122. 世界の真実
「西の空が……歪んでる?」
「……不気味ですね」
「地面が揺れている気がします」
アトラタ城、現マスターキャッスル一号の管理をしているメイドたちは空を見上げる。
まさに天地鳴動。
遠雷が響き地面は唸りを上げる。
オーロラのような光が瞬き、滝の水が如く地面が割れる音が響く。
「世界が滅びるんでしょうか」
「そんな簡単には……」
「でも、こんなの初めてだよ……」
メイド達は掃除仕事を放り出して窓際に集まり、話すことで少しでも恐怖を和らげようとしていた。
不安げな表情でその光景を見つめるのは彼女らだけではない。
アトラタの市民も、シルバーケイヴのウェンドたちも、ルードの城下町の人々も、カントカンドの者たちも、リコの小さな村の人たちも、リデレの是正者たちですらも、恐怖に慄いて自らの信仰する神の名を呼んでいた。
そんな中、希望を捨てない奴隷たちがいる。
彼女らは金銭で取引され、或いは無理やり強奪され、または絆され、更には忠誠を誓わさせられて、一人の男に仕えることとなった。
しかし経緯はどうあれ、今や信頼の絆で繋がっている。
マスター=サージェント。
元異世界人。
彼は『概念』たちの気まぐれによって投じられた一石に過ぎなかったが、今や何かを成そうとしている。
それは、滅びか。救いか。
また、それは誰にとってのものか。
『最悪』たる彼は、何を求めるのか。
何を持って滅びと、救いとするのか。
賽の目が出るのは、もう少し後。
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やれやれ。
シラセはやっぱりうらぎるとおもっていた。
ていたいきずもおってしまった。
ただ、にげるさきをおくじょうにしたのはせいかいだった。
シルキーを、まもれた。
ギャランクを、たおせた。
ほんとうはきっと、まけていただろうに。
うんめいをひとつだけ、……くつがえせたんじゃないか。
もうやすんでも、いいんじゃないか。
どうにも、ちをながしすぎた。
からだがおもい。
あたりは、まだまだたたかいがつづいている。
らんししょくにもえるそらはふあんをあおられるが、どこかなつかしい。
まだマスターとであうまえ。
びょうきにおかされていたころ、いわばのすきまからみたそらは、こんなふうだった。
だれかにたすけてほしかった。
こんなにちからがあるのに。
そのまましにゆくうんめいだと、なんとなくおもっていた。
そこにあらわれた、どこかたよりないかんじの、とくちょうのないおとこのひと。
くすしさまとよばれていたひと。
いまやだれもそうはよばないけれど、いまでもきっと、レッドチリでだけはそうよばれてるだろう。
マスター、これまでいろいろあったけど、たのしかった。
ゆめだったでしもとれた。
おもいのこすことは、ない、かな。
うん、ちょっとだけねむらせてもらおう。
じゅうぶん、はたらいた。
おんは、かえしきれた、かな。
まぶたが……おも……。
おもいな……。
……。
なにか、わすれてない?
なにか……ってなに?
やくそくとか。
したおぼえはないなぁ。
かしかりのやくそくは?
わたしはなにももってないぞ。
ほんとうに?
……ん?
あ。
「……マスターからもらったスキル、シルキーからかえしてもらってない」
あれは、わたしがもらったもの。
わたしが、もってなきゃいけないもの。
マスターからもらった、だいじなもの。
かえしてもらうまでは、がんばろう。
「まだ、しねない」
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剣闘士カインは思案に暮れる。
どーしたもんかね。
シラセの姿はない。
やれやれだ。
焦って出てきた割にゃマスターも一人で戦おうとするし、悠長なこった。
あの、あの超強い半妖精が、見るも無残にボロボロになるような相手も出てくるし。
やー、俺の出る幕がねえ。
つーかそこら中歪みだらけじゃねーか。
世界が完結する前にそろそろ『割れる』ぞ。どーすんだこれ。
誰かが是正してやんにゃ……あ?
拳闘士カインは、思案の中何かに気づいた。
それは、自分の役割。
おいおい、なんだかんだ理由つけて連れてこられたけどよ。
まさか、これが俺の役目か?
是正しろってか?
このバカみたいな量の歪みを?
い、嫌だ。
寿命が減るじゃねえか。
俺の命の是正に回してるエネルギーをこの空間の方に使やあ確かに、保たせる事くらいはできるだろうけどよ……。
ま、マジでか。やるしかねえのか。
世界が壊れちまったら……どうなる?
いくら寿命があっても関係ねえな……。
あんのマスター、選択の余地を与えてくれねえな畜生。
だから最悪って呼ばれてんじゃねえの?
追い詰めといて、択を迫るが引けるカードは一枚。
カードを引いた後でネタバレされんだ。
『わりい、実はどれ引いても同じなんだ』
憎々しい笑顔が浮かんでくる。
……。
ホンット最悪なヤローだ!
