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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
41/106

5-7

 勉強会一日目はつつがなく終えられた。

 魅咲(みさき)のノートを丸写しさせてもらい、さらに一条のノートを参考に着色。

 ついでに借りた田中のノートが真の意味で落書き帖だったのには驚かされた。

 見開き両側の上下に都合四本のパラパラ漫画が描かれていて、しかもそれが並行し、たまに交差するストーリー仕立ての群像劇だった。

 そう、パラパラ漫画。つまり、見開き左側のページに描かれた二本を読むためには、ノートを後ろからパラパラめくるしかないのである。田中はそれをノートが進むに合わせて、つまるところ結末部から順に描いていた。それなのに人物同士が交差するシーンはちゃんと同じページになっているのだから、構成の妙と言うべきだろう。

 まともに授業ノートになっているのは紙面の半分もなく、いったいこいつはどうやってあの成績を維持しているのか気になった。ついでに漫画の続きも気になるところだ。

 ノートを写しながら、独力でもどうにか解けそうな難度の問題は高原に、太刀打ちできなさそうな問題は魅咲に尋ねた。中間考査のときの反省に立って俺なりに編み出した戦術である。俺としては高原にあまり不様なところは見せたくないし、高原は俺みたいな勉強苦手な奴に教えるのが下手だ。また、あまり簡単な問題の解説を求めて魅咲の機嫌を損ねたくはない。

 この戦術はなかなかうまくいった。明日もう一日頑張れば追いつけるかもしれない、という希望が抱けた。来栖が高原を独り占めしようとさえしていなければ、ふたりの距離ももう少し縮まったかもしれない。

「そんじゃな、三鷹。ちゃんともみじちゃんを送っていけよ? もみじちゃん、バイバイ。メールするから」

 そう言って片手を上げた武藤が、携帯電話を片手にバス停に向かっていく。

 西京舞原(にしきょうぶはら)駅前。俺ともみじはこの駅から電車で帰る。

 武藤の家はもっと北にあって、一条家と駅の中間辺りなのだそうだが、もみじにかまいたいがためだけにここまでバスに乗ってきやがった。しかも、もみじとアドレス交換までしてご機嫌の様子である。

「モテるじゃねえか、もみじ」

 切符を買いながら俺がそうからかうと、

「……ふん、当たり前だ。あたしに会った男は大抵紳士的に振る舞ってくれる。お前が変なだけだ」

 などと、もみじは鼻を鳴らした。

「ゲーム、楽しかったか?」

「まあな。家に置こうとは思わないけど。……あれは人の時間を喰らう悪魔の機械だ」

 多少恥じ入った様子だった。

 午後のおやつ(これまたユキさんの手作り)を食べた後、やっぱりまた集中力を切らした一条はもみじを拉致して別室にゲームをしに行った。これが三十分近く経っても帰ってこないので、痺れを切らした魅咲が連れ戻しに行った。ところが戻ってきたのは一条だけ。今度は魅咲がもみじのゲームの相手をしているという。

 その後は何となく、勉強に倦んだ奴が交代で別室に行き、もみじの遊び相手をする形になった。来栖まで行ったのは驚きだったが、さすがに高原の講義を何時間も聞かされるのはしんどかったのかもしれない。

「高原はあれだな、少し初心者に対する手加減を覚えた方がいい。あいつは魔術師なんだから、ゲームくらいだと相手の動きを先読みできちゃうんだ。相川と一条はまだそこまで達していないようだが。かといって、吉田や大原みたいにあからさまな接待プレイをされると腹が立つ。浜田や来栖みたいな初心者同士の方が楽しめたな。きゃあきゃあ騒いで」

 あの来栖がきゃあきゃあ言うのか。少しその場を見たかったような。

 それにしても、こんだけ喋るってことは、きっとこいつが一番楽しんだのだろう。

「……あと、田中とやるのも面白かった。巧すぎて腹が立たないんだ」

「ああ、それはよくわかる」

 折よくホームに滑り込んできた東海道本線上りの電車に乗り込んだ。

 東京舞原(ひがしきょうぶはら)までは三駅だ。

「そういえば、高原とどうだった?」

「あいつはアレだな。人見知りで、あまり打ち解けられなかった。でも、お前がちゃんと働いてるかとか尋ねられたぞ」

「な? 俺だって気にされてんだよ。全然無視されてるわけじゃないんだから」

「他に共通の話題が無かっただけだろう、アホ」

 ごもっとも。

「それから、相川にも似たようなこと訊かれたな。あっちはちゃんとお前のこと心配してたみたいだ」

「……ったく、お節介め。それで? どうだった?」

「ん? 何が?」

「脈はありそうかっての」

「ああ、無いな。——と言いたいところだけど、実のところよくわからなかった。ほとんどゲームしてただけだしな。ああ、怪我したとき変なもの見なかったかって訊かれたよ。全然覚えてないって答えたら安心したみたいだった。お前のことよりもそっちの方が気がかりだったようだ」

