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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
38/106

5-4

「ふあ〜、こりゃすごいな」

 思わず感嘆の声を上げてしまった。

 西京舞原(きょうぶはら)の一等地にある一条家はさすがの豪邸だった。一条の曾祖父だかその前だかが明治年間に建てたものだという。お雇い外国人のイギリスの建築家が設計し、やはり外国人の技師たちが建設に当たったらしい。

 石造りの塀と鉄製の門の向こうに英国風の庭園が広がり、その奥には華麗な洋館が鎮座していた。現在家族は皆東京に住んでいるので、この家は一人娘の一条伽那(かな)だけのためのものということになる。

 門柱に設えられたインターホンを押すと、すぐに応答があった。

『こんにちは。ようこそ三鷹さん』

「あ、ええ。こんにちは、ユキさん」

 予期していて然るべきだったのに、少しまごついてしまった。応答したのは、以前俺を殴って気絶させたユキさんだった。

『皆様お待ちかねです。大変失礼なことですが、案内はできませんので、おひとりで入ってもらえますか? 正面の階段を上って二階の東南角から二番目が伽那の勉強部屋です』

 一条め、勉強部屋以外にもいくつもの部屋を与えられているのだろうか。

「わかりました。ありがとうございます」

 俺がお礼を言うのと同時に、門が自動で開いた。

「駅裏のラブホテルみたいな建物だな」

 屋敷に向かって歩いていると、かたわらのもみじが鼻を鳴らした。

「お前ね。中で失礼なこと言うなよ?」

「大丈夫だよ。こう見えてあたしは面の皮が厚いんだ。可愛らしい子供を演じててやるよ」

「一応言っておくけどな、それは仮面をかぶるのが上手いって意味じゃないからな? 帰ったら国語辞典で調べておくように」

 

 ——今日の勉強会のことをもみじに話したところ、自分も行きたいと言い出した。

「あたしもいつかは高校生になる身だ。試験勉強なんていう高校生活の一端に触れておくのもいいだろう」

 うんうん、とひとり納得したように頷くもみじ。

「いいのか? 高原も来るんだぞ?」

 この間遭遇したときに、ひと言も発せないほど怯えていたことを忘れていたわけじゃないだろうな?

「心の準備ができていれば大丈夫だ。この街に住んでれば一条家ってのには興味湧く。お近づきになって損な相手じゃないしな」

「俗物め……」

「あ? なんつった? ……ま、せっかくの機会だし、お前の片想いに脈があるのかどうか観察してやるよ。それに、お前の幼馴染とやらも見ておきたい」

 そんなもみじに押し切られる形で、俺は魅咲(みさき)に電話をかけた。

『もしもし? どしたの?』

「ああ、魅咲? 明日のことなんだけどさ。バイトが入ってて、ちょっとまずいんだわ。バイトっつーか、バイト先の子の相手を頼まれてて。どっかに連れてってやらなきゃいけないんだ」

『あんたのバイトって、子守りだっけ?』

「いや違うんだけど、どうも子守りも仕事の一環として期待されてたみたいでさ」

 横で聞き耳を立てていたもみじが口をパクパクさせていた。「子守り」という単語に憤慨したようだ。

 お前のわがままのせいだろうが。黙ってろ。

 さて、後は魅咲がどれくらい俺のことを心配しているかである。それならしかたないからまた今度、ということになるか、あるいは——

『ふーん、ならその子も連れて伽那ん家に来ればいいじゃない。退屈させるかもしれないけど、人数多いし誰かは遊び相手になってくれるでしょ。言っとくけど、そんな口実で試験勉強回避しようと思ってもムダだからね』