あとで追加の頼み聞いてもらうからな!
覚悟しろや!
若干の逡巡の後、カインは駆け出した。
空間が割れ始めている、その付近まで。
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「概念断ちが使えるんだ、もしかしてカントを真っ二つにしたのってキミ?」
「神を斬る趣味はないっす。そもそもこれでカントを斬ってたらそこで死んじゃうっすよ」
シラセ、いつものお茶らけた感じがないね。
髪を切るのは得意なんすけどね、なんて普段は言うだろうけど。
いよいよって言うか。
やっぱり帰りたいんだ。
ボクの存在侵食はどこまでもどこまでも広がっていて、ゼノンの空間すら飲み込む寸前だ。
元に戻る事もできるけど……戻ったら多分死んじゃう。
当のゼノンもクロードも、もうどこかへ去ってしまった。
後に残るのは、この必死なシラセと、ボクだけ。
「2000年間この世界で生きた仲じゃないか。もうボクらくらいしか居ないんだよ? あとはカインとか?」
「確かに楽しい事は多かったっす……! 思い出も一つや二つじゃないっしょ……。ただ、うちはずっと一人だったっす」
「だからこの世界を完結させるの? 冗談じゃないよ」
そう、冗談じゃない。ボクはこの世界が好きだ。この世界に生まれて、この世界で過ごして、この世界を見て回って、お母さんに愛されて育って、色々あって、マスターと出会って……そして今がある。
「うちは、帰りたい! 年も取らないこんな世界じゃなくて、学校へ行って勉強して部活へ行って、友達が居て、帰れば家族が居て、そんな世界じゃなきゃ嫌だ!」
「勝手だよ! そんな君だけの為にこの世界を使おうって言うの? マスターは友達じゃないって言うの? マスターの親代わりだったんじゃないの!?」
「うぅ、それでも、それでもうちは……」
シラセは、ぶれている。
勝手な事情でこちらの世界に来てからは、やはり勝手に使われてばかりだったんだ。
本当の愛を手に入れたかと思ったら、運命に巻き込まれて愛する人を失って、娘も別人のようになり、精神がおかしくなっても仕方がないと思う。
2000年間。
この世界に生まれたボクが、もし異世界へ飛ばされてそこで2000年過ごす事になったとしたら、どう思うか。
お母さん、神様たち、死んでいった友達たち、マスター、奴隷のみんな。
みんなから離れて2000年間。
……ボクは、みんなが居たから2000年間生きてこられた。
そこから離れて、同じだけ。
生きられるだろうか。
……無理だね。
でも、だからと言ってやっていい事と悪い事があるよ。
命を斬る概念断ちの乗った斬撃を、発揮度を高めた命そのもので受ける。
イメージで言ったら、心臓を狙った剣の攻撃を鉄の心臓で跳ね返す感じ。
痛い事は痛いってこと。
……殺したくはないけど、もう取りこんじゃうしかないのかなぁ……。
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……この星、地球の真ん中にはこの世界の核がある。
この星があって、そこからこの星が生まれた理論と現象が発生したんだ。
全部後付け。
宇宙があって、爆発して、そしてうんたらかんたら……なんて理論を考えた人が居るみたいだけど、それはあってる。
そういう事になってるから。
でも本当は、全部この星から始まったんだ。
神様が全部作って、設定して、人間に少しずつ託していって、時には争ったりしたけど……みんなで頑張って作り上げた世界なんだ。
完璧じゃないけど、みんなで考えて、人の幸せと生きがいを生み出せる……そんな世界になってるはずだ。
あるいは知的欲求を満たす為、あるいは発掘物に魅せられて、あるいは戦いを、出会いを求めて。
人々は、神々の思惑通りに地下へ潜りつづけた。
金貨を見つけて大喜びして。
魔物と戦って大怪我して。
仲間と一緒に大立ち回りして。
主を倒して大喝采を上げる。
人々に喜びとやりがいを与える世界の職業システムと魔物たち、そしてダンジョン。
それが、神様たちが作った、この世界の構造。
他の世界がどうなってるか知らないけど、よくできたものだなぁと思う。
んでも、想定外だった事がいくつかある。
一つには是正者があるんだけど、もう一つ。
工業神ルードは、何を思ったのか。
世界の最奥へと向かうダンジョンをどこまでもどこまでも掘り進めてしまった。
それは結局、世界の核へと繋がる一つの道となってしまった。
世界を完結、つまり、世界が終わった後の次の世界すら失くしてしまう、完全なる世界の終了。
それを起こす為に必要なものは、お金と魂。
この世界に満ちるエネルギーの塊。
シラセは、パックから魂の詰まった親愛恋慕を受け取る約束をしているのかもしれない。
ボクを倒せたらあげるとでも言われて。
倒されるわけにもいかないし、親愛恋慕を渡すわけにもいかない。
そもそもパックに持たせておくのも危険だ。
どちらにせよ……。
「ここで死ぬわけにはいかない!」