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124. 終わりの始まり

 あとはもう俺だけだ。邪魔をするものは誰もいない。


「マスターよォ、おめー、遅かったんだ」


 遮るものは何もないが、共に行くものも同じく、誰もいない。


 いない、か。

 ……それでいいぜ。

 そうじゃねえと、……別れ際が寂しいだろうが。


 俺はただただ、まっすぐ落ちる。

 どこまでも、どこまでも深く。


 ……城は、大体国の王が作る。

 国は神が創んだ。

 じゃあ神は、どこから現れたかっつー話よォ。


 世界の核から発生したとすれば、地表まで移動するのに何かを伝って来なきゃならねえな?

 神が地表に出た時、最初に現れた地点周辺に城やらの本拠地を作んだ。

 だからよォ、魂が昇ってきたこの道、逆に辿って真っ直ぐ真っ直ぐ、魔宮使いによる生物としてのダンジョンを操る力で掘り抜いてやりゃ……。


「おォ?」


 底だ。


 階層にしたら、151階分か。

 ルードも選別なんてめんどくせー事してなきゃこんな別ルート作ったりなんてしなかったんだがよ。


 着地。

 なんのこたーねぇ。

 この一本道ダンジョンの魔宮使い(ダンジョンメーカー)は俺だ。移動も変形も自由だぜ。


 ……つっても、一番下は俺の設定と違う壁面みてぇだな。

 あぁん? 誰か居るぞ。

 真っ白い髭面の……あぁ、ルードだコイツァ。


 工業神ルード。

 最後の壁か。


「おーいおいおいおい。そっちァ入口じゃねーぞ。……誰だお前ェ?」

「……歩き続けたその道は」


 ……。


 俺が歩いて来た道は、嘘で塗り固められたものだった。

 嫉妬と、独善と、勝手な正義感と死生観。

 わかってら。


 俺の感情たちは、本物だ。

 俺の意思は、確かで正しい。


「話を聞けちょっと待て詠唱を止めろコラァ!」

「記憶は遷ろうもの。去りし日の陽炎」

「お……オイオイ洒落になってねえぞ」


 不鮮明で不明瞭で、俺の人生そのものみたいな能力。

 長くお世話になったな。

 もうすぐなくなるが。


「ぅ……あ……」

記憶改変(リメンバランスモディフィケーション)


 神も、人の形をして、想いがあり、考えがあり、命がある。

 なら、催眠も効くさ。

 ましてや絶対効果(アブソリュートエフェクツ)がある。


「お前は、これまで永遠の時間を眠り過ごし、そしてこれからも寝て生涯を終える」

「……」


 これが最後の詠唱だ。

 遮るものは何もない。


 もうあとは、あちらへ行くだけ。

 能力が消えるまで……待つかよォ。


 ……トワと会って、世界を知って、マスターを見て、……羨ましくなった。

 俺のそれまでの人生が、丸ごと無意味になった気がした。


 アイツは、考え付く全てを持っていて、尚も欲しがる、正に最悪の野郎だった。

 それでいて努力家だ。

 日々研鑽し開発し、世界を飛び回って欲しいがままにあらゆるものを買った。


 正直、俺が今ここに居るのは、嫉妬心と対抗心からだけだ。

 世界がどうなろうとよォ、知ったこっちゃねぇ。ぶっちゃけな。


 でもよォ。


 人生に、意味が欲しいじゃねーか。

 ただ何となく生きてよォ。

 何となく大人になって、適当に農業なりして働いて。


 ……いや、俺の職業は催眠術師だからよォ、元々真っ当に生きる道なんざほとんどなかったけどな。


 そんで、何となく、たった100年しかねえ生涯を終えるって。

 トワを知って、マスターを知った後じゃ、全く物足りねえと思っちまったんだ。


「ここまでは、完璧だったよなぁ。……神の上か。全く想像できねえな」


 部屋の中央にある、透明な柱のようなもの。

 内側には光が迸る。


 まるで月夜の森林にぽつんと開けた、兎の社交場のような。

 神秘的で淡い輝きを放つそれを見て、吸い寄せられるように近づいた。

 よたよたと一歩一歩、足を運ぶ。

 そして、柱に触れた。


「お疲れ様。そして、さようなら」


 あ?


