1. アトラタ王(銀貨26枚)
「ふ……ふ……ふざけるな!こんな……こんな事をして許されると思っておるのか!」
月の光が降り注ぐ砂漠の王城に、喋る白豚の声がこだまする。
喧しいオッサンだ。こんな奴に金貨50枚も出す奴がいんのか?
許されると思うかって? 確かに表の番兵は強そうだったから、俺の奴隷であるアリスが拒絶追放したし近衛兵は道の隅でオブジェになってるが、別に許されたいわけじゃねえし、こんなんあんたの悪行に比べたら大した事ねーよ。
それにな、そんなことは関係ねえんだ。
お前、アトラタ王は今から俺の私利私欲の為に奴隷になり売り飛ばされる。それが重要。
……っつーかこんな城の奥まであっさり通すようじゃ、警備にも大して金を積んでねえな。全く楽な仕事だぜ。
「マスター、とっとと買って帰りましょう。みんなが待ってます」
「ますたぁ、銀貨26枚だって!」
オゥやっすいな。やっぱ王族は金になるぜ。
肉体の価値は低いが世間的な価値が高いお蔭だな。
っつー事は……儲けは金貨49枚と銀貨74枚か。ここから経費を引いた分が儲けになる。なるたけ抑えにゃな。
しかし、王族だから、貴族だからと『金では買えない政治の道具になる、だから金を出すんだ』とか言って金貨を積んでくるヤツの多い事。
そういう奴ぁわかっちゃいねえ。人の本当の価値を見抜けていねーんだ。
本当に価値ある者というのはな。
見目麗しく
有能で
献身的で
健気で
エロくて
俺のことを好きなヤツの事だ。
そんなのは金貨5000枚でも安い。
「シルキー、サイフ出せ」
「いえすまいますたぁ!」」
シルキーと言う名の、薄い羽が生えた小さくかわいい俺の奴隷からがまぐちを受け取る。
彼女の左目は髪の毛と同じ水色だが、右目は赤く濁っている。
オッドアイって奴だ。
この子はなぁ、屈むと丁度顔の高さが同じになるくらいなんだ。ちっさいだろ。かわいいだろ!
ネグリジェのような、上下に分かれたスケスケ素材の服を着ているが、胸と腰回りだけちょっとだけ、ほんのちょっとだけ生地が厚い。
フリルもついているので、見えそうだけど絶対見えない。
前はボタン一個で鎖骨とへそと、僅かな膨らみが同時に堪能できる。背中と足はほとんど出ている。どっちにも羽が生えてるからだぞ。ホントだぞ。
他意はある。
実にそそるね。こんな格好で平然と連れまわせるというのも優越感の極みだ。
よしよし、よく持っていてくれたな。
頭を撫でてやる。薄水色の髪がさらりと指に心地いい。
アリスの方にも目をやる。彼女は俺の最初の奴隷だ。昔っから同じ格好をさせてんだ。確かコケット社製……なんつったっけ。
まぁ言うなればメイド服だ。
そんで金髪碧眼。人形みたいな髪型してんだ。ツインテールっつーの?
しっかし9年間連れ添った仲だから、小慣れたもんだぜ。
シルキーも同じくらいだけどな。
……さてサイフは……金貨しか入ってねえ。
知ってた。そりゃそうだ。
普段から金貨14枚しか持たせてないからな。
お釣りは邪魔だから捨てていくか、銀貨74枚とか半妖精には重すぎるだろ。
金貨も、持ち上げてつらいかつらくないかギリギリ境目の量を持たせてある。頑張って運ぶ姿が嗜虐心を煽るからだ。
いじわるをしたいわけではないし無理をさせたいわけでもないから分量はしっかり心得ている。
ただの性癖だ。
俺の能力で金貨程度いくらでも持ち運び出し入れできるからな。最初っから意味などないのだ。
「契約者の名の元に、汝の未来を買い受けん!『絶対服従!』」
1枚の金貨を掲げながら、目の前のアトラタ国王とか言う名の白豚じみて太った男に宣言する。
金貨が光の粒になって辺りを照らしていく。その光は白豚の首にまとわりついた。
「ひっ……ひぃ~~~~嫌だぁ!!奴隷になんてなりたくない!
……そうだ、金ならやる!相談をしよう!民主的に!」
なんか言いだしたぞ。
じゃ、折角なんで民主的調査結果の発表をしよう。
「この国の奴ら100人にアンケートを取ったんだが、87%の人がお前に王でいて欲しくないと言っていた。そうだな、お前の言う通り民主的に多数決で決めようか」
「そ……そんなのは多数決とは言わないだろ!!!う、嘘かもしれないじゃないか!!!」
それもそーだ。じゃあこうしよう。
「オッケーわかったここに居る奴らだけで決めよう。アトラタ国王、バギンフォルス=アトラタが国王にふさわしいと思う人~」
はい!はい!などと言いながら手を上げる白豚。ノリがいいじゃねーか。
しかし、玉座の後ろからそろーりと三人の衛兵が手を挙げている。それを見逃す俺ではない。
金貨をもう一枚シルキーから受け取り、人差し指と中指をクロスさせて挟む。クロスに意味はない。
「天候使いの名に応じて集え暗雲!その紫雷を買い受けん!『電撃!』
挙げられた三人の手を目がけて紫色の電撃が走る。高音と低音が入り混じった物凄い音が鳴る。
声も出せず、静かに倒れる衛兵たち。無論俺は無傷だ。
あーらら、真っ黒焦げね。
俺が金を出して起こした現象は、俺の意のままになる。たりめーだ。
もし俺に当たりでもしたら、契約したウェザリストは奴隷落ちにしようか、んなこたーないだろうけど。
他に衛兵が残っていないか見回し、誰も残っていない事を確認した俺は、続けて後ろの可愛い可愛い奴隷たちに声をかける。
「アトラタには奴隷がお似合いだと思う人~、はい」
「はい」
「はぁい!」
俺とアリスとシルキーで3対1だ。決定。アトラタの周りを浮遊していた光の粒が、見るも刺々しい番犬用の首輪に変化した。
ちゃりーんと音を立て、大量の銀貨が周囲に散らばる。数えたら74枚あるはずだ。
がっくりと顔を伏せる白豚。ざまぁねえな。
もっと強い護衛を用意しとくべきだ。
ま、人脈も金もないんじゃそれも不可能か?
金ならあるとか言ってっけど、しけた額しかないのは調査済みだ。
散らばった銀貨には目もくれず、続けて詠唱をする。
「蒐集家の名の元に、汝の自由を買い受けん!『人間標本!』」
煙が上がる。散らばっていた銀貨のうち数枚と、王が消える。代わりに一枚のブロマイドが現れた。
空中でそれをキャッチする。
見ると、バギンフォルス=アトラタというサインの横に、『マスター,S 所有』という判が赤字で押されている。
そう、俺の名前は、っていうか、俺の名前『が』マスター。マスター=サージェントだ。
別になんの曹長ってわけでもない。サージェント家の親がつけたんだ、文句は親に言え。
ついでに、そうなんだ。俺の名前を、奴隷たちには呼び捨てにさせている。
なんでって?
Mだから。Masterだけに。