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118. 無限断裁

 城へ入ると、そこは……予想はしていましたがまるで廃墟のようでした。

 特に城門などはなく、ただただ寂れた巨大な建物があるだけ。

 一体なんのためにこんなところに城を作ったんでしょうかね?


 白黒チェッカーの床はヒビだらけ。煉瓦製の壁はボロボロで、場所によっては穴が空いている。

 窓も割れていて、そこかしこから植物が侵入してきている。


 こんなところにパックや他の人間が……住んでいるんでしょうか。


「……とりあえず、最奥を目指して進みましょう。トリアナは詠唱が通りそうな相手ならどんどん狙ってください。リタも先手必勝でお願いします。フランを攻撃しないように」

「了解です」

「任せろ!」


 いい返事です。


 城内の探索は驚くほど順調に進みました。

 ほとんどの部屋の扉は蝶番が壊れ、覗き込むだけで中の確認ができ、そのほとんど全ての部屋には何もないのです。

 ……パックの手のものの一人や二人出てきてもおかしくはないというのに。


 歩を進めていく事数部屋。


 カラフルなステンドグラスが窓代わりに貼られている部屋がありました。

 そこは蝶番が壊れておらず、扉も比較的新しい。


「ここ、怪しい」

「……あんのうん。でも何かいます」


 リタとシルキーが扉に張り付き索敵をします。

 開ける役は、リタです。

 ノブに手を掛け、開ける準備をしました。


 ロズも細剣を抜き放ち、メノは盾を構えます。


「フェイト、中に居る人物に検討はつきますか?」

「……クロードかゼノンが居るんじゃない?」


 意外なことに、ちゃんとした返答が返ってきました。

 それは諦観からか、余裕からか。


 今頃マスターは外で戦いを繰り広げているのでしょうか。

 全くの無音、揺れもないのが逆に不安ですが……。


「……違和感があります」


 言いだしたのは、ロズ。

 ……私もそう言おうと思ったところでした。


「……聞きましょう」

「ありがとうございます。……ここは、すでに隔絶された空間の中なのかもしれません。師匠が飛び込んで行った空間と同じ雰囲気があります」


 やはりですか。


「……確かに、ボクの使う隔離空間に似た空気を感じるよ。言われるまで気づかなかったけど」


 フィルのお墨付きをもらったところで確信に至りました。

 という事はやはりここは……。


 リタに目配せをして扉を開けてもらうと、中はまるで教会のような、厳かで煌びやかで、……小奇麗な空間が広がっていました。

 ……城の中に教会?


「待ちくたびれた。……マスターの奴隷たちの方か」


 声が響き渡ります。

 まるで洞窟の中に居るかのような


 若い外見に全く似合わない神父服の男が、突然中から素早く近寄ってきて不躾に顔を覗き込んでくる。

 こいつが、マスターが言っていた『クロードじゃない方』のゼノン……!

 すぐさま千年華の槍(アスフォデルス)を召喚、彼の首元に突きつけるようにして構えた。

 このまま貫くことも辞しません。


「ゼノンですね。あなたに用はありません。パックを出してください」

「……概念使い(コンセプティスト)……なら私がやります! 火よ、灯……れ……?」

「お前の火は届かない」


 トリアナが一瞬の詠唱をすると、大火が現われゼノンを襲う。

 詠唱の途中、出かけていた炎に違和感を覚えたようです。

 その炎は次第にゆっくりとした動きになり、空中で完全に停止してしまいました。


「……炎が、止まった(・・・・)?」

無限断裁(インディターミネイト)


 走り出そうとしたリタが、足を上げたまま地面を転がった。

 心臓を貫こうとしたロズの必中の細剣が、ゼノンの胸の前で完全に固定されて、細剣を手離しても空中から動くことはなくなった。

 フィルも何かをしようとしている様子だが、現象として現れないのでしょうか。

 私の千年華の槍も、ピクリとも動きません。


 そうして、何が起こっているかわからないまま全員が釘付けにされてしまった。


「俺の力はこんな感じだ」

「……これが可能を不可能にすると言われる……能力ですか」

「噂にでもなっているのか。あまり使わないようにしていたんだがな」


 ゼノンは頭を軽く左右に振りながら部屋を歩き回っている。

 首をゴキゴキ鳴らしながら淡々と喋るその口調には、人らしさがありません。

 なんというか生き物の暖かさがない、『人という現象』がただ存在しているだけのような。


 これが概念使い(コンセプティスト)

