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11. 治療費(金貨55枚)

 今頃シルバーケイヴは夜11時か……。

 まぁ向こうには昼も夜もねえ上にこっちはまだ太陽が真上だが。

 そんな事を考えながら、砂以外何もない砂漠をひたすら歩く。バックパックが若干重い。

 昔来た時あまりに暑すぎたので、氷でスケートリンクを作って涼しく、移動も簡単にしたところ、ジャゼウェル族長に烈火の如く怒られた。

 楽に流れると人はダメになるらしい。

 そういうのを他民族に押しつけるのもどうかと思うが……。


 っつーかまた大移動したみてえだな……。

 扉設置し直さなきゃならねえじゃねーか……。




 ジャゼウェル族は褐色の肌、白い髪、赤い目を持つ少数民族だ。

 髪が白いのに肌が褐色というのに違和感を覚えるかもしれねえが、ありゃただ焼いてるだけだ。


 元々砂漠の民じゃねえのにわざわざ砂漠に来て生きてんの。元々全身真っ白い民族だからか、太陽にやられて皮膚病で死ぬ奴が多かった。

 だから俺が軟膏や日焼け用油を仕入れて、ほぼ原価で流してやっている。

 酔狂な民族には酔狂な取引をすんのさ。


 油を流通させるようにしてからと言うもの、民族の肌が全員常にてっかてかするようになり、流石に限度があるんじゃねーのかとドン引きしたものだ。

 岩場の上の方へ行くと全裸で焼いている豪胆な者も居るが、そういう区画は男子禁制だ。

 なんで知ってるかっつーと、空を飛んで移動してる時見つけちまって怒られた事があるからに決まっているだろ。

 別に覗きたくて覗いたわけじゃねーし、ここの女戦士みたいなムキムキの奴は好みじゃねえ、あと売れねえ。


 このあたりじゃ空中飛行も禁止されちまった。

 チート使いがチートほとんど使えないんじゃどうしようもねえよな。

 まぁ世話んなってる長を裏切るわけにもいかねえ。我慢してやろうじゃねーの。


 あとな、この民族の特徴に女性優位がある。一部の者は身長や体つきが男性より強く逞しく育つ。2メートル超える奴も居る。前族長がそうだったな。

 まぁそういう者が民族の権利者となるのだ。

 つまり、過剰なほど筋肉がついていて背も高く胸も大きい、そんな人が長になるって事よ。

 質実剛健って感じだな。


 お蔭でひ弱なものは淘汰されていく。いくらでも居るんだ、背も胸も小さく筋肉もない病弱娘が。

 そういう子はほっとくと死んでしまう。だから、俺が助けて(さらって)やるのさ。

 『絶対服従』スキルで買う場合は銀貨40枚前後で合法的な入手ができる。

 しかし、とりあえずさらって懐かせてから契約すれば無料だ。

 『色々と』仕込んだ後、好事家(こうずか)に売りさばけば金貨10~200枚は取れる。幅が広いのは本当に素材と相手に寄るからだな。


 ロズにあれこれと知識を与えながら歩いていると、ちらほらと山羊の姿を確認できるようになってくる。

 遠方に水場が見えた。植物も少しずつだが視界に入るようになってきている。

 スプライトがキュイキュイと音を立てている。思ったより早いぞクソ。絶対防御の追加契約が切れそうだ。


「シルキー、1枚よこせ」

「いえすまいますたぁ!」


 シルキーが抱えている財布から金貨を1枚貰う。

 それをぞんざいにスプライトの口にぶち込んだ。

 日光を遮断するだけで1時間半あたり金貨1枚か。仕方ねえなぁ。

 女性の肌は売りもんだ。こればっかりは如何に『最悪』と言えども大事にしてやらねばならねえ。

 ロズ本人はなんもわかっちゃなさそうだが、こいつはいい素材だ。


 いつか感謝しろよ。




---




 そこはただの岩場のように見えた。

 しかし近くには砂漠とは思えない程度の草木が生い茂り、ところによっては水場がある。

 山のように大きな岩の亀裂を覗き込むと、褐色肌の人間たちが生活をしているのが見える。ジャゼウェル族だ。


 岩と岩の間に渡し木をかけ、そこから干し草を吊るしてカーテンを作り住居としている。

 私はマスターとシルキーの後ろを着いていく。奇異の視線が突き刺さる。こういった事は初めての経験だ。

 話し言葉は共通語ではないが、何を言っているのかはゆっくり喋れば通じるだろう。


 子供たちが集まってくる。マスターが取り囲まれたのだ。

