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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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6.「夜の浜」〜夏休み前

 土日を勉強会に費やし、さらに試験期間中も、中休みとなった水曜日を除いて毎日魅咲(みさき)といっしょに図書館で勉強して、試験はたぶんどうにかなった。もうすぐ返却されるだろうが、赤点はなんとか免れそうだ。

 試験最終日には、勉強会に集ったメンバーに何人か加えてささやかな打ち上げをやった。定番のカラオケボックスである。

 ——高原、アニソン超うめえの。でも、恥ずかしがって絶対自分で曲を入れないのな。で、半分くらいは魅咲が勝手に入れた流行曲を唄うはめになっていたわけだが、こちらは大して上手くなかった。俺も次の機会のために、高原といっしょに唄える歌を覚えておこう。

 

 タイミングのいいことにと言うべきか、薄氷(うすらい)調査事務所には俺の試験明けに二件立て続けに依頼が入り、幸いこの間のような痛い目に遭うこともなく両方とも解決できた。

 ただ——

「あっち〜……疲れたぁ……」

 事務所に戻ってきた俺は、汗みずくになって応接室のソファにつぶれていた。

「お疲れ。ほれ」

 もみじが冷たい麦茶を入れたコップを運んできてくれた。左手のギプスがサポーターに替わり、これくらいはもう支障が無いらしい。

 俺はコップの中身を喉を鳴らして飲んだ。

「……お代わり」

「しかたないな、ちょっと待ってろ」

 同じく一気飲みしたもみじが、自分の分も合わせて麦茶を注ぎに行こうとする。

「あ、もう容れもんごと持ってきてくれ」

「人使いが荒いな。ま、何にせよお疲れさん」

 もみじのサービスがいいのには理由がある。というか、もう動きたくないくらい俺が疲れているのだ。

「ったく、冗談じゃないよ。試験明けのこの暑い中、二日続けて山道なんて」

 昨日は薄氷川(うすらいがわ)の上流の垂氷(たるひ)山地、今日は市を東西に分ける九郎ヶ岳(くろうがだけ)丘陵地隊に〈夜の種〉が出現していた。強力な奴じゃなかったが、まず現場までもみじを連れていくのに体力を使ってしまった。

「前にも言ったが、九郎ヶ岳は出やすいんだ。どうもあの丘陵の周りには、西と東の不純物が淀みやすいみたいだな」

 ティーピッチャーを持ってきたもみじが、それぞれのコップに麦茶を注ぎながら俺のぼやきに応じた。

「つーか俺、昨日も今日もほとんど運び屋じゃん。もみじが見つけて発砲して終わりだ」

「お前がなかなか発砲しないからあたしが撃ったんじゃないか。……いや、お前はすごいと思うぞ? あの山道を自転車二人乗りで登れるんだからな」

「慰めになってねえよ」

 俺はまた一息で麦茶を飲み、今度は手ずからお代わりを注いだ。

「その不満の原因、当ててやろうか?」

 もみじが俺の顔を覗き込んできた。

「出たよ『当ててやろうか』。いいよ、それで当たってるよ。自分の異能を試してみたかっただけだよ」

 仕事のとき以外、あの弾丸に俺が触れることは許されていない。

「まあ、気持ちはわからないではないけど、あまり生兵法を振るうんじゃないぞ? お前はそのままで十分役に立ってるんだからな。それに、何度も言うようだがパンチよりも銃弾の方が強いんだ。それは当たり前だろう?」

