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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第二幕「詩都香の部屋」
58/106

8-4

 好奇の目から逃れるように、魅咲(みさき)の手を引いて近くのカフェに入った。ビジネス街のOLたちをターゲットにしたおしゃれな店で、俺にとっては居心地がいいとは言えないが、魅咲を連れて入るには手ごろと思われた。

 まだ混乱しているのか、魅咲の顔は真っ青だ。すでに事態を受け入れつつある俺の方がおかしいのだろうか。

 案内された席に座ると早速注文を尋ねられたが、対面の魅咲はそれを認識した様子もない。しかたがないので、自分の分のコーヒーといっしょに勝手にミルクティーを注文してやった。

「本当に、誠介なんだよね」

 運ばれてきたミルクティーにふぅふぅと息を吹きかけ、のろのろと持ち上げたカップに口をつけてから、ようやく魅咲は口を開いた。その視線は、テーブルに落ちたままだ。

「だからそうだって。他の誰に見えるよ?」

 しかし、俺の答えを聞いているのかいないのか、魅咲はまたしばらく口をつぐんだ。ううむ、間が持たん。誤魔化すように俺はコーヒーを啜った。

「……魔力は感じない。幻影とかじゃない。いや、ちょっとだけ残り香みたいなのがある。でも、これは詩都香(しずか)の……」

 喋ってくれたと思ったら、独り言のようだった。

 気を落ち着かせるように二口目のミルクティー。そのカップをソーサーに置き、困惑を振り切るように、その顔がこちらに向けられた。温かい飲み物のおかげか、血色が戻っていた。

 魅咲は大きく深呼吸して、きっ、と一度唇を引き結んでから口を開いた。

「あんた、今までどこほっつき歩いてたの?」

 よかった、俺の知る魅咲だ。いつまでも呆けられたままだったらどうしようかと思っていたところだ。

 俺は自分の身に起こったことを説明しようとした。しかし、語れることはそんなに多くない。

「あの時――、ああ、十年前の戦いの時な。爆発に巻き込まれたところまでは覚えてるんだけど、そこで気を失ってたみたいで、気がついたら瓜生山(うりゅうやま)で一人倒れてた。で、山を下りたら浦島太郎だった、ってわけだ。それしかわからん」

 我ながら要領を得ない、子供じみた説明になってしまった。だって、わからないものはわからない。

 魅咲はまた少しだけお茶を口に含みながら、俺の語った内容を反芻している様子だった。

 ああ、そういえばこいつは猫舌だっけ。

「タイムスリップ? あの爆発で……? そんなことがありうるの……?」

「だからわからんて」

 ……まあ、魔法ならありなんじゃないか? この世界には本来存在しないエネルギーを使ってわけのわからん奇蹟を起こすのが魔法だって、お前自身が言ってたぞ。

 魅咲は腕組みして天を仰いだ。思考を整理しようとするときの、魅咲のお決まりのポーズだ。

「たしかにあんたの死体は欠片も見つからなかったけど、まさかこんなことになってたなんてね……」

「死体」という単語にどきりとした。そういえば、俺は死んだことにされてるんだっけ。死体が見つからなくても、一定期間行方不明だと死亡認定されるんだよな、たしか。

「俺も色々聞きたいんだけど、いいか?」

「ああ、うん。……まあ、あたしもわけわかんないけど」

「まず、俺の実家どうなってる?」

 当たり障りのなさそうなところから尋ねてみたつもりだったが、よく考えたら今まで気にも留めなかったのは薄情かもしれん。

 魅咲は小さく眉根を寄せた。

「しばらくはあたふたしてたけど、今は、うーん、どうかな。落ち着いてるんじゃないかと思うけど。……あ、孝平さんは入院してるみたい」

 孝平というのは四つ上の俺の兄の名前だ。あいつのことはどうでもいいや。入院なり、それこそ行方不明なり、好きにしてくれ。

「お前は最近どう?」

 我ながら呆れた。何だこの同窓会みたいな質問は。

「見ての通り会社勤めよ。それなりの大学出たんだけど、なかなか就職決まらなくてね。内定もらった時にはほっとした」

 魅咲は都内の中堅大学の名前を挙げた。

 ……おかしいな。

 俺の体感で今日学校の廊下に貼り出された成績上位者三十人の名前。相川魅咲の名前はやっぱり一番最初にあった。高校一年の試験なんてあてにはならないだろうが、あのままの成績を維持できていたら、それこそ最上位の大学にだって進学できたはずだ。

「あの後、成績落したのか?」

 俺がそう尋ねると、魅咲は曖昧に頷いた。

「どうも、ね。ライバルがいないと、全然勉強に身が入らないっていうか……」

 その言葉にちょっと引っかかりを覚えた。しかし、聞きたいことは他に山ほどある。

「ま、なんにせよ楽しそうにやってるみたいでよかったよ。さっき一緒にいた人たちは同期?」

「……楽しそう? ほんとにそう思って――あ、いや、うん。全員ってわけじゃないけど、まあ同年代かな。あたしも社会人になって、ようやく気持ちの整理がついたところだったし」

 早口にそう説明する前に、魅咲の剣幕が一瞬だけ変わった。こいつにも色々あったってことだろうか。

「じゃあさ……一条はどうしてる?」

 一番聞きたいことは、なぜか後回しになってしまう。

伽那(かな)? 伽那なら去年結婚した」

 うおっ、意外だ。なんだか悔しいぞ……。いや、俺は高原一筋のつもりだけど、同級生の可愛い子ってのは、やっぱり気になる。

「誰と? 俺の知ってる奴?」

 コーヒーをまた一口啜り、さもなんでもないことであるかのように訊いてみた。

「うん、琉斗(りゅうと)