 人を辞めて、違う何かになりかかった存在。

 実際に見るのは初めてですが、底知れぬ恐怖を感じます。


 能力で、感覚で、様子見で、動けなくなっている私たちを前にゼノンは話し始めました。


「俺は読み物が好きだ。寓話や物語小説を読むのだが、自分の能力をひけらかす様に解説する敵役が多い事に疑問を持っている」

「……納得ですね。相手の理にしかなりませんから」

「お前は俺の話に聞く耳を持ってくれるのか」

「……恐らく戦う事になるでしょうけれど」


 ゼノンは首を振りました。


「戦闘にはならない。究極の強さとは戦わないことだ。話すことで解決が図れないのなら、分かり合えるまで話す。何年、何十年、何百年かかっても」

「……ボクとスタンスが似てるね。能力も。戦うならボクが出るべきかな?」


 フィルがおっかなびっくり歩きながら近寄ってきます。リタのように足を上げたまま転がるような事は今のところないみたいです。

 ゼノンは戦う意思がないみたいですね。私たちが攻撃を仕掛けても全ていなしただけで、反撃するような事はしていません。


「いてえ……」


 ……リタは足をぶつけたようですが。


 フィルはゼノンの前に立って、両手を顔の横でひらひらと動かし敵意がないことを表すと、長テーブルに整然と並べられた木製の丸椅子を一つ引きずってきてそっと腰かけた。

 ゼノンの方にも一つ放ると、彼は空中で静止させ、足の一本を掴んで地面に設置しそこに腰かけた。


「ボクはフィル=フォーリン。旅人の娘で職業は世界の渡り人(ワールドウォーカー)と言うらしいよ。大体2000年くらい生きてる」

「見た目よりお年を召していらっしゃるようだ。自己紹介痛み入る。私はゼノンと言う。職業は知っての通り概念使い(コンセプティスト)身体年齢(・・・・)は今年で20」

「……やっぱり君は言葉で戦うタイプだね。口喧嘩は得意なのかな?」

「得意ではないな。言い負かされる事の方が多い。ただ我慢強い方だ」


 フィルとゼノンの会話は言葉一つ取っても裏の意味が潜んでいる。

 冷静に話しているように見えて、空中には火花が散っているように思えます。


「ボクの能力を教えたら君の能力も教えてくれるかい?」

「その義理はない。ないが、話す事で円滑に話が進むようなら教えてもいい。どうせ対抗策などない」

「そうだね、君の能力を知ったらボクらも諦めがつくかも……なんてね」

「笑わせるな。そんな簡単に折れるような心の持ち主たちではないとパックから聞いている」


 笑わせるなと言いながらも表情は変わりません。

 眉一つ動かさない無表情です。

 対してフィルは柔和な微笑みを浮かべて、まるで母親が子供に語り掛けるような態度で話しています。

 安心感がありますね。


 ただ固定されたものたちは未だそのままです。

 リタも横になったまま足をさすっています。


 ……?

 あれ?