 ロマンが無いなぁ。無いけど、現実ではある。

「おかげでそいつの出番も無いな」

 俺はソファの上に置かれたもみじのリュックを指した。

「ああ、これか」

 リュックの中には相変わらず色々と詰まっていたが、もみじは俺の言葉の意味を理解したらしく、黒光りするその道具を取り出す。

「あたしの休養で、ようやくあいつらもわかったみたいだな。あたしがいなきゃ回らないって」

 ぱちち、と威圧的な音がした。もみじがスイッチを入れたのだ。

 新たに支給された装備だった。強力なスタンガン。防御障壁で銃弾を弾く〈夜の種〉に、接近戦で対処するための武器だ。

「お前があたしに変なことしてきたら、遠慮なくこいつを喰らわせてやるからな」

「持ってきた職員に言われたんだろ? 虎だって熊だって倒せるから、絶対に人に向けちゃいけません、って」

 だいいち、俺がもみじに変なことなんてするはずがないのだ。

「おっとそうだ。ちょっと待ってろ。昨日までの分の給料、計算してある」

 もみじが席を立った。

 俺はそれを止めようとした。

「いいよ、今日の分もまとめて今度で」

「そういうわけにもいかない。これはあたしが自分で決めたことだからな」

 変なところで頑固だな。

 もみじが持ってきた封筒は、この間のものよりもだいぶ薄かった。ま、二回分の基本給と一回分の手当だからこんなもんか。でも、これで……

「なあ、もみじ。今日も考えてたんだけどさ、もし俺が原付買ったら、今度からそれで行かないか?」

 試験の中日に何をしていたのかと言うと、原付免許を取得していたのである。「ずいぶん余裕ですこと」と魅咲には呆れられたが。

「いや……やめとく」

 しかしもみじは案に相違して首を横に振った。

「なんで?」

「自転車の二人乗りは、あたしがこんなナリなせいもあってまず見逃されるだろうが、原付だとそうもいかんだろ。交通課には顔見知りがいないからな。制止されて荷物でも検められたら面倒なことになる」

「あ……なるほど」

 考えてなかった。

「それに原付はうるさいし、だいいち速すぎる。とてもじゃないが探知のために集中できない」

 ぐうの音も出ないほどに納得できた。

「それもそうか。ああ、どうすっかな」

 なんだか買う理由がひとつ減ってしまった。

「免許は取ったのか?」

「こないだ取った。試験の中休みの日にな。ほれ」

 俺が財布から免許証をとり出すと、もみじはそれをじっくりと検分した。おいおい、偽造じゃないぞ?

「馬鹿のくせによく取れたな」

「あーんなの馬鹿でも取れ——じゃねーよ! 馬鹿じゃないから取れたんだよ!」

 試験勉強と並行して交通規則覚えるのは大変だったんだぞ?

「親御さんからの許可は?」

「説得済みだ」

 うちの親、特に教員をやってる母親は以前は過干渉気味だったが、中学時代の俺が少々やんちゃだったこともあり、少しくらい放任にした方がいいのかもしれないと考え直したらしい。それに、四つ上の兄の方が成績優秀だったので、期待はそっちに集中した。あのクソッタレな兄貴に期待する親もどうかしてると思うのだが、思春期の息子にとってはありがたいことである。

「駐輪スペース」

「アパートの駐輪場に駐めてオッケーだってよ」

「ま、それだけ準備してその気があるなら買えばいいんじゃないのか? あれば便利だろうしな。それに、こんな日にまた自転車で帰るのはさすがにしんどいだろう」

「あー、まったくだ。今から自転車で家まで帰ることを思うと鬱になんぜ」

 帰路は南から北への上り調子である。

「原付を買ったらそれで通勤して、自転車の方はうちの庭にでも置いておけばいい。それで仕事にも行ける」

 もみじは自分の言葉に納得したというようにしきりに頷く。

 それでピンと来た。こいつ、なんだかんだ言ってあの自転車気に入ってるんだな。たしかにあの後部座席の取り付けは、俺がもみじのために自発的にしてやった最初の行為だった。

「……そうだな。そうするよ」

 俺がそう言うと、もみじはまた大きく頷いた。

 

 その日の内に店に行き、中古の原付を買った。

 とりあえずはアシになればいいので、見た目や性能にはあまりこだわらず、状態がよくて納車に時間がかからないものを優先した。

 どれくらいかかるものか不安だったが、バイトで使いたいと言ったところ整備を急いでくれるそうで二十一日の日曜日には配達可能とのことだった。一学期は二十四日の終業式で終わってしまうが、まあ、いいか。


 三連休後の火曜日。

 試験が終わり、夏休みまで一週間あまりとなると、授業はもうほとんど消化試合のようなものである。「浮かれるのはまだ早いぞ」と授業担当の先生は口々に釘を刺すが、糠に釘とはまさにこのことだろう。

 教室内では夏休みの過ごし方が盛んに議論されている。部活の合宿だの、泊まりがけの旅行だの、海だの山だの祭だの。

 マイノリティたる男子は、男同士で一団を組織して遊びの相談をするか、さもなければどこかのグループから声がかかるのを待つしかない。俺もまあそれなりに声をかけられたが、「行けたら行くよ」と参加は保留にしておいた。高原といっしょに動ける余地を残しておきたい。

「三鷹くんは夏休みは帰省するんですか?」

 四時限目と五時限目の間の休み時間に、珍しいことに前の席の女子クラス委員、松本由佳里が話しかけてきた。どちらかと言うとおとなしめ、もっと言えばおどおどしたところのある奴だが、夏休みはやはり楽しみなのだろう。