 ――口の中のコーヒーが気管に流れ込んでむせてしまった。

 おああああ、一条の前に立つとろくに話もできなかったあいつがものにしたのか。

 魅咲の話では、一条夫妻(琉斗は入り婿だった。まあ、相手はあの一条家の一人娘なんだから、仕方ないか)は相変わらずこの街に住んでいて、一条はグループの関連企業を一つ任され、琉斗はそこの重役に納まっているらしい。一族が揃って文句なしに有能な事業家で、家柄もある一条家ならではの人事だ。

「琉斗は都内の大学を卒業した後、アメリカのMBAコースに送り込まれてね。学位は取得できなかったけど、そこで一年みっちり経営学の基礎を叩き込まれてきたみたい。なんでも、それが伽那との結婚の条件だったとか」

「エリートやってんだなぁ」

 死んだことになっている我が身と引き比べてしまう。

「で――」

「詩都香のことでしょ?」

 俺の質問は魅咲に先取りされた。

「あんたは十年経っても相変わらず詩都香、詩都香なんだから」

「いや、まぁ、な……」

 俺は曖昧に頷いた。俺の体感では半日と経っていないわけだが。

「詩都香ねぇ。……ちょっと重たくなるかも」

 魅咲にしては珍しく歯切れが悪い。

「どうかしたのか? いや、そういえばお前らの戦いはどうなったんだ? あの、〈リーガ〉って組織との。まだ続いてるのか?」

 もっと早く尋ねるべきだった。そうだ、こいつらは女子高生の身空で命のやり取りをやってたんだよ。

「〈リーガ〉? ああ、あれならもう勝っちゃった」

「勝った?」

 勢い込んでいた分、この言葉には拍子抜けした。世界的な組織と聞いていたのだが。

「そう、勝った。もう伽那が狙われることもないし、非所属の魔術師や異能者が抹殺されることもない。正確に言うとね、あたしたちが勝った、ってわけじゃないんだけど」

 魅咲はそこでいったん間を置き、カップに手を伸ばしかけたが途中で止めた。

「……詩都香が滅ぼしたの。三年半かけて、たった一人で」

「は?」

 にわかには飲み込めない言葉だった。たった一人で、三年半?

「あんたがいなくなった後――まあ、あたしたちは死んだものと思ってたんだけど――、詩都香は二週間くらい入院してた。結構な怪我して、一晩は予断を許さない状況だったしね。……で、退院後すぐに退学届を出した。それからあたしたちとも離れて、一人で世界中を転戦してた」

「退学!?」

 予想もしなかった単語に、我知らず声が上ずった。

「そう。あんなに成績よかったのにね。学校も戦いも両立する、なんて言ってたのが、あんたが死……消えたことで、無理だと思ったみたい。だから天下の才媛高原詩都香は、学歴上は中卒。今はフリーターやって暮らしてる」

 魅咲の顔がやや辛そうに歪んだ。

「会ってみればわかると思うけど……」

 高原の人生がそんなことになっているだなんて……。

「いや、でも、大検とか受ければいいじゃないか。あいつ頭いいし、ブランクあっても何とかなるだろ」

 努めて明るい声を出したのだが、失敗だった。魅咲はそんな俺に向かって眉を釣り上げた。

「あんた、あんなに好き好き言ってたくせに、詩都香のこと全然わかってないじゃないっ! 詩都香はね、あんたが死んだことに責任を感じてるの! あの子は思い込んだらまっしぐら。自分を許そうだなんて、絶対しないの!」

 突然の大声に、他の席の客たちが一斉にこちらを見た。

 魅咲はそれを意識して、力を抜いた。

「……ごめん。でもね、あたしたちだって何度も勧めたんだよ。外国留学とか。ほら、あの子、英語に限らず語学がすごく得意だったしね。詩都香がこんな生活送ってたって償いにはならない、今からだって将来を切り開くべきだ、幸せを掴むべきだ、って。それなのに詩都香はほんとバカだから、自分にはその権利がないって一点張りで……」

 どんな言葉をかけていいのかわからない。気まずい沈黙が下りた。

「……ねえ、誠介」

 先に口を開いたのは魅咲だった。それまで取り繕うようにメニュー表に目を落していた俺は顔を上げた。

 魅咲は俺の視線をまっすぐに受け止めて尋ねてきた。

「詩都香に会ってあげてくれない? あの子のこと、どうしたらいいのかもうあたしたちにはわかんない……」

 俺に否やはない。

 魅咲はバッグから携帯電話を取り出した。機種こそ変わっていたが、メールを打つスピードは全く衰えていなかった。あっと言う間に送信を終え、再びバッグにしまう。

 ――あ、そういえば、だ。鼻の頭に脂汗が浮かぶのを感じた。

「まさか、まだあれ残ってるのか?」

 魅咲は二、三秒の間瞳を上に向かわせて考え込み、やっと俺の言う「あれ」に思い至ったようだった。

「ああ、あれ? もちろんあるともさ。聞く?」

 こいつ――十年前とさっぱり性格が変わってない。

「消せ」

 半ば無意識に魅咲のバッグに向かって手を伸ばす。その手を魅咲が恐るべき反射神経で叩き落した。

「やーよ。……それよりもさ、詩都香はまだバイトだと思うけど、メールが返ってくるまで少し話しとくね、詩都香のこと」

 魅咲が身を乗り出してくるが、こっちは手の痛みでそれどころじゃなかった。軽くはたかれただけだというのに、どんな腕力してるんだよ。

 悶絶する俺を無視して、魅咲は高原のその後について語り始めたのだった。

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