119. 絶対先駆者
『この下には何がありますの?』
『ダンジョンメーカーのルードが居て、世界の核がある』
ガイアの話によれば、国や町の名前はそれを作った神の名前のはずです。
同じ名前の人間……?
魔王というのは基本的に素直です。ソロモンもそうでしたし。
強さからくる自信と、ある種の潔さがある。
その魔王……サタナキアが嘘をつくとは思えない。
概念にたどりつき損なった者がルードの地下151階を目指したのではなく、151階に辿り着いた者が概念使いになってしまったと考えると……。
ガイアの言っていた『あれ』とは……世界の核の事か、またはそれ以外の何かなのか。
シラセが見たものが世界の核だとして、そうする事で起きる問題とは何か。
ルードが地下深くを目指してダンジョンを作った理由とは……世界の核まで辿り着くため?
旅人であるシラセが、それを見てしまった時思いつく事とは……?
……旅人がもし私だったら。
私がもし突然、こことは違う別世界に飛ばされてしまったら。
……帰りたいに決まってますわ。
『望むものが手に入る』
それが、ルードダンジョン151階の噂。
ティナだって、ちゃんと生きたいに決まっています。
こんな体でただ生かされてるだけなんて、嫌でしょう。
だから、マスターの手を煩わせないよう、彼の居ない時に少しずつ探索を進めてなんとか最深部まで潜ったのです。最後の最後でばれてしまいましたが。
私は焦っていました。
マスターは自分の目的の為に精一杯で、私達のことは後回しです。
それは仕方がない事。だから、マスターには迷惑かけたくなかった。
その結果が、マスターどころか仲間たち全員の手を煩わせ、更にはティナに交代する羽目にもなってしまった。
更に言えば、望むものはありませんでした。
あんな棒切れ、欲しくなんてありませんでした。
それでも、マスターは私の事を見捨てたりしませんでした。
ちょっとだけふざけてしまったけれど、とても救われた気分になりました。
ティナを救う希望をなくしてしまったわけじゃありません。
私はあの『最悪』のマスターの奴隷です。
きっと……いいえ。
絶対に、やると決めた事は成し遂げる方です。
彼が救ってくれると言ったのですわ。それは絶対なのでしょう。
私は私のできる事を考えます。
マスターの事を信じて待ちましょう。
あの、自分一人じゃどうしようもない絶望の中、あれだけ劇的に助け出してくれたマスターには感謝の言葉もなく全幅の信頼を寄せています。
私のこの能力も、マスターを殺せる力があるというのに信頼してお傍に置いてくださっている。
だから、それに報いるためにも私たちもマスターの事を本気で助け、全力で信じてあげたい。
歩は止めず、信じ抜いてただ待つ。
それが私の従順である事なのでしょうね。
止めない歩み。今私にできる事は……。
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「……ちょーっと大人げないんじゃない?」
「何がよォ?」
全く。
城の中に人の気配がさっぱりないと思っていたらこういう事だったんだね。
「パック=ニゴラス、クロード、ギャランク……ゼノンも入れて四人ね。各個撃破がそっちの作戦なのかな?」
「そんなところかね? お前が一番危険だ」
青白シャツの男が喋る。こいつがクロードかな?
「こんなか弱いお女の子一人捕まえて危険だなんてひどいなぁ」
「バーカ。調べはついてんだよ」
次はパックが口を開く。
不良に囲まれた時こんな感覚なのかな、今や全然怖くなくなっちゃったけど。
……調べ、ねぇ。
確かにこの2000年間世界中周りはしたけど、能力をつぶさに観察された事なんてないけどなぁ。
やっぱり上位存在のせいなんだろうね、悩ませられるなー。
「やっぱ後ろに誰か居るでしょ。この舞台には不要な何物かがさ」
「……グダグダくっちゃべってる時間も暇もねえんだ」
ぱちん……とパックは指を鳴らした。
じわじわと嫌な予感が背中を駆ける。
咄嗟に飛ぶわけにはいかない。ここはゼノンの空間の中だ。
空間を切り出して外へ出るのも、実は繊細な作業なのだ。
この対面状態では厳しいだろう。
うーん。
「……ありゃ、結構まずい?」
「世間一般的に言ったらよォ、まずいじゃなくて『終わり』っつーんだ」
あれを使うしかない。……けど。
外の歪みがどうなってるかわかんないし……。
……や、四の五の言ってる場合じゃない。
っ……来る!
