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112. 死と滅びの大陸

「……んで、またよくわからんところに飛ばされたんすね」


 シラセは、砂漠が見える海岸に居た。

 海に叩きつけられたはずだったが、ぴんぴんしている。

 現象と結果に差異が生じているようだ。

 しかし、そこから発生する歪みは旅人の能力によって散らされ無害となる。


 マスターのように概念から直接与えられる能力と言うのは、常識を外れたものが多いのだ。

 それが強いかはまた別の話。


 シラセは辺りを見回す。

 砂漠と海岸が連なれば、もちろん見渡す限り砂だらけになる。

 ほぼ水と砂しか見えない光景。


 しかし、その状況に於いても彼女が絶望しなかった理由が三つある。


 一つには、これはもちろんだが……シラセは旅人の能力に目覚めている。

 いつでもリオエントラクーンに戻れたし扉の世界へ行くこともできた。


 もう一つは、目に見える場所に村があったという事。

 そこはリコの村だ。

 シラセにはまだ知るよしもないが。


 更にもう一つには。


「……おぉ!? 旅人だ!」


 赤髪の女性、ファリスが旅人の能力の発動を捕捉して瞬間移動してきたのだ。

 勿論面食らうシラセ。


「わあ!? 突然出てこられるとびっくりするっすよ!」

「ごーめんごめん、旅人って二人しかいないらしいから珍しいなーって思ってさ。やっと会えたって感じだよ! ねえ君どこから来たの? 名前なんて言うの? どんな字を書くの?」


 物凄い勢いで迫られるが、シラセはそういうフレンドリーな人間が嫌いじゃない。

 すぐに平然とした態度を取り戻し、優しく返答した。


「うちはシラセ、もとい、白瀬 小百合っす。漢字で書くとこうこう……」


 シラセは、杖を使って地面に文字を書いていく。

 砂文字に上手下手もないが、ワームが這いずりまわったような、妙ちくりんで名状しがたい文字形をしている。


「わあ、漢字の名前なんて初めて見たよ。こっちの人はみんな共通語の固文字だから珍しいな」


 固文字とは、シラセが前に居た世界で言う、カタカナの事だ。

 他にもこの世界では、平文字や漢字、詠字の四種類が共通語として使われている。


「そうなんすよね、だからいつもはシラセってだけ名乗る事にしたっす。女性に(あざな)があるのも変らしいし、サユリって名乗るのはなんか……こっぱずかしいっつーか」

「えー、いい名前じゃない。サユリちゃんって呼んでもいい?」

「いやっす! いやっす!」


 駄々っ子のように腕を振るシラセ。

 その表情は楽しそうだ。


「そっかそっかサユリちゃんか! よろしくね!」

「だからサユリちゃんじゃないっす!」


 ニコニコと照れた顔で否定の身振りをする。

 それでも赤髪の女性はぐいぐいと迫る。


「私はファリス=フォーリン。詠字で書くと、FARES=FALLINって感じ。よろしくね!」

「詠字? 日本人じゃないんすか?」

「日本がどこだかわかんないけど、少なくとも君みたいな髪色の人は居なかったかなー? ……ふふふ、それにしても君、綺麗なみどりの黒髪(・・・・・・)をしてるね」

「その言い回しも多分日本特有のものだと思うんすけどね……ってちょっと!? 勝手に髪に触んないで欲しいっす!?」


 ことわざや言い回しが被る事、似かよる事は当然だ。

 概念たちはそう言った、似た世界から旅人を選んでいる。


 選ぶ先の世界も無限大にある。

 よって多くの人間は移動できない。

 いくら概念と言えど手間がかかるのだ。


「私達、友達になれそうだね! 今度、娘を連れてくるよ!」

「うおあわわわ……、はぁ、はぁ。……む、娘っすか? 若いのに頑張ったっんすね」

「若くないよ、サユリちゃんより結構年取ってると思う」


 私ら旅人は年取んないみたいだからねーと、へらへら笑いながら話すファリスに、ホントっすか? と返すシラセ。


「夢の不老不死だよ。……不死じゃあないらしいけどね」

「でも不老って、すごくないっすか? まだ現実感ないっすけど」


 そう、すごいんだよ。

 ファリスは笑顔のまんまで、口だけちょっと引き締めて気持ち真面目な表情を作った。


 それでも、張り付き染みついたそのにこやかな微笑みは消えないまま。


「うまくすれば死なない。死なないって、どういう事だろう。……死ぬって、どういう事だろう」

「哲学っすか? あんまり得意じゃないっすね……考えすぎると頭が割れそうに痛くなるっしょ」

「ううん、哲学じゃなくて、みんなが考えなきゃいけない問題なんだ。誰しもが絶対に直面するその、死ぬっていう事から目を逸らしちゃだめなんだよ」


 ううーん、と一唸り。

 シラセは腕組みをして首と腰を曲げ、体でクエスチョンを作った。

 ファリスは、急いでるけどこれだけは伝えたいと、そう言って姿勢を正させた。


「みんなさ、人生には意味があるって思ってるんだよ」

「そりゃそうっしょ、みんながみんな職業を割り当てられてて、みんながみんな生を全うして生きてる」


 ファリスは首を振る。


「そうじゃないんだよサユリちゃん。人生自体に意味なんてない」

「じゃあ、人ってなんで生きてるんすか?」


 白瀬 小百合。

 うちはなんで生きてる?


