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128. 流転

 死屍累々。


 ボクは、この光景を見て、そう表現する。

 そうとしか言えない。


 みんなみんな、倒れてしまった。

 あっという間だった。


 形を保っているのは何人だろうか。

 カシューは、メノは、リタは、生きているだろうか。


「死にたくない、死にたくないよ」


 怖い。

 自分が消えるって、どんな感覚なんだろう。


 みんなは先に行ってるんだろうか。

 トワは、今どこへ、


「フィル」

「ひっ!」


 声をかけてきたのは、トワ。

 ボクはうつ伏せになったまま、体が動かせない。体のどこかが欠けていて、全身が動かない。

 そんな状態で、背中側から話しかけられたのだ。


「君たちの敗因はなんだと思う?」

「……」

「答えないとすぐ死ぬよ」

「が、概念に人が敵うわけがないから……」

「違う」


 背骨が踏み砕かれる。

 『真っ白』が来る。


 どんな言葉にもできないような、壮絶な感覚が全身を貫いた。


「夢を見たからだ。僕は、夢も見ず……見ることもできずに、全てを失くしたから全てになれた」


 それは、意味がない。

 夢なくして人たりえない。

 人が人たる理由は、夢を見るからだ。


 人は夢見て未来を掴み。

 夢見て人になり。

 夢見て人を育て。


 人は夢見て救われる。


「ぐっ……」


 体を蹴って転がされ、逆光に照らされるトワのシルエットが目に入る。

 金髪が輝いて、眩しい。


 ふと、その服装が目に入った。

 ずっともやに包まれて、わからなかったその格好が、白日の下に晒される。

 この特徴的な服は、見覚えがある。


「……コケット社製……侍女服?」

「夢を見ていた。夢は、夢だ。救いじゃない。救われたと思っても、全ては幻に消えて世界は裏切り、ただ死ぬことになる」


 誰か個人を救うと決めることは、他の誰かを救わないと決めることに等しい。

 救われた者は、救われなかった者の恨みを一身に背負う。


 どうして私じゃなかったんだ。

 どうしてあの子が。


 どうして、どうして。

 そうやって、恨みながら死んでいく。


 普通は、それで終わり。それだけの事。


 でも、偶然に偶然が重なって、死ななかった。

 力を得てしまった。


 そういう者がどうするか。

 世界を恨むものは、どうするか。


「でも、そんな事……」


 そんな事、間違ってる。

 そう言おうとしたが、声にならなかった。


「お前は何年生きた? 僕はなんで理不尽に捨てられて死ななければならなかった? 運が悪かったのか? それだけで解決される世界なら、僕が作り変える」


 そんな、理想の世界なんてない。

 誰かが幸せになれば、妬む人は絶対に居る。

 誰かの生活がよくなれば、相対的に生活の質が落ちる人が居る。


 不幸のどん底に沈み、そのまま死んでしまう人も居れば、救いあげられて幸せになる人も居る。


 何をどうしようが、世界がそうなってしまうのは避けられない摂理だ。

 概念たちは理想の世界を作ろうと、何回も何回も世界をループさせて、いくつもいくつも世界を管理している。


 それでも理想の世界には辿り着けていないんだ。

 一つの世界で生まれたトワが、主観的な理想の世界を作ったって、すぐに綻びが生まれて、歪みになって、崩れてしまうだろう。


「や……やれるなら……やってみればいいよ! どうせ上手くなんかいかない!」


 最後の力を振り絞って、ありったけの声を叩きつけた。

 ゴキッという音が響いて、全てが終わったように感じた。


 こつこつと地面を叩く足音が、離れていく。


 長かったなぁ、死んだと思う事は多かったけど……今回は流石にもうダメだ。


 どこへ行くのかなぁ、死んだみんなに、昔の友達に会えるのかなぁ。


 お母さん。

 ……顔も思い出せないや。


 ちょっとずつ、意識がなくなっていく感覚がある。

 これで……終わりか……。

 マスター、何やってんだよ。


 今頃のこのこ来たら……怒るぞ……。

 マ……ス……。




「誰か呼んだか?」




 今の声は?

 現実? それとも、天国? 死後の世界?


 意識がはっきりしてきた。

 体の感覚が、痛みが戻る。


「う、うぅ」


 声が出た。口腔内に溜まった血の味が不快だ。

 全身の痛みが少しずつ和らいで、動ける気すらしてくる。


 これは、生き返った?

 ……死にぞこなった?


