101. 器
ざまぁ見ろだ。
今頃パックはゴミに埋もれた杖を必死で掘り返してるに違いねえ。
ひっひっひ、ニヤニヤが止まらねえぜ。
さぁ、じゃあ、……どうすっか。
カントカンドの店は閉店してる、つまりセンティーレの『面倒』は使える人員に見させにゃならない。
メイド達を使うか。しかしメイドナンバーズは全員女なんだよな……。
『モノ』がねえんだ。
……まぁいいか。メシ食わす程度の世話だけさせときゃいい。
んでフェイトは……。
「すぴー……すぴー……」
……いつまで寝てんだこいつは。
今後の見通しが立ったら起こそう。
アリス達がどこまで行ってるかだが、西大陸へ向かうなら扉は繋げっぱなしで来たからカントカンドからプルウィへ抜けるのが一番手っ取り早い。
メノがアリス達と行動してるって言うなら、まぁこのルートが一番濃厚だろう。
……メノの懲罰、いつまでって言いつけてあったっけ。
とっくに過ぎてる気がするな。
仕方ねえな、最近忙しかったし。
荷物は、なんかあるか?
……ないな、大体必要なもんは異次元倉庫にある。
買ってくもんは?
……あ。
腎臓、買い戻さねえと。
しかし、体内に金貨を用意しておく作戦はいざって時役立ちそうだ。
ただでさえ俺の能力はテンポが悪いんだ。
そんなわけで、俺の体内にあった樹脂は売り戻して、腎臓をしっかりしまう。
ちゃんと元通りの働きをしてくれるかわかんねえし、売った腎臓がどこ行ってたのかもわかんねえ。
神か概念が関わってると思うんだが。
性格が変わっちまってるとは言え、フェイトの能力が失われたわけじゃねえはずだ。あとで聞いてみるのもいいか。
……多分知ってるよな。
知ってるっつったら、シラセだ。会えるならあっちに聞いた方がいい。
なんてったってシラセは旅……び……。
旅人だから……。
……シラセが旅人。
俺が大体二歳くらいの頃から、全く外見が変わってない。
最初に出会ったのはこっちで物心ついたばかりの頃。
次がゴールドゲートのはず。
……フェイトが関わってた時の記憶が、特にアムニ村での記憶が、ごっそり書き変わっている気がする。
シラセはフィルと同じように無限の寿命を持つ。
世界中を股にかけて移動する能力を持ち、概念的な諜報能力もある。
あとは存在としての器が大きい。様々な能力を持つことができる。
弱点は、旅人自体が少ない故に子孫を残そうとすると大体禁忌に触れる事になる。
旅人は後天的になれるものじゃない。
職業の器を占めるキャパシティが大きすぎるから他の職になるという事もできない。
旅人同士が子孫を残すという事が一番ありえない。
何故かというと、今生き残っている旅人はシラセ一人だからだ。
なんでこんな大事な事を忘れていたのか。
フェイトの母だから、彼女の記憶を消された時に巻き込んで封印されてしまったのだろうか。
その節が濃厚だな。
そんな事より、シラセが旅人って事は。
俺の様に、他の世界から来たって事だ。
それが旅人だから。
生まれ変わって魂だけ扉の世界を通ってくる転生でなく。
そのままの肉体で扉の世界を通って、まさにそのまんまこちらで生きている。
恐らく、2000年以上?
金を集めてる理由は?
帰る為、じゃないのか?
元居た世界へ戻る扉を買って。
フェイトを産んだのは、旅商人を作る為か?
テセウスと同じように、ジョニーを実験道具だと思ってたとか。
……いやいや、シラセはそんな奴じゃない。
運命なんて名づけるセンス、ジョニーにはねえ。
俺にマスターなんて名づけるくらいだし。
シラセは、ジョニーと愛し合って真剣に子供を作って、ちゃんと名づけたんだ。
ああ、だから俺の母さんのロメリアは泣いてたし、別居してたんだ。
今、思い出したよ。
……記憶を引きずり出して行くと、どんどん今から視線が離れていく。
過去を知って、真実に迫る。それも大事だけど。
今やるのはそうじゃねえ。
アリス達と合流して、パックと戦わなきゃ。
その為の準備はいくらでもしてきた。
『運命の指針』のフェイトが軸になって。
『向こうへの鍵』のアリス。
『対三職混合』兼諜報役のシルキー。
『対強大な敵』のトリアナ、ティナ。……ソロモン。
『舵取りと調整役』のフィル。
ここまではフェイトの指示で仲間にした。……んだっけな?
