12. 褐色少女の未来(金貨31枚)
俺は、詠唱を続けながら思った。
『ああ、また後先考えずにやっちまった』と。
ここの族長は、悪ぃ人じゃねえ。でも、人の命を軽く考えすぎる。
戦うのに向いていない女、子供を産むのに不向きな骨格の女、不慮の事故で何かを失った女。
大小優劣年齢本人の思想全て関係なく、使えないと烙印を押した者を地下に追いやる。
病気の者。痩せている者。力のない者。骨を折った者。小さな者。
俺はそこから、大成しそうな原石や、磨けばまた光る宝石を拾って売り物にしていた。
奴隷になったとしても、まともな人に仕える事ができればまた浮かび上がるチャンスはあるんだぜ。
最悪の奴隷商人なんて呼び名で呼ばれてはいるが、それは俺がだまくらかした権力者や貴族、商人達から広まっただけであって、やっている事は義賊に近い。
ただ手段は選ばないし容赦もしない。
ここはズリの山だ。長に認められたダイヤモンドだけが拾い上げられ、残った全てが捨てられる。
そういうのもアリだとは思う。選民思想と苛め抜かれた肉体こそがジャゼウェル族をジャゼウェル族足らしめるものなんだろ。
だが俺には理解できねえ。ベクトルが違うとは言え価値のあるものを、それも命を無駄に捨ててどうしようと言うんだ。
『何かがなくなったからと言って、何かが足りないからと言って、全てがないわけじゃねえんだ』
22年程前の事を思い出しながら、詠唱を完了した。
「奇跡の 一側面」
床に散らばる金貨から、エネルギーが迸る。部屋中を駆け巡り、癒しの力をばらまき続ける。
栄養失調で死ぬ寸前の者、怪我が壊死しかけている者、片目が潰されてしまった者、病に侵され咳が止まらぬ者、皮膚病に侵され膿に苛まれる者。
それと同時に俺の手の中で、ぐずぐずになって死にかけていた肉塊が、少女の形に戻っていく。
全てをまとめて治療していく。欠けた部分が埋まり、折れた部分が繋がり、無いものが戻り、傷は癒えていく。
部屋中の絶望が、悲しみが、苦しみが、慙愧が、怒りが、昇華されて希望に満ち溢れていく。
「歩ける!」
「痛くない……」
「苦しくない……?」
(……)
暗い暗い寒色に包まれていた部屋が、少しずつ喜の暖色に染まっていく。悪くねえ感覚だ。
「おぉ~!」
「……ありえない」
別方向の驚きを見せるシルキーとロズにおどけてガッツポーズして見せる。おめーらの飼い主はやるヤツなんだぜ、何度でも身に沁みさせてやる。
さて、ここから忙しくなるぞ。
「シルキー、ロズと外に出て戦闘の準備しとけ」
「あいさー!」
「せ、戦闘?」
「ロズはまぁ、自信ないなら見てろ。多分蛇か竜が来る」
「へ!?」
完全に混乱してるがまぁ初めてなら仕方ねえだろ。
『アレ』の事を知ってるのは俺の仲間と『是正者達』くらいなもんだし。
……その仲間が、シラセとかも含めると今やどんだけ居る事やら。アジトもいい加減手狭だからそろそろ城でも買おうか。
「すぐ行くから待ってろ」
「はーい!」
「わ、わかりました」
俺は二人を見送ったあと、要件を済ませる為にジャゼウェル族に向き直った。
「くすしさま!」
「薬師さまが治してくれたんだ!」
(……ちゅうせい……)
軟膏とか火傷薬とか日焼け薬とかをよく卸しに来てたから薬師と呼ばれているらしい。薬は専門じゃねえから。副業だわ。
「そうだ、治したのは俺だ。けど一旦それは置いといてな、おめーらハクラ族長の下に付くのはどう思ってんだ?」
困った顔で顔を見合わせるジャゼウェル族の女たち。主に重症だった者たちに話を聞く。
いや正直に言ってくれ。長なら攪乱中だから別に聞いてねーし。
「……横暴だと思っていました。族の為というのはわかるのですが」
「きらーい。ちょっと怪我しただけでも地下送りにされたもん」
「ただ筋肉が多くて胸がでかいだけなのになんで長なのかわからない」
良く思われてねえな。まぁ確認の為に聞いただけだ。
続けて元々元気そうだった者を集めて話を聞いてみ、ようとした時気づいた。
……こいつら胸がねえ。全く。ぐるっと胴体を一周している布に歪みの一つもない。
これはこれで需要があるから値段がつかないってわけじゃないんだが……。少しだけ侘びしい気持ちになる。
「おめーら、俺に付く気はないか?」
「えっ……いやそれは、ジャゼウェル族としての誇りが……」
「お前、長に捨てられたんだぞ。誇りも何もねーだろ」
「……」
「すまねえが虐めたいわけじゃねえんだ、現実を受け入れろ」
「……考えさせてください」
(……)
意気地のねえ連中だ、スッパリ決めるのが難しいっつーのもわかるけどよ。
まぁ俺はダメなやつほど好きだ。磨き甲斐があるからな。
せいぜい悩めばいい。来るっつーなら歓迎してやる……おぉ?
