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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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2.「工場の月」〜発端

 六月十一日の火曜日も、同じような調子で暮れようとしていた。

「……しかし、いまイチ腑に落ちないんだよなあ」

 重そうな鞄を抱えて放課後の教室から出ていく高原を目で追いながら、そんな独り言が洩れた。

「何がだよ」

 後ろの武藤が聞きとがめた。「――あ、また高原さんか」

 振り向くと、武藤は呆れた顔をしていた。

「悪いかよ」

「悪かねえけど、お前、よくあの高原さんに言い寄れるよな」

 妙なことを言う奴だ。ちょっとエキセントリックなところもあるけど、美人じゃねえか。

「――だって、住む世界が違うぜ。高嶺の花というか、ヒマラヤのイヌワシか深海魚だよ、あれは。まともなやり方じゃ捕まえられんね」

「ひでえ喩えだな」

 けれども、言わんとしていることはなんとなくわかる。

 高原のスペックは相当に高い。運動神経は女子の平均よりも多少上くらいだが、記憶力が良く、頭の回転が速く、手先も器用だ。それだけならいいが、あいつは途方もない努力家なのである。興味と好奇心の赴くところ、その才能を惜しみなく振り向ける。学校での良好な成績は、その副産物に過ぎない。

 琉斗によれば、高原の睡眠時間は四時間あるかないか。「森鴎外も言ってるじゃない、人間四時間も寝ればじゅうぶんだ、って」というのが本人の言だそうな。

 俺は武藤と別れ、校門を出た。

 まったく、あいつは勘違いをしているよ。高原がどれだけこちらを尻込みさせる相手であるかなんて関係がない。

 ――むしろ、それだからこそ燃えるんじゃないか。


 今日はバスでもよかったんだが、天気も好かったしなんとなく歩いて帰る気になった。ゆっくり考え事をしたかったのも理由のひとつだ。

 腑に落ちなかったのは他でもない、高原の態度のことである。あんな大きな秘密を明かしておいて、俺に対する態度がさっぱり変わらない。

 秘密の共有者として奮い立っていた俺がバカみたいじゃないか。……いや、バカなのかな。

 さて、ここでいきなり明かしてしまうと、高原詩都香(しずか)・相川魅咲(みさき)・一条伽那(かな)の三人は普通の人間ではない。

 驚くなかれ、魔法少女なのである。俺もつい二週間ほど前に知ったばかりだけどな。


 きっかけは、今振り返ると些細な事件だった。しかしその事件は、俺と高原の心に傷を残した。それについてかいつまんで語らせてもらおう。

 中間考査が終わった次の日、クラスでも跳ねっ返りで有名な来栖しのぶが、窃盗の疑いをかけられた。いくつもの物的証拠が来栖の不利を示していた。女子高時代の名残で、校則が厳しいこの学校のこと、容疑が固まれば停学では済まない。

 来栖には悪いけど、俺も普段の素行から、どこかしら納得してしまっていた。が……、

「来栖さんは誤解されることも多いけど、こんなことする子じゃない!」

 噂が広まってざわつく教室で、高原が珍しく大声を上げたのだった。普段控えめな高原が言うと、教室中の注目が集まる。

「でも高原さん、目撃者だっているんだし……」

「指紋だって出てるらしいぜ?」

 教室のあちこちからそんな疑問の声が上がる。しかし、そんなの簡単なこと、と高原は言い放ち、どこで仕入れた知識なのか指紋を偽造する方法をひととおりレクチャーした。こんな単純な事件で、そんなに手の込んだことするだろうか、というくらいに。

「単純な事件だからこそよ」と高原は言い切る。「目撃者あり、指紋あり、アリバイなし。これだけ証拠がそろってて、盗まれたのが少額の現金なら、それ以上突っ込んだ捜査がなされるわけがない。つまり、真犯人は来栖さんに罪をなすりつけるのが目的だったの」

