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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
43/106

6-2

 試験が終わって再開された文芸部に顔を出すと、ここでも夏合宿の相談だ。

 ま、相談って言っても、

「日程は八月の二、三、四。場所は信濃追分(しなのおいわけ)のコテージ。二日午前八時半に東京舞原(ひがしきょうぶはら)駅北口に集合。ここまでよろしくて?」

 ほぼ一方的に告げられただけだ。「よろしくて?」じゃないってば。

 場を取り仕切るのは二年生副部長の飛鳥井(あすかい)あやめ先輩だ。受験生で半分引退状態の三年生の部長は、俺たちと並んで長机に向かって座っている。

「特に質問は無いようね。交通費がいくらかかるかは各自調べておいて」

 結構あっさり決まった。信濃追分なんて行ったことないけど、かなり高級な別荘地じゃないのか? 地元のお嬢様学校というイメージはあまり間違っていないのかもしれない。提示された参加費は予想よりもずいぶん安かったが、俺なんかはもみじのところでのバイトがなければ悩むところだ。部活の合宿なんだから、もう少し近場で手頃な所でもいいんじゃないかと思う。

「先輩、いいですか?」

 俺の隣に座る田中が手を挙げて発言の許可を求めた。

 ——よし、言ったれ、田中。

「何、田中くん?」

 田中はわざわざ起立した。

「コテージでBSは映りますか?」

 俺はもちろん飛鳥井先輩にとってもまったくの予想外の質問だったようで、彼女は手元の資料に目を落とした。

「えーと、この資料には載ってないわ。サイトには載ってたと思うけど。大事なことなら宿に確認とるけど……」

「大事なことです。今週中に確認をとってください」

 田中はそうとだけ言うとおもむろに着席した。

「お前、どうせ録画するんだろ?」

 俺は田中にささやきかけた。こいつが何を気にしているのかは承知している。

「やっぱりリアルで視たいよ。吉田くんや大原くんやしずかちゃんともメールで実況し合いたいし」

 こいつ、高原とそんなことしてたのか。羨ましい。

「あ、しずかちゃんはどっちかというと作品に集中したいタイプだから、放映中の実況はあまりしないよ。終わってから長文の感想メールくれるけど」

 俺の気持ちを斟酌してか、田中はそう付け加えた。でも、それでもやはり羨ましい。俺もアニメ視たらメールでもするか。

 飛鳥井先輩の申し渡しは続いた。 

「それから、夏とはいえあの辺は朝晩冷え込むこともあるから、心配なら防寒着持ってきて。筆記具は忘れないでね。原稿用紙は部で用意するから。お小遣いとおやつは自由。ここまで何か質問は?」

