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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
36/106

5-2

 箸をレンゲに持ち替えたもみじは、ぶちぶち文句をこぼしながらチャーハンを食べていた。

「結局具がしょっぱいのは変わらないじゃないか」

「さっきよりはマシだろ」

「ていうか、摂ってる塩分は変わらないだろう。健康に悪い」

「悪いな、もみじおばさんの体を気遣ってやれなくて」

「とっ、年のことは言うなって言っただろ! お前とそんなに変わらないんだって!」

 今さらなにボカしてんだ。さっき実年齢明かしてただろうが。

「……あ、そうだそうだ」

 あらかた食べ終わったところで、もみじが席を立ちダイニングキッチンを出ていった。

 ——何だ?

 とっくに平らげてしまっていた俺が待っていると、ややあってもみじが戻ってきた。その手には長方形の茶封筒。

「ほら」

 押しつけられたそれを手にとる。ちょっと厚めだった。

「何だ? ラブレター?」

「ばっ! バカかお前は! なんであたしがお前にラブレター送んなきゃなんないんだよ! よく見ろ! 給料だ!」

 もみじが怒鳴る。うんうん、それでいいんだ。

 見ればたしかに封筒のおもて面には「給料」と大書してあった。

 給料?

「……なんで? まだ一週間とちょっとだろ」

「依頼を一件こなすごとに払うことにしてるんだよ。次ちゃんと払えるかわからないからな」

「なるほど」

 納得した俺は、封筒をポケットの中にしまって湯呑みにお茶を注いだ。

 もみじは肩すかしを食らったようだった。

「淡白な反応だな」

「いや、嬉しいっす。ありがとうございました」

 頭を下げる俺に、もみじは釈然としない顔だった。

「……お礼とかそういうことじゃなくてな。文字通り命を賭けて稼いだ金だ。確かめなくていいのか、と思っただけだ。前の助手なんて、初仕事の後その場で開封して血走った目で中身を確認してたぞ?」

「ま、金を稼ぐことは二義的だったもんでね。ていうか、雇い主の前で給料確認なんて失礼なんじゃないのか?」

「さあな。あたしもまともな社会経験があるわけじゃないから、その辺はよくわからん」

 もみじはまだ納得いかない様子で席に着いて食事を再開した。

「もみじ」

 チャーハンを食べ終わったもみじが「ごちそうさま」と小声で言うのを待ってから、声をかける。以前から思っていたことを、この機に言っておこう。

「ん?」

 湯呑みに手を伸ばしたもみじは、俺の声に含まれた真剣味に気づいたのか、平静を装いつつもおずおずとした上目遣いになっていた。

「ひとつだけ注文だ。俺の前で前の助手の話はするな」

 口元に運びかけた湯呑みを止めて、もみじはきょとんとした。

「なんで?」

「昔の野郎と比べられて嬉しい男なんていないんだよ」

 もみじはずずっ、とほうじ茶をひとすすりしてから大きく頷いた。

「わかった。もう言わない」

 ほんの少し嬉しそうだった。


 家に帰ってから、給料袋の中身をあらためた。

 もみじの前ではあんなこと言ったけど、金額が気にならないわけではもちろんなかった。

 というか、もみじが全部千円札というおふざけでもかましてきていない限り、結構な金額になりそうな予感があった。

「むぅ……」

 中から姿を現した数人の福翁。ついでに樋口女史がお一人。それから二人の野口博士。

 思わず唸ってしまった。

「……少しもらいすぎではないかな」

 給与明細を見れば、もみじの言ったとおりというべきか、仮採用期間ということで基本給には〇・八がかけられていた。ロクカケというのは冗談だったらしい。

 しかしそれよりも「手当」とだけ書かれた欄の数字の大きさが目を引いた。作業二回。空振りに終わった月曜の分も算入されているようだ。

 あいつ、一件こなすごとにどれくらいの報酬を得ているんだろう。

 もみじは文句の多い生意気な奴だが、吝嗇家ではない。むしろ浪費家のケがあるかもしれない。

 俺は気になってもみじに電話をかけた。

『どうした? 忘れ物か?』

 もみじはすぐに出た。

「いや違う。給料の件で気になることがあってさ」

『仮採用だって言っただろ。今日の分からちゃんと払う』

 今日のもくれるのか。気前がいいことだ。

 ——って、

「そうじゃなくって、だな」

 俺が金額の少なさに文句をつけてると思ってるのか?

「手当はいいんだ。これくらいもらえるくらいの働きはしたつもりだ。でも、普段の基本給、これは払いすぎじゃないか? 書類仕事やって家事やってで時給二千五百円はもらいすぎだろ」

『……妙なことを気にする奴だな。小市民根性って奴か?』

「違う。だいいち、俺にこんなに払って事務所の経営は大丈夫なのか?」

 いつもの小市民根性ではない。もっとこう、微妙な、プライドの問題だ。自分の働きぶりは正当に評価してもらいたい。多けりゃいいってもんじゃない。

『お前に心配されることじゃない。経理はあたしが受け持ってるから知らないだろうが、あたしが依頼を一件こなすごとにいくらもらってるか知ったら、お前はきっと賃上げストに入るぞ』

 ……あ、そうなの?

『それにこの高めの給料はエサでもあるんだ。この近辺の、体力に自信のある男を釣るためのな。そうじゃなきゃ誰が運動能力に高いハードルのついた胡散臭いバイトに応募するもんか』

「身も蓋もないな」

 釣られた俺は苦笑するほかない。

『そうやって応募してきたからには約束した分は払うさ。それに、本当は手当だってもっと払ってもいいと思ってるんだ。助手にはいつも危険な目に遭わせてるわけだからな。まあ、その分は基本給で補ってると思ってくれ』

「でもよ……」

『まったく、お前もちっちぇえ男だな。あたしがお前の働きぶりを評価してるんだからそれでいいじゃないか。前の助手なんて……悪い』

「いや、気にすんな」

 本当にすまなそうにもみじが言うので、俺の方が何だか申し訳ない気になった。

『それからな、高い金払ってた方が、あたしもわがまま通しやすいだろ。言っておくけど、この先もこき使うぞ?』

「……ああ、お手柔らかに頼む」

 もみじに丸め込まれ、電話を切ってからかえってうじうじ悩んでしまった。

 何だかこれ、誠実な男をアピールするポーズみたいじゃね? 実のところもみじが俺の給料を下げるだなんて思ってはいなかったし。

 ——いかんな。

 最近独りになると余計なことを考えてしまう癖がついたようだ。元の気楽なキャラに戻らないと。

「わはーい! いい風吹いてんじゃん!」

 給料のお札を扇子状に広げて顔をあおいでみる。さすがにペラペラだけど。

 ……ああ、空しい。

 そうだな、こいつの使い途を考えるか。

 ネットで検索すると、中古の原付に手が届くことがわかった。まあ、もう一回給料が入るまで待つか。一条への返済もあるしな。

 七月二日の火曜日に借りて、明日は五日金曜日か。思ったより早く返せそうだな。利子代わりに何か奢ってやるか。

 ……などとぼんやりとカレンダーに目を遣っていると、大変なことに気づいた。


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