115. 善悪
「ここが、パックの根城っすか」
「ここに、マスターのしゅくてきが」
古ぼけた、今にも崩れそうなその古城。
蔦に包まれ、ひびに蝕まれ、風にさらされ、土に還りつつある。
そんな自然が生み出した装飾が、灰色レンガを優しく彩る。
長旅だったっす。
馬車では途中までしか来れなかったので、西ゲランサを経由して砂漠を抜け、ガルア地方に入った山の麓のあたりからはずっと歩いてきたのだ。
途中ドラゴンに襲われたのだが、フランが一瞬でなます切りにしてしまった。
焼いて食べてみたが淡白な肉質であまりうまくなかった。
「フラン、覚悟はいいっすか。多分概念使いが数人居るっす。また死ぬかもしれないっすよ」
「マスターにもらったこのいのち、マスターのためにちらすのならおしくはない」
「いい子らに慕われてるんすね……マスターは」
しみじみと呟いたのは親心にも似た気持ちから。
マスターもフランも、自分とは100倍の年齢差がある。
まだ若いっす。
死んでほしいってわけじゃあない。
でも『命の使い処』は人それぞれ。
フランがマスターの為に死にたいと言うのなら、止めはしない。
マスターにはマスターの、フランにはフランの生きる目的がある。
そう、このうちにも。
最終的に誰が正しいかなんて誰にもわからないくらいの善悪を。
人として生まれたもののあるべき姿を。
旅人の本来の姿を。
マスターに、パックに。
死んじまった神の連中に、まだ生きてる魔王たちに。
『なりそこない』に、そして『アレ』に。
見せてやろう。
ジョニーが死んだ時は本当に悲しかったっす。
これが運命なのかと。
二千年も生きて初めて愛した、最初で最後の人。
それでも、また一人に戻っただけ。
うちは、何回も一人になってきたっす。
元通りになっただけ。
だから、うちはもうやり遂げるだけだ。
集めたお金の意味を。
ルードで知った真実を。
この世の悲しい理を。
見せてやるっすよ。
「……」
不敵な笑顔で遠くを見つめるシラセ。
フランが彼女を見る目は、冷たかった。
命の恩人に向ける目ではない。
それは、値踏みをしているような。
フランは考える。
彼女は自分にとってプラスであるかマイナスであるか。
ではなく。
どれだけマイナスなのかを。
二人は城門の向こうを見据える。
門自体は錆びついていて開け閉めができないからか、完全に開け放たれている。
その姿は、まるで地獄の門のように黒く、冷たく。
入るものを拒みはしないが、出ようとする者には容赦のない死神の鎌が振るわれる。
そんな印象を受けた。
一歩一歩扉に近寄る。
強風が吹きつけた。
それは、自然のものか、天候使い、精霊使いのものか。
二人の背中をぞわぞわと駆け抜けるのは風か怖気か。
「……これは、はげしいたたかいになりそうだ」
「……そうっすね」
二人の視線が射貫く先には、紺色基調の海賊姿をした男。
ポケットにだらしなく手を突っ込んで不敵に笑っている。
待ち構えていたかのように。
辺りの空間が揺れ、曲がっていくように見える。
首元が死の気配を感じてちりちりと痛む。
これはもはや慣れてしまったいつもの、戦闘開始の合図。
「概念使いっす! 初めて見るヤツっすね……」
「いかなるあいても、たちふさがるならばきるのみ!」
三人は、一つの空間に飲み込まれた。
あとに残るのは不気味な門と、そこから見える城だけ。
軋んだ音でベルが鳴る。
運命が告げる、最後の戦いの幕開け。
軍配は誰に上がるのか。
その行方はもはや、神すらも知らない。
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「するってーと、今の世に概念使いとして生きているのはもう数少ないのか」
「そうだよ、最初の概念使いアダムはもう死んだ。猫道、ソリチュード、テセウスも居ない。生き残っているのは、トワを除いて二人だ」
