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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
51/106

7-3

 取り残された俺はしばらくその場に立ちつくした後、階段を駆け下りた。あいつらは北西の方角に向かっていた。なんとか間に合えばいいが。

 駐輪場まで走りながら上空を仰ぐと、空を翔ける二つの影が見えた。箒に二人乗りの魅咲(みさき)と高原、それから単独で飛べる一条だろう。

 俺もあんな風に飛べたらいいのに――そんな風に考えた。

 ――まずは〈モナドの窓〉を開くところからかな。こればっかりは適性もあるし、開けるようになるまでどれくらいかかるかわからないけど。あ、やり方は教えないから。

 俺の部屋を訪れた日、魅咲は魔法についてそう説明していた。そんな言葉を思い出しながら、精神を集中させてみる。現実に飛べる奴がいるんだ、俺だって。

 ……しかし、当然と言うべきか、これは全く功を奏さなかった。そもそも〈モナドの窓〉ってどうやったら感じられるんだよ。

 ——だが、その代わりに、

詩都香(しずか)、あれかな?』

 念動力で軽快に空を飛ぶ一条の姿が見えた。

『たぶんあれだね。なんか、翼生えてるんですけど』

 ほうきの後ろにまたがる魅咲の姿が見えた。

『あんたらどんな目してんのよ。ゴマ粒にしか見えないわ』

 魅咲の前に、またがるのではなく横座りになった高原の姿が見えた。

 その後も、発信者が交代する度に目まぐるしく脳内の映像が変わった。どうもこのイヤリングには、目を瞑って軽く精神集中すれば、テレパシーの発信者の姿まで見える機能がついていたらしい。

 あー、高原の言っていた困った機能ってのはこれか? でもなんで困るんだ?

 もやもや~と想像してみる。

 例えば、入浴中の高原が、緊急の用件で魅咲からのテレパシーを受信する。そしてそれに返信する。そのときたまたま俺がその時にイヤリングをつけている……

 ――なるほど。素晴らしい機能じゃあないか。

『詩都香、どうかした?』

『……ううん、なんか邪な気を感じただけ』

 ぐずぐずしてはいられない。原付にまたがってキーを差し、スタートさせる。

 原付を飛ばして三人を追いかけながら、ときおり目を瞑って精神集中してみた。

『今度のってそんな強敵なのぉ?』

『一対一じゃ分が悪そうだけど、三人がかりならなんとかなるでしょ』

『あんたたちの魔法は派手で人目につくんだから、ほどほどにしなよ?』

『そりゃあ、魅咲みたいに体一つで戦えるんだったらいいけどさぁ』

 一条の運動神経は、三分の二が女子の我がクラスの中でも最低水準だ。昔から運動というものに縁が薄かったらしいし、しかたないかもしれない。

『まずは小手調べ。――〈ハイパー・メガ・ランチャー〉!』

 魅咲の戒めもなんのその。距離を詰めた高原はピストルの形を作った右手の指先から、白いビームのようなものを放った。破壊力抜群なのであろうその攻性魔法は、しかしあっさりとかわされた。敵の動きは、慣性を無視しているとしか思えないものだった。

『うえぇ、何、今の動き?』

 魅咲は心底気持ち悪そうだ。

『あの翼、作り物じゃない? そりゃ、そうそう翼が生える人間がいるわけないもんね』

 と、これは高原。そこで魅咲と高原が動きを止め、一条に視線を注ぐ。

『新兵器?』

 一条は二人の視線を特に意識していなかった。

『魔力で重力を制御する道具なのかな。厄介だね』

 気まずげに前方に向き直った魅咲が言う。

『変なタイミングで来たと思ったら、あの新しい魔法道具の試験でも兼ねてるのかな。あいつのコードネーム決定。〈ノウム・オルガヌム〉ね!』

『詩都香ぁ、それ何て意味ー?』

『倫理で習え!』

 高原は一条の問いを一蹴。さっきの攻性魔法といい、あいつのネーミングセンスは相変わらずわからんな。

『……にしても、なんかずるいよね。あいつらはあたしたちのこと知ってるのに、あたしたちには自分の名前も教えてくれないんだもん』

『本名は教えないって魔術師が多いみたいだからね。陰陽師かっつーの』

『名前と言えばさぁ、こないだ詩都香が言ってた奴だけど……』

『ああ、あたしたちのチーム名ってヤツ? あたし、恥ずかしいからヤなんだけど。それに、どうせもう向こうが勝手につけてるでしょ』

『いやいや、勝手に向こうからつけられた名前で呼ばれんの癪だし。「シーバット」じゃなくて「やまと」みたいな……。そうだなぁ、こないだ挙げたので、なんかいいのあった? わたしは〈二人の守護者(ガーディアンズ)〉がいいかなぁ、と思うんだけど』