「はい」

 今イチよくわかってない一年生を代表して、俺が挙手した。

「はい、三鷹くん」

「えーと、馬鹿な質問かもしれないんですが、なんで信濃追分なんですか?」

 というか、俺には軽井沢との違いがわからん。さっき携帯電話でこっそり調べたところ、軽井沢町の中にあるようだし。

 いつかのように「それはなかなかクリティカルな質問ね」なんて言われるかと予期していたのだが、飛鳥井先輩はきょとんとしていた。馬鹿な質問と思われたのは確実だ。

「どうして、って。信濃追分は外せないでしょ? 文士たちが愛した避暑地。芥川に始まって、堀辰雄、立原道造、福永武彦に中村真一郎……。ああ……」

 どうも俺は飛鳥井あやめという人を見誤っていたようだ。作家たちの名前を呼びながら恍惚の表情を浮かべる先輩は、十分に変な人だった。

 一方、なぜかしばらく沈思黙考していた隣の田中も、何に思い至ったのか唐突に「あ、モスラか!」と顔を上げ、俄然合宿にやる気を燃やし始めたようだった。

 ああやべえ。この人たちに一ハロンたりともついていけない。


 部活後に一条や田中といっしょに帰ろうとすると、文化部棟の玄関で幸運にも高原と出会った。向こうも部活がはねた後らしい。

 なし崩し的に四人でいっしょに帰ることになった。

「郷土史研も合宿すんの?」

 一条の話を聞いて「いいなぁ、信濃追分」などと羨ましがっていた高原に、そう尋ねてみた。

「ううん。郷土史研が郷土を出て合宿なんて変でしょ」

 感心した。一ミリの隙もない論理だ。

「じゃあ、詩都香(しずか)はずっと暇なの?」

 今度は一条だ。

「一応、博物館めぐりとか寺跡の実測とか活動はあるけどね」

 高原がつまらなそうに答えた。地味だなあ。

「モスラ! モスラだよ、しずかちゃん!」

 田中が興奮気味に言う。

 高原はしばらく怪訝そうな顔をしていたが、

「ああ、原作ね。『発光妖精とモスラ』。いいなぁ」

 また羨ましそうに溜息を吐いた。

 それでわかるのか。

「高原はどっか行く予定あるの?」

「自転車でふらっとどこかに行こうかなぁ、とは思ってるけど」

 ふらっと、などと言うから海にでも行くのかと思いきや、「最初は山梨かな」だそうである。高原は俺が思っている以上にアウトドア派のようだ。

「あ、そうだ、海。まだ日取りは決まってないけど、海行かないか、って話になってんだ。その内魅咲(みさき)から話が行くと思うけど、高……お前らも来ないか?」

「地曳き網でもするの?」

 高原が薄く笑った。俺とネタかぶりだが、ものすごく嬉しかった。

「いやいや、湘南だってよ」

「僕はパスかな。夏の軍資金はいくらあっても足りないしね」

 田中が言う。俺も実のところ、こいつが海水浴に来るとは思ってない。

「一条は?」

「わたしは行きたいなぁ。……でも海かぁ。みんなが泳いでる間、わたしは何してればいいんだろう」

 一条は泳げない。体育の授業で見てると、ビート板につかまって体力が尽きるまでバタ足しても十メートルと進まないのだから、どんな力学が働いているのか逆に興味を惹かれるところだ。

「お前の海イメージは小学生くらいで止まってんだな。お前なら水着で浜辺を歩いてるだけで色々起こるって」

「え? 気づかずにカニさんを踏んづけちゃうとか?」

 一条は首を傾げた。自分の武器をわかってないようだ。ていうかヘラクレスか、お前は。

 ……って、まずいまずい。この場ではご法度な話題だ。ほら、高原がつまらなそうにしてる。

 こいつはこいつで十分に需要あると思うんだけどなあ。

「大丈夫だよ、一条。浮き輪で浮いてるだけでも結構楽しいって」

「えー? 離岸流に流されたりしない?」

 泳げないくせに変な知識だけ持ってる奴だ。

「魅咲がいれば安心だろ?」

「そこは三鷹くんが助けてくれるんじゃないんだ? でもたしかに魅咲がいてくれたら大丈夫かな。うん、じゃあ、行く。日程決まったら教えて」

 よしよし、こうやって外堀を埋めて、満を持してから……

「高原はどう?」

「……わたしには、浜辺歩いてても何も起こらないんでしょ?」

 なんでそこを根に持つ。妙なコンプレックスでも抱いているのだろうか。

「いやいや、んなことないって。な、田中?」

「そうだね。しずかちゃんにだってニッチな需要があると思うよ」

 こいつ……ひと言余計だっつーの。

「ああ、そうだ。お前水練達者だし、いっしょに襄陽(じょうよう)の水攻めごっこしてやるからさ」

 急いでフォローを入れたはいいけど、何だこれ? 何が水練達者だ。

「何だそのフォローは!」

 案の定高原がきーっ、と沸騰した。

「あははは、よくわかんないけど、じゃあわたしが砂でそのお城作る」

 一条が楽しそうに笑った。いや、城はどうでもいいんだよ。

「それなら僕は十万本の矢を用意するよ」

 と田中。何を用意するつもりか知らんが、そりゃ赤壁(せきへき)だ。そもそもお前来ないだろ。つーか少しは責任を感じろ。ああ、ツッコミが追いつかねえ。

「……ゴムボート」

「え? ゴムボート?」

 やがて落ち着いた高原がいきなりそんなことを口にするので、俺は訊き返してしまった。

「ゴムボート、二隻用意して。あと、わたしが龐徳(ほうとく)やるから、三鷹くんは周倉(しゅうそう)ね」

 ああ、転覆させるところからやるのね。監視員から怒られないといいけど。

「でもいいのか、それで?」

 逆ならまだしも、抵抗する高原を俺が捕えるとなると、少し絵面的に……。

「わたし、魏派だから」高原は特に気にした様子もなく答えた。「壮侯(そうこう)の無念を晴らすために、絶対に三鷹くんなんかに捕まったりしないからね」

 それで無念を晴らしたことになるのかは知らんが、行く気になったのはいいことだ。俺も夏休みが楽しみになってきた。


 そんなこんなで、夏休み前の最後の日々は過ぎ行こうとしていた。実際に休みに入ると案外暇を持て余し気味になるのは中学時代にも経験済みだから、一番楽しい日々と言えるのかもしれない。

 しかしその週の水曜日、また面倒事が舞い込んできた。しかも今度は高原の弟、琉斗(りゅうと)の手によって。

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