106. 神獣ガイア
……猫ではない。
そう、猫じゃないらしいぞ。
言うなれば獅子だ。
獅子なんて俺は見た事ないけどなぁ。
……同じ体で喋るな。昔話が聞きたいのだろう。
俺にもわかるようになったんだけどなぁ。何が切っ掛けなんだ?
『カント』だ。俺はずっと、周りで起きている事を自覚しつつも意識を発露させる事はできなかったが、その懐かしき名前に触れて体の権限を一部取り戻せたのだ。
……取り戻すって、これは俺の体だぞ。
俺の体でもある。お前の体は継承の儀式で俺の器になっただろう。
……どういう事か、それからまず話せよ。黙ってやるから。
*
生物的存在には、器があるのだ。どんな生物も例外なく。
器には、まず魂、力、体の三つが入る。
三つ揃っている存在は、神とか魔王と呼ばれる。
ここまではいいな?
人は、精霊や魔獣が持つ力を持たない。
何故なら器の許容量が足りないから。それを何で補うか。
その補うものを人は、能力とか技術と呼んだ。
禁忌の子というシステムがある。
これは、概念による魂の自浄作用。
魂が穢れていると、自然に器が歪む。
歪んだ器には能力が必要以上に色々入るな。
ほとんどの禁忌の子達は気づいていないが、彼らは例外なく『魂固定化』『輪廻転生』の二つの能力を持っている。……マスターは持っていないようだが……。理由は知らん。
これは、世界が終わりまた始まる時、魂が再統合され再分配されても、個を保つ能力だ。
普通、世界は何度繰り返しても全く同じ現象、同じ存在などは二度生まれはしない。
世界が同じならば似たように進行するが、毎回毎回少しずつ違う世界になる。
それは、普通の場合だけだ。
罪を犯せば魂は穢れる。
罪の定義は、以前まで『概念が居た』のだが今はいない。
世界ごとに罪の定義が違ってしまっているのだ。
違うとどうなるか。
世界によって穢れの基準が変わる。
そうすると、多様な倫理観が生まれて多様な世界に別れていくのだ。
渡る手段は非常に少ないが、他の世界へ行く方法は確かにある。
何かしらの理由でこの世界に渡ってきてしまった人。
それをこの世界では旅人と呼んでいる。
旅人は大体計り知れないほどの巨大な器を持ち、不老不死とも思われるほど長い寿命を持つ。
そして、扉の世界の事を知り、概念に迫れる存在だ。
しかしこの2037年間でこちらに来た旅人は2人だけ。
それはシラセと、ファリス=フォーリン。
ファリスは、もう居ない。
まだ話は続くかだと?
お前らの話だぞ。逆に聞くが何故興味が持てない?
……禁忌の子の話に戻ろう。
穢れた魂が固定化するとどうなるか。
それは、来世も全く同じ存在として生まれる事になるのだ。
俗に言う『ループ』というやつだな。
何度も何度も何度も何度も、記憶は消えるが同じ人生を繰り返していると、いつしか魂が耐えきれなくなって、擦り切れてしまう。存在が無に吸収されて、世界のどこからも居なくなってしまう。
これは世界に取って何の得があるのか。
綺麗な世界。完璧な世界。美しい世界。
それを創り出す為に穢れた魂を全て消し去り、罪のない存在のみを残した世界を作って行くのだ。
それが、世界を管理し調整し、創り出していく概念達の目標だ。
わかったか?
つまり、マスターは旅人経由でこの事実に至り、お前たちを消滅から救う為に戦ってきたと言う事だ。
それが現状。
把握できたな。では前提の話はここで終了だ。
器の話に移ろう。
では一つの器に、二つ以上の体や魂、力が乗るとどうなるか。
一つの存在に二つの器がある場合はどうなるか。
俺のように、後世にその魂と力を残す為長兄長女に一子相伝で継承されてきた存在がいくらか居る。
……今の俺は、マスターのドアホウが器を一つにして歪んだ器にしたせいで存在が混ざってしまった。
魔力を過剰に注ぐことで反作用によって歪みを産んで、それを使って器を繋げるなんて。
……フィル、お前も似たような事ができるのか。
その力、使いどころを誤るなよ。
歪んだとは言え別に魂が穢れるわけじゃないから俺はもリタもループには関係ない。高みの見物って奴だ。もとはと言えば神だしな。
リタの記憶によればマスターの妹であるフェイトと、トリアナも多重存在なんだろう。
フェイトは違うだと? 何を言ってる、魂が二つ乗ってるじゃないか。
トリアナは。……器は魔王。中には、魂が三つと力が二つ、体が一つ。
複雑だな。
マスター、お前は魂の救済がしたいんだろう。
だが、このループの存在も無視できない。
だから、迷っているのか?
そうだな、お前が概念になればこのループのこの場の皆はただ放り出されるだけになる。
無論オビーディエンスを誓っている貴様らは救われないだろう。
わかっているんじゃないのかマスター。
そして次の世界。マスターの居ない世界で貴様らはまた奴隷に生まれてしまうかもしれない。
アリスは救い出されず、シルキーは是正者に殺され、トリアナは革命に斃れ、ティナは虐め殺されて、フランは病魔に蝕まれ死ぬ。
魂の救済ができたとして、次の世界で幸せになれるとは限らないのだ。
マスターと言う特異な存在が居たからこそこの世界で貴様らは救われた。
終わってしまう事から救い出したはいいが、今度は永遠に終わらぬ苦痛に苛まれることになる。
マスター、それでいいのか。
……? ……予約? 技術売買?
何を狙っているのかは知らんが、策はあるんだな?
神獣として、人を見捨ててはおけんからな。
いい加減体を返せ!
わかったわかった、また見守らせてもらおう。
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俺が『概念』に貰った能力は、『無制限取引』だけだ。
魂固定化のように、器の底の底にあるから研究しようがねえんだが。
オビーディエンスによって俺と繋がって禁忌の子が強くなるのはわかるんだが、そうすると俺が元々強い金銭術が使える理由がわからねえ。
だから、外から見えないこの能力だけを概念に貰ったという事になる。
じゃあ俺が生まれつき持っていた、概念売買とかはどこから来たのか。
それを考えれば、俺が決着の時何をすればいいのかがわかる。
成功するかはわかんねえけどな。
……ん? 心配すんなって。
俺がお前らを見捨ててどっかへ行っちまうわけねーだろ。
……。
でも、迷いがないかっつったら、わかんねえ。
次以降の世界の子らを救う算段は立ってる。
でも、お前らを救えるかわかんねえんだ。
最悪な主人でごめんな。
……ん? 結局カントがなんなのか語られてねえって?
しょうがねえなぁリタ、お前話してやれよ。
え? 俺?
俺はウラリスで調べたくらいの知識しかねえからさ、記憶のあるおめーの方が適任だろ。
そうだリタ、一個聞きたい事があったんだけどさ。
ちょっと前の話になるんだけど、神獣がずっと見守ってたって事はさ、異次元倉庫に居た時、お前が俺のシャツでオ……。
ちょっと待って! いつもの調子で斬ろうとするな! もう俺死ねないんだから!
ヤバイ! アリス止めて! ちょ、笑ってる場合じゃねーだろカシュー!
うわ、盾が真っ二つに!
やべえ、流石にオーバードライブを……!
よし、これだけ速くなれば逃げ切れる。
……どうした、そんないきなり脱力して。
現状の整理を兼ねての説明回となっています。
わかりづらいところがあれば修正します。