『それだとわたしが消えちゃうじゃない』

 高原の提案に、一条は不満のようだ。

『じゃあ、〈一条伽那(かな)と二人の守護者(ガーディアンズ)〉にしようか』

『長いわ! ていうか昭和のグループサウンズか!』

 魅咲がツッコんだ。

『わたし、あれがいいかなーと思った。〈放課後の魔少女〉って奴』

『えぇ? 自分で言っておいてなんだけど、なんかユルくない? もっとカッコいい候補挙げてあげたでしょ。〈特攻野郎(アイカワ)チーム〉とか』

『勝手に名前使われたんで一応聞いておくけどさ、ネタで言ってんだよね、それ? ……にしても、“魔少女”って、なんかインビな響きね。ま、あたしたちも魔法少女って歳でもないけど』

『わたしはあんまガツガツした攻撃的な名前好きじゃないからさぁ』

『……ん、まあ、伽那がそういうんなら。んじゃ、決定。〈放課後の魔少女〉、前進! ディ・ツァウバーメートヒェン・ナーハ・デア・シューレ、フォー!』

 だしぬけに何だよ、高原。

『だから長いわ! つーか、今さらだけど、“隊”とかつけなくていいの?』

『〈放課後の魔少女隊〉? やだよ、軍隊じゃないんだし』

 と、一条が顔をしかめる。

『いらないでしょ。外国語ではちゃんと複数形にするから。それとも、“同盟”とかつける? 〈リーガ〉に対抗して“ウニオーン”とか』

『詩都香ぁ、なんでリーガに対抗するとウニオーンなの?』

『世界史で習え!』

 きゃいきゃい喧しい三人であるが、空中戦はなおも続く。二度、三度と高原が先ほどと同様の攻性魔法を放ったが、これもひらりひらりとかわされた。

『っだぁ、腹立つぅ! 今の当たったと思ったのに! ね、ね、見たでしょ? わたし、完全に相手の動き捉えてたよね?』

『先読みしてもダメかぁ。ま、それにあんたの魔法、遅いしね』

『威力だけは大したもんなんだけどねぇ。詩都香ぁ、もっと速い魔法ないの?』

『……くっ、他はもっと遅いのしか。ていうかさ、魅咲こそいい加減攻性魔法も覚えてよ』

 精神感応の波に乗って、悔しそうに歯噛みする高原の顔まで頭の中で再生された。教室内とはずいぶんと感じが違う。魅咲と一条という気の置けない友人といっしょだときっとこうなるのだ。

『いやー、あたしはほら、肉体言語専門だし』

『脳筋発言はやめなさいよ。それからほら、まだ全然魔法使ってないのに〈不純物〉溜めすぎ。そういうとこ雑なんだから。もっと〈モナドの窓〉を絞り込んで――って、わわっ!』

 そこで、今度は〈ノウム・オルガヌム〉の方が攻性魔法を撃ってきた。飛来したオレンジ色の火球を、三人は散開してやり過ごす。

『……プラズマ火球』

 白い煙の尾を引いて彼方へと消えていく火球を見送りながら、高原が謎の発言。こんなときでもあいつはこうなのか。

『っぶなー。空中戦は不利じゃない?』

『……空中決戦』

『はい? 詩都香?』

 高原はくわッと目を見開いた。

『芝公園に落とす!』

『……この辺にそんな名前の公園ないよ?』

『伽那、どうせ何かの台詞のパクリだから、気にすんな。要は人のいなそうな所にはたき落としちゃおってことでしょ』

『二人ともノリが悪いんだから。じゃあ……瓜生(うりゅう)山に落とす!』

『詩都香のノリにはついていけないよぉ。で、瓜生山ってどれ?』

『あそこっ! あのっ、九郎ヶ岳(くろうがだけ)の、電波塔の向こうの山っ! 山頂が広場になってるから!』

『ならそう言えっつーのよ。いちいちひとつひとつの山の名前なんて覚えてないって』

『なんであんたらそんなに地元のこと知らないのよ! 瓜生山城は一四九六年――』

 高原の郷土史講義が始まったところで会話が途絶えた。イヤリングで傍受可能な距離を越えてしまったようだ。

 にしても、命のやり取りをしてるわりにはなんとも緊張感のない会話だ。いや、むしろ命がけだからこそのハイテンションなのかもしれない。

 ――瓜生山か。

 瓜生山は市を東西に分ける九郎ヶ岳丘陵地帯の峰のひとつで、ここからだと西に向かって六キロくらいの距離だ。前にもみじを乗せた自転車でひいこら言いながら登った。途中で山道に入ることを計算に入れても、とばせば十五分くらいで着けるはず。

