思えばお前は、私が戦ったどんな相手よりも弱い」


 ロズは吐き捨てるように言った。


「概念断ち……そんな技術……いや、フランカレドの……完全発揮(パーフェクション)のせいか……誤算だったな」

「……『今のお前』が何か言い残す事はないか」


 ロズは細剣を抜く前に、トワへ声をかけた。

 トワは、震えながら言葉を絞り出した。


「……僕は死んだら、どこへ行くんだ」

「お前が殺した者たちに聞け」


 ロズはそう言うと、細剣をゆっくり引き抜いた。

 そして、トワは膝をつき目を開けたまま完全に、ぴくりとも動かなくなった。


「私の主観だが『意思』を断った。もう何もできないだろう」

「けっちゃく?」

「勝ちだ!」


 歓声が上がる。

 立ち並んでいた概念たちは、ない瞼でそっと目を瞑った。


 喜びと解放感に飛び回る、マスターの奴隷(かぞく)たち。

 そんな中、浮かない顔をしているのはマスターとフェイト。


 声を上げていた皆が皆、少しずつそのおかしな様子に気づいて、段々、段々、静まっていく。

 やがて、完全なる沈黙が訪れた。


 最初に、我慢できずに声を出したのは、アリスだった。


「あ、あの……」


 それを皮切りに。


「どうして喜びませんの?」

「ますたぁ……元きないです?」

「まだ敵が居るのか?」

「どうした、なやみごとか?」


 やいのやいの、マスターは矢継ぎ早に質問を投げかけられた。


 そっと首を振る、主人。

 心なしか、指が、体が震えている。


 フェイトも、思い悩むような顔で、地面を見つめている。


「……代償、ですか?」


 ぴくりとマスターの肩が跳ねた。

 察しのいいアリスが放った言葉は、一瞬で全員を納得させるに足る物でした。

 皆が皆沈痛な面持ちになり、戦勝ムードはどこかへと消え去ってしまった。


 しかし。


「……落ち込んでてもしょうがねえ。俺が決めた事だ。……おめえら、並べ。俺の前に、横一列に」


 マスターは突飛な事を言い始めた。

 怪訝に思いながらも指示通り並ぶ、マスターの奴隷(かぞく)たち。


「おめえらに、言わなきゃならねえ事が、いくつかある。……とりあえずこれを見ろ」


 マスターは、壊れた扉のうち一つの看板を拾い上げて、皆に見えるように掲げた。

 そこに書かれていた文字は、皆が読める元の世界の文字。

 内容は……。


『奴隷と、能力と、魔法の世界』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