107. パンとスープ
完全発揮!
うーん、上手く行かないっすね。
え? 完全発揮は技術じゃなくて能力だって?
そんな事はわかってるっすよ。ちょっと気合い入れてみただけっしょ。
しっかし、こんな歪んだ力を使えば世界に歪みが出てもおかしくないと思うんすけどねぇ。
魔力が要らないすよね?
世界との整合性が取れない気がするんすけど。
どういう事かっすか?
んーと、例えば。
マスターが神名騙りを使うっしょ?
そこには莫大な魔力が必要、マスターの場合は金銭代用で金貨が消費されるんすけど、その消費した魔力の反作用で歪みが生まれるんす。
魔法武器を使う為には魔力が必要。
それは、人が動く為には食物が必要だという事と同じっす。
クートが動く為に電力が必要と言い換えてもいいっすね。
君の魔法武器は何で動いてるんすか?
……よくわかんないっすか。
そもそも魔力が何かわかんない?
力の神ニールが設定したんすけど、ちょっとうちでは解説しづらいっしょ。
……ちょっと休憩して昔話でも聞いてかないっすか?
この世の成り立ちとか、神の話とか、魔力の話とか。
……えーーー!! 興味ないんすか!?
そんな事より修業!?
……この師匠は厳しいっす。
触りだけでも語らせてくんないっすか?
……お、じゃあ勝手に話させてもらうっすよ。
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聖歴0年、世界が始まったっす。
始まったと言っても、何もないところから少しずつ生命が生まれて進化して、というように時間をかけて生まれたわけじゃない。
世界が始まった時点である程度のものは揃っていた。
うちは、草原に立ち尽くしていた。
本当にだだっ広い、何もない草原に。
元々は、部活に打ち込むただの学生だった。
毎日毎日勉強して、ボール投げて、帰って飯食って寝て。
本当にごく普通の一般人だった。
それが、気がついたらそこに居た。
何もわからず何もできず、ただただ、茫然と立っていた。
何か、扉を抜けたような記憶は残っているが。
そうしていても何にもならない事に気づいて、歩き始めたっす。
歩いていてわかったのは、元々住んでいた場所とは全然違う場所に来てしまったという事だった。
生えている植物が、木々が、小動物が、どうも自分の知っているものと少しずつ違う。
だから、それっぽい木の実を見つけても、食べると言う選択を取る事ができなかったっす。
日が落ちて暗くなって、適当に寝床を作って寝て。
日が昇って明るくなって、起き出してもまだ自分がそこに居る事を知って。
夢じゃないという事を思い知って絶望したっす。
それでも、ただ死ぬのは嫌だった。
何が何だかわかんないまま、何もしないまま諦めるのは嫌だったんす。
そうして何も食べず4日間。
水は、川を辿って歩いていたからとりあえずは飲めた。
毒素とかは知ったこっちゃなかったっす。
永遠にも思える4日間、歩き続けてようやく見つけたのは、城壁だったっす。
巨大な建物の集まりが、草原にいきなり現れた。
歩いていて見つけたんじゃなくて、ふっと出現したんすよ。
見間違いかと思ったけど、蜃気楼かとも思ったけど、それは確かにそこにあった。
胃の中は空っぽで痛いくらいだったけど、希望を感じてそこに乗り込んだっす。
でも家々はがらんどう。生活の痕跡も見当たらない。
ただ綺麗な建物が並び犇めき合っているだけで、人っ子一人いない。
建物に侵入しても食べ物の備蓄すらない。
ただ立ち並ぶカラフルな木と石の建物を見て、少なからず落ち込んだっす。
その国の一番広い場所で、誰か来るのを待とう。
餓死するなら、それでいい。
こんな誰も居ない世界なら、生きていく意味がない。
そう、思ってたっす。
しかし、程なくして。
「ひぇ!? もう人が居る!?」
そんな声に振り向いた先、白くてひらひらした衣装を身に纏う男の姿。
背は高め、声も高め。髪色は金。
背中に生えた髪と同じ色に輝くその翼は、確かな神性を感じさせた。
「……こんにちは」
うちは、元の世界の言葉で話しかけた。
それを受けて。