 計画通り。扱いやすい幼馴染で助かるよ。

「いいのか? 迷惑じゃ? ……まだ小さい子だし」

 げしっ、と太ももの辺りを蹴られた。

『大丈夫でしょ。伽那にはあたしから話しておくから。それよりあんた、勉強道具忘れてこないでよ? 全教科みっちり見てあげるからね?』

 鬼教官モードに入った魅咲にこまごまとした注意を受けてから電話を切った。

「オッケーだってよ」

「……呆れた。向こうから提案させるなんて、手慣れたもんだな」

「それはいいからちゃんと自分の設定考えておけよ? ボロを出すんじゃないぞ」

「ま、その辺は任せとけ」

 もみじは胸を叩いた。

 ——こうして俺ともみじは、土曜日の朝に駅に集合し、電車とバスを乗り継いで一条家までやって来たのである。


 屋敷の内装は豪勢というわけではないが、(けみ)してきた歳月が気品を与えているようで、かえって圧倒された。これはいくらくらいするんだろう、などといちいち考えながら二階に上り、ユキさんに言われたとおりの部屋の扉をノックする。

 ややあって扉が開かれた。部屋の主の一条だった。

「よお。遅れて悪かったな」

「いらっしゃい、三鷹くん。……あ、こっちがもみじちゃん? こんにちは。ええと、一条伽那です」

 一条の視線が、俺の半歩後ろに控えたもみじに向けられた。

 もみじはぺこりとお辞儀した。

「はじめまして。薄氷(うすらい)もみじです。今日は突然すみません。お姉さん方のお邪魔にならなければいいのですが」

「ううん、大丈夫だよ。もみじちゃんも勉強道具持ってきた? わからないところがあったら遠慮なくわたしに訊いてね」

「ええ、ありがとうございます。ほら、行こ、お兄ちゃん?」

 ぞわぞわぞわ。

 背筋が粟立った。ありえねー猫かぶりだ。

 おかげで一条にツッコんでやるのも忘れたほどだ。お前が教えられるのかよ、って。

 一条の勉強部屋は広かった。この一室だけでアパートの俺の部屋よりも床面積がありそうだった。予想はしていたけど。

 その広い部屋も、真ん中にでんと据えられたテーブルで大部分が塞がれていた。

 十脚あまりの椅子がその周囲に並べられ、それぞれにクラスメートたちが座を占めている。

 男子勢は武藤と田中と吉田と大原。女子は一条の他、魅咲に高原に、なぜか浜田夏美と来栖(くるす)しのぶもいた。

 入り口に一番近い短辺に一条が座り、その右手に魅咲。みっつの空席を置いて吉田。一条の真向かいのいわゆる“お誕生日席”には田中が座っている。

 一条の左手は順に浜田、武藤、高原、来栖、大原だ。

「ほら、誠介。あんたこっちに座りなさい」

 魅咲が自分の右の椅子を引いた。相変わらずの世話焼きだが、何にせよ魅咲の隣というのは助かる。

 席に向かいながら、一同にもみじを紹介した。

 もみじはまた可愛らしくお辞儀をして、俺の右隣に腰かけた。吉田と大原が何やらヒソヒソとささやきを交わす。おおかた、金髪ロリがどうこうとか言ってるんだろう。

 二人の間に挟まれた田中は無反応だった。と言うより、いつも通りのニコニコ笑顔だ。こいつは本当に三次元に興味無いのな。

「なんで一条さんの家まで来て、お前と向かいなんだよ。……あ、よろしく、もみじちゃん。俺、武藤浩之」

 テーブルの向こうから武藤が身を乗り出し、もみじに握手を求める。その手を軽く握ったもみじが、「よろしくね、武藤さん」と如才ない笑みを浮かべた。

「この前会ったよね? 怪我、大丈夫?」

 今度はもみじの向かいの高原だ。

 ほとんどの包帯を早くも(おそらく医者の許可を得ず)とっていたもみじだったが、左手のギプスはそのままだった。今日も緩やかなサマーカーディガンを羽織っているのでぱっと見ではわかりづらいが、バストバンドも装着しているはずである。