ウラリスを出てからは運命の啓示を受けずに、自分の信じるように動いた。
『最後の鍵』ロズ。
『最強の戦士』フラン。
『最速の神獣』リタ。
二つ名は俺が今勝手につけた。
あとは、カシューとメノが居るか。シラセも入んのかな。
金もある。
仲間も居る。
名声もある。
城が足りない。
俺のゴールがようやく見えてきたんだ。
あとはパックをどうにかするだけ、それだけなんだ。
「むにゃ……」
……それだけか?
俺が居なくなった後、フェイトもアリス達も本当に幸せになれるのか?
でも、俺がやらないとこいつらはまた、罰と称したループから抜け出せないままなんだ。
……旅人であるシラセの言葉を鵜呑みにするならな。
あいつは意味のない嘘はつかない。だから、本当の事だろう。
概念が決めた法則に沿って、神が世界を制定して、俺たちが生きている。
俺が元々居た世界は、人間が力を持つ手段がなかったし、魔物も居ないし、精霊も観測する方法がなかった。
だから、神なんて言葉でしか知らなかったし存在すら疑ってた。
この世界は、俺にとっては容易だ。
とか言ってるとまたナメてるとか言われんだろうけど、あっちと比べたら天国のようだ。何しても怒られねーし。捕まらねえ。
金稼ぐのも簡単だしな。
だから、俺が好きなこの世界に新たな法則を作って、俺が好きな人達に都合のいい世界へ改変したい。
それは、俺の人生を好き放題弄ってくれた概念達への復讐にもなる。
「マスターさん、それでいいと思ってるの?」
「……声に出てたか」
フェイトが起きている。
快活な、パック側のフェイトだ。
……俺が大事にしてきた、妹の方のフェイトじゃない。
「……マスターさんの目的は、パックとほとんど同じだよ。パックに任せればいいじゃない。手を貸してあげたら?」
「……アイツが俺の気を引いてたのは、俺の金が目当てなんだろ!」
自分で金すら稼がねえような奴に手を貸したくはねえな。
大体俺が必死こいてマジックアイテム集めたり金集めたり仲間集めたりしてる間にあいつは何やってたんだよ。
「それは、……もっと優先すべきことがあったからで」
「あいつは、いけすかねえ。それだけで手を貸さない理由になる!」
フェイトは、渋い顔をしている。
それはそうだけど、と口を尖らせながら。
「でも、マスターさんじゃ届かないよ。パックならもうわかってるから」
「届かないってなんだよ!」
「マスター様、その辺りで……」
声を荒げた俺を窘めるメイド達の声を聞いて、ハッとなった。
俺の城なのに完全にアウェイだ。
これが、上の上に立とうとしている者の器か?
こういうところを判定されるとしたら、確実にアウトだ。
……パックも同じ事じゃねーのか。
あいつだって傍若無人で、俺の真似ばっかして、悪人で畜生で……。
「……パックは、優しいんだよ。自分の事は二の次でさ、間違ってることも多いんだけどそれでも……自分が何十回も殴られたくらいじゃ怒らないし、裏切られても殺したりしないし、……ちょっと悪趣味な時もあるけど、必要なければそんな事しないんだ」
「……」
なんだよ、それがどうしたんだよ。
「ゴールドゲートでトリアナに意地の悪い事を言ったらしいが」
「……記憶を弄られたんじゃないの? トリアナさんを助けたのは本当だと思うけど、結局一銭も受け取らなかったみたいだし」
なんだよそれ。
結局金必要になるのにそこでは受け取らねえのかよ。
「パックはね、大局観があるんだ。目先の欲には振り回されない」
「……器が大きいって言いたいのかよ」
ブチブチと呟くと、ちょっとズレた返答が来た。
ズレてはいるが、必要な情報であり、同時に絶望に駆られる内容だった。
「マスターさんの『器』も確かに大きいけど、でも、色々入ってるよね。遠距離売買に、異次元倉庫、概念売買、身分偽装、挙句の果てに神名騙りまで。どれだけキャパシティを使ってる事か」
「何が言いたいんだよ。必要だから持ってるまでだろ」
「最後の戦いまでに、全部捨てられる?」
……。
「時間的に不可能だよね。一度取得した能力を捨てるのは並大抵の事じゃない。それに比べてパックは、絶対効果一つだけ」
……マジかよ。
一つだけ?
アイツ、なんでもできると思っていたけど。
一度の記憶改変で布石を全部打ってあるだけだったんだ。
能力を用いない先読みの力。
それが強いんだ。
ただ勝つだけならできるだろう。
……一対一なら。
その状況にまずならないという事を念頭に入れなければ。
「マスターさんはね、失敗してきた概念使い達とほとんど同じ状況なんだよ」
「……じゃあどうすりゃいい! ……いいのか、教えてくれないか」
荒げそうになる声を必死に抑えて、なんとか言葉を捻り出す。
「パックに、委ねて。あの人ならマスターさんの望みも叶えられる」
「それは……」
それは、……それだけは。
アイツの手だけは、借りたくねえ。