「無限断裁」
「絶対先駆者」
ゼノンが手をこちらに向け、クロードが走り来る。
「世界混濁!」
迷いから、発動が少し遅れた。
飛ぼうとした後ろ足がそのまま固定されて後ろに倒れる。
クロードの腕が、信じられない速度で私の胴体を貫く。
骨と肉の隙間を縫って、指が目標の器官に迫る。
そのまま。
ボクの心臓が、握りつぶされた。
……ちょっと遅かったか、それとも早かったか。
意識は保てているけれど……あぁ。……肉体はもうダメかな?
2000年間よく保ったよ。
概念使い2人を目の前にしたのは初めての経験だったな。
「……何かおかしいぞ」
「絶対先駆者は発動した、確実に死ぬ」
「ここからだ、……ギャランク、お前は出ろ。人質を見張っとけ」
「御意」
……とある場所に『物質が有る』という事を有『無い事』を無と定義する。
すると、今のボクはその中間の状態だ。
そして、付近の空間にボクの状態を影響させることができる。
それが世界混濁。
限定空間内で使わねば徐々に自分という存在は周囲の空間と物質を食って肥大化していく。
そうすればあっという間に、世界全部が曖昧なフィル=フォーリンとそうじゃない物質の中間存在になって、そうして……どうなるんだろう、滅びるのかなあ。
世界にとってよくないし、ボクもそんなの望んじゃないから試してみようなんて思わないけど……あんまり面白い事にはならないよね。
じわじわとボク自身が広がる。
食べて、飲んで、動いて、成長していくように、ボク自身が広く大きくなっていく。
空間も、物質も、存在も、人間も。
この限定空間の中を全部ボクにしてしまえばボクの勝ちだ。
「……クロード、あれをまとめろ」
「……無理」
指示を出すゼノンと、拒否するクロード。
そりゃそうだよ。
コーヒーに混ざったミルクからミルクだけ取り出すようなもんだから。
「一旦出直すぜ。心臓やったならもうどうしようもあんめえ。……そんくらいで死ぬような奴でもないとも聞いてるがよォ」
『ちぇ、やる気ないねみんな』
出入り口を作ろうとしているゼノンの近くへ浸食を進める。
作られた扉、それが狙いだ。
「……外に繋がらん」
「なん……」
驚かせてやろうか。
扉からボクが出てくるところをボクは見た。
『こんにちは! なんてね』
「ク……! どうなってんだ」
この子ら、多分『なりたて』だ。
能力がなってない。
強くない。
がっつり足止め食らったし心臓潰されはしたけど、概念使いってそんな程度じゃない。
足止めするなら、そのついでに手足を捥いで脳みそ縛って洗脳した上に自爆装置までつけるくらいで普通だ。
心臓潰すくらいなら存在ごと全部潰す方が強い。
『君ら、へちょいよ。パックくんなんでこんな子ら連れてきたの』
「……目的は達したんだがよォ、やっぱ計算違いって出てくるもんだな」
ボクを殺すか無効化して次へって算段だったんだろうね。
さっきみんなが居る時、ゼノンが黙ったのはボクだけを孤立させられそうだったから、プランを変えたんじゃないかなぁ。
『降参しない? もう手はないでしょ』
「あー、5秒待ってくれ」
5秒ってなにさ、パック?
……やばい、気がする。
もうカードは切りつくしてる、はずなのに、なんでこんなにも余裕があるの?
げ、もう5秒経ってる。
と思った瞬間に、ボク目掛けて飛来する太刀筋。
え!?
こ、この武骨な長刀は……!
「搔っ切れ、骨喰い!」
次回は遅くとも8/19には投稿します
追記 日が昇るまでには上げます