「ぐ、うげぇぇぇ」

「やれやれ、ここが干渉できるギリギリのポイントだ。近寄ってくれて助かったよ」


 胸から血が溢れている。

 な、なんだ。なんの能力だ。

 熱い。力が抜けていく。


「ハァ……ハァ……トワァァァア!! てめぇ裏切りやがったなァ!!」


 腹に、大穴が空いている。

 それだと言うのに、大声が出た。

 普段なら痛みでそれどころではないだろうに、怒りが痛みを中和しているのか。


「裏切るなんて概念は人間たちが勝手に作った感覚だ。僕らに何かを強制したいならその概念になろうよ。『裏切り』とか? ……あぁ、今その道は途絶えちゃったか」


 勝手な事言いやがって。

 俺が何のためにここまでやってきたのか……。


「僕を完全な概念にする為でしょ。君は都合よく動いてくれたよ」

「……お前まさか、最初から」

「バイバイ。名残惜しいけどね」


 見えたのは、俺の体。

 首から上がない。


 じゃあ俺は今どうなってるんだ。

 首が痛……。


 ……。


「さて、この週が終わるのを待って次の創世を楽しもうか。ようやく思いのまま、正しい『世界』を、『正解』を、創り出す事ができるんだ」


 それを聞いた俺の脳が、内容を理解することはなかった。


 握っていた親愛恋慕が手を離れ、地面を転がった。


 そして意識は、ただただ闇へと消えていった。




 完全に意識がなくなる直前、何者かによる『とさっ』という着地音を、聞いた気がした。




---




「カイン……老けたか?」

「お前のせいだろうが!! ぶち殺すぞ!!!!」

「いやわーりいわりい。他に手段思いつかなかったからさ。適役他に居ないだろ? ついでにこの影みたいな歪みも消してくれよ」

「バカだろ! バーカバーカ! 死ね!」

「元気だなおい……」


 喚きまくるカインを適当に宥めつつ、辺りの大破壊跡に目を移す。

 木々はへし折れ瓦礫に埋まり、大地は砕かれ粉々になっている。

 ぶちぶち言いながらも影の歪みは消してくれた。


「……これ、時間が経ちゃ元通りになってくれんのかね」

「死ね! 死んで詫び……あぁ!? なるわけねえだろ!!」


 そうだよな。

 直してやろうなんて気にもならねえけど。


「カイン、お前はどうする? ついてくるのか?」

「……金輪際絶交だね」

「そうか」


 なら、こいつにも『次』はないだろう。

 ……金に余裕もねえしな。


「送ろうか」

「いい。もうお前の手は借りない。シラセももうどうでもいい」


 ふらりふらりと歩き、足元のわずかな段差を綺麗に是正しながらカインは歩いていく。

 別に俺にとって何てことない奴ではあったが、悪い事をしちまったなという感覚はあった。


 ま、最悪たる俺に罪悪感などないのだが。

 ほんの少しだけ、憐れみというか。

 俺がアイツだったらどうすればよかったのかなんてどうにもならない事をちらっと考えてみたりした。


 ……無理だな。俺の手にかかったらどうにもならねえ。

 なんつって。


「……さ、合流しようか。ゼノンとクロードがどうなったかだ」


 と。


 ふと、頭が軽くなったような感覚がした。

 喉のつっかえが取れたような。

 風吹く岬に立つような。


「記憶ロックが……、解除された?」


 パックのやつ、何の心変わりだ?

 ……解放されたって、じゃあフェイトも!?


「こうしちゃいられねえ!」


 俺は城へ向かう。

 後に残るのは粉々になった大地と、どこにあるとも知れぬいくつかの死体と、そのくらいだ。


 元に戻ったフェイトに会うのが楽しみ、という気分もあったがそうじゃない。

 近くにフェイトの気配がない。


 心配で仕方がない、兄としての負の感情が体を突き動かしていた。




---




「いち、にい、さん……アリスとフィルがどこに居るかわかんねえな。あとフェイト。カインはどうでもいいか……」


 点呼を取るのはリタ。彼女の背中には片翼をもがれた半妖精。

 戦いの余波に中てられて、憔悴しきっているのはカシューとメノ。

 二人は来るべきではなかったと思いますが……。


「見とどけねば。普通に生きていてはこの光景は目に映らなかった。この戦いで仕事場まで吹き飛んでいたかもしれない」

「乗りかかった船ですー。どうせあのままではまともに生きてはいけませんので」


 疲れた顔をしている、けどそれでも、見たいという好奇心は押さえられないのか。

 私も、見たい。


 何を見たいのかわからないけど、見届けたい。

 この戦いの終わりを。

 その先の未来を。


「シルキーが寝ていますから、共有はしばらく不可能です。フランも寝ていますし戦力的には厳しいものがありますね。アリスが居ないので指揮は私トリアナが……」


 いや、その必要はないみたい。


「ちょっと待って、マスターが来る」

「あっ!」


 全てを飲み込むような漆黒の城門の近く、そこに集う奴隷(なかま)たち。

 みんなボロボロのフラフラだけれど、まだ誰一人折れてはいない。


 紫がかった空は澄んで、地面はどこまでも荒れている。

 生まれたばっかりの世界は、こんな感じなのかな。


 出来立ての、破壊されたばかりの、真っ新な世界(プレインワールド)

 まるで私の名前のよう。


「……ズ、おいロズ、行くぞ!」


 マスターが呼ぶ。

 ちゃんと聞いています。

 私はそちらを振り返って、問いかけた。


「マスター。……この先に待つのは、一体なんですか?」

「あ? ……そうだな、お前たちにとっては、終わりと始まり、かな」

「物騒な話ですか?」

「いやいや。……俺が、お前たちのために、よかれと思ってすることだよ」


 マスターは少しだけ、暗い顔をしている気がする。

 その理由は、薄々だけれど、なんとなく伝わる。


「そんな顔は似合わないですよ。なんでいつものニヤニヤ笑いをしないんですか」

「言うようになったじゃねえかロズ、もうイージスの事は……」

「……師匠のお蔭ですかね」


 私は何かに依存して生きてきた。

 今でも変わらず、その先はイージスからマスターへ、そして師匠へと移った。


 けれど、師匠は、私が能動的に慕う事にした、本当の師だ。


「そっか。いや実はな。……やっぱなんでもない。最悪っぽくねえ」

「なんですかそれ?」


 確かに、まるっとネタバラシするのはらしくない。

 ちょっと吹きだしてしまった。


 それを見たマスターは眉を顰めた。

 悪い感情から来る表情ではない。笑みを抑える顔だ。


「まぁ、なってみてからのお楽しみだ。どんな顔して罵ってくるか楽しみだぜ」

「罵るんですか? よかれと思ってするのに?」

「……そーだよ、怖気づいたか?」


 いいえ、もう今更です。

 私たちはもう、ついていくだけですから。

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