100. パック=ニゴラス(金貨3万1200枚)
「ここまでは、君の指針通りに展開しているようだね」
「それが僕だから」
『運命』が言った。
『歪み』が続ける。
「あの子はそろそろ終わりの予定」
「禁忌のだけど『二週目』は無いんだろう?」
「それじゃあ『罰』になっちゃうじゃないか」
『力』が続け『無』が受ける。
「生きることは苦痛だ。死こそが救い」
「死ぬ予定だった者達が何人か生きているが、問題はないのか」
『存在』が尋ねた。
『運命』が話す。
「大勢に影響はない。僕の指針は絶対だから」
「君のだから心配なんだ。あそこに居るのも君だろう?」
『原初』が言った。
『運命』は、少しだけ考え言葉を紡いだ。
「……あそこに居るのは、もう僕じゃない。ただの残滓だ」
「力もほとんど失って『候補』にすら良い様に扱われているほどだな』
『原初』は、納得したように頷いた。
そういえば、と『情報』が話を振る。
「『候補』と言えば。僕らに加わるのは『最低』か『躍進』で決まりかな」
「いや、まだわからない」
『存在』が首を振る。
『運命』が呟いた。
「……『最悪』は? 『罰』の器ではありそうだよ」
「この週だけでは辿り着けまい」
つまり、不可能だ。と言って『歪み』が会話を締め括った。
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「ギャランクがそっちに流れましたわ! 馬車を守ってください!」
「なんですって!?」
トリアナもアリスも声を上げる。
リタが追う、しかし速度が足りない。
グズグズとした粘性を帯びているような紫色の光を纏うギャランクのその力は、オーバードライブ。
リタも追従しているが、明らかに振り回されている。
リタが本気を出す為には、なんらかの方法で堕ちたり、穢れたりしなければならない。
今、そんな事をする余裕はない。
ギャランクのオーバードライブは、まだ内容がわからない。
しかし、魔力が尽きればそこで終わる。
時間制限があるのに出し惜しみしないと言う事は短期決戦を狙っているのだろうか。
「クソ、なんであんなに速えぇんだ!?」
「トリアナ、しっかり狙って!」
「無茶言わないでくださいまし!?」
トリアナの魔法がギャランクの遥か後方で炸裂する。その爆発による衝撃波がこっちにまで伝わってくる。
「火よ、灯れ」
空間ごと圧縮されたように、一点に光が集まり青白く輝く。
その輝きは次第に拡がり大きくなり、臨界点を超えた時一気に大爆発が起こった。
あれだけの威力、ギャランクは相当な強さがあるはず。
しかし、当たらなければ意味がない。
開けた場所、というトリアナの意外な弱点が露呈した結果となった。
アリスとメノが必死でシラセと師匠を抑えているが、地力の差が大きすぎる。
早く、早く治療を終わらせてくれ。
『全員馬車から出てください!』
『はやく!』
「終わりました! すぐ出ます!」
治療の光が治ると同時に、何かが複数投げ込まれた。
それは、金貨?
いや。
「金貨じゃ、なくなった!?」
「ばっ……」
「ヤバい、爆発するぞーッ!?」
赤熱するその黄金の金属体は、今にも破裂せんばかりに膨れ上がっている。
「シルキー!」
「歪んだ力と二つの炎!」
シルキーが三色光を放つ。
私はカシューを抱えて外に飛び出す。
イレブンを押し出そうとするが、半妖精は重いものを持てない。
がまぐちを放り捨て、超高速で金属体を拾い集めて空へ飛び立つ。
次の瞬間。
青白い光が、空間を巻き込みながら少しずつ広がって……。
「これは……、さっきのトリアナのと同じ!?」
『分析は後! アリスたちを助けてあげて!』
シルキーの思念? いつもの幼さが感じられない。
オーバードライブ中に共有が使える事にも驚いたが、シルキーは今の大爆発からも逃れているようだ。
イレブンも無事だ。耳を塞ぎながらなんとかこちらへ向かってくる。
少し安心した。
私は、抱えたカシューをトリアナの元へ連れて行く。
すぐに行かねば。
ほら、と抱きつかせるようにしてトリアナに渡し、走って向かうのはアリスとメノの元。
私が止めないなら誰に止められるのか。
師匠、今行きます!