 彼は微笑みながら何かを言うと、子供たちは岩場の奥を指さした。

 そこには、ジャゼウェル族の長と思われる、雄々しく、肉々しい、筋肉の塊のような女性が居た。

 ゆったりとした黄色っぽい布を羽織って、それを金属と皮でできたベルトで留めただけの格好。

 ここの女性は大体そんな感じだが、すぐに日焼けができるようにだろうか。

 それを言ったらそれこそ男性は、腰布とベルトだけだから日焼けし放題だ。


 しかしこの人、若くは見えるが、その……、なんと言うか。


 ブサイクではない。


「アロー、ハクラ族長。ご機嫌麗しゅう」

「アロー、最悪の。よく来てくれた」


 共通語だ。挨拶だけは違うみたい。アロー?というのか。

 そしてマスターは『最悪の』と言う通り名で呼ばれている。不思議な話だ。

 


「アトラタ王を捕らえて来ました。こちらに」


 胸ポケットから適当な感じで取りだしたそのリアルな絵には、アトラタ王が監禁されている画像が映っていた。その上からサインと判が押してある。

 ……その絵を見ていると、何か怖気のようなものが走った。この絵はもしかして……生きているのか……?


「うむ、確かに。報酬は金貨50枚だったはずだな……」

「間違いありませんが」

「持ち合わせが足りないわけではないが、余裕がない。族の者をそちらで選んで構わんので何人かつけるから、安くしてはくれまいか」

「わかりました、戦士として有能そうな者は避けて5人ほど選ばせて頂きます。色を付けて10枚ほどでよろしいですか?」

「いや、そういう話なら8枚でよい。必要のないものにそこまでの額を付けるのは本意ではないからな」


 本意ではないと言いながら、普通の奴隷5人で金貨8枚なら一般の奴隷相場の20倍どころじゃない。

 ジャゼウェル族の希少性は周知の事実であるので、ひょっとしたらこれがマスターが能力を使わなかった場合の相場なのかもしれないけれど、なんという買い物をするのか……。


「ここにも地下はあるのか?」

「案内しよう」


 地下とは?

 本当に地下があるのか、それとも通称なのかはわからないが、族長は干し草のカーテンを潜ってどこかへ向かう。

 マスターとシルキーもその後へ続く。慌てて私もそれを追った。




 岩場を斜め下に掘られたその砂岩製の階段は、すぐにでも崩れそうに見えた。

 何かで塗り固められているようで、実際にはそこそこ頑丈なのだろう。


 地下の広場に辿り着いた瞬間、マスターは顔色を青くした。横になっている子供たちに駆け寄る。

 顔に手を当て更に青ざめる。

 族長は平然としている。その体調の悪そうな、『戦士になれぬだろう者』がどうした?とばかりに。

 金貨を周囲にばらまき詠唱を始めた。一体なんだと言うんだ?


「精霊神エメントと治療神セレスの名に於いて遂行す―――」


 その言葉の旋律を聞いた族長の表情が変わる。


「それは禁忌の……!?やめろ!!そんな事をさせる為に連れてきたわけではない!」


 先導していた族長が、マスターの突然の行動に狼狽する。胸に隠し持っていた護身用のナイフで攻撃を仕掛けようとしている。

 こ……これは、自由になるチャンスと見て加担すればいいのか?

 マスターの為に止めればいいのか!?わ、私はどうしたら……。

 どうしたらいいんだ……。




「おささん、とめたらだめですよぉー!ますたぁはいつだって優しくて!正しいので!

 がい成すものよ、全てをわすれ、乱れてまどえ!『情報(いんふぉ) 攪乱(でぃすたーばんす)!』」


 シルキーが財布を構えて、危なっかしい滑舌で唱えた呪文は、生まれてこの方聞いたことがないものだった。

 魔法使いの操る混乱(コンフューズ)に似てはいるようだが、あちらは攻撃対象を惑わせるというだけのものだ。

 こちらはと言うと……。


「……?」


 族長は不思議な顔をしながら周囲を見回し、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 まるで周囲の物事が理解できない様子だ。


 マスターは詠唱を続けながらシルキーに親指を立てる。

 シルキーも親指を立てて返答する。

 無言で通じ合うその関係が、ちょっとだけ羨ましかった。


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