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110. アダムとカイン

 リコの村人は、全員が重戦士である。

 彼らは鎧を自在に着こなす才能を持ち『タウント』という相手を挑発する能力を持っていた。


 お蔭か、村の人々の口調は荒く、女性でも男のような口調で喋る。

 鎧は、他の村から錬金術師や鍛冶師が越してくるまで存在しなかったが、先天的にそれを操る才能を持っていたのだ。


 移民にもその口調と才能が伝わり、重戦士としての形質を発現させるところまで行った者が現れた。

 その移民たちにも重戦士を名乗る権利が与えられ、村長はその者にのみリコ出身の者との婚姻を許可した。


 この入れ知恵をしたのは勿論土壌の神リコ。

 直接人間に干渉する事はもうできないので、ガイアを通して人間に伝えたのだ。


 それを知って面白くないと思ったのは、重戦士としての才能を開花させる事ができなかった者達と……。

 アダムだ。


 禁忌の子というシステムに捕らわれると、魂が擦り切れていってしまう、なんて事は、今を生きている者にとって無意味で無関係なのだ。


 アダムは思った。


「禁忌によって歪みが生まれてしまうのならば、その全てを是正していけばいい」


 彼は重戦士と錬金術師の間に生まれた、板金術師(メタルケミスト)だ。

 鎧づくりに長けるが、錬金術師としての力も重戦士として戦う力も失ってしまった職業。


 彼は、その能力を捨てる修業をする事に決める。

 果てしない日々を虚無で塗りつぶし、運命の役者としての役割を全て放棄して、アダムという存在を押し殺し生きた。

 数十年の日々が無為に過ぎる。


 運命の役者として大きな力を持っていたはずのアダムが完全に何もしなくなった事で、浄化システムにバグが起こる。

 魂を削る為にループを起こす機構が誤作動して、肉体と能力に影響を与え始めたのだ。


 そうしていつしか、アダムの器は空っぽになった。


 魂も、体も捨て去り、能力も消え果てたところで彼は概念に器を引かれた。

 だが自らその手を振り払い、概念に触れることで歪みの仕組みを知る事に成功したのだ。


 仕組みがわかれば、是正の方法がわかる。

 魂と体をもう一度器に受け入れ、アダムは最初の是正者として目覚めた。


 そう、彼は最初の是正者であり、同時に概念使いでもある。

 皮肉にも、概念になろうとして失敗した者達が数多く居る中で、唯一概念になりうる存在だったアダムは自らそれを断った。


 彼は世界を廻り、無垢なその言葉と体験と、巨大な魂の力によって女性の心を掌握し、子供を作って回った。

 知っての通り是正者が子供を産むと、もう片方の親がどんな職であろうと是正者になる。

 こうしてアダムは寿命が尽きるまで、世界を廻り子供を産ませ、是正者を増やし続けた。


 その増えるペースはなんと、禁忌の子が増えるペースよりも早かった。


 この状況に目を付けたのが、公正の神リデレ。

 彼女はその彼女自身の名を冠する街を、是正者が集う街として設定した。

 よかれと思ってやったのだ。


 禁忌の子は神にとっても疎むべき存在。それを直してくれるというのなら、手を貸すべきだと思ってしまったのだ。


 そこで、その街に集った是正者達を取りまとめる事になったのがカインという名前の、拳闘士の是正者であり……。




---




「ちょっと待てェェェェェェ!!!!」


 リタがとんでもない勢いで一人ツッコミした。

 ガイアはリタの体で喋ってたんだからすごく不自然な状況になっているぞ。


「どうしたんだリタ、なんか変な事喋ってたか?」

「カイン、今でも生きてるぞ! 俺たちこの間戦っただろ!」


 マジで? と思いつつアリス達全員に目を移すと、ほぼ全員がふんふんと首を縦に振る。

 シルキーだけ嫌悪感を露わにしている。カシューはなんの事かわからない様子だ。


「……どーゆー事?」

「ええと、マスターがこの城を留守にしている間にグローリス=アトラタ王からの襲撃があった事は話しましたよね」


 聞いた。とりあえず頷いて返す。


「その時の襲撃メンバーの実力者は、グローリスの他に、傭兵アルスライン。戦士ギルベル。半妖精サワフボ。痛みのマルキルト」

「マルキルトが来てたのか!?」

「死にましたからもう関係ないですわ」


 トリアナがアリスの代わりに返事をする。

 ……それは安心だが。


 サワフボって、アレだろ。概念使いテセウスの息子。

 なるほど、その時に親愛恋慕を持ってきて、シルキーに殺されて、茂みに落下したと。

