109. お茶っ葉(1缶銀貨90枚)
リオエントラクーンは、めっちゃでかい国になった。
いや、元からでかかったんすけど、人が入って国になったって事っすね。
どこからともなく人が現れ、何事もなかったかのように生活が開始された。
そこには『昔から国があった』と設定されたんす。
リオンは広場の真ん中に居た。
特に注目を集めず静かに、うちが来るのを待っていたかのように。
うちが住む事に決めた家には、誰も来なかった。
もしうちが来なきゃ、誰かがこの家に生まれていたらしい。っつーことはっすよ、うちが誰か生まれる予定の人を殺しちまったも同然……。
ってわけじゃないみたいっす。
その事について話してみると、こう返答された。
「全体で使う魂の量は決まってるから、その家に住む予定だった人の魂は別のところに行ったよ。君が悩む事じゃない」
リオンはそう言ってくれた。
こん時はまだ15年くらいしか生きてなかったっすから、なんつーか自分で言うのもなんなんすけど、純情だったっすね。
その言葉には救われたっしょ。
でもちょっと気になる事があったっす。
「魂の量、ってなんすか?」
「えっと、人としての資質、かな。運命の役者としての価値と言ってもいい」
量が資質?
首を傾げていると、納得したように訂正した。
「ああ、えっとね。僕ら神に割り当てられた魂の量は決まっていて、それを人間にちょっとずつ分配して自我を持たせているんだよ」
「色々腑に落ちないっつーか、……いっそわかんない事全部聞いてもいいっすか?」
「うん、いいよ。色々知って、僕らが死んだ後も人々をいい方向に導いて行けるのは旅人だけだから。今のうちに世界を渡って、巡ってほしい」
もう全部腑に落ちなかったっす。
なんで、神様を赤い屋根の綺麗なうちの家に呼びつけて、二人っきりの会議をする事にしたっす。
お金は神様の力である程度『持っている事になった』からお茶っ葉とか急須くらいは買ってきたっす。
1缶銀貨90枚ってどうなんすかね。
かまどでお湯を作ってお茶を淹れてリオンに出し、会話を始めた。
内容はさっきの続きから。
「割り当てられるって誰からっすか?」
「『あれ』とか『概念』とか呼ばれる存在かな。僕らよりも上の存在」
「運命の役者って?」
「うーん……その人が、どれだけ大きい事を成す可能性があるかって事かな。実際には何も為せない可能性もある」
「魂の量が多い少ないで違いはあるんすか?」
「多いほど運命の役者としての価値が高い。少ないほど何も為せないのさ」
「ホントにっすか? 少ないと何も為せない?」
「成功率が低いかな。どれだけ鍛えても、どれだけ強くても、肝心な場面で考えられない大ポカをやらかす。何もないところで転んだり、武器が汗で滑ったり、何故か魔法が出なかったり、あっさり死んだり」
「魔法っすか!? 魔法ってなんすか? うちにも使えるっすか!?」
「すごい食いつきだね、君の世界には魔法がないのかい」
「ないっすよ! 使えるんすか? 使えないんすか?」
「トレーニング次第、かなぁ。でも旅人の適正ってのは旅人しかないから……」
「じゃあ旅人って何ができるんすか?」
「瞬間移動」
そこで知った情報は多すぎて頭で整理は全然できなかったっす。
でも、うちの心を奪ったのは魔法。
瞬間移動が使える、という話を聞いたので、早速使ってみる事にした。
使い方は、行く先の『座標を指定』して『魔力を使う』らしい。
「……座標を指定ってどうやるんすか?」
「君は呼吸の仕方を人に聞くのかい?」
そのレベルの話なんすか。
とりあえずやってみるしかないと思ったんで、頭の中で座標を思い浮かべて……。
「……センスの問題なんだけど君には不安しかないね」
「移動できないっすけど」
聞けば、頭を使うのではなく魂を使うのだとか。
魂で……あそこに移動したいと思う、って感じっすかね。
何かが発動しそうな雰囲気はあったんすけど、ちらりと思い浮かぶのは故郷の映像。
そっちには飛べないんすかね。
気合いを入れてみるっすか。
はぁ!
