113. カイン(金貨5万6千枚)
「おめーがカインか」
「……マスター=サージェント、ねぇ……。こんな大物になるとは思っちゃ見なかったけど。……そんな大人数で何の要件だい。それとそっちのチビすけをちょっと離れさせてくれないか」
アトラタの城下町、闘技場付近のとある安宿で俺たちはカインと接触した。
二千年前から生きる、俺たちに直接害を成さない是正者。
そいつは冷静に話し始めたかと思えば後半、物凄く早口になった。
チビすけと呼ばれたシルキーは、赤い方の右目の前でピースサインを構えてじっとカインを見つめている。
……こいつらなんかあったのか?
「けいかい」
「……どうしました? シルキー」
「変たい」
言葉短かに返答して警戒をするシルキーは真剣なようだ。
やる気だ。むしろ殺る気だ。
……何があったかは知らんが、こいつが妙な動きをしたらすぐ教えてくれるだろう。そのままにしておこうか。
さて、交渉に移ろう。
俺の交渉は、相手の強さ、能力、意思にほとんど関わらず、金額の大小だけで決まると評判だ。
「要件は、まぁ色々あるんだが……最重要なところから行こうか。俺の奴隷になれ。拒否権はない」
カインは手を横に広げて大袈裟なため息をついた。
「……やれやれ、条件次第では呑んでやってもいいが……俺を買うなら高いぞ。他の何が買えなくなっても知らん」
……俺が世界を買おうとしてる事、知ってやがるな。
片目を瞑って思考をする。嵩にかかってこられると面倒くさい。余計な支出をする事にもなりかねねえしな。
「一応聞いてやる。何が望みだ」
「そうだな、とりあえず身の安全……これは当然だが命と自由の保障両方を含めてほしい。それと……」
まぁそんくらいなら全然構わん。男の奴隷は近くに置いときたくねえからどっかに隔離はさせてもらうけどな。
契約内容に穴がありゃカード化くらいは狙わせてもらうか。
「幼くて可愛い女の子をたくさん用意して欲しいんだが」
「歪んだ力……」
「ちょっと待ってシルキー! やめやめやめ!!」
「ころさなきゃ……」
片羽をばたばたさせながら暴れる半妖精の図。あんまり見ない光景だぞこれは……。
要求の内容もかなり突飛だ。もしかしてシルキー……。
「シルキー、こいつに何かされたのか?」
ドスを利かせた声で、カインを睨みながら聞く。
カインは斜め上に視線を流し、口笛を吹き始めた。
……お前本当に二千歳の爺さんなの?
「そんざいが変たい」
「……わかんねえよ、なんもされてねえんだな?」
「…………さわられた」
「嘘つけ!!!! お前に股間を蹴り潰されたのは俺だぞ!!?」
シルキーの言いざまに突然声を大きくしたカイン。
いやー……シルキーは結構嘘つくタイプだからな。
ほら、紅蒼の両目が泳いでいる。
お前……股間蹴り潰すとか滅茶苦茶するな……。
「……嘘つきはお仕置きだぞ? ホントに触られたのか?」
「ほ、ほんと」
『本当は?』
『……う……う……うそじゃなくてほんと』
共感通信士の力で思念を捻じ曲げやがった。
捻じ曲げたって事は嘘じゃねーか!
確定! 確定!
「ででーん! 嘘つきは倉庫待機だ!」
「そんなぁーーーー……」
シルキーは足元に空いた空間に一瞬で吸い込まれる。
錐もみ回転しながら落下していく先は……。
「待機と仰られても、出口から出て来られますよね?」
トリアナが聞いてくる。
そうだな、みんなが普段入る部分は本当に氷山の一角だし、全貌を知るものは俺以外に居ないだろう。いっちょ解説してやろうか。
「特製のぬるぬる薬品部屋に閉じ込めた。出口はない」
「おおおお……!」
リタが期待の視線を送ってくる。
……そんな世界でいいのかお前は。
……そう、アリス、いいぞその軽蔑の視線。主人を見る目じゃない。これを見習うんだみんな。
いいぞカインとか言う奴。悍ましいものを見る様なその目。まるで魔王にでもなったかのようだ。
……。
やってる事魔王と変わんなくね?
……いいさ。視線をカインに戻そう。
「えっと……俺は無罪って事でいいか?」
所在なさげに聞いてくる。
まぁ、いいだろうけど、それと交渉が有利になるかどうかは別の話だ。
「いいが……なんだっけ? 可愛い幼女? なんで?」
「なんでだと? いいかよく聞け」
あ、これ演説が始まる奴だ。……遮ろうか?
「世の中と言うのは若きものほど美しく強いのだ。男も! 勿論女も!」
「間違っちゃねえな?」
それが幼女とどう……繋がるけどよ。
可愛い子いっぱいはべらせたいだけだろ?
