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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
31/106

4-13

「もみじ……お前、生きてたのか」

「勝手に殺すな。これが無かったらやばかったけどな」

 もみじは、ずっとかぶりっぱなしだった自転車用のヘルメットをコンコンと叩いた。

「で、なんすか、そのカラフトって」

「サハリンじゃねえ! くらふ……いやもう後で説明する。とりあえずそいつを何とかしろ」

 相対する〈夜の種〉はいつの間にか復活していた。

「その弾を握ってれば、お前の打撃は効く。たぶんだけどな。——やれ!」

 納得したわけではないものの、もみじの言葉に勢いを得た俺は、〈夜の種〉めがけて跳んだ。

 腕をかわし、タックルをかわし、その合間に二発、三発と打撃を加えてやる。

 その度に化物は悲鳴を上げた。

 相手の動きは速いが、俺がついていけないほどではない。

 ——行ける。こりゃ勝てるぞ。

 そうやって俺が調子づき、〈夜の種〉の動きが鈍っていった頃——

「あれ……?」

 また相手に突き入れた右の拳の感触がさっきと異なっていた。手応えがない。

 続いて左拳。次いで右の蹴り。

 どれもいっしょだった。まるで、弾丸を握りしめる前のような……。

「魔力切れだ! 他の弾に交換しろ!」

 相変わらず横たわったままのもみじが大声を上げた。

「二発しか回収できませんでした!」

「アホ!」

〈夜の種〉がこちらのカラクリを見抜いたのかどうかはわからない。だがそいつは、俺の予想もしなかった行動に出た。

 脅威ではなくなった俺を無視して、もみじに飛びかかったのだ。

「やろッ!」

 虚を突かれてやや反応が遅れた。それでもなんとか〈夜の種〉の脚にしがみつくことはできた。

 予定の距離を跳びきることができなかったそいつは、俺とひと塊になるようにして地面を転がった。

 邪魔だ、と言うように、〈夜の種〉は腕を伸ばして俺を振り払おうとした。

 ガン、と頭を殴られた。それだけで体の力が抜けた。

 痛ぇ。

 ちくしょう、不公平すぎんだろ。こっちの攻撃は何発入れても通らないのに、向こうから一発殴られただけでこのザマだ。

 さらに、首根っこをつかまれて放り投げられた。

「ぐえっ」

 数瞬の浮遊感の後、カエルのように不様に落ちた先は、もみじのそばだった。

 余裕を取り戻したのか、〈夜の種〉は悠々とこちらに歩いてくる。もみじの方を最初の標的に選んだらしい。

 そこでもみじがくっくっくっ、と小さく笑い出したので、俺はギョッとしてしまった。

「もみじ……?」

「わかったんだよ。あいつはあたしに怒ってんだ。同族たるあっちの芋虫をあたしが殺したもんだからな。あいつにしたら、あたしは薄汚い裏切り者だ。こんな稼業続けてればいつかは……、と思っていたけど、どうやら年貢の納め時らしい。……三鷹、動けるか。動けたらお前は逃げろ。給料払ってやれなくて悪いな」

 もみじはそれ以上言い継ぐことができなかった。〈夜の種〉が腕を伸ばし、ヘルメットごともみじの頭を鷲掴みにしたのだ。

「やめろ!」

 体の痛みをこらえてどうにか立ち上がる。

 しかし〈夜の種〉は俺を一顧だにせず、腕を大きく振ってもみじを投げ飛ばした。

 もみじの体は土手の斜面に叩きつけられ、一度、二度と弾んだ後、ゴロゴロと転がり落ちてきた。

 そこへ向かって、またゆっくりと歩いていく〈夜の種〉。

 無性に怒りが湧いた。こいつはもみじをいたぶり殺す気なのだ。

 それに、もみじにも腹が立った。

 ——採用の日なんつった? もみじを守るのが俺の仕事だっつっただろ。それを果たせなかった俺に、給料払ってやれなくて悪いな、だと?

 ガクガクと震える膝に喝を入れ、情けないほどの緩やかなスピードで駆け出した。

「なろっ!」

 かたわらを駆け抜けざまに、〈夜の種〉の短い脚を思い切り蹴りつけた。

 最後の力を振り絞ったこの一撃に、〈夜の種〉はガクン、と膝を折ったものの、まったく怯む様子を見せなかった。

〈夜の種〉の前に立ちふさがろうとしたが、顔を痛打され、脚の力が抜けた。よろよろと後退して尻餅を突く。奇しくもまたもみじのすぐそばだった。

 そんな俺たちの目前まで、〈夜の種〉は迫っていた。

「もみじっ!」

 俺はもみじの体に覆いかぶさった。

 ——何やってんだ、俺は。

 こんなところで、惚れたわけでもない女の子をかばって死ぬ気か?

