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102. 恩返し

『知っての通り、職種の違う者同士で子供を授かる事をしてはならない。

 能力が混ざっちまうんだ。

 どちらの力も満足に振るえない半端者になる。普通はな。』


 出会ったばかりの頃、マスターはそう言っていた。

 確かに、隷属契約で新たな力を得ていない禁忌の子は弱いそうだ。

 しかしシルキーやギャランクを見る限り、強者からの契約を得ればその限りではない。


 オーバードライブしたあの二人に敵う者など、……ソロモンとかサタナキアなら或いはと言ったくらいだろう。


 催眠術師と、旅人と商人の力が混ざった夢追い人。

 その能力は、相手を操る力か。


「……」


 しかし、師匠の瞳には全く意思が映らず、ただただ武器を振るっているだけに見える。喋りすらしない。

 操ると言うより、ただ動かしているだけのような。


 だと言うのに、決定的なダメージを与えに行けないのはやはり、そこに居るのが師匠そのものだからだろう。


 桜花回廊は元より、月高架橋は伸ばさなければフルーツナイフよりも短い。

 その二つを乱雑に振る師匠は、普段のそれと全く別人のようで。


 隙だらけすぎる……っでも……。


「師匠! 私です! もう戦わなくていいんですよ!」

「……」


 尚も剣を振るう動きは止まらない。

 体が技術を覚えているのか、緩慢に見えるその動きでいて狙う場所は正確に急所だ。だから、気を抜けば致命傷を負う可能性がある。


 左手の桜花回廊に細剣を添えて回避、続けて迫る月高架橋は無視。

 峰で師匠の首を狙う。


「不折不断の術!」


 いくら片刃の細剣と言えど峰で叩けばいとも簡単に折れる。

 折れないよう力を逃がし、気絶に追い込む程度の威力は保つ。


 師匠クラスになると木の数十本程度まとめて斬っても武器は折れないと言っていましたが私ではまだそんな事はできません。


 首筋に命中、一撃離脱。土を蹴って舞うように距離を取る。

 師匠の様子は……。


「危なっ」


 師匠は私の動きに追従するように、突然動き始めた。

 ギャランクは、気絶している者を無理矢理動かす能力のようだ。首狙いは全く意味がない。


「目を覚ましてください師匠!」


 どんなに声をかけても意味がない。

 何か、体の奥底、心の奥底にまで目覚めを届ける言葉が私にあれば……。


『うまれつきかんせいしているからだろうな。

 しゅぎょうもいらぬ、おとろえもせぬというのはかえってたいくつなもの』


 いつだっただろうか、そんなセリフを……意識の片隅で聞いていた記憶がある。

 その後、なんて言ってただろうか。確か、なればこそ……。


『でしがほしいとせんにんやこうそうがおもうのもしかたなきこと』


 師匠は、弟子が欲しかったんだ。

 だからこそ、私に修業をつけて、強くする事に喜びを見出した。


 十年単位で修業をして、ようやく身につける完全発揮というアビリティは私には目指せないと言われたが、それにも匹敵するような専用の能力をたったの二週間で取得させてくれた。

 毎日地獄のような苦しみに苛まれはしたが、今では感謝している。


 私は、そう。強くなった。

 今ならドラゴンにも臆しはしない。


「師匠! 私は強くなりました! 今の状態ならば師匠には絶対負けません!」

「……!」


 ぴくりと、無表情な師匠の顔に動くものがあった。

 細いその眉だけが、一瞬釣り上がったように見えた。


『なまいきな』


 そう言っているかのような。

 彼女の白髪がふわりと風に逆立った。


 これだ。

 覚醒が進んで意識が戻れば、ギャランクの術も解けるだろう。


「先程までは師匠の体を気遣って、手を抜いて戦っていたんです。本気で行きますよ」

「!」


 師匠は、子供っぽいところがある。

 実際子供なんだけど。


 ちょっと悪戯っぽくて、変に真面目で。

 少しだけからかうと、全力で返してくる。

 ……度が過ぎると怒られる。

 師匠と過ごした時間はとても短いけれど、それでももう知らない仲ではない。


「夜に、廊下で寝転がって半裸でお腹掻いてるところ見たってリタが……」


 いやな予感がして細剣を振る。

 高い金属音を鳴らして落ちたのはナイフ。


「手造り短剣? という事は……ふぇぇ!?」


 月高架橋が伸びる。桜花回廊が折れ曲がりながら迫る。

 瞳に意識は戻っていない。


「気絶したままアビリティなんて使えるわけが……」


 ない、なんて言ってる場合ではない。

 二本の刀が片や弧を描くように曲がりながら、片や折れ曲がって多角形を作りながら、螺旋回転をしつつ私に迫る。

 普段こんなテクニカルな使い方しないでしょうに!


 縮地で難を逃れる。私のすぐ隣を破壊の嵐が通り過ぎて行った。

 無慮十全があるとは言っても私の縮地では二歩分程度の移動しかできない。

 師匠はその四倍の距離を、一度の縮地で『行って戻れる』。


 やはり別格なんだな、という事を感じつつも師匠の覚醒に若干の手ごたえを感じつつある。


 ふと、爆音が近づいてくるのを感じ一瞬だけ後ろに目をやると、シルキーに追い立てられるギャランクの姿。各々四色の光が高速で飛び回って私の視界いっぱいに広がった。

 あまりの光景に絶句してしまう。


『そっち行きました、適当にいなして』

『私を買い被り過ぎていませんか!?』


 前門の虎、後門の龍。

 より危険そうなギャランクに向き直って、突っ込んでくるのにタイミングを合わせる。


「……」


 師匠には背中を向けます。

 そこはさっき貫かれたばかりではあるが、もはや痛みはない。


 師匠、もう大丈夫だって信じてますから。


 私の細剣に魔力が伝わっていくのを感じる。

 私の髪色と同じ桜色の光が、狙うべきギャランクと剣を結ぶようにして伝わっていく。


 あとは、振るうだけ。

 死にもの狂いで迫るギャランクに向けて、細剣を振る。



 キンッ



 あれ?



