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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
6/106

2-2

「ターゲットはあれ、あの子」

 二日後の放課後、高原と俺は夕方の駅前通りを連れだって歩いていた。デートみたいでちょっと嬉しかった。ま、高原の方はそう思っちゃいなかったのだろうけど。

 彼女の指す方向を、一人の女子高生が歩いていた。うちとは別の高校の制服を着ている。

横から見ただけだが、背は高原よりも高く、スタイルもそこそこ。スカートは短く、鞄に小物をじゃらじゃらつけて、言ってみれば今どきどこにでもいそうな高校生だった。

「今井保奈美(ほなみ)風見(かざみ)高校一年。来栖さんの元同級生で、来栖さんの今カレの元カノ。来栖さんにその気はなかったんだけど、取られちゃったみたい。恋人を取られた恨み――わかりやすいでしょ?」

「は?」

 調べたのか? ――と尋ねると、高原は一言。

「自宅待機中の来栖さんに会って交友関係を聞いてきた」

 高原が来栖と会話しているところなんて見たことなかったが、変なところでアクティブなんだな。それにしても「カレ」だの「元カノ」だのって、こいつが言うとものすごい違和感だ。悪いけど。

「んで、俺は何をすればいいんだ? それに、この格好……」

 まだ自分が果たすべき役割を聞いていない。言われるがままに着た制服は、同じ市内ながら少し離れた学校のものである。魅咲が無駄に広い交友関係を駆使して借りてきたそうな。

「三鷹くんと来栖さんとわたし、今回の登場人物が全員ミズジョの生徒じゃちょっと不自然だから。……ん、あのね。三鷹くんにこんなこと頼むの、ほんとはものすごく酷いことだってわかってるんだけど、他に頼める人がいなくて。――ええと、さ、わたしのこと、嫌いになってもいいよ……」

 高原が複雑そうな顔つきで言いよどんだ。目を伏せ、頬を引きつらせている。よほど難しい任務が与えられるのが予感された。

「なんだよ、大丈夫だって。俺はお前の好感度ポイントを稼ぐために協力してるんだし、お前のこと嫌いになったりするはずねーだろ」

「好感度って……。そこは嘘でも『クラスメートを助けるために』って言った方が好感度上がるんじゃないかな」

 他人事のように言う。

 その理屈にも一理ある、が……。

「いやいや、もう騙されんぞ。お前にそういう小細工は通用しない」

 などとおどける俺に少し安心したのか、高原は一度深呼吸してから口を開いた。

「あの子を引っかけて、一週間ばかりつき合って欲しいの。今フリーなのは確認済みだから」

 ……はい?

 いや、その真意はわからんが、俺の気持ちを知った上でのこれは、世間一般の基準に照らせばたしかにちょっと酷いかもしれない。まあ、この際それはどうでもいい。さっきの高原の態度から、俺に対して一応の気遣いをしてくれているのはわかる。

 酷いのはむしろ、その次のひと言の方だったんじゃないかね。

「……あ、もしアレなら、そのまま本当につき合ってもいいんじゃない? 結構可愛い子だよ」

 ――打ちのめされた俺は、あまり罪悪感もなく今井保奈美に近づいた。うまいこと二度目のアプローチでデートの約束をとりつけた。恋人を来栖にとられたばかりというのは本当らしく、ちょろかった。


「さっすがあたしの幼馴染、モテるじゃない。もうその保奈美って子に乗り換えちゃったら?」

 高原から作戦の概要を聞いているのであろう魅咲が、学校で話しかけてきた。何てこと言いやがる。

「俺だって自己嫌悪抱いてんだから、やめてくれよ」

「悪いことしてる、って自覚はあるんだ?」

「まあな。いくら来栖を助けるためったって、女の気持ちを踏みにじるような真似してるわけだし。逆ハニートラップっつーのかね、こういうの」

「ふーん。あんたと詩都香(しずか)ってさ、結構お似合いなのかもね」

 なんだと? 俺が身を乗り出すと、魅咲が声を潜めてささやいてきた。

「詩都香もさ、すごい自己嫌悪抱いてるみたい。他にやりようはなかったのか、ってずっと悶々としてる」

 高原の座席をそっと窺う。しかし、相変わらずいい姿勢で本を読むその姿からは、魅咲の言うような様子はまったく読み取れなかった。

「……わからん」

「あんたダメだなあ。詩都香の自己嫌悪はあんたの二倍だよ? ひとつはあんたと同じくその子の気持ちを踏みにじってしまってること。もうひとつは――」

「――俺の気持ちを利用する形になっていること、か」

 魅咲に先んじて発言してみた。魅咲は、「やるじゃん」みたいな顔をした。

「目的のためには手段を選ばない。だけどきっちり苦悩する。……ちょっと偽善っぽいけどね。詩都香って、そんな奴なんよ」

 俺はもう一度高原を見た。さっきと同じ姿勢で読書していた。


「セースケの美味しそう。一口ちょうだい?」

 保奈美が俺の手の中のアイスをねだった。ほら、とラムレーズン味のアイスを差し出した。

 俺と保奈美の二回目のデート。学校帰りに定番コースの映画を観た後、夕暮れ時の公園で休憩中だった。移動店舗で買ったアイスを片手に、ベンチでお喋りをしていた。

 内心の葛藤を態度に出すのはやめることにした。俺が辛そうにすると、高原はその倍苦しむ。むしろあいつが嫉妬するほど、ラブラブバカップルぶりを見せつけてやろうじゃないか。

 ちなみに、高原によって考案された俺の設定は「県立寺本高校二年生中野誠介」である。もし寺本高に保奈美の知り合いがいたとしても、学年が違えば誤魔化しが効く、という算段であった。