 一方の高原は相変わらず顔にデカい絆創膏。もみじが「なんでこいつまで怪我してるんだ?」と一瞬だけ怪訝そうな目つきになったのを、俺は見逃さなかった。

「ええ。お兄ちゃんと自転車に乗ってたら転んじゃって」

 高原がちら、と俺を見る。

 俺は小さく顎を動かしてそれに応えた。

 ——そういうことにしてあるんだ、余計なことは言わないでくれ、と伝えたつもりだ。

 高原と秘密を共有しているようでいて、実はこちらは隠し事をしているんだけどな。

「……そうなんだ。まったく三鷹くんってばダメな奴なんだから。三鷹くん、もっと安全運転しなきゃダメでしょ?」

 俺は釈然としかねつつ、こくこくと頷いた。

 へいへい。俺が悪者やってやりますよ。

「そんなことないですよ、高原さん。誠介お兄ちゃんはとっても頼りになります」

 もみじがぎゅっと俺の腕を握る。

 ……ぞわぞわぞわ。

「へ〜、ずいぶん仲がいいんだ」

 高原は呆れた様子だった。

「もみじちゃんはどこの学校? ていうかいくつ?」

 横からまた武藤が交ざってきた。

「えーと、中学一年生です。横浜の学校に通ってます」

 お、そういう設定なのね。

「部活がある日は朝早いし帰るのは遅くなるしで、家族とすれ違い気味で……。だから誠介お兄ちゃんがいてくれて嬉しいです」

 もみじよ、喋りすぎだ。設定作ってきたのはいいとして、普通そんなことまで初対面の相手に話さないぞ? ボロを出すなよ?

 一方の武藤は何も気にせずに、「みっつ下かあ。ギリギリかな」などと恐ろしいことを呟いていた。

 こいつの守備範囲広いな〜。そこに入らない高原が不憫に思えてきたぞ。

「失礼します」という声とともにドアがノックされたのはそのときだった。

 次いでドアが開かれ、ワゴンを押したユキさんが入ってきた。

「お茶をお持ちしました。お口に合えばいいのですが」

 入ってきたユキさんを見て、部屋の中の大部分が固まった。

 既に一度対面している俺もだ。

 何せユキさんは先日目にしたスーツ姿ではなく、メイド服を着込んでいたのだ。

 ティーポットからカップに注がれた紅茶と小皿に載ったクッキーが配られる間、手伝おうとして追い払われた一条を除いて、場からはひと言も発せられなかった。意外なことにもみじもである。

「すっごい美人。びっくりした」

 ユキさんが退室した後、最初に口を開いたのは来栖だった。ほっ、と溜息の混じったような声だった。

「いっつも一条さんから話は聞いてたけど、もっとおばちゃんみたいな人かと思ってたよー。あたしもびっくり」

 浜田も胸を押さえた。大げさなようだが、その気持ちもわかる。

「えー? 中身は口うるさいおばちゃんみたいなもんだよ」

 一条は心持ち唇を尖らせる。

 魅咲と高原は顔を見合わせてくすくすと笑っていた。初対面の人がユキさんの容姿に度肝を抜かれるのはお約束らしい。

「やべえ……、惚れた……」

 向かいの武藤までそんなことを言ってる。さっきのもみじに対する態度といい、こいつは可愛けりゃなんだっていいのか。

 吉田と大原は声を重ねて「メイドさん、メイドさん……」と呪文のように唱えていた。

 ひとり変わらないのは田中だけである。こいつは本当にすげえな。

 そして——

「もみじ……?」

 横目で窺うと、もみじはまだ固まっていた。その顔が少し青ざめている。まるで、初めて高原に遭遇した日のように。

「……くそっ。なんで気づかなかったんだ……」

 などと、もみじはぶつぶつと呟いていた。

「おい、もみじ」

 軽く肩を叩いてやる。

「……あ、ごめんなさい、お兄ちゃん。……一条さん、ちょっとお手洗いを借りたいのですが」

 我に返ったもみじはそう言って立ち上がった。

「それならわたしが案内するよ」

 一条も立ち上がる。

「大丈夫です、一条さん。さっきのメイドさんを追いかけますから」

 もみじは一条を押しとどめて、ひとりで部屋を出ていった。

「はあ〜、いいなあ。あんな妹欲しかったなあ」

 一条が崩れた表情で体をくねくねさせた。猫をかぶったもみじに撃沈されたようだ。

「伽那ってば相変わらず可愛いものに目がないんだから。……ほら、誠介。勉強するよ」

 成り行きを見守っていた魅咲が俺をつついた。

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