 一度高原にそう言われると、クラスの雰囲気は変わった。クラスメイトを助けよう、という合意がどこからともなく形成された。だが、無罪の証明は困難だった。

 そこで俺が引っ張り出されたのだ。

 その日の放課後、俺は高原の家に連れていかれた。

 ……まあ、魅咲と一条も一緒だったわけだが。

「詩都香、ほんとにこいつでよかったの? 田中くんとかでも……」

 少し歯切れ悪く、魅咲が人選に疑義を呈した。おいおい、何だよ。

 それに対して高原は首を振った。

「ううん、田中くんじゃちょっと微妙かな。それに、魅咲が三鷹くんを推薦したんじゃない。三鷹くんは頼りになるし、こういうことにはうってつけだ、って」

 高原のベッドに腰掛けたその顔をふり仰ぐと、魅咲はちょっと照れくさそうに目を逸らした。誤解しかけてたぜ、魅咲。お前、俺のことちゃんと応援してくれてたんだな。

 高原が俺の方に身を乗り出してきた。その顔は真剣そのもの。

「こんなこと、三鷹くんにしか頼めない」

 高原にそう言われると弱い。だけど、証拠が欲しい。

「ああ、さっきのあれね。全部でまかせ。指紋はともかく、目撃者も出てるんだから、来栖さんが犯人じゃない証拠なんてない」

 え? 見込み捜査だったの? 拍子抜けした俺の表情を見てとって、高原は少ししゅんとなった。

「だって、誰も信じてくれないなんて悲しいじゃない。本人は否定してるって話だし、来栖さんが犯人だって納得できる証拠が出るまで、わたしは信じるよ」

 高原だってあまり自信がないのかもしれない。そう語る間、床に視線を落としたままだった。

「ん、詩都香がそう言うんなら、わたしは協力するよ。来栖さんとはあまり話したことないんだけどね」

 ちょっと恐そうで、と付け加えて、一条が高原の肩に手を置いた。

「ま、仕方ないね。あれやるの、詩都香?」

 高原は魅咲と一条の顔を交互に見た。

「……うん、やろう。三鷹くん、今からわたしたちの秘密を教えるわね。わたしたち――わたしと魅咲と伽那は……」

 ――魔術師なの、と彼女は宣言した。


 もちろん俺はそんな突飛な話を頭から信じたわけじゃない。だが、高原が何もない空間から黒帽子と黒マントを取り出し、魅咲が俺の持ったトランプのカードを百発百中で当ててみせ、とどめに一条が手も触れずに鉛筆やらノートやらを浮かせるに至って、ギブアップした。

「意外にあっけなく信じちゃうんだ。まだ〈モナドの窓〉も開いてないのに」

「俺がお前の言うこと疑ったことあったか、高原?」

 耳慣れない単語があったが、ひとまず俺はそうアピール。

「さっき疑ってたじゃない。それに、根拠もなく口先だけで信じるっていう男は好きじゃないな」

 そう言う高原だってつい先ほどの自分の言葉を忘れているとしか思えない。

「……ていうか、魔法と言うよりマジックっぽいな。もしくは超能力」

「まだ〈モナドの窓〉を開いてないからね。できることはまったく超能力と変わらないわ。念動力(テレキネシス)精神感応(テレパシー)、この辺はまあ魔術師なら誰でもある程度使える」

 俺の最後の抵抗に、高原は澄ました顔で答えた。

「〈モナドの窓〉? 何だ、それ?」

 さっきも出てきたけど。

「〈モナドの窓〉、現実態(エネルゲイア)を持たない可能態(デュナミス)から成る、混沌に満ちた異界への通路。それを開かないと、できるのはこんな手品に毛が生えたようなことだけ。……と言っても、わたしたちは〈モナドの窓〉を開いたところで、この場で見せられるような魔法らしい魔法はまだ使えないんだけどさ。今からそれを開くから、五分から十分ほど待ってくれるかな」

