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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第六幕「瓜生山 その二」
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17.「星落秋風京舞原」〜決着、ひとつめ

 その後の空中戦については、残念ながらよくわからなかった。

 魅咲(みさき)も一条も、八体二という圧倒的不利にもかかわらず、よく戦ったと思う。

 ふたりは高原の分身を二体撃破した。さすがの高原も、新しく分身を生み出す体力は残ってはいないのかもしれない。

 しかし分身高原を五体まで減らしたところで、まず魅咲が地上に叩き落とされた。やはり消耗が激しかったのだろう。

 だが直後、敵をひとり落として油断した高原の隙を突いて、一条の必殺魔法が二体の分身を飲み込んだ。

 その一条を、今度は高原本体の撃った火球が捉えた。太陽がもう一つ生まれたかのような大爆発。俺の所まで熱が届き、慌ててマントで全身をかばう。

 辛うじて防御障壁を張って爆散を免れた一条だったが、ダメージでほとんど気を失いかけていた。

 そこへ本体の高原が組み合わせた両手を振り下した。一条は魅咲からやや離れた地点に墜落してきた。

 高原は分身を回収し、二人の後を追って地上に降り立った。

 十年の時を超え、この瓜生山(うりゅうやま)の山頂に、〈放課後の魔少女〉が再び顔をそろえた。


「わかったでしょ、あんたたちじゃ、わたしを止めることはできないって」

 高原は息さえ乱していなかった。

 なのに、それに対する魅咲も一条もボロボロだ。

「そ、それはどうかな……」

 魅咲が最後の力を振り絞って立ち上がる。一条ももぞもぞと体を動かしていた。

「……あきれた。まだやろうっての? まあ、気の済むまで付き合うけどさ」

 高原は空中戦で乱れた髪を軽くかき上げた。

 やぶれかぶれの魅咲が、一条に先んじて突っこんで行った。高原は真正面からそれを迎え撃つ。

 今の魅咲の乏しい魔力では、大して身体能力を上げることができなかったようだ。高原と互角に打ち合うこともできぬまま、じりじりと下がる。

「大丈夫か、一条?」

 駆け寄った俺は、一条に声をかけた。

「あいたたたた……。ダメだ、まだ立てない。やっぱ魅咲すごいなぁ」

 一条は身を起こしかけ、くてっ、とつぶれた。

 もういいだろう、と言いたくなった。昔より格段に強くなっていた魅咲と一条だが、どう見ても今の高原相手には勝ち目がない。

 一条はもう一度身を起こそうとして失敗し、溜息を吐いた。

「……はあ。詩都香(しずか)ったらまったく。わたしたちだってかなり頑張って練習したのに、全然勝てないや。このままじゃとても止められない」

「悪いな、一条。俺が力になってやれたらいいんだが」

 俺はポケットの中の〈ザラスシュトラの盃〉に手をやった。

 ——もみじ、使いどころってのは今なのか?

 だけど、と思い直す。今俺がこれを使っても、何の戦力にもなれない。

「ううん」一条は仰向けになって首を振った。「最初から期待してないし——あいた!」

 こいつは十年経っても相変わらずのようだ。身を屈めてチョップを入れてやった。

「もう、意地悪。……でもね、三鷹くんは役に立ってないなんてことないよ。詩都香はその気になればこの山ごと簡単にわたしたちを消せるのに、そうしないでしょ? 三鷹くんがいるおかげ」

「嬉しくねえぞ、そんなの」

 守られてるだなんて、そんなの喜べない。こいつにも男心を教育してやらねばならんな。

「あとね、あの人が協力してくれる気になったのも三鷹くんのおかげ。……ていうか、遅いなあ、彼女」

 あの人? 彼女?

 と尋ねようとした矢先に、背後から声がかかった。

「……あ、あんたが……置いてくからで、しょーが……」

 息も絶え絶えといった声だった。

 そちらを振り向くと、膝に置いた手で上半身を支えた姿勢のひとりの女性の姿があった。

 ——誰だ?