「そうだ! この数十数百数千年生きてきて理解したのだ! 若きこそ至高! 若い者にこそ力と美しさと未来がある! それを我が手に収め、喰らって生きる! それこそが最高最上最優雅にして最快適な最強の人生なのだ!」
「別にお前の力が無くても何にも構わねえし、その夢くらい叶えられんだけどさ、そうまで言われると阻止したくなるよなぁ」
後ろを振り返る。ほぼ全員げんなりした顔をしていた。
俺、今日初めてこいつに会ったけどそのテンションで何千年も生きてきたんだよなこいつは。
疲れる。
「フィル、どう思う?」
「ボク? ……話は聞くだけ聞きたいけどこいつの願いを叶えるのは癪だなぁ。って言うか二千年も前から生きてるのに、今日の今日までボクと顔合わせた事ないよねキミ。名前くらいは聞いた事あるけどさ」
カインはフィルの顔を見やる。
興味深そうな表情を作り、芝居がかった動きで手を頭に添えて話しかけた。
「んん? お前は旅人の娘か? そうだな、目立つ意味はないからこっそり暮らしてたのさ。名前は俺にオイシイ話を持ってきてもらう為にそこそこ売ってあるんだが。闘技場賞金ランキングとかな」
部屋の中をゆっくりとうろつきながら、話を続けるカイン。
なんかペースに乗せられてきた気がするぞ。
ここらで一発かましておくか?
俺からの剣呑な気配を感じたのか、カインは軽く手を振りつつ話を続ける。
「戦うのは……その半妖精がそっちに居る限りその気は起きないから安心しとけ。敵わないよあんなん。……交渉が進まんな。拒否権はないんだろ? どうするつもりか教えてくれ」
「俺が知りたいのは、お前を生んだアダム、そいつに力を与えた神アダマース、そいつの上に居る存在の情報だ。拒否権が無いっつったのはお前を無理矢理買って奴隷にした後シルキーに情報を抜いてもらう事が可能だからだ」
金をあんまり使いたくないと言う話は知ってるだろうし言わねえ。
そこまで言ってやる義理もねえし。
「構わんが、そこの旅人の娘や旅人の方が情報を仕入れるのには向いていないか? 俺はしがない一是正者だぞ」
「その是正者がなんで是正しないで長生きしてるのかにも興味あるしな」
「俺を見て『人生を謳歌している』と思ったなら俺の人生は成功だったと言う事になる。それだけだ」
なんて奴だ。職業の意味がねえ。
利己的で自己中心的な奴だな……。
「どちらにせよ、両者とも納得できる賭け金は持っているけれど、テーブルに乗せるのは嫌だ……という状態ですわね?」
トリアナが切り出した。
賭けだのなんだのと彼女が言うと、ゴールデンゲートを思い出すな。
……状況を整理しようか。
俺は、金は払いたくないが概念の情報は欲しい。
ついでに過去の話も聞ければありがたい。
カインは、幼女が欲しい。
が、別に無理してどうこうと言う話ではない。
手持ちの奴隷をくれてやるのが手っ取り早いか。
契約者の力を使えば約束を反故にするのは難しいだろうし。
「やっぱり拳で決めるしかねえだろ!」
「それもそうだな」
今のは両方ともリタだ。
「戦って負ける気はしませんが」
「契約者の力を使って決闘で決めたらどうだろう」
「悪くないんじゃないか?」
アリスやロズ、カシューまで加わって、戦闘をする流れになっている。
カインはというと。
「あの半妖精が戦うんじゃなきゃ全然構わねえぞ。俺だってほとんど負けた事はねえんだ。拳闘士が戦いを避けてどうすんだよ」
拳を上げてファイティングポーズを取るカイン。
どうしてそう血気盛んなんだおめーらは。
「よし決めた、こうしよう」
「やっとか。俺のコレクションに可愛い子が増えるのが楽しみだぜ!」
カインはニコニコしている。
うむ、最初から勝つ気満々の奴を見るのはこうも面白いもんか。
これ見よがしに、金貨を山積みにする。
俺の目の前には金色の山ができていく。
2万枚くらい出しただろうか。
嫌な予感を察したのかカインが飛びかかろうとするがもう遅い。
「契約者の名の元に、汝の未来を買い受けん! 絶対服従!」
「やっぱお前は! くそ、交渉の気配を見せといて! 最悪だ!」
「嬉しいね。さあ何枚目で堕ちるかな?」
必死の抵抗も空しく、5万6千枚ほど使ったところで隷属の証がカインの首に纏わりついた。
それでもまだ攻撃の意思はあったようで拳を振りかざして迫ろうとしてくる。
それを楽しそうに止めるのはリタ。
戦いに飢えていたのか? 戦闘狂かよ。
「カイン落ち着け、お前は別にただ奴隷落ちしたわけじゃねえ」
「離せ! 俺は人生を謳歌したいんだ! 少女を寄越せ!」
ひどい言いざまだなオイ。
そんな、奴に耳打ちしてやる。
……。
カインは目を見開いて、まるで初めて、自分が大好きな歌手のコンサート会場に行った時のような顔をした。こっちの世界にコンサート会場なんぞないが。
カインのぽつりとつぶやいた言葉に、俺は納得してこくりと頷いた。
突然大人しくなったこいつを見て、みんな驚きの視線を送ってくる。
いい気分だ。
「なんて仰ったんですか?」
不思議そうな顔で聞いてきたのはアリス。
なあに、単にこう言ってやったのさ。
「褐色肌と純白肌、どっちが好きだ?」
返答は『どっちも』だったぜ。
……そんな目で見るなよ、照れるだろ。
次回は7/13(水)となります。