「……こんにちは、『旅人』かぁ。びっくりしたよ。
心細かったろう? 僕はリオン。できたばっかりのこの国へようこそ」
同じ言葉で返してきた。手を差し出される。
ぶわっと心から安堵が溢れ出す。
目からは安心の気持ちが零れ落ちた。
「わぁ、ちょっと! えーと……とりあえず落ち着いて話せるところへ移動しよう。好きな家をあげるから」
手を取って立ち上がる。
なよっちい見た目からは想像もできないほど力が強かったっす。
好きな家をあげると言われたのでうちは迷いなく赤い屋根の庭付き豪邸をすぐに選んだ。
真っ白い正面玄関の柵を開け、建物の扉の前に立つ。
鍵はかかっていない。
「どうぞ、あがって。鍵は入口の横にかかっているから、出歩く時はかけてね。これから人の神が生活の創造をしたら、人が現れるから」
「……」
何から聞いていいものかわからなかったから、とりあえず返事はしなかった。
玄関で靴を脱ごうとしたが、そのままでいいと諭されて土足で家の中に入った。
広々としたリビングのカーテンを全て開け放ち、リオンは部屋内に明かりを取り込んだっす。
うちは一人で座って、その神様然とした男をただ待ったっす。
空腹で動く気も起きなかったから。
しかし、リオンがスープの皿とパンを持って来ると、手が勝手に動いた。
皿とパンを受け取るともう止まらない。
「焦らなくていいからゆっくり食べて」
「ん、むぐ!」
もちろん物凄い勢いで食べて、パンを喉に詰まらせた。
「げっほげほ!」
「そんなにお腹空いてたのかい。まぁ現状火も起こせなきゃ動植物知識もないと言うなら食べられるものなんてないか」
背中を撫でられながらようやく落ち着いて食事を済ませた。
「はぁ、助かった。満足っす……突然で申し訳ないんすけど、ここはどこなんすか?」
「国の名前を、というなら『リオエントラクーン』という名前になるよ。今はまだそう呼ぶ人は存在していないけど」
「そうじゃなくて、この世界っす。国や建物が突然現れたりなんてそんな事、うち、いや、わたしが知っている世界じゃないっすよ」
そう言うと、リオンは困ったように笑った。
「君の元居た世界は、その世界自体に名前がついてるのかい?」
「それは……ついてないっすね」
「世界を複数観測できる存在じゃないと、世界に名前をつけるなんて行為は全く無意味だよ」
そんな人が居るかのように振る舞う彼は、そういった存在ではないらしい。
つまり、この世界にも名前はないと。
「世界より、君の名前が知りたいな。恐らく元の世界に戻る手段はないから、末永く付き合うことになりそうだし。あ、付き合うって言っても恋人同士とかそういう話じゃないよ」
「……白瀬、小百合」
自分の名前を伝えた。
戻る手段がないという言葉に衝撃を受けつつも、なんとなく納得している自分が居た。この数日間で受け入れてしまったんだ。
この人がどんな人かなんてわからなかったけど、命を救ってくれた事には変わりないのだから、一応は信用した。
しかし、返答がまた突飛で。
「シラセだね、改めまして僕はリオン。『道具の神』リオンだ。よろしくね」
その男は、自らを『神』と名乗ったっす。
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フラン、聞き入っちゃってやっぱ気になるっしょ?
修行の方が大事?
いやいや、そのキラキラ光る目は隠せないっすよ。
先は長いんす、語る話はすぐには尽きないっすから、ゆっくり話すっしょ。
……そういやフランって、滅多切りとかも使えないんすよね。
完全発揮による基礎性能だけで戦ってたんすか?
……そりゃすごいっす。色々教えたげるっすよ。
そしたら今度はまた昔の話を……。
……なんでそんな昔話したがるのかっすか?
うちが語らないと、もう受け継ぐ人が居ないからっすよ。
当時から生きてるのはもはやうちしか居ない。
マスターたちには話したっすから、新入りくんの君にも話しておきたかっただけっすね。
聞いてやろうじゃないかって?
その意気っす。ありがとうっすよ。
……ただ、その。
……腕立てしながら聞くのやめてもらっていいっすか?