 まずそう思った。声に聞き覚えがあるような気もするし、ないような気もする。

「あー、やっと来たぁ」

 顔だけをそっちに向けた一条が、安堵に頬を緩めた。

「聞いて……ないって……。こんなところで、やってるなんて……」

 新来の客はまだ呼吸が整わず、顔を上げられないでいる様子だった。

「だって、わたしたちも知らなかったもん。駅から走ってきたの? わたしになって飛んでくればよかったのに」

「は、走ってくる、わけ、ないでしょ……。新幹線が、品川で、止まったの。富士山で、爆発的事象が起こった、って……。そこから……飛んできたんだっつーの……。はあ、久しぶりに魔法使ったからすっごい疲れた。あんたにもなれなかったし。〈夜の種〉も無理だったけど、やっぱ〈半魔族〉にはなれないみたい」

「そういうもんなんだ。結構不便だね。でもなんか、わたしが人間じゃないって言われてるみたいで傷つくなあ」

「……うっさい、アホ」

 そこでやっと、彼女が顔を上げた。まず一条をにらみ、それから俺を見た。

「久しぶり、セースケ」

 その顔を見、その声を聞き、その呼び方をされても、俺は反応することができなかった。

 ——なんて世界だ。俺の心の防壁を何枚ぶち抜いてくれれば気が済むんだ。

 この数日と言わず今日だけに限っても俺は何度も仰天させられたが、今度のも、そのどれにも劣らず衝撃的だった。

「くっくっく、どうしたの?」

 だって、

「——幽霊でも見たような顔しちゃってさ?」

 やっぱり、これはありえないだろう。

「……なあ、失礼なこと言うようだけどさ」

 最初のショックから幾分だけ立ち直って、俺はどうにか口を開いた。

「なーに?」

「なんでお前、生きてんの?」

「十年ぶりに昔の“恋人”に会ったってのに、最初に訊くのがそれ?」

 彼女は——今井保奈美(ほなみ)は、そう愉快げに笑った。


「だってお前……高原がお前を殺したって……」

 そうだ。高原の日記には確かにそう書いてあった。そこに散りばめられた痛切な悔恨に、俺は泣かされたはずだ。

 それなのに——

「三鷹くんったら、まだまだ全然詩都香のことわかってないんだから」

 一条がようやく上体を起こしてこちらに顔を向けた。

「ほんとそうだよ、セースケってば。高原があたしのこと殺したりするわけないでしょ」

「でも、日記には——」

 俺がそう抵抗すると、一条が首を振りながら立ち上がり、両翼を広げ直した。

「やっぱわかってない。詩都香はね、ほんとに本当に嘘が嫌いなの。……でもね、吐かざるをえないときには全力で吐く。自分の心さえも騙そうとする。困ったもんだよねぇ」

 ま、それでも自分の心は騙せないことが多いんだけど、と付け加える一条。

「つまり、何か? あいつは秘密の日記にまで……」

 あんな所に隠した、誰にも読ませるつもりのない日記にまで、それを実行していたというのか。

「秘密の日記を読むなんて、三鷹くんったらデリカシー無いんだから。……まあ、それはうちの琉斗(りゅうと)もか。——うん、琉斗から日記のことは聞いてた。今井さんとの一件の記述は、琉斗にも印象に残ってたみたい。でも、話を聞いたわたしにはピンと来たんだ。詩都香は今井さんを死なせてなんかいない、って。三鷹くんも詩都香と長くつき合えばわかるよ。昔からそうなの。相手と一緒に自分を騙そうとするから、説得のためについ力が入っちゃう。……ま、わたしも何度も騙されたんだけどね」

「な、なんで……」

 なんでそんなことを。

「それは彼女に聞いて。——っと、そろそろ行かないと。いい加減魅咲が危なそう」

 見れば、魅咲は高原にほとんど遊ばれていた。力の籠もらぬ戯れのような高原の攻撃を、防御さえできぬまま身に受け、反撃はかすりもしていない。鈍重な足運びが、限界を露わにしていた。