 高原がそう言うと、魅咲と一条も床に座りなおした。三人はそのまま精神集中に入ったようだ。目を瞑り、体の動きを止め、緩やかな呼吸を繰り返す。

 二分ばかりそんな様子を眺めていると、むずむずしてきた。どうにもこの空気は苦手だ。

 ぴらっ。

 一番手近だった一条のスカートをほんのちょっとめくってみた。

「きゃあっ!」

「こら!」

 一条が可愛らしい悲鳴と共に飛び上がり、俺の頭にはすかさず魅咲の拳骨が降ってきた。

「もおっ! 何やってんの! 信っじらんない!」

 高原も瞑想を解いて怒りの声を上げる。

「いや、悪い……。なんかこういう緊張感に耐えられなくて」

 叩かれた頭を押さえ、弁解を試みた。もっとも、言い訳のしようがないのは自分自身よくわかってる。

「アホか、あんたはッ!」

 怒りの高原に部屋を追い出された俺は、廊下で時間をつぶす仕儀となった。

「あれ、三鷹さん? なんでうちに?」

 ペットボトルのドリンクを片手に一階から上がってきた琉斗(りゅうと)が通りかかった。

「よお、琉斗。高原に閉め出しを食らっちゃったい」

 悪戯坊主のように、というかまさにそのものなのだが、俺はおちゃめな笑い顔を向けてやった。

 琉斗は俄然興奮した。

「えっ!? 三鷹さん、とうとうお姉ちゃんから部屋にお呼ばれですか!?」

「お、おおよ」

 なぜかすぐばれる見栄を張ってしまった。ちょうどそこで部屋の扉が開き、一条が顔を出した。

「三鷹くん、もういいよ。でも、さっきみたいなエッチなことしたら、わたしも怒っちゃうからね? ……あ、琉斗くんだ。こんにちはー」

 一条は琉斗の姿を認めてひらひらと手を振った。

「こんにちはっ。一条先輩っ」

 不意を突かれた琉斗の方は、顔を赤らめて目を逸らしながら挨拶を返した。姉にもこういう素直な面があるといいんだけどなぁ。

 一条に続いて部屋の中に入ろうとする俺の背に、琉斗が不満そうな声を投げかけてきた。

「なーんだ、この分だと相川先輩も一緒ですか。……ていうかエッチなことって、あんた一条先輩に何をしたんだ」

 最後の方は冷え切った声音だった。俺は急いで部屋の中に退散した。

 室内の空気は少し変化していた。どこが、とは言いづらいが、ぴりぴりと張り詰めている気がする。

「おかえり、セクハラ男」

 魅咲のこちらを突き刺すような視線とは関係ないと信じたい。

「どう、三鷹くん? 〈モナドの窓〉を開いた魔術師を見た感想は?」

 高原は掌よりやや大きいサイズの鏡を一枚持ち、息を吹きかけてハンカチで磨いていた。

「感想ったって……どこが変わったのかよくわからん。いや、なんか違うなとは思うんだけど」

 高原を見ているといつもそうなので参考にはならないが、今は魅咲や一条を見ても少し胸の中がざわつく。偉業を成し遂げた人間を目の当たりにした時のような昂揚感だった。

「ま、誠介じゃそんなもんよね。んじゃ、少し魔法らしい魔法をご覧に入れようか」

 魅咲がそう言って腰を下ろすと、高原と一条も床に座った。三人の真ん中には、高原が持っていた鏡が置かれる。六角形の少し曇りがちな鏡で、金色の縁にはゴテゴテとした装飾が施されており、その一部はすり減ってメッキが剥がれていた。

「何だ、この鏡? ずいぶん古いものみたいだけど」

 尋ねた俺に、高原が答えた。

「わたしたちは〈魔映鏡〉って呼んでる。離れた場所の光景を映し出す魔法道具」

「あたしたちじゃなくて、そんなダサい呼び方始めたのは詩都香じゃん」

「いいじゃない、別に。ネーミングライツは持ち主のわたしにあるんだから」

 軽口を叩きながら、三人は同時に鏡に向かって片手を伸ばした。

「空間的な距離だけじゃない。充分な魔力を込めれば、時間的な距離も越えられる」

 高原の言葉とともに、鏡がぼうっと光り出した。

「距離は四キロちょい。時間としては三十八時間前。まあ、これくらいなら三人でやればなんとか……」

 そこに映し出されたのは、来栖が窃盗をはたらいたという個人経営の運送会社の事務所の様子だった。

「うわっ、マジか」

 思わず感嘆の声を上げてしまった。その映像の中に、来栖が入ってきた。私服姿だった。

 俺たちが見守る中、映像の中の来栖は奥に安置されていた金庫を探り出し、苦もなくそれを開け、中から何枚かの紙幣を取り出した。しかも素手で金庫の辺りをべたべたと触り、悠然と俺たちの視野から歩み去った。わざと指紋を残したとしか思えない

「ね、詩都香。今扉や金庫を開けたの、念動力だね」

 一条が口を開いた。

「来栖さんがこんな力を持ってるかな? ……魅咲、どう?」

「いや、まったく本人としか思えないけど、なんかちょっと違うような。もう一回見よう」

 映像が巻き戻された。来栖が大写しになる。

「……ああ、やっぱり。いつもしてるチョーカーもないし、服もしのぶの趣味じゃないね、こりゃ」

 確かに、無駄にひらひらの多いその服装は、とんがった雰囲気の来栖には似つかわしくない。こんなミニスカート、来栖は絶対に履くまい。

「別人、なのかなぁ?」

「顔も背格好も本人そのものだしまだわからないけど、ひとつだけはっきりしたことがある。――この事件には、異能が関わっている」

「真犯人が別にいるとしたら、そいつは異能の力を使ってしのぶに罪をなすりつけようとしてるってことか。……でも、こんな映像じゃ何の証拠にもなんないし、詩都香、どうする?」

〈魔映鏡〉の映像が途絶えた。部屋の空気も元に戻っていた。どうやら〈モナドの窓〉とやらを閉じたようだ。

 今ので相当疲弊したらしい三人がそっと息を吐いた。

「はぁ、疲れた~。来栖さんにわざわざ罪をなすりつけようとするんだったら、何かしら恨みを抱いてるってことでしょ。反則技を使ってでも来栖さんを追い詰めたいような。ここから先は地道な調べ物かな」

 高原がそうまとめ、この日は解散となった。


 この日、家路を辿りながら俺がどんな気持ちを抱いていたかは、想像に難くないだろう。

 高原の部屋で目の当たりにした非現実的な光景に頭の芯が痺れたようになりながらも、そんなに簡単に信じていいのか、という警戒心が幾度となく起こった。本音ではもう信じ切っているのに、万イチ担がれていたときに「ほら、やっぱりそうだった」と思いたいがためのある種の予防線である。

 結論から言えば、それから数日にしてこっちは完全な杞憂であることが明らかになった。自分の度量の狭さを思い知らされたわけだが、常識的な反応だろう。

 そしてまたその一方で、わくわくしてもいたのである。俺は高原たち三人の、学校におけるおそらくは唯一の秘密の共有者になったのだ。新しい世界が開かれるような気がしていた。

 ――こっちの自分を、今はぶん殴ってやりたい。

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