 繋がってきたな。


「話は逸れましたけど、……残りの一人が拳闘士カイン」

「懲らしめるだけにして、闘技場との繋がりを残したんだったか?」


 そんな奴が居るなら色々知ってそうだな。

 ただ。


「なんで是正者が闘技場で拳闘士なんてやってるんだ」

「……それも、賞金ランキング一位という話ですが」


 いや本当に何やってんだろ……。


「カインは是正者の力を持って是正者として生まれはしたが、その力を振るって歪みを直して回ろうとはしなかったようだ」

「……問題は、なんでカインは千何百年も生きて来れたんだ。旅人じゃあるめーし」

「自分の命の是正に力を回したから……とか」


 フィルが妙な事を言いだした。

 そんな事できるのか……?

 いや、是正は概念だからできるかもしれない。


 本来意味の違う器の(ゆが)みと、空間の(ひず)みを是正するのが是正者だし。

 まぁ前者は直すというより壊す方が主だが。


「まぁ、あとで問い詰めに行こう。今は……続きを話してほしい。むかーし昔、何があったのかは俺も文献でしか知らねえし、興味もある」

「……わかった」




---




 是正者は増えに増えた。

 禁忌の子を殺す為に、禁忌の子が歪んだ現象を起こしたなら、それをもかき消す為に。


 是正者の危険に、最初に気づいたのは戦神ジョザイア。

 続いて信仰神カント。


 ジョザイアは北東大陸に居た為に、中央大陸のリデレに駆けつけるのには時間がかかる。

 武力を送り込むにも距離がある。


 ジョザイアは、通信能力に優れた妖精族を作った魔法神フェイと、連絡を密に取っていたので東と中央では情報のやり取りができていたのだ。


 しかし、我々西大陸の者たちはそんなことなど露知らず。

 アダムを生み出してしまったのは我々西の者だと言うのに。


 ……中央大陸で戦争の準備が着々と進む中、これまた突然旅人がリコを訪れる。

 彼女の名前はファリス=フォーリン。


「や、ファリスです」


 燃えるような真っ赤な髪を持った、見た目は若く見える女性だった。

 しかし、その瞳に秘められた強い意志と老成された態度から俺は考えを改めた。


 リコの街には140人くらいの人が居たが、彼女はその誰にも目をくれず真っ先に獣であるこの俺のところにまでやってきたのだ。


「……人に話しかければいいだろうに物好きな奴だ」

「君が神の使いだってのは見ればわかるしね」

「何用か?」

「是正者と神々の間に戦争が起こる。近いうちね。是正者達は神々を『歪ませる者』だと捉えているみたいだ。僕らにとっちゃ危険極まりない発想」


 赤髪の女性は、突拍子もない事を言った。

 リコが話を聞く為に近くまで来た。


 人間界に干渉する力はもう尽きているので、それこそ聞くだけ。


「この村の神、リコが来ている。話したい事があるなら話してくれ」

「簡単な事だよ、是正者の狙いは歪んだ人と、神だ。是正者を見かけ次第人間を嗾けて殺してほしい。それと、いざ大きな戦争に発展してしまったら、そこに戦力を差し向けてほしいんだ」


 戦力……この村では俺しか居ないだろうな。

 リコの声は俺にしか聞こえないが、旅人に向かって話すように言葉を紡いだ。


『……是正者を生み出したのは、この私です。その責任は取らねばなりませんね』


「……リコ、お前が責任を感じる必要はない。悪いのはアダムの両親だ」


『いいえ、元はといえばあれ(・・)が悪いのです。ただ、この方向に運命が流れてしまった原因は私にあります。私が責任を取らねば』


 禁忌の設定をした『もの』、元はといえば悪いのはそれだ。

 この世界という舞台に居るもの全員が勘違いをしている。


 真に戦うべき相手は誰か。

 真の悪は誰か。


 それが見えずに拳を向ける相手を間違えたまま、戦いが始まってしまうのだ。


「いいかな、娘が外で待ってるし次へ行かなきゃならない。リコさん。どうか死なないよう、人間を見守っていてください」


『わかりました』


 赤髪の女性は俺たちから離れ、同じく赤髪の少女を連れて、ふと気づいた時には居なくなっていた。

 俺も、戦わねばならないのだろうか。


 俺が守るべき、リコが衛るべき、神が護るべき人間と。


 しばらくリコの村では仮初めの平和が続きはしたが、俺たちの与り知らぬ北東大陸で戦いの火蓋は切って落とされていたのだった。







次回投稿は7月3日(日)になります。

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