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なんなんだよマジで。
全部ひっくり返して親愛恋慕が出てこねえって。
誰にも任せらんねえから一人で、いや、テセウスと二人でひっくり返した。
マスターならこういうの奴隷にやらせてニヤニヤしてんだろうな。
あいつ、思い出すだけでも最悪な気分になるぜ。
……今もニヤニヤしてそうだ。
この旗も、わざわざマジックアイテム使ってまで茶化しに来てやがる。
「本当にクソ野郎だな、おいよォ」
「……パック」
見つけたか!? って、その顔よォ。
その、真剣な、心に決めたような、その顔な。
……今かよォ。
覚悟はしてた。テセウスも、いつでも敵対する可能性はあったんだが。
辺りが青い空間で覆われていく。
人の叫びが、嘆きが、部屋を塗りつぶしていく。
思いが、想いが、劈くような声で耳に飛び込んでくる。
「……あったんだな。よかったじゃねーか」
「ケイヤクは終わりだ。ブタイ裏へ引っ込んでおれ」
地面と融合していた薄い布の裏側に、親愛恋慕はくっついていたようだ。
マジックアイテムを見極める力がテセウスの方が長けていた。
思い出してみりゃ見た事あんなぁあれ。なんつったっけ。
コンジュアラーズなんとか? 下にあるアイテムを隠せるヤツだ。
「契約ね……。最初っからそのつもりだったのかよォ」
「無論だ。これが手に入ればワシの目的は遂げたも同然。ここからワシは躍進していくのだ」
もうちょっとだけ手伝ってくれてもよかっただろ。
お前の事、ずっと助けてやったじゃねーかよォ。
いつも裏切られて、罵られて、離れて行って。
「利用されんのも理解されねぇのも、もう慣れちまった」
「なぁに、スベテが終わればキサマもすぐ出してくれよう」
ナメられんのも、慣れっこだ。
「お前の視界に、気になるものがないか?」
「あるわけなかろう。ここは我が世界」
あるんだぜぇ、それが。
「……?」
「見えたかよォ? それはゆっくり左右に動く」
「くく、ワシにサイミン術が効くとでも思ってるのか?」
効かねえだろうよ。
普通の催眠術師じゃな。
『歩き続けたその道は、虚構で塗りつぶされた道。
真に正しき道は、俺が照らし浮かび上がらせる』
「……なんの詠唱だ? ムダよムダ」
言ってろ。
俺の能力は対人なら無敵だ。
『笑い、出会い、喜び、分かち合い、歓談する。
泣き、別れ、嘆き、悲しみ、慟哭する』
ほら、もう意識が離れ始めた。
詠唱を中断させようと動く素振りも見せねぇ。
『記憶は遷ろうもの。去りし日の陽炎。
忘れ、そして思い出せ。其は全て現実だった』
もう、テセウスにはどうにもできねぇ。
『記憶改変!』
回転する光の環が、テセウスの目から脳の奥に染み込んでいく。
声も上げずただ立ち尽くす。改変中は完全に無力化されるのだ。
一人の人間に一度しか使えない制限はあるが、俺は精神的優位すら必要とせず制限なく記憶の改変ができる能力がある。
『絶対効果』
俺はこの能力を、相手の脳を器に入った体の『存在の一部』として捉えずに『単なる物質』として影響させる力として使っている。
だから本来必要な契約だの優位性だの、そんなもんはいらねぇ。
この力、フェイトを引き入れる為にマスター達全員に使っちまったから、もうあいつ等とはガチンコで戦うしかなくなった。
だが、フェイトはそのリスクに見合うだけの存在だった。
今後起こりうることがわかるというその能力、存分に使わせてもらった。
……体もまぁ、いい具合だった。
子供も、強い子に育った。
そろそろ3歳くらいだったろうか。
「う……」
……改変は終わったか?
「……パック」
「そうだな、命令は覚えているか?」
「これを」
親愛恋慕。
それを、おかしいとも思わずに差し出してくる。
おう、ありがとうよォ。
「そんでもう一個は?」
「……留守番、だな」
そう。
奴の、テセウスの真実は、そういう事になった。
「俺がいいって言うまでよォ、ここから出てくんじゃねーぞ」
「承知した、ここから出ねばいいのだな」
「そうだ、あと俺をここから出せ」
「わかった」
空間が開く。
俺は、その出口から出ると。
俺が振り返る直前、すぐに空間の出入り口は閉まった。
「……?」
閉まった……あァ!?
「……!!!! オイ! バカ、何やってんだァ!?」
俺の声は、空しくゴミ部屋に響き渡った。
俺のミスか、それとも『運命』の奴か。
殺す気はさらさらなかっただけで、意識の外だったからか。
俺の命令なしに、あの空間を開けない命令を出したという事は。
その空間に干渉する手段を持たない俺では、命令を出せないと言う事。
つまり。
「テセウス……」
こんな幕切れは予想していなかった。
死んだわけではないが、俺の記憶改変は一生ものだ。
俺が死んだとしても、記憶が戻る事はない。
俺からの命令を死ぬまで待ち続けるのだろう。
せめて、放置される事に幸福を覚えるように改変しておけばよかった。
わざとじゃあねぇ。
俺は、俺がこの手で殺したわけじゃねぇ。
でも、今のは俺が、殺したのと全く同じ事だ。
俺は、自分のすべきことも全て忘れて、ただただ泣き喚いた。
バカらしい、ただの道化師だ。
観客が居れば、滑稽にしか見えないだろう。
でも、俺は、テセウスが敵対したと言っても、殺すしかなかったとしても。
本当に心から悲しかった。
例えいつか誰かにこの記憶が書き換えられたとしても。
今の俺の、この気持ちは偽物じゃない。