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104. 勝利の味

 親愛恋慕(ハートアンドソウル)


 1万もの魂が詰まった、この魔法武器。

 付近に揺蕩う魂を集めて、散っていかないようにする。

 副次的な能力で、極大な発光現象を起こすことができる。


 ……テセウスよォ。

 てめー、こっちで死んだなら親愛恋慕で魂を吸って、クレイの魂と一つにしてやる事もできたかもしれねえ。

 なんで魂の回収もできねぇ別空間に引き籠っちまったんだ。

 お前の本当の悲願は、愛する者の復活だったんじゃねーのか。


 ……俺が、書き換えちまったからか。

 俺の命令を聞く事を、至上の幸せだと思うようにしちまったからか。


 俺が悪いのか?

 テセウスは今幸せなのか?


 ……これを考えるなら、今までも考えてくりゃよかったんだ。


 1万人の命が、1万の想いが詰まったこの武器。

 俺の1万倍の価値があんだろーか。


 そもそも、命の価値ってなんなんだろーな。

 1個金貨100枚とか、そんな明確な基準があるわけでもねーし。


 俺は、1人でも完遂する。

 ギャランク達による足止めは成功した。

 ロゼッタの位置からして、全員こっちの大陸に来てすら居ないだろう。


 この時間を利用して最後の準備を進めよう。


 俺の、最後の能力を捨てる準備を。

 大量の金貨を持っていく為の準備を。

 向こうへ渡る為の準備を。


 マスターか、フェイトか。

 どちらかが辿り着いたら。

 俺は、向こうに旅立つ。




---




 師匠の動きが変だ。

 完全発揮が使えていない。


 能力に回す意識が足りていないんだ。ボーっとしているように見える。


 本気のシルキーを退けたギャランクの猛攻もどこ吹く風、適当にいなしてはいるが明らかに動きが鈍い。

 一体どうして……。


「ここだ」

「……、まずい」


 ギャランクが、師匠の懐に一気に潜りこんだ。ほぼ密着状態になっている。直後、金属のけたたましい音が鳴った。

 肩、腰、腿を強烈な打撃に見舞われ、背中から地面に倒れ込む。

 ここはそこそこ均されているとは言え石畳で舗装などされていない。ごつごつした石だらけの地面に叩きつけられ、裂けた肌からじわりと血液が広がる。


「師匠!」

「くるな!」


 予想外の音量で叫ばれたその声にビクッと怯む。

 一呼吸もしないうちに……。

 大爆発が起きた。


「し、師匠ぉぉお!!」


 爆炎が晴れるまで、じっとしている事しかできなかった。

 そんな、あの師匠が。


 そう思っている時間すらなかった。


「口ほどにもなかったな、次は貴様だ」

「っ!」


 ギャランクの次の標的は私だ。

 私で相手になるわけが、ない。

 ほんの少しだけ視線を外すが、アリスとリタが向かってくるのが見えるくらいで他に姿はない。


 シラセも居ないのか。

 ……集中。ただでさえ実力差があるのだ。

 先ほどまで本気も出していない、オーバードライブしていなかった敵だったからこそ抑えられた。


 今はどうか。


 攻撃内容が変わったわけではない。

 速度は劇的に上がっている。


 しかし、無慮十全と必中の細剣のコンビネーションによってなんとか追いつけはする。振るタイミングさえ外さなければ当たり、当たりさえすればほぼ完ぺきに自分に当たらないように逸らす事ができる。


 いけるのか。……倒し得るのか?


