114. 幸せ
異次元倉庫の一室。
そこには俺たち、アリスとトリアナ、フィル、ロズ、リタ、カシューと、連れてきたカイン。
あとは十代前後と思しきジャゼウェル族とウェンド族の身寄りのない女の子をちょちょっと借りて連れてきた。お菓子と金貨はいっぱい握らせてあるから、ちゃんと言う事聞いてくれている。
記憶の売買とか催眠術は最終手段にしたい。
フランが居りゃ丁度よかったんだが……今はシラセが連れてっちゃって居ないんだよな。
居ても断られるかな。いやでもアイツスキモノっぽいしな……。
「で」
「なんだい? 俺はこれから君から貰った奴隷たちに愛をばら撒かなきゃならないんだ。忙しいから後にしてくれ。一年後くらいに。子供ができたら祝ってくれよ」
「また股間を粉々にしてやってもいいんだぞ。今度は治らないように不治の小刀で切断してやる」
少女に囲まれちやほやされている男はカイン。
病的なまでに若い子が好きらしいと言うのは見てわかるが、そのクールな振る舞いとは裏腹に冷や汗が滝のように出ている。
やはりトラウマはこびり付いているのだろうか。
好きだけど怖い、みたいな。
俺もライオン好きだけど触るのはちょっと……って感じだし似てるな。
リタなら全然触るけど。
話が円滑に進むようにシルキーが居れば脅しやすいんだけど、彼女は諸事情により謹慎中だ。
まぁ居ないのは俺も困るから今日中に出してやろう。
シルキーを閉じ込めた部屋にぶちまけてある粘液は、触れればほかほか暖かく、また体内に入ると痺れと痒みを伴うものだ。俺が調合した。
今頃は体の疼きが止まらなくなっているだろう。
やっぱり今日中に出してやろう。……なんつって。
「わかったわかった、ここまで至れり尽くせりしてもらってやっぱ話さないは通らんよな。なんでも聞いてくれ」
「……そうだな、まずは俺の計画から聞いてほしいんだが」
「計画? ……そういえば君はなんか世界中で名前売りまくってお金集めて、何が目的だったんだ? 名前は通っているから知っていたんだけどな……」
こいつを奴隷にしたのは、全てを話してしまってもこいつから情報を漏らされないようにする為だ。
もう隠し立てをする必要はない。
「概念になって法則を書き換える。禁忌の子がループの末に消滅してしまわないように。未来の未来のその先の、世界が終わったあとの……そのまた先の未来に生まれる彼女たちを救う為に」
カインはそれを聞いて、目玉が零れそうになるくらい目を見開いた。
二千年生きた是正者ですら驚く、スケールの違う話だ。
「……正気か? マスター、君には関係ない話なんだろ? お前はループしないじゃねーか」
「やっぱなぁ。なんか薄々そうじゃないかと思ってたんだよ」
「知らなかったのか。……あぁそうか、だから確証を得る為に俺に話を聞きに来たんだな」
「そゆコト」
俺の口から、ちゃんと目標とした事を話すのはこれが最初で最後だろうな。
俺の奴隷たちは話さずともちゃんと理解してくれてるだろうし……。
振り返ってアリスたちの方を見る。
全員が全員、口を押さえたりぽかーんとしたり、誰しもが唖然とした表情をしている。
えっ。
「マ、マスター……常日頃世界を買うと仰っていたのは」
「なんて事ですの、……私たちの為に? でもそれは……」
「……ボクも、永く生きてきたけど……それを断言しちゃう人は珍しいね」
「……『お前たち』に私は含まれていなさそうですが……」
「俺もそもそもを言えば禁忌の子じゃねぇしな」
「この話は奴隷でもない私が聞いてもよかったのか?」
えぇっ。
それからはもうやいのやいのの大騒ぎ。
どこから漏れるかわからないから濁して言っていたのが裏目に出た。
いや、勿体ぶってたわけじゃないんだ。
