108. 神々
リコの村。
中央大陸の西から、北に向かって大きく広がる大陸である西大陸の中央付近。
最も巨大で三つに分かれた国家、ゲランサの近く。
そこにある小さな村のリコは、元々同じ名前の神が作った。
リコは、神の中でも小さな力しか持たない。
絶大な力を持つ神は大きな国を創ったが、リコは非力であった。
そこで俺が彼女を、村を護る事にしたのだ。
俺は、神々と同時期に生み出されたが与えられた役割は『守護』。
今でこそ神獣さまと呼ばれるが、当時は守護神獣ガイアと名乗っていた。
概念が産んだ神はおよそ800。
力を持った神はほんの一握り。
戦神ジョザイアや魔法神フェイ、精霊神エメントや工業神ルードなどが管理する国は最も大きく、人口も最初から100万を軽く超える。
しかし、リコはたった40人。
この差を考えれば、リコが世界に与えられる影響の小ささも感じられるだろうが。
彼女は、これから大きくしていけばいいよ。と楽観的であった。
*
「ガイちゃん、畑広げるから手伝って」
「俺をそんな名で呼ぶな」
リコは、土壌の神。
土を豊かにし、畑や植物の知識を人に与える。
世界が始まったばかりで、0年以前の部分は未確定だったから、神が世界に与えられる影響も大きかった。
昔から肥沃な土地だった。栄養豊富な土だった。
リコは、そんな改変をよくしていた。
「ガイちゃん耕してー」
「俺じゃなくて人を動かせ!」
お蔭で育つ植物はとても美味しく瑞々しく、取れる果実ははち切れんばかりに熟れた。
そうやって、人類をいい方向に舵取りするのが神の役割……というわけではない。
『世界を作って、歴史を創る』のが概念に与えられた神の役目だ。
「ガイちゃん、台風。なんとかして」
「散らせばいいのか」
聖歴0年以前が確定する毎に神の仕事は無くなっていき、見守る事しかできなくなる。
もし整合性が取れない改変を行ってしまえば世界に歪みが出て、その歪みに合わせて生物が改変されてしまう。歪みの被害が広まれば世界自体が壊れてしまう。
概念が神に与えた役目は『世界を作る』という事だけなのだ。あとは好きにしろ、と。
そんな放任主義にする理由は、世界の管理をせねばならないのがこの世界だけではないからだ。
そんな風にしても平気な理由は、失敗しても他にいくらでも世界があるという事と、自浄作用の仕組みがあるという事、そして、歪みのせいで過剰な力を振るえなくなっていくという設計があるからだ。
実によくできている。
これらは、後の調べで気づいたことなのだがな。
そして、世界と言うのは善巧だけで成り立っているわけではない。
「……人間の斥候が来ているようだが」
「気づくようにしてあるけど、……勝てないだろうなぁー」
はぁ、とリコはため息を吐いた。
領土や狩場を広げる為、肥沃な土地を奪う為。
人の歴史と言うのは悪行にもよって作られていく。
隣町か、その隣の村か。
またはゲランサの者か。
リコの作った村は、蹂躙されようとしていた。
「なに、その為に俺が居るんだ」
「……どう改変するの? もう未確定部分はほとんど残ってないよ」
そこで、俺は言ってやったのだ。
「俺が、元々この村に匿われていた猛獣だと設定してくれ」
「いいよ」
「ちょっとは止める素振りとか見せてくれ」
そうして、俺はリコの村の守護神獣となった。
もはや傍観者としての神の座へ戻る事はできなくなったが、手を拱いて人から忘れ去られ存在消滅を起こすよりは、人と手を取り合って生き、そして死ぬ事を選んだのだ。
『力』を振るわずとも、人間程度俺の敵ではない。
自慢である黄金の毛並を震わせ、襲い来る人間は喉笛を食い千切って殺し、爪で引きちぎって殺し。
そうして世界への干渉を続けた。
俺に守られている村は、少しずつ、少しずつ大きくなった。
人は繁殖して増え、月日は流れ。
なんだかんだで人口は100人を超えた。
世界ができて数十年経ったとある日、移民が現れる。