 元、都立青翔高校一年一組、バスケットボール部所属。

 得意教科は体育と保健。

 将来の夢は……。


 ……田舎に住んで。

 ダンディで男らしい人と結婚して。

 共働きでもいい、子供を作って、静かに暮らしたい。


 ……叶うかな。


「……うん、それだよ」

「そ……れ?」


 シラセの声は震えている。

 泣き出す寸前の赤子のように。


 いや、もう涙が出ているんだ。


「人は夢を叶えて、幸せになって、最期まで生きて……」


 そして、死ぬんだって。

 ファリスも、声にならなかった。


 彼女は、夫の話を一度もしていない。

 きっとファリスの伴侶は、この世のどこかで生涯を遂げてしまったんだ。


「いい、サユリちゃん。人生ってね、値段がつけられないくらい高価なんだよ。勝手に買う事なんてできないくらい。一度きりしかないんだからね」

「わ、わかってるっすよ」

「うん、だから、自分の為にもそうだけど、誰かの為にその命が使えたら、それが一番だって思えるんだよ」


 ファリスは伝えてあげたいという親心から話し始めたが、最後には思いの丈をぶちまけて、えんえんと号泣し続けた。

 同じ立場の人間に初めて会えて、悲しみと苦しみを分かち合える人に出会えて、心から安堵したのだろう。


 シラセは彼女の事を、すごく優しくて、寂しがり屋な人だ。という評価を下す事となった。

 ファリスが泣き止むまで、シラセは彼女を抱きしめた。




 一方その頃ファリスの娘、フィル=フォーリンはと言うと。


「お母さーーーん!!! 一人じゃ無理だよーーー!!!」


 西大陸北の果て、ガルア地方に修業と称して(・・・・・・)置いてきたのだった。

 そこは天候を操る青龍(ブルードラゴン)の生息地。


 蛇のように長い巨体、ぴんと張った二本の髭。

 切れ長の目、蒼の瞳。

 口は耳の位置まで裂けて、時折舌が飛び出している。

 牙は岩をも砕くほどで、鉱石を飲み込んで体に蓄える事ができる。


 この龍は、口から雷の玉を吐くと言われる。

 口内に帯電器官と軽金属の排出器官が備わっていて、摂取した重金属は鱗に溜めこみ、無類の硬さと金属毒を持つ。

 この帯電器官を駆使して雲を操り雨を降らせたり、逆に散らして晴らせたりができるとか。


 三匹の巨大な龍に追われる彼女は、地形を文字通り変えながら必死に逃げる。

 そんな事は物ともせずに次々破壊し突き進む龍たち。


「こんなのから逃げ延びてカントまで行けなんて無理だよ!!!」


 本当に危なくなったら助けてくれる……ハズだと言う事はわかってるけど、声に上げねばやりきれない。

 龍たちは石柱や落とし穴程度では平気な顔して渡ってきてしまう。

 試行錯誤の末に……。


「これでどうだあああああ!!!!!」

「グガ!? グオオオオオオ!!」


 ささくれのような、反対向きの針山を道すがらに設置して逃げる事で、ようやく龍たちの進行を止める事ができた。


「……お母さんがやってみなきゃわかんないって言ってたのは、こういう事なのかな」


 試行錯誤の末に自力で辿り着いた解は、単に教えられた以上の価値と経験になる。

 それを教えたくてフィルに苦行を強いているのかもしれない。




 ガイアはひた走る。

 黄金の光を放ちながら、洋上を駆ける。


 北東大陸へ向けて。


 近寄る土埃と、魔法による煙。

 是正と歪みの力。


 血と肉と焦げた何かがぐちゃぐちゃに混じったような匂い。

 森が、家が、海が燃えている光景がガイアの脳裏に映る。


 見えてきたのは戦いではなく、ただの大火。


 是正者が神に喧嘩を売るという事は、神々の恩恵を受けてきた人類は神を護る為に動くだろう。

 その人類たちと、是正者が戦った。

 勿論ここには契約によって強化された歪みの子達も参加しては居たが……。

 そもそもの相性が悪すぎる。


 現象を起こした端から是正され、歪みの子たちは優先的に殺されていった。

 人間を滅ぼされる事を嫌った神々は、ガイアのように存在階級を落としてでも人類たちの前に出て戦おうとした。


 その結果は……。


「……ジョザイア達が……居たはずだっただろうこの大陸は……」


 神々で最も力のあった戦いの神とも呼ばれるジョザイアと精霊の神エメントが率いる人類たちは、その大地全てを道ずれに、実に呆気なく敗北した。

 木一本も残らぬ黒色の大地だけが構成する大陸となり、地面と空気に染みついた膨大な魔力を元に魔物の発生地となっていった。


 こうして、魂を持たない『体』と『力』のみを持った生物、魔物たちが、世界へ広まっていくのも時間の問題だった。


 ガイアの低く唸るような遠吠えが、リコの村やリオエントラクーンにまで響き渡りこだました。

 リコとリオンは全てを悟って、そっと目を伏せた。









次回は7/10(日)です。あと3話程度で最終章に突入する予定。

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