 高原作のお芝居は微に入り細を穿っていた。普段はほとんど使わないというネットを駆使して、寺本の生徒が集まる掲示板を探し出し、その話題を逐一俺に教えてくれている。おかげで保奈美は俺が寺本高の中野誠介であると信じて疑わないし、俺自身も段々寺本高の生徒であるような気がしてきた。何しろ教師の名前もほとんど覚えさせられたのだ。さらに言うと、保奈美と鉢合わせする危険性を考慮して、登下校の間は寺本高の制服を着用させられている。だから俺は毎朝教師の目を盗んで裏門から入り、部室棟一階のトイレでスポルティングバッグに詰め込んできたミズジョの制服に着替える羽目になっている。下校時はその逆。まだ新品同様のはずの俺の夏用制服は皺まみれだ。その内クリーニングに出さないとな。

 ここまでする必要があるのか? とある時尋ねると、高原は大真面目に語った。

 ――嘘ってのはね、常に全力で、自分も信じてしまうくらいに綿密に練り上げて吐かなきゃいけないの。そうじゃないと、騙す相手に対して失礼。

 学校帰りに待ち合わせして一緒に寄り道して帰ること三度、週末に一度デート、そしてこの日の二度目のデートとで、少し保奈美のことがわかってきた。

 繰り返すようだが、普通の高校生だった。流行りには飛びつき、その一方で自分なりのこだわりがあって、しかしそのこだわりを大っぴらに宣言してしまう。香水は甘くてちょっとほろ苦いロリータ・レンピカがお気に入り。だけどたまに他の柑橘系のものもつけてくる。バイトは特にしていないが、お小遣いにはそれほど困っていない。売れ筋のJ―popを好み、カラオケのレパートリーはある意味で広く、ある意味では狭い。テレビをよく視ている。ネットにはブログを書いていて、恥ずかしがってURLは教えてくれなかったが、検索ワードのヒントはくれた。本当は見つけ出してコメントの一つでも欲しいのだろう。読書は一切しない。漫画は話題になったものを同級生と貸し借りして読む。少々浅慮なところがあって、過去の失恋を大げさに話す……。

 あらゆる点で高原とは正反対だった。あらゆる点で俺とお似合いだった。

「えへへ、ありがと。お返し……って、あーっ!?」

 保奈美が差し出してきたチョコミントのアイスに、大口開けてかぶりつく。大胆に削り取られたアイスを見て、保奈美は抗議の声を上げた。

「なにすんのよお。一口って言ったじゃん」

「一口は一口だろ? 保奈美のダイエットのお手伝い」

「もぉ、ばーか」

 くすくす笑い合いながら残りを平らげて、俺たちは立ち上がった。行先は特に決めていないが、なんとなく大通りを避けて路地裏に向かう。場合が場合なら、このままどこぞでご休憩もありうる展開だ。何が起こってもいいように、俺は財布の中のアレに思いを馳せる。いや、現地調達でもいいのだが。

 ――だけど、それはありえない。

『三鷹くん、そろそろだから。台詞大丈夫? 余計なアドリブはいらないからね』

 耳元で高原の声がした。それを可能にしているのは、今回の作戦開始時に高原から渡された、ちょっと安っぽい金色のシンプルなイヤリングである。保奈美からも似合わないと言われた。

 このイヤリングには、一定距離のテレパシーを拾う機能があるらしい。高原の所持している魔法道具の一つで、俺みたいな一般人にも使えるものだ。保奈美と一緒のときには、これを介して高原からの指示を受けている。

 すっかり暗くなった小路を歩いていると、俺たちの正面に見知った人影が現れた。

「誠介、さん?」

 俺を見て驚きの表情を浮かべるたその人影は、誰あろう高原だ。

「た、詩都香……?」

 あぶねー、ちょっと噛んだ。名前で呼ぶように、って言われてたんだった。

「……誰なの、その子?」

 高原の目が驚愕と嫉妬に見開かれた。こいつ、演技うめーな。俺も負けじとクサい芝居を続けた。

「詩都香には関係ねーだろ。……ほら、行こう」

 そして、突然の事態に困惑する保奈美の手を取って歩き出す。高原の傍らを抜け、引っ張られる保奈美がつんのめりそうな速度で。保奈美の方を気にするフリをして窺えば、高原は苦しそうな顔をしていた。これも演技なのか、それとも心痛のあまりなのか。

「待ってよ、セースケ! 止まってってば!」

 大通りまで戻ったところで、保奈美が足を踏ん張った。俺はしぶしぶ歩調を緩めた。あの高原の表情に追い立てられるかのように、いつの間にか演技抜きで速足になっていた。

「さっきの子、誰? ミズジョの子だったみたいだけど」

「……ああ、中学時代の後輩だよ」

 わざとらしく視線を逸らして答えた。

 俺の演技も、保奈美の疑念を掻き立てるには充分だったらしい。追及してきた。

「ほんとにただの後輩なの? 結構可愛い子だったけど」

 口調は茶化している風だったが、強張った顔が笑い切れていなかった。

 ごめん……と、たっぷり十秒間を置いてから、俺は保奈美に向かって頭を下げた。そこで気づいたが、台詞が頭から飛んでいた。「高原を振った理由」を述べなければいけないのに。

「……ほんとはこないだ一度だけデートしたことがある。向こうから誘われて。でも、うまく言えないんだけどさ、面倒くさい女なんだよ、詩都香は。趣味が暗いし、俺とはノリが合わない」

 仕方がないので適当にアドリブででっち上げた。高原、どっかで聞いてるかなー、などと俺は内心戦々恐々としてしまう。

「ああ、そーか。そんであの時、あたしに声かけてきたんだ」

 などとあっけらかんと言う保奈美の目に、その実、暗い色が浮かんでいたのを、俺は見逃さなかった。

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