 リタが全く動いていないように見えます。

 手は打ち付けた膝にかざされているものの……。


 そう思うと、フィルが一瞬こちらを向いてばちりとウィンク。

 何かやっているんでしょうか。

 様子を見守ることにします。


「ボクはね、この世界に存在するエネルギー二種類の表と裏……つまり、魔力と歪みをゼロから等価で等量生み出す事ができる……こんな風に」


 両手を空中に差し出すと、その手の中には二種類のエネルギー体が発生しました。

 右手に魔力、左手に歪み。

 球状のそれらは、光を乱反射させながら小さく音を立てつつゆっくり回転をし続けます。

 ゼノンはそれをじっと見つめます。値踏みするように。


「便利で危険な能力だな。色々用途は思いつく」

「そうなんだよ。この歪みを使えば海を割ったり、地面を泥に変えたり、空間をひっくり返したりできる。魔力はボク使えないから溜め込んでるんだけどね」

「……空間をひっくり返す、だと?」


 ゼノンの顔色が変わる。

 別に能力を話したところでさしたる意味も影響もないとばかりに、自分の手の内をどんどん晒していくフィル。

 私ははらはらしながら眺めています。


「ってわけで、足止めしてたつもりだろうけどボクらは出させてもらうよ。実はもうアリス以外は外に居るんだ」

「……」

「えっ!?」


 ゼノンの能力で転ばされたりするのが嫌なので駈け寄ったりはしませんでしたが、リタたちをよく見てみると……案の定。全く動いていません。


「歪みで作った人形だよ。さっきからちょっとずつ入れ替えてたんだ」

「……普通は術者の意思でしか出入りできないはずだ」


 フィルは人差し指を立てて左右に振ります。

 ……この仕草、マスターに似ていますね。


概念使い(コンセプティスト)に常識は通用しないって誰かが言ってたよ。君の常識で測れない相手なら同じ物差しを使わなきゃ」

「……」


 先程からゼノンの様子が妙です。

 予想外の行動に出られたというのに落ち着き払っている様子です。


「フィル、何か変です。気を付けてください」

「はーい、アリスも頑張ってね」

「いえ、そうではなくて……」

「危ないから出ててほしいんだよ。また後でね」


 鈍い音がして鼓膜が痛くなる。

 薄い何かに包まれたようだ。

 それはまるでしゃぼん玉のようで、耳の痛みはありましたがどこか優しい感じがしました。


 幾ばくもせずにその周囲の薄皮が弾けるように割れると、心地よい風が吹き付けてくる。


「……外? えっ!?」


 周辺には仲間たちの姿。

 目の前には、さっきまではなかった漆黒の城門。

 その奥に今まで探索していたのと瓜二つの城が。


 同時にもっと重要な事象が巻き起こっています。

 共有(リンク)の会話が飛び込んでくるのと同時に振り替えるとそこには……。


『おいシルキー、こっちに絶対来るんじゃねえぞ!』

『い、いえす……大じょうぶですか?』

『大丈夫じゃねえ! けど俺がなんとかするから早く城に戻れ!』


 嘶く有象無象。歪みの数々が生き物を媒介として次々に顕現していく。

 それらが出現する場所は、どこからか現れた谷、もしくは大穴。

 さっきまで広がっていた草原は、土の茶色と暗闇の黒色で塗りつぶされている。


 一体何があったのでしょう。


 ……などと悠長に考えている時間はありませんでした。


『全てを無へ是正する歪みの光線をストリガが撃っている。当たれば死ぬぞ! もう地面が無茶苦茶だ!』

『……ストリガが? マスター……やれますか?』

『やるしかないだろッ!』


 返答は必死です。一人で妙な形状の蛇とも龍ともつかない生物の大群を相手取りながらストリガをも牽制しています。

 マスターが振るう武器は、彼自身の倉庫にある最大威力のものである地裂大斬(グランドヴァリー)

 大味すぎるその斬撃も、あれだけの量の歪みが相手となっては心もとないくらいですが……なんとか優勢に戦闘を続けているようです。


 ストリガは……血走った目で量の腕から光線を放ち続けています。

 それは大地を抉り、生物を狩り殺し、マスターをつけ狙う。

 マスターはなんでもないかのように避けながら戦闘を続けていますが、もし当たってしまえばいくら優勢と言えど即死は免れないでしょう。


 加勢したい。けれど足手まといになるわけにはいかない。

 私が死ねば……マスターはどう思うでしょうか。


 ……いいえ、もし私が加勢すれば、マスターは絶対に私が死なないように無茶な立ち回りをするでしょう。

 そうして彼に死なれるのは……困ります。

 マスターが居なくなったこの世界……想像したくありません。


 後ろ髪を引かれながらも私は漆黒の城門を潜って、城へ再突入することになりました。


『アリス早く!』

『すぐ行きます!』


 そうです、急がねばならないのです。

 パックを懲らしめて、シラセを止める為に。


 二人ともどこかに居るのでしょう、この城のどこかに。

 私たちはマスターに背を向けて城内へと走っていきました。









次回更新は恐らく8/15(月)になります。

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