「ああ。お盆辺りにはな。松本は手芸部だっけ? 合宿とかあんの?」

 手芸部の合宿って、ちょっと想像できない。悪いけど。どこかに泊まってみんなでタペストリーでも織るんだろうか。

「ええ、富士山に登るんです」

「は?」

 俺の乏しい想像力の範疇を超えていた。

 なんでも、手芸に必要な集中力と忍耐力と体力を養うのだとか。

「もちろんそれは口実で、うちの部の伝統的なレクリエーションみたいなものですけどね」

「……そ、そうか。夏富士だって危ないんだからな。気をつけろよ。高山病とか」

 我が地元自慢の山も、半女子校の手芸部がレクリエーションで登ってしまう時代か。

「ありがとうございます。三鷹くんはあっちの出身ですよね? 富士山に登ったこと——」

「富士っていえばさ、今度のフェスのチケットが一枚余るかもしれないんだけど、三鷹行く?」

 後ろから武藤が声をかけてきた。

 話を途中で遮られた松本は、何やらしゅんとなって席に座りなおした。

「お前はジャズ専じゃなかったのか?」

「軽音部で行くんだよ。誤解があるかもしれないけど、ジャンルはロックに限られてるわけじゃない。名前が悪いよな。それに、俺は広く音楽に心を開いているんだぜ?」

「いいよ、パスだ。俺はそんなに音楽に詳しいわけじゃない」

「当ててやろうか?」

「まったく、お前もかよ」

「……? ま、どうせ高原さんたちから誘われないか期待してるんだろ? ちょうど城で祭がある日取りだもんな」

「わりーかよ」

 俺は憮然として教科書を取り出した。次は英語だ。

 西京舞原(にしきょうぶはら)にある京舞原城趾では、七月の末に祭が開催される。なんでも、京舞原城開城に由来するらしい。俺みたいに外部から来た人間としては、地元大名の滅亡を祭にするってどうなの? と思ってしまうが、高原曰く「敗者にとっては滅亡までが歴史よ」だそうな。

「あーでも、高原さんとあの祭なんか行ったらうるさそうだ。『あそこに陣を敷いて攻め上がってきたのが大谷(おおたに)刑部(ぎょうぶ)』とかなんとかさ」

「地元のくせに無知を晒すな。吉継(よしつぐ)は城攻めに来てねえよ」

 俺がそう指摘すると、武藤は意外そうな顔をした。

「なにお前、そういうの詳しいの?」

「これくらいは基礎教養だ。高原と会話するためのな」

「……勉強したんか。その熱意を他のことにも向ければ、お前はきっとすごい奴になるんだろうけどな」

 大きなお世話だ。

「海いこーよ! 海ー!」

 そこで突然隣の度会真由がいきなりけたたましい声を上げたので、俺も武藤も耳を押さえた。

「……っ! なんだよ、度会。破局噴火みたいな声出しやがって」

「はきょ? やーだ、三鷹くんったら、しずちん追いかけてる内に難しいこと言うようになっちゃって」

「難しいか? 字面でわかれ」

「それよりも度会さん、海行きたいの?」

 武藤が割って入ってきた。

「行きたいっ! やっぱ夏と言えば海でしょうが」

「地曳き網でもやるんか?」

 さるやんごとなきお方が地曳き網を観覧したという浜辺が、今は海水浴場になっているのだとか。

 度会はけらけらと笑った。

「んなわけないっしょ。なーんで三鷹くんったら、地元民でもないくせにこっちのことそんなに詳しいかな〜。そんな近場じゃなくて、海水浴ったら湘南でしょ」

 ミーハーだな。

「ここも一応湘南ナンバーのプレート取れるらしいぞ?」

「武藤くんは? 行きたいよね?」

 俺の軽口は無視された。

「まあなあ。いつ? 他に誰来るの?」

「森くんとか柴崎くんとか。女子はなっちゃんが来るし、みさきちとかに声かけとくよ。日程は未定だけど七月中かな」

「行く」

 いち早く声を上げた俺に、度会も武藤も呆れた顔をした。

「言っとくけど、みさきちが来てもしずちんが来るかは知らないよ? インドア派っぽいし、体育の授業の様子見ると水着になるの嫌いみたいだし」

「……ああ、水着がイヤってのは何となくわかるけど。あいつはお前らが思ってるよりもアウトドア派だ。泳がなくてもどうせ防波堤で釣りでもするだろう」

「あはは、三鷹くん誘うのなんて簡単だね。しずちんの名前出せばいいんだから」

「おおそうだ、三鷹。今度のフェス、ひょっとしたら高原さんも来るかもしれないけどお前もどうだ?」

「うるせえよ、アホどもが」

 なんで誰も彼も、俺のこと全部お見通しみたいに言うんだよ。

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