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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
37/106

5-3

「こんな気を遣わなくてもいいのに」

 台詞とは裏腹に、一条は目尻を下げて幸せそうにパフェを食べていた。もちろん俺の奢りだ。メニューの名前はハーフパルフェだったが、ハーフのくせに十分大きかった。

 明けた金曜の放課後である。場所は前にも来たことのあるご大層な名前のケーキ屋。

 借りたお金はもう返していた。お礼がてらということで一条をエスコートした次第。

「いやいや、世話になったしさ。お前のおかげでうまくいったよ」

「それはそれは」

 一条はお嬢様らしく上品にスプーンを口元へと運ぶ。それなのに気取ったところがなくて、見ているこっちが嬉しくなるような楽しそうな食べ方だ。

 俺はいったんアイスコーヒーで喉を潤してから切り出した。

「それでさ、ひとつ頼みがあるんだけど。……あ、今度は借金とかじゃないから」

「ん、なに?」

 一条はスプーンを止めた。

「お前、次の試験どうすんの?」

「……受けるよ? 当たり前じゃない」

 何きょとんとしてんだよ。んな当たり前のこと訊かねーよ。察しの悪い奴だな。

「いや、そういうことじゃなくてな。ほら、前の中間のときみたいにさ、魅咲(みさき)や高原から勉強教えてもらったりするのか?」

「そうなの。聞いてよぉ、詩都香(しずか)ったらさ、あんたどうせまた勉強全然してないんでしょお、教えてあげるから週末うちに来なさーい、なんて。ほーんとお節介なんだから」

 さっぱり似てない高原の物真似を交えて、一条は首を振った。

 こいつと来たら、少しは感謝しろ。

 ……いや、まあそれはいい。

「そんでさ、頼みってのは、俺もそれに交ぜてもらえないかな、と思ってさ」

 一条はさしたる反応を見せずにパフェとの格闘を再開した。

「あー、いいんじゃない? 田中くんたちも来るみたいだし。あと武藤くんとかも」

「あ? なんで?」

 もちろん初耳である。

「ちょうど向こうでもそういう話題になっててねぇ。田中くんは成績いい方だけど、武藤くんや吉田くんや大原くんはわたしとどっこいどっこいみたいだし。合同で勉強会をやろうかって話になって。それで急遽わたしの家に場所変更」

 前に行ったことのある高原の家はなかなか立派だったが、さすがに大人数で勉強会を催すには部屋が手狭かもしれない。

 それはいいのだが。

「なんでそこに俺は誘われてないの?」

 一条はパフェから顔を上げもしなかった。

「だって三鷹くん、部活もバイトも始めて忙しそうだったんだもん」

 あー、くそ。一条が前に言ってたとおりか。俺は周りが見えなくなることがあるらしい。

 ——昨日カレンダーを見て気づいた。来週には期末考査があるのである。もみじのところでのバイトやら何やらで、すっかり忘れていた。

 そして昨夜慌てて開いたノートの白さと、理解不能な教科書の記述に愕然としたものである。

 親を説得して進学先を選んだ以上、赤点は断固として避けたい。

 そうなると頼れるはこいつら——もっと具体的に言えば魅咲ということになる。それから無論のことだが、高原といっしょに勉強したい。

「まあでも、わたしが何も言わなくても魅咲が誘ってくれると思うけどねぇ」

 一条が口に軽く水を含んでから言った。

 と、そこでマナーモードにしてあった携帯電話が震えた。

『あんたどうせ勉強さっぱりなんでしょ? 赤点回避したかったら、明日午前十時に伽那の家に来なさい。』

 魅咲からのメールだった。

 何もかもお見通しかよ。もちろん、この場合はありがたいのだけど。

「ったく、お節介な」

 一条の手前そう呟いた俺に、お嬢はいつものニコニコ笑顔を向けてきた。

「ね? 魅咲が三鷹くんのこと見放すわけがないでしょう?」


 この日も一応バイトはあった。期末考査前ということで、刷り上がった『文芸通信』の受け取りだけで部活が終わったので、一条と寄り道する時間的余裕があったわけだ。

 今日の業務内容は書類仕事だ。

 なんでも、もみじと俺がふたり別々に書いた報告書をお役所に提出するのだとか。

「いいか、一昨日の〈夜の種〉の様子や倒したときの状況をできるだけ詳細に書くんだぞ? あたしも書く。そうやってふたりの報告を突き合わせた上の判断を仰ぐわけだ。……ま、多少口裏は合わせてもらうが」

「……いいのか、それで?」

「お前の知り合いの魔術師が退治したって書くつもりか? それこそ大ごとになる。それから、お前が〈夜の種〉に大きなダメージを与えたってことも伏せておけ。そうしないとお前のところにも〈リーガ〉の魔術師殿がこんにちはすることになる」

 それはぞっとしない想像だった。言われたとおり、その辺を誤魔化して書くことにした。

「なあ、もみじ」

 書きながら、もみじに話しかけた。

「何だ? あたしは忙しいんだが」

「俺のあのときの力って、何だったんだ?」

 もみじはしばらく思案顔だったが回答してくれた。

「……〈クラフトアンザウゲン〉。身も蓋もない言い方をすれば、〈魔力吸収〉ってことになるかな。あたしだって詳しく知らん。何でも、魔力の宿った黄紫水晶(アメトリン)や魔術師に触れると、魔力を自分の〈器〉に吸い上げられるらしい。相性の良し悪しはあるそうだが」

