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123. 概念売買

「終わりが見えてきたね」

「……あの世界はまだ2000年ちょっとしか経ってない。いつもはまだまだこれからだろう」


 『運命』のつぶやきに『原初』が応えた。

 『力』が言う。


「あいつに力を与えたのは失敗だったか」

「いや、面白くて大きな変化を起こせたから成功だろう」


 『歪み』がニタニタと笑いながら返答した。

 『無』はそれを受けて言った。


「完結が起きたらつまんないね。失敗と言うなら旅人の方」

「世界が一個無くなるっていうのは、図書館が一つなくなるのと同じような事だ」


 運命が嘯くその言葉に怪訝な態度を取る、残り全員。


「それは、どこの概念?」

「マスター=サージェントが、元々居た世界の諺さ」

「趣き深い」


 『運命』が答え、情報が頷いた。

 『運命』は、どこかに向かうようだ。


「どこへ」

「トワは『力』が『接客』してるから、僕はあの子のところへ」

「そう」


 それだけ言うと、『運命』は姿を消した。




---




「リザンテラを食い殺せ!」

「なんだ……これは」


 リザンテラは驚愕に目を見張る。

 回避に専念しているが、纏わりつくように動くその歪みの塊は、リザンテラの全身を刺し貫くようにして絡み、体に傷をつけていく。

 その歪みの姿は、形を持たない黒き龍。


 ……かなぁ。

 なんだこいつ。

 中空を揺蕩う黒い影の塊がリザンテラへと向かって行く。


 無言だが、どうやら隷属させることには成功したらしい。

 歪みから生まれた生物を買うのは初めての経験だが……とんでもない量の金貨を持っていかれた。


 やっぱ世界に関わるもんは値段が高いな。

 でも、もういい。

 俺の分(・・・)は諦めた。


「どうだ、歪みを操る歪んだ子を相手取る気分は」

「言ってほしいか。最悪だと」

「そう言われると……別にって感じだな」


 リザンテラを抑えるのは影の歪みに任せるとしよう。

 攻撃を仕掛けてくるストリガへ目を移す。

 ……自動実行(ブートストラップ)か。


「わけがわからないのが概念使い(コンセプティスト)、だったか」

「ぐぅぅあああああ!!!」


 ストリガの放つ是正光を大きな動きで避ける。

 かすっても死ぬからだ。


 さてはて、どうやって攻略したもんか。

 未来から強力な存在を召喚する能力ね。

 なんだそりゃ。


 なんでもかんでも呼べたらチートもいいとこだろ。絶対に制約がある。

 自分は呼べない、とか。一体までしか呼べないとか。


 未来から呼ぶ意味はなんだ?

 そこまでに成長しうる最強のパターンの存在を呼べるとすればなるほど、意味はある。


 裏技を使うか。


 ……未来から来た自分が、未来でウケている物語小説を持ってきたとしよう。

 それを自分は世間へ発表する。

 そうして、自分は過去へ戻り過去の自分へ小説を紹介して辻褄を合わせる。


 何も問題はない気がするが、この『物語小説』はそもそも誰が書いたものなのか。誰にもわからない。


「これが自動実行(ブートストラップ)……矛盾を矛盾と認識させずに現在を書き換える力」

「……」


 概念売買(コンセプトディール)


 『正解』を買った。

 金さえありゃこんな事もできんだな。

 俺に買えねえものは本当になくなったみてーだ。

 清々しい気分だぜ。


「種さえ割れりゃ概念使い(コンセプティスト)の能力なんて絵に描いた餅だぜ。諦めたらどーだ」

「……なんだったと言うんだ、貴様と戦ったこの10年は。なんの意味があった」

「自問自答か? 最初っから無意味だったんだろ。是正なんてくだらねえなんて早いうちから見切りつけちまえばよかったじゃねーか。……そうはいかねえんだよな。運命の奴が許してくんねえんだろ。トワもな」