 切断されたのは、金貨。

 ギャランクは健在で、右手を構えて私の目前に着地した。


 彼は動かない。

 何故なら、私を通して生える桜色の長刀に貫かれているから。


 刀は私の胸から出ているように見えるが、何度も曲がって私の脇腹を通り正面へ抜けているだけのようだ。


「ながいゆめをみていたようだ。まるでしでのたびじをゆくような」


 桜花回廊が私の左胸の横を通って、後ろのギャランクに突き刺さっている。

 その刀を無理矢理抜いて、地面に膝をつく。

 そしてそのまま、腹から血を流しつつもステップバックして距離を取った。


 この一連の動きを見ているだけでも、戦闘に際して相当洗練されているのだという事を感じさせる。


「復帰が早過ぎる。都合のいいところに人形が転がっていたと思ったのだが。なぜだ」

「せんしというものはさいしゅうてきに『きあい』にいきつくらしい」


 意識を取り戻すのも気合いだと言うのだろうか。

 ……全く。先走ってどこかへ行ったかと思えば弟子の背中を貫いて。


 戦っていたかと思えば元に戻って。

 世話が焼ける人です。


「わるかったな。『おんがえし』はまたあとだ」

「師匠が私に恩を返すんですか? それとも」


 私が師匠を超える事を恩返しと言うんでしょうかね。


「……そういうのもあるのか。どちらでもかまわないが」


 なまいきなでしだ。と言ってギャランクへ向かって行きました。


 シルキーのオーバードライブは凌ぎきられて地面へへろへろと落ちていきます。

 爆発に火炎では相性が悪かったのでしょうか。

 そして、ギャランクの魔力はまだ切れないのでしょうか。


 彼の能力には、まだ謎がありそうです。




---




 マスターキャッスル1号? の寝室にて着替えを済ませる。

 ……この格好さぁ。


「……マスターさん」

「なんだよ」

「一応私はパック側の人間なんだけど」


 全身魔法道具のフル装備だ。

 流石のパックもここまでのアイテムをつけてくれた事はない。


「いーや、お前は俺が愛する妹、フェイト=サージェントだ」

「現実逃避?」

「信頼かな」


 うーん、無理がありそう。

 一応マスターさんは説得して、パックと話をしてもらう事には了承したけど……。


 貢物のつもりかな? それとも人質かな。

 ……この魔法道具たち、突然爆発したりしないよね。


 大きく開いた胸元や足の付け根あたりにあるレースの隙間から肌が見えるのだけなんとかしてくれればこの豪奢なセンスはとてもお気に入りなんだけど。


 帽子もないしちょっと不安な感じはする。

 あんまり髪の毛じろじろ見られるの、嫌だし。


「お前が、元に戻る意思があれば戻れるはずなんだ」

「そんなものはないよ。今の私はパックの妻でしかない」

「全く、何を弄って変えたんだ? 体か? 器か?」


 全身を眺めまわすようにして観察される。

 あ、この感じ。


「エッチ!」

「さっきまで襲ってきてたのはお前だろうが」


 そうだった。

 それも仕事の一つだっけ。

 私とマスターが子供を産めば……。


 造幣商(・・・)が生まれる。


 あとはギャランクと同じように絶対効果で成長の催眠をかけて、すぐに能力を使ってもらえばマスターの金は要らなくなる、という作戦だった。


 命を取るつもりも、ずっと拘束するつもりもなく、パックがマスターに願ったのはただそれだけだったのだ。

 悪役を演じて自分のところに呼び寄せて、それでいて負けないように周到な準備をする。


 ものが違う。マスターがちょっと可哀想になるくらいに。


「……いいよ、マスター(・・・・)が望むなら」

「それも作戦のうちなのか?」


 怪訝な顔を向けられる。

 む、なんか腹立ってきた。

 ……こんな感じだっけ。


「……マスター、元気、だして」


 陰鬱な感じでぼそっと言って、そっとスカートを捲り上げる。

 話に聞いた感じ前までのフェイトはこんな様子だったらしい。


「……フェイト? フェイトなのか!? お兄ちゃんがわかるか!?」

「わかる。お兄ちゃん、……お兄ちゃんの子供が欲しい……」

「わかったぞ! お兄ちゃんが手取り足取り教えてあげるからな!」


 突然スイッチが入ってしまった。

 豹変したその様子にちょっと引いてしまう。


 『さっき戻りかけてたのお兄ちゃん知ってるからな!』

 とかわけのわからない事を言ってる。なんの話やら。


 良い様に蹂躙されていく私の体を他人事のように眺める。

 最初っからこうしておけば簡単だったなぁ。


 こんなに人を信じられるなら、パックも信じてあげればいいのに。

 ……女の子の言う事しか信じたくないのかな?

 マスターの近くって男っけないし。


 ちょっとだけ最悪だね。

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