なんて。
……行けないみたいっす。
体を包み込んでいた不思議な感覚が、そのまんま薄れていって消える。
「そのままだとどんな形で能力が発動しちゃうかわからないから、……普通の魔法から練習しよっか」
「センスないっすか!?」
センスだけで生きてきたうちにとってちょっとショックな事実だった。
「うん、ない。現象魔法と精霊魔法とどっちが好き?」
「響き的に精霊魔法が好きっすね、ってひどくないっすか?」
「旅人の力を使えない旅人が居るなんて思わなかったし……」
大体旅人ってなんすか、好きでトリップしてきたわけじゃないっすよ。
リオンは一息ついてお茶を啜り、立ち上がってから袖の中に手を突っ込んで何かを取り出した。
それは、その辺で取ってきたみたいな木の棒だった。
「これを持って。んで、蝋燭。これを立てるよ」
「そこに火をつけるんすね?」
「うん、理論とか種別とかは教えるだけ無駄だと思うからやっぱりこれも、やるだけやってみる感じで」
こくりと頷いて返事をすると、リオンは言葉を紡ぎ始めた。
それは詠唱と言うにはあまりに短い。
二本立っている蝋燭の片方に棒を向けて……。
「火よ灯れ。灯火」
ふっと、蝋燭に火が灯った。
「うおお、すごいっす! うちにもできるっすか!?」
「これが使えなきゃ精霊魔法は一生使えないと思う」
「お、おお。えーと、杖を向けてさっきの言葉を言えばいいんすね」
「魂と魔力を使うんだよ、言うだけなら誰にでもできる。慣れたら前半か後半どっちかを省略できる」
なるほどなるほど、と納得しながら杖を振り回してみる。
リオンはちょっとハラハラした表情をしている。
そんな目で見ないで欲しいっすよ……。
「行くっすよ、火よ灯れ! 灯火!」
じわ、と蝋燭の芯の先端が小さな小さな光を放ち、少しずつ少しずつ大きくなっていく。火が安定するまでには20回くらい呼吸をする時間を要した。
「やった! ついてくれたっす!」
「んー? 精霊魔法は結果にブレなんか出ないはずなんだけど」
リオンは腰と顎に手を当ててぶつぶつと呟き始めた。
何かを考えているんすかね。
「火を消す時はどうするんすか?」
「……君は火を消すのに精霊の力を借りるのかい? 全く面白いね」
こうやるんだよ、と言いながらリオンは蝋燭の火を吹き消した。
……盲点だったっす。
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職業というのは神から与えられた『適正』の事を言うんすけど、うちには精霊使いの才能はなかったっす。
それどこか、魔法使いの才能も、天候使いの才能も、もちろん盗賊とか錬金術師とか、そんな才能すらもなかったっす。
一応戦士の適正は微妙にあったからなんとかそれに縋って戦えるようになったんすけど、これまた先が長いんすよ。
これらの職業を鍛えて旅人の才能を超える事ができたなら、禁忌に触れずに子供を残すこともできたんすけどね。
普通の人でも持って生まれた才能を超えるほどの修行が必要なくらい大変だと言うのに、禁忌の子や旅人たちは持って生まれた禁忌の職への適正を超えるほどの努力をしなければ禁忌を打ち消す事はできない。
まぁ言ってしまえば不可能っす。
でもフラン、君は万能戦士をやめたいと思った事あるっすか?
ないっしょ。
でもそれも宜なるかな、しょうがないっす。
だって定めたのは神の上の『あれ』っすから。
え? その後旅人の能力は使えたのかって?
今は使いこなしてるっすけど、暴走させちゃった事があるんすよ。
結局精霊魔法も使えない、戦う力もない。
そんな中で、最初期の戦争に巻き込まれるんすよ。
相手は神でも概念でもなく、人間たちから生まれてしまった。
それは自浄作用のバグ。
名前は。
『是正者』
次回更新は29日(水)の夜になります。