「……」


 リザンテラ。憐れな奴だ。

 歪みと歪みの是正をする是正者に生まれて、その仕事をし続けただけなのだろう。

 善悪の判断もできずに。


 是正者は善か悪かで言ったら、善の方だろう。

 世界の為に、歪みを生む存在を消して回る。

 まさに正義のヒーローだ。


 ただ、歪んだ子の意思は関係ない。

 粛々と殺すだけ。

 俺は、それをよしとしなかっただけ。


 俺たちはそれだけで戦ってきたんだ。


「うごあああああああ!!」


 迫る、意思なきストリガに背を向ける。


「いい加減終わりにしようぜ」

「何を勝手……な」


 辺りの瓦礫が次から次へと空の彼方へ飛翔していく。

 リザンテラはそれを見て驚愕の表情を浮かべるが、本命はそっちじゃない。


 瓦礫たちの重さを買って、『ストリガという概念』に売りつけた。

 結果、見えないほどの速度でストリガは地面に落下して派手に飛び散った。

 真っ赤な花を咲かせて。


 金がどんどん消えていく。

 これまでに貯めてきた、命より大事な金が。

 それでも、決着をつけなければならないんだ。


 ……リザンテラがもうどれだけ召喚し直そうが、ストリガの自重は極大のままだ。

 満足に動くこともできまい。

 俺は空へと飛んでいく瓦礫を尻目に、リザンテラへと話しかけた。


「ストリガはさ、仕事の為に俺を片付けようとしてお前を遣わして、その結果俺から恨みを買って娘を実質的に殺されてさ。挙句の果てにはお前に操られて何度も何度も死ぬ事になった」

「……それが」

「お前も俺も、そろそろ返済の時だ」


 リザンテラに絡みつく影の歪み。

 その重さを極限まで買って、浮いている瓦礫に売りつけた。


 ふっと空の彼方へと消えるリザンテラを見送って、俺はため息を吐いた。

 山のような大きさの瓦礫が地面へ降り注いでいく。


 ああ、ティナになんて言おうか。

 ……できるだけ頑張ったんだ。謝って、……許されるもんじゃなさそうだけど。


 最初っから、全員救った上に俺まで救われるなんて目標立てなきゃ……もっと簡単だったのによ。


 可哀想な奴。

 救われない奴。

 無駄死にした奴。


 いろんな人間の顔が思い浮かぶ。


 その辺の奴全員、もっと楽に殺してやれたのかな。

 実は全員、救えたんじゃないかな。


 ……考えるだけ無駄か。俺は過去には戻れねえんだ。

 『時』は金なりって言うからよ。


 金は金じゃ買えねえんだ。




---




 筆舌に尽くしがたい戦いがありました。


 否、それは、人が想像する戦いとは一線を画したもの。

 概念と概念のぶつかり合いは、人の視点では理解できない。


 戦いの余波で、世界がいくつも壊れていきました。

 終わっていくのは人の命一つでも、村の一つでも、国の一つでも、大陸一つでもなく。

 世界が。二つの概念が戦いあうだけで世界が不意にいくつも壊れていきます。


 そこには私と同じ命を持った存在が何十何百何千何万、何億何兆何京何垓。

 数えきれないほどの命が、家庭が、生活が、営みが、安らぎが、あったはずです。


 それが、ふと終わる。


 恐怖、なんていう感覚では表せないほどの震えが、恐慌が、焦燥が私を襲い、これを観測してしまっている自分の矮小さと無力さに打ちひしがれて、地面に膝をつきました。


「こんな事が、あっていいのでしょうか」

「……運命の指針が揺れ動いている。新たな概念が誕生するかもしれない」


 不意に隣で声が聞こえる。

 そちらを振り向くとそこにいたのは、見覚えのある顔。


「……フェ、フェイト?」

「……僕の元になったのはフェイト=サージェントだけど、彼女とはもう違う概念だから。別人だよ。呼ぶなら『運命』って読んで」


 震える声しか出ない。

 しかし、話す相手が居るという事が思いがけず、同時に少なからず、私の精神の安定に繋がりました。

 それが概念だったとしても。


 呼吸を整えます。

 心臓の高鳴りが、少しずつ落ち着きます。


「……ここは」

「ここは、どこでもない場所。全ての世界に繋がる始発駅であり、終着駅であり、中継地点でもある」


 聞いた瞬間返答がありました。

 まるで何度も予行練習したかのような、流暢なセリフで。

 まるで何度も言ったことがあるかのような、流麗な調子で。


「これから」

「何もできない。君はもう結果を待つだけだ。転がる賽に手を出せばゲームの意味を成さないように、もう全ては進行と結末を見るのみ」


 すぐさまの返答。

 冷酷に、冷徹に、ただ告げる。

 人の形をしているのに、そこにいるのはただの現象なのだと思わせられる。


「脅かしているわけではない、僕は君をどうこうしたりしない。ただ、もちろんあの戦いに巻き込まれても守ったりしない。全てはあるがままにあり、成すがままに成される」


 話の通じなさは概念使い(コンセプティスト)以上です。

 それも宜なるかな、彼らの上位互換の存在なのでしょうし。


「では、待たせていただきます。我らがマスターならば、どんな困難でも乗り越えて助けに来てくれるでしょう」

「だろうね。でも、結末はまだわからない。あの世界に次があるのかすらも。そして僕らはこれからも観測を続けるだろう」

「それが、貴方たちの役割だから、ですか?」


 なんとなく、そう聞きました。

 その返答は、遅かった。


「…………他にすることがないから、かもしれない」

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