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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
40/106

5-6

「席替えをしよう」

 勉強部屋に戻るなり、一条が宣言した。既に勉強を再開する気を無くしてるんじゃないだろうか。

「わたし、田中くんに教えてもらう。魅咲(みさき)おっかないし」

「いいよ。あたしも伽那(かな)に教えるのいい加減疲れた」

 魅咲も匙を投げた。

「それに、田中くんたちいっつもいっしょにいるし、たまにはね」

 そう言って、勝手に吉田と大原の勉強道具を移動させる。こういうのが許されるのが一条なのだろう。

 一条は武藤を引き連れて田中の脇に座った。武藤は魅咲ともみじに少し名残惜しそうな視線を向けてから、一条といっしょというのも悪くないと思い直したらしく、おとなしくついていった。しかたのない奴である。

 押し出された形の吉田が俺の向かいに、大原がさっきまで一条のいた席に移ってきた。

「よ、よろしく……」

 吉田が隣になった浜田に軽く頭を下げる。珍しい取り合わせだ。

 吉田はグループ外の人間に対してはあまり積極的な方ではない。相手が女子となればなおさらだ。

「よろしく、吉田くん。吉田くんってこないだの中間何番だったの?」

「えっと、七十番くらい」

「嘘っ、あたしよりいい! ねえ、ここ教えて」

 浜田は気さくな性格だ。相手に頓着しない。

 一方の大原は、ちらりとこちらを見て、俺と同じ古文の教科書を取り出した。

「大原も古文か?」

「うん」

 何となく意図を察した俺が声をかけると、大原は救われたように頷いた。

 魅咲も大原に目を遣り、「大原くんも古文苦手なの? どれどれ?」と早速世話好きを発揮する。

 変わらないのは高原・来栖組だけだった。


「なるほどな、あれが噂のスクール・カーストって奴か」

「嫌な言葉知ってるな。うちはそんなに複雑じゃないよ。男子が少ないから」

 俺ともみじは一条家二階の廊下を連れ立って歩いていた。

 俺が小用に立ったところ、もみじが「それじゃ私も。お兄ちゃん、お手洗いの場所わからないでしょ?」などとついてきたのである。

「お前は何も知らないんだな。女子校にだってスクール・カーストは存在するんだ。まあ、そこに少数の男子が交ざるとどうなるのか……いやいや、興味深いな。あたしの観察だと、あの相川ってのが本来はかなり上位にいるべきなわけだ。そして一条が続く。でも親友の高原がその足を引っ張っている、と。普段三人でいるせいで、結局全員が中くらい。——どうだ?」

「わかんね」

 俺は肩をすくめた。あまり興味が無い。

「男子はあれだな。武藤が中の上くらい。吉田と大原っていうオタクっぽいのが下だ。あの田中ってのはよくわからんが」

「あいつはそういうの超越してるよ」

「浜田は普段もう少し上の別グループなんだろう。ちょっと場違いな感じがする。来栖は孤立してるな。カースト内ではアンタッチャブルだ」

「おい、俺の友達をランク付けするようなことはやめろよ」

 いい加減腹が立つだろうが。

「お前ら人間だって、類人猿の群れを観察しては序列を記録したりしてるだろ? 曖昧なランクだが、厳然としてある事実だ」

「ランクとかカーストって呼び方が気に入らねえよ。せめて今西博士に倣って“棲み分け”と言って欲しいな」

「誰だよ、それ?」

「俺も知らん。高原が前に語ってた」

 もみじは苦笑した。

「あいつはそんなことばかり語ってるから下層なんだよ。もったいない。お前もよくあんな女に言い寄ったりできるな。絶対釣り合わないぞ、お前ら」

「武藤みたいなこと言うな」

 もみじは首を傾げた。

「というと?」

「前に言われたんだよ。高原は高嶺の花どころじゃないくらい手が届かない相手だって」

 トイレの前に着いた。もみじに先を譲るべきなのか、それともそれはそれで失礼なのか、と悩んでいたのに、恐ろしいことに男女別だった。一応普通の民家なんだよな、ここ?