なんでも、村が滅ぼされてしまい住む場所がないというのだ。
「神獣さまの噂を聞き、ここならば移民を受け入れてくれるのではないかと思って参じたまでであります。どうか、どうか我々にも助けの手をお貸しください……」
「俺ではなく民に聞け」
神でもいいが、と言いながら村長のところへ案内した。
この移民、一応は受け入れるという事になる。
人が生き残っているのに村が滅びたという事は、管理していた神が死んだと言う事である。
村の名前を聞けば、鉱山街アダマースというらしい。
この名前は……。
石の神アダマースが死んだ。
世界に解き放たれる前、最硬の石を作ってやると豪語していた神。
定義は終わっているのだろうか。
彼と会話した記憶はほとんどないが、死んでしまえば寂しいものだ。
何故死んだのだろう。
村人は、詳しい話を知らなかった。
彼の死因を考えている間も、時間は過ぎゆく。
ある日、移民とリコの村人との間に子供が生まれた。
死した神を忘れぬように、アダマースの名前を借りてアダムと名付けられたその少年の器は、生まれつき歪んでいた。
「……この世界では異種族での繁殖が禁忌だと、後天的に定義づけられているのか?」
「それはちょっと困るねー……近親婚が禁忌に設定されるよりはいいけど」
人口を2.5倍にする程度でも近親婚は起こる。なんせ元が40人しか居ないのだ。
ものの30年程度で、インブリーディングによって手足の欠損や脳障害を起こす者が現れ始めた。そこに現れた移民は渡りに船だったのだが……。
「私もガイちゃんみたいに存在級位を落として、人と子供を作りに行くしかないかなぁ」
「それは……」
それはちょっと嫌だった。
女性1人増えたところで効果もあまり見込めないし。
禁忌の子と言う概念は、最初から知っていた。
神々と人類が共通語を最初から話せるように、それがどういう者かがわかっている。
死ぬ機会があれば死にに向かってしまう習性があり、性に奔放。
主観では、繁殖しやすく全滅しやすいという印象がある。
穢れた魂を持っていて性に関して開けっぴろげならば勝手に集まるし、死ぬ時は勿論一気に死ぬ。
穢れていない魂はあまり影響を受けず、穢れているなら管理が簡単で、同時に死にやすいからループが早い。
全く何から何まで理路整然としていて、面白くない。
また、禁忌の子はそのままなら問題ないのだが、契約によってもう一つ力が増えると爆発的な能力を得る。その力を使われると更に世界までが歪む事になる。
だから、村を、街を、国を、大切に思っている神々ならば禁忌の子が増える事を良しとしないのだ。
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……。
ガイアさん、レグリス国ってご存知ですか?
……やはり。
同じ名前の神が居た、ですか。
平等の神レグリス……。
私の国であるレグリス国が滅びてしまったのは、必然だったのでしょうか。
今や生き残っている神は一人も居ない、とは言え人間の方針を決めてきたのは神々です。
ならば、私の国はレグリスの方針によって滅びへ向かわされてしまったのか。
それは違う?
……禁忌の子だって、生きているんですよ。
死にたくて戦いを起こす人なんて、居たとしても少数ですよ。
それに、恋愛くらい自由にしたいじゃないですか。
その考えをした人間のせいで滅びたなんて、おかしいと思います。
……あっ。
……だから、それを変える為にマスターが戦っている。
過ぎてしまった過去は変えられないけれど、これから生まれてくる者たちならば救う事ができる。
そう、ですよね。ガイアさんにもマスターにも大変失礼な事を言いました。
申し訳ありません。
でも、でも。
全部上手く行ったとして。
マスターがあっちへ行ってしまったら……。
私達は、どうすればいいんですか……?
今日で毎日更新は終わります。
この100日間、とても練習になりました。
次回は6月26日(日)の朝か夕方です。