 ひと言余計だ。

「明日はどうする? 明日は度会(わたらい)っていう女子も来るらしいけど」

「いいよ、パスだ。お前の口実も二日連続じゃ使えないだろ」

「それはそうだけどさ。お前が行きたいって言えば、みんな喜んで迎え入れてくれると思うぞ」

 それでももみじはかぶりを振った。

「だろうな。でもいいよ、あたしは。あそこはお前の場所だ。あたしのじゃない。今日は少しだけ覗いてみたかっただけだ」

 胸の奥がうずいた。

 もみじがほんの少し寂しそうな目をしていた。

 だけどそれだけだった。もみじはすぐに表情を微笑へと切り替えた。

 なんとなくだけど、もみじの気持ちがわかった。何年後になるかはわからないが、自分がああした場に、客人ではなくてメンバーとして加わる未来を想像しているのかもしれない。

「次は、そうだな……平均的高校生の夏休みってヤツを垣間見てみたいな」

 微笑はニヤニヤ笑いに変わった。

「おいおい、また俺に連れてけって言うのか?」

「海でも山でも夏祭でもいいぞ?」

「平均的高校生の夏休みってのは、家でゴロ寝なの」

 そう言いつつも、何か考えておくか、と思ってしまった。我ながら驚くべき面倒見のよさだ。

「きっとだよ、お兄ちゃん?」

 うわ、チョップ入れてえ。猫かぶんな。ゴロ寝だっつっただろ。

 ——俺の手刀を押し止めたのは、いたずらめかして笑うもみじの瞳に宿る、キラキラとした本物の期待だった。

「……なあ、もみじ。高校生ってのは変な奴らだろ? でも、それぞれが鬱屈も抱えながら、それなりに自分の世界を作ってるんだ。お前が好きなスクール・カーストなんかにやきもきイライラさせられながらな。」

「別に好きなわけじゃないが……ああ、わかるよ。大学生になると一気に世界が広がる——少なくとも当人たちはそのつもりみたいだから、あたしみたいな狭い世界しか知らない奴とは話が合わなかったりするんだ。高校生ってのは、狭い世界で子供のままでいられる臨界点なんだろう」

 車内はそこそこ混んでいた。土曜出勤のサラリーマンだけではなく、どこかの山に登ってきたのか、ハイキングルックの乗客も多い。

「それが青春ってことなのかな」

 そのひと言でまとめていいものなのかはわからなかったが、他の語彙を持たなかった。

「ま、そうとも言えるかな。ただし、お前らは青春を限定した意味に使いすぎだ。本来は一人前の大人として世に出るまでを青春という。現代で言えばアラサーくらいまでだな」

「そうなのか?」

「そうだ。青春朱夏白秋玄冬と言ってな。古来より青春は迷うための時期だ。だから、あたしもお前も、あと十数年は、迷っていていいという、古人のお墨付きが、あるわけだ。あたしの寿命は、人間よりも、長いかも……知れない、がな……」

 こうやってたまにアンバランスな教養を見せるもみじであるが、後半はなぜか奇妙に間延びした口調になっていた。

「迷っていていいって、迷子になっても俺は迎えに行かねえぞ?」

「そういう意味じゃねえ!」というツッコミを期待していたのだが、もみじは目を瞑ったまま無言だった。

 と、その膝がかくんと一瞬崩れた。右手一本でつかんでいた手すりに頭をぶつけそうになる。

「もみじ?」

「ああ、悪い。ちょっと眠りかけた」

 あ、眠かったのか、こいつ。

 俺ともみじは他の乗客から距離を置いて隣り合って立っていた。俺はともかくもみじは空いてる席に座ってもいいと思うのだが。

「いいよ。どうせ三駅だ」

 俺がちらちらと空席を探していると、もみじがあくびをかみ殺しながら言った。言葉とは裏腹に疲れているようだった。

「あたしは、行くよ……」

「うん?」

 もみじの声はやはり眠そうだった。ひょっとすると、今度こそ本当の意味での寝言なのかもしれない。

「……お前が、迷子になったら、あたしは迎えに行ってやるよ。どんな惑いも、過ちも、許してやる……」

 ……ちびっ子め。一丁前なことを。

 電車は南東に進む。夕陽が追いかけてきてもみじの右頬を照らす。

 その横顔に、不覚にも見蕩れた。

 もみじは眩しそうに顔の片側をしかめた。

「もみじ」

「あん?」

 もみじがとろんとした目を俺に向ける。

「早く大きくなれるといいな」

「そう、だな……」

 眠気のためか、いつになく素直にもみじは首肯した。

 ——こんな日がずっと続いて、もみじのゆっくりとした成長を見守れたらいい。

 兄のような父親のような身勝手さで、俺はそんな風に思った。

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