 もみじと分かれてトイレに入り、用を足して廊下に出ると、既にもみじの姿があった。どうやらお手洗いというのは口実だったらしい。

「誤解があるようだから言っておくぞ? お前があの女にふさわしくないんじゃない。むしろあの女がお前にふさわしくないんだ。……おっと、怒るなよ?」

「へいへい。もみじの中での俺の評価は妙に高いからな。それに、男女の機微ってのは、そういうんじゃないんだ」

「ああ。まあ、そうなんだろうな。美少女のあたしとボンクラのお前だって釣り合わないもんな——痛いっ!」

 調子に乗って変なことを言うもみじに、思わずチョップを入れてしまった。

 ——しまった。こいつ、包帯がとれたとはいえ頭怪我してたんだっけ。

「お……おお、お前、雇い主にチョップ入れるか?」

 しゃがみ込んだもみじは、涙目で俺を睨んだ。

 よかった。当たりどころは悪くなかったらしい。

「わ、悪い。なんか手を振り下ろすのにちょうどいい高さだったもんで」

「さらに追い討ちをかけるのか、お前は!」

 もみじが涙目でわめきながら立ち上がる。

「静かにしろ。誰かに聞かれたらせっかくのぶりっ子が台無しだ」

「なんでこの上説教までされなきゃいけないんだよ……」

 さっきからもみじの口数がいやに多いと思っていたが、今の自分の言葉で納得した。こいつが素のままで振る舞えるのは、俺とふたりきりのときだけなんだな。

 俺はなんとなく来た方向とは逆に廊下を辿った。どうせ一周して繋がっているのだ。少しくらいもみじに息抜きさせてやってもいいだろう。

 もみじはしばらく無言でついてきたが、不意にひと言。

「——Dランクマイナス」

 ぽつり、と呟かれたその言葉は飲み込めなかった。

「何だ?」

「あたしがお役所から与えられてるランクだ。〈夜の種〉はそうやってランク付けされてるんだよ。〈モナドの窓〉は開けないし、肉体的な力も無い。Eランクはこれに加えて知性も無い連中だ」

「もみじ……」

「勘違いするなよ? あたしは別に不満を抱いてるわけじゃないし、ランク付けってのは自然な行為だと思う。魔術師たちにもあるんだ。第何とか階梯ってな。お前はそれで言うと第一階梯だ。〈モナドの窓〉を開けない異能者。……でもな、そういう数字では割り切れないから人間ってのは面白い。美形で成績抜群で取り立てて嫌われているというわけでもない高原が、集団の中では発言力が無い方なんだもんな」

「スクール・カーストを面白いなんていう奴は初めて見たぜ」

「あたしはAランクの〈夜の種〉に会った」

 もみじの話はもう一度転調した。

「へ? いつ?」

「いつとは言わん。高い知性と強力な魔力を持った、世が世なら神や精霊と崇められてもおかしくない奴だ。あいつが本気になれば、ここにいる魔術師が束になってかかってもまだ敵わないだろうな。油断してたからブルったよ。向こうは余裕なもんだ。あたしなんか歯牙にもかけやがらない。……〈夜の種〉同士の序列ってのはこんな殺伐としたものなわけだ。向こうがその気ならあたしは一瞬で消し炭だ。人間同士みたいにファジーさがあった方がなんぼか気が楽だよ」

 まさか消し炭にはされまいが、スクール・カーストだって殺伐さでは負けてないと思った。序列基準が曖昧で多くの要素を含む分、かえって納得しかねることも多いんじゃないかな。ま、もみじが高校生活に抱いてる幻想をあまり早く壊すのもなんだし、黙っておいてやるか。

「……にしてもここはすごいな。魔術師が四人、〈夜の種〉が一体、か」

 魅咲、高原、一条、ユキさん。そしてもみじ。

「あとついでに、何の役にも立たない異能者が一人、だろ?」

 それから、俺。

「……ああ、そうだな。すっかり忘れてたよ」

 もみじがうむうむと頷いた。

 このとき俺は大きな勘違いをしていたらしい。だけどそれはまた別の話だ。

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