 一条は二人の間に割って入ろうと、翼を大きくはためかせて飛翔した。

 それを見届けてから、俺は保奈美に向きなおる。


 保奈美は、高原たちとは違った。十年分、しっかりと成長した大人の顔立ちになっていた。

「……お前も化粧してるのか?」

 保奈美は複雑そうな表情を浮かべた。

「そりゃしてるけど。相変わらず訊くのはそんなこと? ——って、ああ、そういうことね。ううん、わたしのこの姿はメイクじゃないよ。あの子らと違って、あたしはちゃんと制御の仕方を習ってるから。今のあたしじゃセースケとの恋人役はできそうにないね」

 そうだ、こいつは魔術師の本流たる〈リーガ〉に所属していたのだ。

 ——そして、その命を受けて高原と対決した。

「高原は日記に書いてた、お前相手じゃ手加減ができなくて、殺してしまった、って……」

 保奈美はかぶりを振った。

「ううん、組織から期待されて送り出されたあたしだけど、高原には敵わなかったよ。でもね、高原はあたしを見逃してくれたの。そして、その場であたしに別人への〈変身(メタモルフォーゼ)〉をさせて、自分が殺したことにしてくれた。そうしておけば、あたしももう組織から高原の討伐命令を受けなくて済むだろうから、って。日記にはどう書いてあるか知らないけど、たぶん高原は自分の嘘を自分で信じようとしてたんだろうね。そうすれば、たとえこの先自分が負けて、尋問を受けたりしても、あたしのことを白状しなくて済むと思ってさ。——高原はあたしをそうやって生かしてくれたの。だから、今井保奈美は今はセースケといっしょ。法律的には死者。日本に帰ると何かあるかもしれないから、ポーランドで偽名で暮らしてるの」

「あ、ポーランドってわかる?」などと保奈美は首を傾げた。お前といっしょにするな、と俺はまだ混乱の残る頭で思った。

「それでも、あの一条って子はあたしのことを探し出した。グループの調査機関の探偵たちを使ってね。さすがなもんだよね、プロの探偵さんって。……でもね、ほんとはさ……あの子に会って話を聞いても、今回の計画に協力する気はなかったんだよね。外国で偽名を使って暮らしてるあたしだって楽だったわけじゃないし、こんな世界、高原に滅ぼされるんならそれでいいと思ってた。でも……」

 歩み寄ってきた保奈美は、俺の頬に片手で触れた。

「でも、セースケが帰ってきたって聞いて、あたしもやる気になったんだよね。セースケが死んだってのは、あの事件が起こったときに聞いてた。あたし、なんか気が抜けちゃってさ。高原と対決して負けた後、もう後はのんびりと今度こそ死ぬのを待つだけだな、って思ってた。……それでも、セースケは帰ってきてくれた——この世界に。だからあたしは、この世界を守る気になれた」

「保奈美……」

 俺は申し訳なくなって目を逸らした。俺は……俺は保奈美にそこまで想ってもらえるような男じゃ……。

「わかってるよ? 全部わかってる。セースケがどうしてあたしの恋人になってくれたのかも。あれはあたしが悪かったってのも。もちろん傷つかなかったわけじゃないけどね。でもね、たった一、二週間だったけど、セースケと恋人ごっこしてたあの時間は楽しかった。だから、あたしはやる。卑怯な使い方しかできなかったあたしの能力だけど、今度はセースケのために使ってみせる」

「能力……?」

 そうだ、保奈美の能力こそ本物のジョーカーだ。今の高原に変身できれば。

 そんな期待の籠った俺の視線を受けて、保奈美は少し悲しげに首を振った。

「あんまし期待しないでね。あたしの能力は全然万能じゃない。こんなことになるのがわかってたら、もっとちゃんとこの力を磨いたんだけど。半魔族の一条には〈変身(メタモルフォーゼ)〉できないし、変われるのはあたしが一週間以内に触れたことのある人。それに、コピーできるのは〈モナドの窓〉の大きさと〈器〉の容量だけ。だからあの高原にはなれないけど、それでも——」

「魅咲!」

 一条が鋭い声を上げた。おそらく一条が念動力を行使したのだろう、高原の動きが一瞬だけ鈍った。

 だが、その一瞬で十分だった。

 魅咲がこっちに飛んできて、初対面であろう保奈美とハイタッチを交わす。

「それでも、やってみるよ」

 魅咲の姿に変わった保奈美がそう言った。

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