 三つの影は絡み合いながらいったん北へ遠ざかり、そこから次第に西に向かっていた。こちらが急いで行けば、そう遅れることはないだろう。

 そう思って原付を走らせていると、会話をまた傍受することができた。三人と、本人の与り知らぬところで勝手に〈ノウム・オルガヌム〉と名づけられた敵方の魔術師は、孤を描いて戻ってきたようだ。あちらも瓜生山まではもう少しだ。

『伽那! 方位二―二―四、仰角二十二度! 三・二・一……!』

 俺にはそうとしか聞こえなかったが、おそらく直接に思念を向けられた一条には瞬時に理解できるほどの情報が伝わったのだろう。

『行っけーっ! 〈イレイザー・カノン〉!』

 高原の秒読みに合わせ、一つの影から、夏の陽光の下でもはっきりとわかる赤い光線が放たれた。たしかに高原のものとは段違いに速く、かつ鮮烈だった。それでもなお、狙われた影はこれを回避してみせる。

 だがそれを高原は読んでいた。

『〈ハイパー・メガ・ランチャー〉!』

 一条に一呼吸遅れて高原も攻性魔法を発動。予測位置どんぴしゃだった。どうやら何発もかわされる内に、相手の動きの癖を見切っていたらしい。

『方位二―五―六、仰角八度! 三・二・一……!』

〈ノウム・オルガヌム〉はまたあの不自然な挙動で高原の魔法を避けたが、早くもその前に高原が一条への指示を出していた。そうしつつ自分も次の攻性魔法を準備する。

 高原と一条の発射間隔は次第に短くなり、そうやって相手の動きを制限して――

『魅咲、今!』

『おりゃああぁぁぁ!』

 影が分裂。

 原付を止め、目を瞑ると、綺麗な跳び蹴りのポーズで空を翔ける魅咲の姿がまぶたの裏に映じられた。

 魅咲の蹴りは狙いたがわず矢のような速度で標的に命中。三人の間で交わされていたテレパシーが途絶え、そこで映像が中断された。

 目を開けると、絡み合って一つになった影が九郎ヶ岳の方に飛んでいき、瓜生山の山頂の辺りで木が何本かなぎ倒されるのが見えた。

 魅咲たちは首尾よく相手を落とすことができたようだ。速度に優れた一条がまず魅咲たちの墜落地点に向かい、その後を高原が追っていく。

「あー、くそっ。限界か」

 俺はイヤリングを耳からむしり取った。さっきから魔法道具を使いっぱなしだったため、ずきずきと頭が痛みだしたのだ。

 情けないが、俺は魔術師でもなんでもない。ただ、魂を持つものであればなんであれ、〈モナドの窓〉と〈炉〉と〈器〉は具えているらしい。

〈モナドの窓〉は混沌渦巻く異界に繋がる通路であり、普通の家屋の窓が空気を完全には遮断しないのと同様、閉じた状態であっても少しずつこの厄介なエネルギーを通す。そして〈炉〉は自動的にそれを魔力へと精錬し、〈器〉に溜め込んでしまう。

 この貯まった魔力に働きかけることで、物理法則を超えた力、つまりは超能力を発揮できる人間が「異能者」と呼ばれ、自分の意志でさらに〈モナドの窓〉を開くことのできる人間が「魔術師」と呼ばれる。

 もみじによれば俺も異能者に分類されるのかもしれないとのことだが、自発的に魔法を使うことはできない。この単純な魔法の道具を使うことができたのは、身に具わった微小な魔力を消費してのことだった。それも、たったこれだけで打ち止めである。

 頭痛が少し収まるのを待ってから、俺は原付を再発進させた。こちらも急がねば。

(まあ、今の魅咲のライダーキックで全部終わったかもしれないけど)

 ――この時、俺はそんな風に楽観的に考えていたのだ。

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