 しかもたぶん無駄死にだぞ? 一発目で俺が死んで、二発目でもみじだ。

 それでもなぜか逃げる気にはなれなかった。

 ——どうせなら、高原でもかばって死にたかったな。

 ……贅沢な希望だろうか。

 俺が死んだら、きっと魅咲(みさき)は泣くだろうな。

 高原はどうかな。ケロッとしたもんだろうか。いや、あいつは情に脆いところがあるし、ちょっと予想できない。

 一条は……案外あいつが一番泣くかもしれない。

 ああ、でも。

 こんなところでこんな形で死ぬってのも、まあアリなのかもしれないな。俺らしいと言えば俺らしい。

 ……などと、後から思い返せば我ながらなかなか気持ち悪いヒロイズムに浸り始めていたときだった。

「見直したよ、三鷹くん」

 俺の背に降ってきたのは、覚悟していた〈夜の種〉の一撃ではなく、柔らかくも涼やかな声だった。

 ハッとして顔を上げた。

 まず目に入ったのはほっそりとしたふくらはぎ。次いで、ふくらはぎの上から肩までを覆う黒マント。マントの半ばを越えて垂れる長い髪。その出所たる頭部に載った黒い大きな帽子。

 高原だった。伸びてきた〈夜の種〉の腕を、あの不可視の障壁で防ぎ止めている。

「たか、は……」

 うまく声が出ない。

「遅くなってごめん。変な結界が張られてたみたいで、気づくのが遅れちゃった。——待っててね。すぐ片づけるから」

 高原が左手を胸の前まで掲げ、ぶん、と横薙ぎに振るう。

 それと連動したように、〈夜の種〉の体が弧を描いて宙を舞い、俺たちの左方五メートルほどの斜面に叩きつけられた。

 ずしん、という衝撃がここまで伝わり、〈夜の種〉の動きが止まった。

「おっとっと、位置関係が悪いな。土手を撃っちゃうわけにもいかないしね」

 高原がもう一度手を振ると、やはりまたその動きに合わせるようにして〈夜の種〉が薄氷(うすらい)川の上空十数メートルにまで飛び、そこに固定された。

「悪いけど、容赦する気は無いの」

 高原の右手がピストルの形を作る。人差し指の先に光が宿る。

 念動力でつなぎ止められていた〈夜の種〉がジタバタと暴れ出した。力づくで束縛を逃れる気のようだ。

 だが、もう遅い。

「〈ブレイズ・マグナム〉!」

 高原の指先から灼熱の火球が、狙い違わず〈夜の種〉を撃ち貫き、その体を爆散させた。

 俺は呆然としてその光景を眺めていた。

 バラバラと水面に落下する残骸を見て、しばらくこの川の魚は食べたくないなぁ、などととぼけたことを抜かしていた高原だが、やがてこちらを振り返った。

「大丈夫、三鷹くん?」

 俺を気遣うその言葉に、とっさに応答することができなかった。

 ——何だそりゃ。俺たちがあんなに苦戦して、危うく殺されかけた相手だぞ? それをこんなあっさりと……。どんだけだよ。

 もみじが魔術師をあれほど恐れる理由がわかった気がした。

「三鷹くん?」

 高原が首を傾げ、手を差し伸べてくれていた。

「あ、ああ。大丈夫」

 おずおずとその手をとる。二人の手が触れ合った瞬間、また少し全身が痺れた気がした。

「あれ? まただ」

 俺を引き起こしてくれた高原が、自分の手をじっと見た。

「どうした?」

「前にもあったんだけど、何か変な感じ。ほら、あの工場で今井さんとやり合った後、三鷹くんと手をつないだとき。なんかね、わたしの魔力がすうっとほんの少し抜け出るような……。あ、そっちの子は大丈夫?」

「大丈夫、なはず」

 今度は俺がもみじを抱き起こした。ぐったりとしているものの、息はしている。

「ちょっと。よく見たら二人とも結構怪我してるじゃない。救急車呼ぶ?」

「いや、いいよ。大ごとにはしたくないし。大丈夫だ」

 助けられておいてなんだが、この状況で高原と長話はしたくなかった。何をどう説明していいのか、俺には判断がつかない。

「タクシーで病院行くことにするわ。悪いけど高原、その辺に自転車停めてあっから、それお前ん家に持ち帰ってくんねえか? 後ろにチャイルドシートが取り付けてあるヤツ。鍵はかかってないからさ」

「……ん、まあいいけど。わたしも家に帰るところだから助かるし。本当に大丈夫なの? 三鷹くんじゃなくて、そっちの女の子」

「心配ないって。こいつ、こう見えても打たれ強いんだ」

 その言葉に高原が納得したのかどうかはわからない。もう少し食い下がられるかと思ったのだが、高原は渋々とながら頷いた。

「……わかった。んじゃ、ちゃんと病院行ってね」

 あるいは高原も、こちらに何らかの事情があることを察したのかもしれない。

「ああ。じゃあな、高原。あと、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。大事ないようだったら、また明日、学校でね」

 高原はそう言って片手を小さく振ってから踵を返し、俺の自転車を探すために歩き去っていった。

 俺はもみじの体を抱え直すと、スロープを上りにかかった。

 ガシャン! と盛大に何かをひっくり返すような音と、「はぎゃっ!」という悲鳴が響いてきたが、足を止める気にはならなかった。

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