 がばっと起き上がると、辺りに横たわる人の形を取り戻した少女たちの姿。

 みんな、必死に呼吸をして、生きようと足掻いていた。


「……マスター、来たか」

「わりいなみんな、遅くなって。俺の器の中身のデータが重すぎてさ」


 ボクの足が勝手に動く。

 限界だと思っていた体が、頭が、マスターの元へ寄っていこうと喝を入れる。


 動ける、歩ける。

 みんなも、少しでもマスターの近くにと、体を這いずらせながら、ふらふら、よたよたと危なっかしく歩み寄る。

 見回せば、みんなが揃っていた。


「マスター」

「お待ちしておりました」


 トリアナが、アリスが、瀟洒にお辞儀をした。

 力の入らぬ体で精一杯の日常の動き。

 安堵を求めてか、誠意を表してか。

 いつも見る彼女らと寸分も違わない、美しい身のこなしだった。


「ますたぁ、行こう」

「行こうぜ。決着はすぐそこだ」


 手を差し伸べるシルキー、ティナ。

 小さな二人の手を取って、特徴のない顔立ちの青年は笑顔を向ける。

 敵など居ないように、見えないように振る舞うマスター。

 トワには目もくれず、奴隷(かぞく)たちを見る彼の瞳は優しげだった。


「マスター、私に任せてほしい」

「だいじょうぶだ。ロズならできる」


 マスターは信頼し合う師弟の肩をそれぞれ軽く叩く。

 ロズとフランは、マスターの腕を軽く叩き返して、私たちの一番前へ出て行った。

 防波堤となるように、矢面に立つように、二人は剣を構えて進む。

 妨げるものなど一人もいない。彼女らの眼光は、どんな刃物より鋭かった。


「俺にもできる事がありゃ手貸すぜ」

「上位存在の世界……感無量だな」


 リタとガイアも、それぞれが存在を持っている。

 いつでも戦えるよう、姿勢を低くして臨戦態勢だ。

 ガイアもそれに倣って構え、小さく唸った。

 自分の事を無力なんて微塵も思ってすらいない。神とそれを受け継ぐ少女は強い意志を持っていた。


「……ここまでついてきてしまったか」

「最後まで、見とどけられそうですー」


 ついてくる事を選んだカシューとメノ。

 何の力もない一般人もいいところだと言うのに、胸を張って命を懸けている。

 マスターは咎める事もなく、ただ見守ればいいと言った。

 二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でるマスターの背中が、とても大きく見えた。


「マスター、ボクも」

「マスター、私も」


 フェイトと、言葉がかぶった。

 彼女は、今までのフェイトと雰囲気が全く違う。

 元に戻れたんだね。

 照れ隠しと安堵の笑いがこみ上げてくる。フェイトとボクが小さく笑うタイミングも同じだった。


 なんだか、少しだけ勇気が湧いてきた。


 自然と笑みが零れる。

 さっきまでの不安が嘘みたいだ。

 みんなが居るなら、……怖くない。怖くないぞ。


 トワと違って、ボクは一人じゃないみたいだ。

 マスターはついに、トワへ言葉をぶつけた。


「よぉトワ。いつぶりだ?」

「その憎々しい笑顔をやめろ」


 突然現れた光の槍が、ボクたちの全身を刺し穿っていった。

 皆が皆、その光槍に貫かれ、倒れていく。

 この超高速の槍に、さっきもやられたんだ……。


 ……ん?


「え?」

「あれ?」


 ボクのお腹を貫通していったその穴は、見る見るうちに塞がっていく。

 痛みも感じない。


「こいつらの人生は、俺が買った。俺の許可なしに死ぬことはない」

「……僕の知る世界の概念を、超えている。そんなことあり得ない……!」

「お前の値段はいくらかよ?」


 マスターは、トワに向けて走り出した。


 光の槍が飛んで、マスターに突き刺さった。

 そして、そのまま倒れた。


「自分自身の人生は買えまい、僕の攻撃は必ず当たる」

「……命ならいくらでもあるさ」


 心臓の位置に突き立った槍が折れ、傷が塞がる。再び移動を開始するマスター。

 復活が早い。時間の流れが違うのか、法則が違うのか。

 僕らにも……何かできれば。


「何度でも死ね!」

「アリス!」

「はい!」


 アリスは、金色の光を放ちながら、槍を構えてマスターの前に立った。

 オーバードライブだ。出し惜しみはしないという事か。

 光の速度で飛ぶトワが飛ばす槍を、いとも簡単に弾き返していく。


技術売買(スキルディール)。光を斬る技術……光断ち(ライトスレイヤー)を買い与えた」


 ……。

 へ?

