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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第三幕「BAR ブリキの太鼓」
72/106

11-5

「おかえり。遅かったわね――って、どうしたの、それ?」

 チャイムに応じて戸口まで出迎えてくれた高原が、俺の顔を見るなり目を丸くする。どうやらさっきの傷がだいぶ腫れているようだ。

 高原は招き入れた俺をローテーブルの前に座らせてから、向かい側に腰を下ろした。

「ケンカ? ——うわ、お酒臭いなぁ。また飲んだの?」

「ん? ああ……」

 お前の弟と飲んでて殴られた、とは言いづらくて言葉を濁した。指先で頬を触診すると、たしかにかなり腫れ上がっていた。思い出したようにじんじんと痛みがぶり返してきた。

「あ、変にいじらない! ちょっと見せて」

 テーブルの反対側から右手を伸ばした高原が俺の手首をつかんだ。そして逆の手を俺の頬にかざす。

「そんなに得意じゃないけど、これくらいなら……」

 ざわっ、と部屋の空気が揺れた。高原が〈モナドの窓〉を開いたのだ。

 患部にかざした手が、ぼんやりと光った。心地よい温もりが顔の左半分に広がり、ゆっくりと痛みが和らいでいった。

「どう? 腫れは引いたみたいだけど」

「お、ほんとだ」

 ぴとぴとと指先で頬に触れてもそこに違和感はなかった。ただ、舌先で探った奥歯は再生されていなかった。……まあいいや。これは自分への戒めと思おう。

(今頃琉斗(りゅうと)も一条に手当てしてもらってるのかな)

 そんなことを考えてしまって、急に胸がざわめき出す。

 結婚した二人と俺たちを引き比べてどうする。照れるじゃないか。

「お、お前、治療の魔法も使えるようになってたんだな」

「……ずっと一人で戦ってたからね。本当は他の人にやってもらった方が効き目が強いんだけど、自分の怪我は自分で治すしかなくて」

 何か言わなければと焦って口にした言葉は藪蛇だった。自嘲気味に笑う高原に、俺は「そっか」としか返せなかった。

 室内の空気は元に戻っていた。〈モナドの窓〉は閉じられたらしい。

「あんまり危ないことしないでね? 最近じゃこの辺も物騒なんだから」

 肘をテーブルに載せ、組んだ指で頤を支え、頭を少しだけ傾ける高原。こいつがこんなコケティッシュなポーズを取ると、ヤバいくらいに絵になる。

 腫れが引いたはずの顔が熱くなるのを感じて、慌ててそっぽを向いた。

「ご飯は?」

「そういえばアルコールしか摂取してないな」

 訊かれて急に腹が空いてきた。琉斗にどこかお高いレストランにでも連れて行ってもらえばよかったか。

「じゃあ、ちょっと待ってて。今温め直すから」

 高原はベッドの上に置いてあったエプロンを手に取り、キッチンへと向かった。

「いや、いいよ。どうせすぐ寝るし」

 高原の背にそう声をかけたが、返ってきたのは「ううん。わたしも食べてないから」という答え。

 ——俺を待っててくれたのか?

 我ながら単純なものだが、愛おしさがこみ上げてきた。

 そっと窺うと、エプロン姿の高原はコンロに向かい、小声で歌を口ずさみながらおたまを握っていた。

 これって新婚夫婦そのものじゃないか? たまらなくなってテーブルの上に視線を戻した。


 そんな面映さとともに、どす黒い感情も湧き上がってきた。


 最低だ。

 最低だ。

 ここに戻るまでもずっと、そのことは必死に考えまいとした。

 しかしその雑念は、心の隙間を縫うようにして、意識の表層へと何度も何度も這い上がってくるのだった。


 ――昨夜俺の腕の中で浮かべた表情を、兄貴にも見せたのだろうか。

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