「は〜、なるほど」

 だから一条も高原もあんなことを言ってたのか。あいつらの魔力は、他でもなく俺が吸い取っていたわけだ。

「で、それってすごいのか?」

「すごいってほどでもない。掃いて捨てるほどいるってわけでもないが、お前だけのスペシャルな能力ってわけじゃない。だからそれに頼ろうなんて思うな。普通の〈夜の種〉相手なら、パンチよりも銃の方が強いんだ」

 うーむ、そうなのか。少しがっかりした。

「〈器〉の容量さえ十分ならそこそこ使える能力なのかもしれないがな。魔術師も〈夜の種〉も、〈モナドの窓〉を開けば無限の魔力が扱えるってわけじゃない。異界の混沌、つまり〈可能態(デュナミス)〉の中には、やはり異界由来の〈現実態(エネルゲイア)〉を含んだ部分があって、〈炉〉で魔力に精錬されることなく〈器〉に溜まってしまう。これが〈不純物〉だ。〈不純物〉はこちらの世界の存在には猛毒も同然。あまり溜めすぎると存在が保てなくなる。この〈不純物〉に耐えてせっかく精錬した魔力をごっそり抜かれたら、魔術師にとっても大打撃だろうよ。だけどお前はその辺りまったくの一般人だ。魔術師に触れて相手の魔力を吸おうとしたところで、〈器〉の容量に差がありすぎてあまり意味がない。風呂桶からコップ一杯のお湯を頂戴するようなもんだな」

 もみじはますます俺を落ち込ませてくれる。

「あ、でもそうすると、あのとき打撃が効いたのは、俺が魔法を使ったってことになんのか?」

「まあその可能性は高いな。といってもそれもたまたまだ。あのとき握ってた弾には〈夜の種〉を倒すための魔法が込められていたわけだから、お前の〈器〉がそれに反応でもしたんだろ」

 そうですか。たまたまですか。

「何落ち込んでるんだ。言っておくけど、あたしはお前が異能者だから評価してるわけじゃないんだぞ? 一昨日のお前が見せたバカげた強さと普段のお前の優し——」

「いや、もみじの評価はいいんだよ」

 俺がそう遮ると、もみじがワナワナと体を震わせた。

「お前……今の発言は最低だぞ。あたしからの評価も一気に氷点下だ。……ふん、昨日は変な独占欲発揮してたくせに」

「いや、ごめん。別にそんなつもりじゃ……」

「どんなつもりかもわかってて怒ってんだよ。当ててやろうか? お前、あの——」

「当ててみせなくてもいいよ。もみじの思ってるとおりだよ。あいつらの戦力になれたらな、と考えてただけだ」

 もみじは一転、溜息を吐いて首を振る。

「ものを知らないってのは幸せだな。世界の裏半分を相手にして戦うことになるんだぞ?」

「そんなの恋する男子高校生の障害にならないの。もみじも高校行く気なら覚えとけ。それにこないだ言ったろ? 俺がその〈リーガ〉とかいうのをぶっつぶすって」

「……忘れてた。そういやそんなこと言ってたな。色々あってすっかり忘れてた」

 ——ごめん、実は俺もさっきまで忘れてた。

「まあでもその話はいいや。当てにならない能力みたいだし。ところで話は変わるけど、来週の後半まで休ませてもらいたいんだけど」

 それを聞いたもみじはかすかに顔を曇らせた。

「どうした? この仕事が嫌になったんじゃないよな?」

「あー違うよ。試験だよ、試験。高校生は色々大変なの。もみじも高校に通う気なら覚えとけ」

「お前、さっきからまたあたしをバカにしてないか? ……ん、まあいい。どうせあたしも怪我が治るまでは動けないから依頼を受ける気が無かったしな。あいつらがあたしのありがたみを知るいい機会だ」

 にしし、と悪そうな顔を浮かべて笑うもみじ。こいつの休養中に〈夜の種〉が出たら、お役所とやらの職員総動員で探すことになるんだろうか。

「俺が来ない間、あまり部屋を荒らすんじゃないぞ? お菓子やカップ麺ばっか食べるのもダメだからな。せめて定食屋に行け」

「わかってるよ、うるさいな。だいいちあたしがひとりで定食屋に入ると、親が食事を作らない家庭の子なんだと思われて変に同情されるんだよ」

 そのときのことを思い出してか、もみじは苦々しそうな顔になった。

 ああ、なんかわかる気がする。

「それにしても高校の試験は早いんだな。前の助手は大学生だったから——あ、悪い」

「いや、いいって。今の話の流れだとしょうがない。ところでその前の助手っての、何ていうんだ?」

「そりゃあ秘密だ……と本来なら言うところだが、ま、今まったく無関係の業界にいるってわけでもないし、名前くらいはいいか。その内会うことがないとも言えないし。……八木(やぎ)っていうんだ。就職が決まって辞めてしまったけど、まあまあいい奴だったよ」

 もみじはそう言って懐かしむような目をした。

 何やら面白くなかった。独占欲というもみじの言い方も当たっているのかもしれない。

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