「……やはり、相性が悪いのか。ただの人間に……」

「……はァッ!」


 喋り出しを好機と見て、その喉に刺突を仕掛ける。

 その先端に、トンと何かを貫いたような違和感が走る。


 喉に当たったわけではない。

 一歩退いて、その刺さったものを確認すると。


「……これはバカの一つ覚えって言うんですよ!」


 タイミングを計り、その先端に刺さった金色のものを飛ばし返す。

 ギャランクは舌打ちをしながら新たな金貨でそれを打ち落とし再び爆発が起こる。


 体勢を整えているとリタ、続いてアリスが私の付近に走り寄ってきた。


「状況! シラセが行方不明、フランが敗北、姿はなし!」

「対ギャランクにリタとアリスが加わる。フィルの指示でシルキー達はカントカンドまで退く」


 師匠、傷を負ったから一旦離れたんですかね。

 ……シラセが居ない? なら難を逃れたんだろうか。


 ギャランクの術がかかっている時間は短いようだ。

 操る専門の催眠術師には敵わないという事か。

 あちらはほぼ永続するらしいから。


「奴のオーバードライブは金貨を爆発させる力だ」

「……ホントにそれだけか?」

「パックの性格なら、私達を殺すまではしないはずですが……こんな致死度の高い術の使い手を寄越すなんて、どんな心変わりをしたんでしょうか」


 こいつは最初から殺す気満々だった。

 そのパックがどんな奴かは知らないけれど、自ら手を下すのが怖いだけで手下が勝手に人を殺す分には止めないんだろう。


 自分の(めい)に責任を持たず、自らは他人の(いのち)を奪わない。

 そんな人なんかに負けたくない。


 私の剣に力が籠もる。

 リタよりも、アリスよりも速く前に出てギャランクに肉薄する。


 まだ、まだ近く。

 五歩ほど離れた中距離(ミドルレンジ)が細剣の得意距離。

 そこから更に二歩近づいた至近距離(ショートレンジ)に踏み込む。


 この時点で爆発能力は使えない。

 自分まで巻き込まれるからだ。

 でも、まだ近くまで。


「ぬ、貴様」

「やッ!」


 三歩離れたところから縮地を発動、一歩の距離まで詰める。

 そこは超至近距離(クロスレンジ)。本来細剣使いが踏み込まぬ距離。


 体内に残るありったけの魔力を細剣に込める。

 狙うのは首。


 ……魔法武器と言うのは、魔力を込めれば込めるほど発揮度が上がる。

 そうすると、能力をより発揮できる。


 必中の細剣の場合はどうだろうか。

 『必ず近くの何かに当たる』のが『狙ったものに当たる』ようになる。

 莫大な魔力を込めれば、因果すら無視するようになるだろう。


 でもそんな魔力はない。だから。



 当てるのは実力。だから能力は『絶対太い血管に当たるように』使うッ!



 走り込む速度と、縮地の技術と、武器に込めた魔力が、私の武器の速度を昇華させていく。

 右手に構えた大量の金貨には当てない。真っ直ぐ突けば威力を殺され、距離を取ったところで爆発にやられるだろう。


 それを外して、真っ直ぐ真っ直ぐ、刺突がギャランクの首を狙う。


「穿てッ!」


 肉を刺し貫いた感触がした。

 それは、いつまでも残っている。


「……?」


 確かに刺した、だがギャランクの首には刺さっていない。

 あんなに魔力を込めたのに。


 細剣の根本から視線をゆっくり上げていくと、その先端に刺さっていたのは。


「やられたか、ここまで也」


 左手。掌から入った細剣が肘へ抜けて貫通している。

 左手の手甲の防御には掠らせもせず、その防具の隙間から細剣が抜け出ているのが見えた。


 これは太い血管どころの騒ぎではない。人体の筋肉がここまで破損したら、どんな治療をしても後遺症が出るだろう。

 決着はいつも一瞬だ。


 縮地で二歩下がりつつ細剣を抜く。

 苦し紛れに飛ばされた金貨を造作もなく斬り払いながらいつもの距離まで下がる。

 血を振り払ってから、真っ直ぐ剣を立て構え、左手を右手に添えて視線を戻した。


「我が仕事は果たした。我は引かせてもらう。次があればまた死合おうぞ」

「仕事?」


 聞き返したが返事はなかった。

 姿も。


「ロズ! やりましたか!」

「とどめとまでは行かないけど。……勝ったのかな」

「勝ちと言わねーでなんなんだよ! すげーよ!」


 興奮気味な二人を尻目に、私は冷静だった。

 やはり、物を言うのは技術と、心持だ。


 どれだけ魔力があっても、強い能力があっても、魂が伴わなければ魔獣と同じ。

 だからこそ師匠は強いしギャランクも強かった。

 シラセも、……ちょっと濁ってるけどマスターも。

 強いんだろう。

 だから。




 だからさぁ。


「……アリス、リタ。貴方たちは強い能力を持っているのに、最近勝ててないです。たるんでます。帰ったら修業をしましょう!」

「……あ、あー。まぁ、俺は必要性は感じてた」

「わ、私もですか。本質的には魔法使いなんですけど」

「そうは言ってもアリスは大体いつも前に居るでしょう。拒否権はないです」


 リタは、苦い顔をしながらも納得している表情だ。

 アリスは酸っぱいものを食べた時のような顔をしている。


 ……さっきギャランクが、仕事は果たしたと言っていた。


 ではもう襲撃はないと見ていいだろう。カントカンドへ戻ったみんなと合流して、再びマスターを目指して旅を再開すればいい。



 勝ち。

 人は、勝ちを得る為に努力して、勝って雄叫びを上げ、負けて嗚咽を漏らす。


 私が送ってきた人生で、恐らく最初の勝ちはここだ。

 それも、ギャランクという実力者相手に。


 これは、自信になった。


 マスターに出会って、師匠に出会って、無力を知って。

 修業して、戦って、初めて勝って。


 納得いく決着ではなかったし、偶然に近い勝利だったけど、私の心には達成感と心地よい喜びが残った。

 さぁ、合流する為に一旦戻ろうか。


「……とりあえず、カントカンドまで戻りましょう」

「わかった。戻ったら早速模擬戦だ。木刀を使って……」

「俺木刀持てないんだけど!?」


 リタはぷにぷにの肉球を逆の手で指さしながら言った。


「じゃあ持つ練習からだ」

「マジかよー!」


 リタの叫びとアリスと私の小さい笑い声が、木々の間を風と共にすり抜けて行った。

 それは戦いの区切りを告げているかのようで、その風に揺れる日差しと、木陰が涼しげだった。

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