なんだ、足に何かが絡みついている感覚がある。
そう、今まで俺が抱えていた、部屋の中で一番小さな人が居た。
「……なんだお前」
「……ふらんかれど」
フランカレドか。
さっき最初に駆け寄った、一見普通に見えて一番死にかけだった子供。
全身の肉がぐずぐずに腐って、もはや死を待つだけだった少女。
皮膚と肉は完璧に治り、手足はつやつやした褐色の輝きを取り戻している。瞳は赤く爛々と光り、白い髪も一際眩しい。
胸も尻も全くないがそれを補って余りある生命の強さを感じる。こういうやつこそ強くなるんだ。ハクラは上に立つ器じゃねえなやっぱ。
服装は全てが布ではなく、スクール水着のような白いアンダーの上から軽く羽織るように衣と袴を身に着けている。
アンダーウェアと皮膚の隙間にできる、日焼け跡と白い肌のコントラストが目に焼き付く。こいつは威力高いぜ。
……ん?ちょっと待て、なんかおかしいぞこいつ。ジャゼウェル族っぽくない。……もしや。
「混血種で……混職種なのかもしかしてお前」
「……ん」
無言で頷く。こいつも禁忌の子供なのか。
最近『歪み』が多いのはどうも俺だけのせいじゃねえな。
「とうさまがウェンド。かあさまはあそこ」
指さす先を見ると、そこに居たのもジャゼウェル族の少女。視線をやると、ばつが悪そうにふいっとそっぽを向いた。
マジかよ、女戦士系なら獣とかとやっちまう趣味があるかもしれねえからまだしも、ジャゼウェル族の中でも落ちこぼれな、ちっこい系の奴があのバカみたいにでかいウェンドと子供作ったのか。
リアルな話『裂けなかったのか』興味本位で聞いてみたい。
ってーかウェンドって。
シルバーケイヴはここからだと地球の裏もいいとこだぞ。
くそあちーのにあの体毛でこっちまで来たっつーなら根性あるなぁ。その娘もぜってえ強いだろ。どう育つかはわかんねえけど俺のものにしたい気持ちはある。
「ウェンドの血が入ってるなら丁度いい、俺の住処はシルバーケイヴだ。一緒にこねえか」
その言葉に、何を勘違いしたのか顔を赤らめる褐色白髪のチビすけ。
もじもじしている。やめろ、トイレならあっちだ。出すもん出してこい。
ん、……そうじゃあなさそうだ。言葉を待とう。
顔を見つめたまま待つと、彼女は赤い顔のまま短く語った。
「わたしは、しぬところだった。あなたはわたしのひかりで、わたしのすべて。
みらいなどいらない。わたしのすべてをもらってほしい。
『あなたにわがしょうがいと、からだをささげよう。究極従順』」
ちょっと待て、途中から語りじゃなくて詠唱になっている。
つかお前、その文言は……。
光と共に、手元に金貨が降ってきた。31枚もある。と同時に、女の子には似合わないデザインの革製首輪が光と共にフランカレドの首に巻きついた。
金額からしてこの娘には、運命の役者としてとても大きい役割があったのだろう。
それが、どうでもいい疫病によって消えかかっていたところを俺が拾った。
俺の自由にしていいらしい。
……いつもこうやって突然に手放せねえ奴隷が増えていくんだ。『運命』のせいか『歪み』のせいかはわかんねえけどよ。
『絶対服従』が、金を払う事によって相手の人生を買う魔法だとすれば、
『究極従順』は、残った人生を相手に委託する事で金を貰える魔法だ。
っつー事はこの金貨はこいつのもんだ。なんで俺の手元に出てきてんだ。
その金貨を渡そうと思い、
「おいこれ……あ」
気づいたんだ俺は。
金銭術師だから。
この金を返すって事は『お前は金をもらっても要らない』と言うに他ならない。
返せばいい、と言うものも居るかもしれない。おかしいと思うものも居るかもしれない。
だがこれはそういう事なんだ。気遣いが逆に傷つけてしまうお決まりのヤツ。
別に金貨の蓄えはあるから実際貰わなくてもしばらくは困らないんだが……。
逆に聞くことにすっか。
「……『それ』でいいのか?」
「いい」
即答だった。『決心』とか『運命』とか、そんなもんから出る声色の返事じゃねえ。
『意思』と『忠誠』だ。体躯は本当に小さいが、中身は大騎士だこいつは。
燃える様な紅い瞳で見つめられる。よし、決めた。
この子を輝きを放つ存在にするのは、俺だ。
任されてやろう。
彼女は羽織った衣を脱ぎ捨てながら話す。
「わたしは、かえったばかりのひな。たまごをぬぎすてさいしょにみたものをおやだとおもい、すべてだとおもう」
「そうか」
そのまま、袴のような布も自分で剥ぐ。
「そのもほうにはいみがあり、やがていつかすべてがじぶんのためであったことにきづく」
「かもな」
白色のスクール水着のようなアンダーウェアの肩紐に指をかけて、ゆっくりとずり降ろす。
「あなたは、わたしにいみを、かちをみいだせるか」
「もちろん」
褐色白髪の少女はあどけない顔でニッと笑いながら胸をはだけた。
そのままこちらに手を伸ばす。
「ならば、わたしも、ともにゆこう。わたしはあなたのものだ」
「わかったから脱ぐのをやめろ」
かける言葉が遅かったのか止まる気がなかったのか、そのまま最後の白色が褐色と白色のコントラストから離れるのを見た俺は。
蜜切れが悪いな、と思いながら抱き着かれて転倒した。
周りのジャゼウェル族は唖然としている。こいつ色々と特殊すぎるぞ。
術も言葉も倫理観も。
しっかし。
「こんな事してる場合じゃねえんだがな……」