「だから、共感通信士とか催眠術師とかが蔓延ってるこの世界で声に出してものを言う事は危険なんだ! 濁して言えばわかってくれるかなと思ってた俺も悪いと思うけどさ!」
「それでも私たちの事ですし、話しておくのが筋じゃありませんか! 大体概念になるってなんですか! 私から離れてどこかへ行ってしまうって事でしょう? 『トワ』みたいにどこかへ……!」
「そうはそうだけど、お前ら死んだ後の事考えた事あんのかよ! 死んだあとどこへ行くか! 俺は死んでも次はないんだとよ! でもお前らは……違うんだろ!」
「死後なんて先の事知りません! みんな今幸せになりたいんです!」
アリスが珍しく激昂している。
常に優しく笑顔を振りまき、何をされても平常心な彼女が怒っている。
……いじわるするとちょっと仕返しされるけど。ツッコミで殺されたりするけど。
突然、トワの名前を聞いたカインが割り込んでくる。
「お前らトワにも接触でき……」
「ちょっと黙っててください!」
アリスが制止した。
カインは、彼女の剣幕に気圧されたようですごすごと女の子たちの元へ戻っていった。
ああ、本来の目的が離れていく……。
「マスター、ちゃんと私の目を見て話しを聞いてください」
「……わかったよ、聞くよ」
アリスの目を見る。
青く澄んで、どこまでも透き通っていくような深い深いブルーの瞳。
最初に迷いの森の中で出会った時は、完全に一目惚れだった。
今や一緒に生きて生きて生き抜いて、そろそろ十年になるだろう。
お互い奴隷だから、どちらが主人という事もなく対等な扱いをすると心に誓い、共に戦い、時に助け合って生きてきた。
でも、心のどこかで。
俺が主人なんだから、救ってやるのは俺なんだと、勝手に決めつけていたんだ。
「私はもう、救われました。森の中の商館で誰かに買われ飼い殺され、ひっそりと幕を閉じるだけの人生だったのを……マスターは大きく変えてくれました。
それは戦いに溢れ、多くの死と別れに彩られた道のりだったけれど、それでも多くの感動がありました。
世界とはこんなに広かったのかと、食べ物とはこんなに多彩なのかと。人の体と言うのは、こんなにも様々な情報を受け取る事ができ、感情を表す事ができ、そして……」
アリスはそこで一旦区切る。
呼吸をする。
右手を侍女服の胸元に持ってきて、左手を添えた。
「人と言うものは、こんなにも暖かなものだったんだと知りました」
「……アリス」
アリスは、目に涙を溜めているわけではない。
決意だ。決意的な目。
俺はその雰囲気に圧されて、後ずさりそうになった。
「私は、私たちはいいんです。何度繰り返して、何度苦しい目に遭って、何度も死んで。絶望の先に魂の消滅と言う『最期の終わり』が訪れようとも」
「なんでだよ……なんでそんな事言う。俺が目指してきたのは、なんだったんだよ」
声を荒げず冷静に、受け答えをする。
俺は、せめて普通に、人並みに、生きて死んで生まれ変わって。
そういう普通を手に入れて欲しかっただけなんだ。
それが救われるって事だと思ってた。
でも、違ったんだ。
「マスターと共に生きて共に死ぬこの人生の存在こそが私の救いです。これ以上は……要りません。……トリアナ、フィル、貴方たちは……どうなんですか?」
「概ね同意見ですわ」
「ボクもそれでいいよ。十分すぎるほど生きたしね。ボクら旅人の一族はちょっと一週が長すぎる」
……。
マジかよ。
「これまで頑張ってきた事は、全部無意味だったのか?」
「無意味って事はないですわ。マスターはこの生で手に入れられるほとんど全てを買いうる財を持ってるでしょう、それって実質世界を買えるって事と同一ですわ」
……そうか?