 自分の持ってもいない技術を、どうやって買うというのか。


「どこから!?」


 ボクは叫んだ。そんな技術、2000年も生きてきて、聞いた事も見た事もない。

 マスターは平然と……簡単に答えた。


「金さえ積めば売ってくれんだとよ。隷属してない奴の何かを無理矢理買う時みたいにな」


 そんなの、マスターが持ってるお金で足りるわけがない。

 ……まさか!


「ここで物理的な攻撃をする方がナンセンスだったよ。こうだ」

「シルキー!」

「いえす、まいますたぁ!」


 マスターの周囲の、空間の流れが澱んでいく。

 マスターの付近だけが真っ暗に見える。

 その色は、どんな深淵よりも黒く深い。

 光すら動きを止められて、空間を千切り取られたかのようにぽっかりとした暗闇が現れた。


「マスターと言えど時間を止められてしまえばどうにもならないだろう」

技術売買(スキルディール)


 マスターの声が響く。

 先に手は打っていたんだ。


解凍火炎地獄(さーいんぐいんふぇるの)!」


 真っ黒な空間の内側から、炎が湧き上がるようにして暗闇を吹き飛ばしていく。

 宛ら、凍った空間を溶かしていくように。


「トリアナ!」

「はい!」

技術売買(スキルディール)!」


 驚愕の表情を浮かべたトワが跳躍して距離を取る。


「世界に遍く在る尊き炎よ、天焼き地を焦がす聖なる炎よ。今此処に集いて、悪しき意思を焼き尽くせ!」


 ざわり……。


 背筋が総毛立つ。

 体が勝手に、マスターの方向へ飛ぶように動いた。

 他のみんなも、一斉に集まる。

 ちょっと、これ、危険すぎるよ!!


紅焔(プロミネンス)!」


 流星が地面から湧き上がる。

 そうとしか見えない現象が起きた。


反作用(リアクター)逆境使い(アドバーサー)の使う弱い魔法は弱くなり、強い魔法は強くなる」

「冷静に言ってる場合!?」

「あわわわ」


 トワに直撃したその流星は大爆発を起こし、その爆風はボクたちをも飛ばしていきそうなくらい強く吹きすさんだ。

 マスターは一番軽いシルキーを抱き抱えて、飛んでいかないように身を縮こめた。

 残りのみんなも地面に伏せってどうにか飛ばされないよう耐えている。


「トリアナ、強すぎない!?」

「加減がわからないんですわ!」

「まだおわってないぞ! きをひきしめろ!」


 フランから叱咤が飛びます。

 そう、まだトワの気配が消えたわけじゃない。

 一丸となって爆風を耐えていると、あたりに浮遊している扉が次々と粉々になっていく様子が見えた。


「……『全て』の概念にダメージが入ったから、世界が壊れ始めたんだ」

「私たちの世界は大丈夫でしょうか……」

「次来るぞ、ティナ!」

「わぁったよ!」

技術売買(スキルディール)!」


 空間が、空間そのものが揺れ始める。

 トワがどこからかエネルギーを放っているのかな。


「みんなティナの後ろに!」

「うぅ、鼻血が出ました」

「耐えろ!」


 脳味噌を直接揺さぶられるような、空間の歪みを感じる。

 しかし、ティナがかざした腕の後ろは揺れが消える。

 また不思議な技術を買ったもんだね。

 ……是正の拡大解釈かな?


「フィル!」

「へぁ、ぼ、ボク!?」


 油断してた、ボクだけなんか情けない返事しちゃった。

 最年長なのにな。


「いいから行け! フラン、ロズ、リタ! お前らが鍵だからな!」

「まかせろ」

「わかった!」

「おぉ! いくぜ!」


 やっぱりボクだけだ。

 もー、しょうがない。やるしかないんだ。


 さっきまでの、いや、ボクまでの攻撃は運命の指針によって読まれているだろう。

 だから、ここからが本番。


 ボクのオビーディエンスは、他の子らに比べたら大した事じゃないけど、それでもボクはマスターに忠誠を誓ってるつもりだ。

 信用、信頼もしてる。


 これだけ攻勢をかけることができて、びっくりもしてる。

 さっきまで絶望してたのに、全部吹っ飛ばしてくれたんだ。


 だから、このまま。

 最後まで信じさせてくれたら嬉しいな。


技術売買(スキルディール)!」


 マスターがボクに能力を買ってくれたみたい。

 確認をしよう。多分ボク向けの能力。

 んっと……この力は……んぇ?


「……へ!? なにこの能力!?」

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