俺たちはカインから情報を引き出すのに躍起になっていた。
マスターが質問をし、カインがそれに対して答える。
ベッドに腰掛けて座るのはマスターとカイン。
俺はその隣の柱に寄りかかり、腕組みをして聞いていた。
なまじ色々な事を知っているからこそ、語りをカインに任せれば全てを話そうとしてしまう。
それではどれだけ時間があったとしても足りない。
だからこそマスターは面倒がりながらも一問一答形式でカインを質問攻めにしていた。
「その……残り二人はどこに」
「パックの根城だろう」
ここでも出てきたか、パック=ニゴラス。
もはや驚きの声も出ない。
「能力は?」
「クロードが最高先駆者。不可能を可能に変える能力だ」
「……原理とか、方法とか、そういうの聞いても無駄だよな」
「概念使いに常識の二文字はない」
俺にはマスターとカインの会話はほとんど理解できないし、会話に出てくる能力者の倒し方もさっぱり想像つかない。
それでも、俺は二人の会話に集中した。
他の皆はすでに寝ている。
俺だけが起き出して、許可を貰って聞いているんだ。
ガイアが俺の体に居なければ、参加させてくれなかったかもしれないけれど……それでもいいんだ。俺だってマスターの役に立ちたい。
「最後の一人は?」
「ゼノン。能力は無限断裁。可能を不可能に変える能力だ」
「……どっちも理解できねえな。この二人兄弟だったりするか?」
「しない。二人が似通った能力になったのは偶然だ」
ひょっとしたら、どちらかの情報がガイアの記憶にあるかもしれない。
詳しく聞く為に、口を挟もう。
「……外見について聞いてもいいか? マスター」
「いいぜ」
「外見か、クロードは紺色と白色の縞が入った特徴的な服装をしている。船乗りのような恰好をした男だ」
知らない。けれど、今後遭う可能性もあるのだ。
覚えておいて損はない。
「……もう一人は?」
「ゼノンに決まった外見はない。……けど、もう二人しか居ないんだ。概念使いがいて、それがクロードじゃなきゃゼノンだ」
「そんな適当でいいのかよ……」
俺がぼやくと、戦うわけじゃねえしなとマスターが軽く頷く。
……俺は、戦う事しか考えられねぇから、そういうわけにはいかねえんだ。
不可能を可能に、可能を不可能にする概念使い。
もし俺が、こいつらと戦闘になったならどうするべきか。
「……俺なら逃げるかな」
「いーや、戦う為に俺を奴隷にしたんじゃないのか」
戦ってみなきゃ、わかんねぇだろ。
な、マスター。
「それも選択肢に入るようにしただけだ。基本的には避けられりゃ避けたいところだな」
「ま、マスターが逃げるっつーなら俺は従うだけだ」
「そうだな、目下、相見える可能性は……残念ながら高い。フランとシラセがパックの城へ向かっちまってるから迎えに行かなきゃなんねえし。……シラセの独断はうさんくせえな」
よくは知らないが、ルードダンジョン攻略の時にマスターが雇った用心棒らしい。
「……シラセって、あん時の用心棒だろ? 俺が留守番してる間どうしたんだ」
「さあ、地下150階で魔王と接触した時に、どっかに飛ばされちまった」
150階から飛ばされたって事は、ルードの魔宮製造者に選ばれて151階に入ったって事だ。
……。
151階にあるもの。
……アレを見たのか?
旅人が? アレを?
「……まずいぞマスターよ、すぐにシラセの元へ向かうのだ」
「ガイア? いきなり何の話だ」
俺の体が勝手に喋る。
不安の心が流れ込んでくる。
ガイアが、何かを伝えようとしている。
その、内容は。
途轍もなく、突拍子もなく、意味もわからなく、どうしようもない。
どういう感情を持てばいいのかもわからなかった。
「このままだと、世界が完結する」
次回投稿なんですが、体を壊し入院してしまったので未定となります、本当に申し訳有りません。