「マスターと一緒に頑張ってきたのは、楽しかったよ。いいじゃん、この世界終わるまで何億年もあるでしょ。寿命を買ってさ、ボクと終わりを見てみようよ。きっと楽しいよ」
それはちょっと怖い。
「そうですね、私もマスターに買われなければ師匠と出会う事は無かったでしょうし……恐らくどこかであっさり死んでいた事でしょうね。そういう意味では私もついでではありますけど、救われた事になるんでしょうか」
悪かったってロズ、でも俺の奴隷なんだから胸張ってていいんだぞ。
お前も幸せにするのは俺なんだから。
「……俺も、ダンジョン発掘でしか役に立たないなんて言われてたし、罠に引っかかって死ぬところを助けてもらったし……もう救われてるって言わないでなんて言うんだろな……」
リタもな、今や手放せない人材だし。今度なんか買ってやろうか。
愛とか。春とか。
「……」
手持無沙汰なカシュー。
なんかもう戻れないところまで首を突っ込んでいると思う。
折角だから勧誘してみようか。
「仲間になるか? 給料くらい出すぞ?」
「……奴隷はごめんだが料理人くらいならやってもいい」
一般契約頂きましたー!
メイドナンバーズたちに料理を教えさせるのも、悪くないな。
そこに、どしゃっと半妖精が空中から現れ落ちてくる。
粘液塗れでぐっちょぐちょだ。
ビスチェが濡れてスケスケになっている。
「よく出られたな、あの部屋の壁は何十層も種類の違う硬い物質でできたミルフィーユになってんだぞ、ダイヤの層もあるのに」
「全ぶ……もやした……」
シルキーは顔が真っ赤な上、涎が垂れ流しになっている。
舌が痺れて動かないのだろう。
痒みもあるようで時々その舌を軽くはんでいる。
「はなしはきいてた、わたしも大じょうぶ。……へやにだれかいたからひっしに出てきた」
「……なんだよもうみんな」
みんな、これ以上の事は必要なかったのか。
……早く相談しときゃよかった。
やれやれ、とため息をついていると、シルキーが潤んだ瞳でこちらを見てくる。
「どうした」
「あの、かゆいの」
「どこが」
「……おなかの中……あと足のあいだ……うずく……」
内股になって、お腹を抱えて座り込んでしまった。
面白いからほっとこう。
こういうのは溜めこんでから発散させた方が幸せ度も高かろう。
恨めしそうな視線と冷ややかな視線が四方八方から突き刺さる。
これは俺の幸せだ。無視してはいけない。
最悪と言われるほど自分を自覚できる。
それが俺の喜びなのだ。
ニヤニヤしてシルキーを見ている俺の額から千年華の槍が生えて貫通した。
な、なんでいきなり……。
「とっとと幸せにしてあげてください」
*
場所は変わらず異次元倉庫の一室。
キングベッド二つで繰り広げられた狂宴も今や静かなもので。
葉巻を咥えて座るカインの後ろには、裸の少女たちが折り重なるようにして寝ている。
俺の後ろにはシルキーとリタとアリスが転がって寝ている。
なんか完全に話をするタイミングを失ってしまった。
理由もなくなってしまったし。
概念になるのは断念するとして、じゃあ何を目標にするべきか。
そりゃまぁ決まってるだろう。
「第一目標! みんなで幸せになる! 俺たちはこれから幸せの探究者だ。世界で一番幸せにならなきゃ俺が許さん」
返事をする者はいない。
アリスたちはみな、すでに寝ている。
起きているのはカインだけだ。
「……そうだな、俺も幸せを探して生きた結果、こうなった。……お前はどうなるかね?」
「ま、今のはスローガンであり最終目標でもある。とりあえずパックに記憶ロックを解除させて、トリアナと一つになっちまったティナとソロモンをなんとかして……それからだ。特にパックなんか急いでなんとかしないとおちおち寝る事もできねえ」
「そりゃ大変だな。面白そうだし俺にも手伝わせてくれないか? 生きる活力が湧いてきてるんだ。今な」
お、いいんじゃねーの。
是正者が仲間になったら百人力だぜ、奴らの情報も手に入るかもしれねえし。
「ところでお前、妹が居るんじゃなかったか? さっぱり姿を見ないが」
「ああ、フェイトなら……」
壁を指さす。そちらには何もないがその壁の向こうは。
「あっちの方でぬるぬるになってると思う」
「なんで!?」
「ショック療法で元の性格に戻らないかなって思って……」
「最悪かよ!」
17日投稿予定でしたが少し遅れます。何度も変更申し訳ありません。目途が立ち次第また書きます。