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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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1.「初夏の面影」〜日常といえば日常

 六月十日月曜日。俺の一日はいつも通り平凡に幕を開けた。

 中学時代を遅刻キャラで通してきた俺は、高校入学以来、始業三十分前には登校するようになっていた。

 その目的は一つ――

「三鷹くん、おはよ。眠そうだね」

 そう朝の挨拶をしてくれたのは、右隣の席の浜田夏美。

「室田の数学の時間寝ないでよ、三鷹くんが答えられないと、あいつなんかいっつもあたしに当てるんだから」だって。それは申し訳ないことだな。

「よぉ、三鷹。こないだ新しいの買ったんだけど、またお前んちに行っていい?」

 後ろの席の武藤浩之。オーディオとジャズのマニアなのに、家族の理解を得られないプアボーイ。こいつが次々と持ち込む機材やレコードのせいで、一人暮らしの俺の部屋のキャパは、入学三か月目にしてそろそろいっぱいいっぱいだ。

 そんな前後左右の級友たちと会話をしていると、教室の前の扉が開く。入ってきたのは、若干ウェーブのかかった長い髪を右側でまとめた、活発そうな女子だ。おはよー、とか、ちーす、とか、そこかしこの席で上がる挨拶にいちいち応えながら、こちらに近づいてくる。明朗で快活、そしてちょっと姉御肌。クラスのムードメーカー的少女なのだが、こいつが来ると、俺は思わず身構えてしまう。

「おっはよー、誠介。あー、また夜更かししたんだろ」

 青の夏用ブレザーとチェックのスカートをはためかせながら、つかつかと歩み寄ってくるこの女子の名前は、相川魅咲(あいかわみさき)。一応俺の幼馴染と言っていいだろう。魅咲は小学校の途中で転校したから、偶然にもこの高校で再会するまで、五年くらいのブランクがあった。それでも、彼女の世話焼きな性格は変わっていなかった。

「いや、別に。なんで?」

「寝癖」

 ビシッと俺の頭を指さす魅咲。思わずそこに手をやってから気づいた。さすがに寝癖くらいは気をつけて直してきている。慌てて手を下した時には既に遅かった。魅咲は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

「図星なんでしょ。またアニメかゲーム? あんた、月曜日はいつもそうだもんね。いっくら取り繕っても魅咲さんの目はごまかせませーん」

「いいだろ、別に。お前は俺のかーちゃんか何かか」

 机に半ば突っ伏しながら視線だけを上げて抗議する。夜更かしの原因は他にもあるのだが、あまり知られたくない。

「あれれ、可愛くないの。あたしが持ってきた最新の詩都香情報、聞きたくないと見える」

 魅咲はやや大げさなジェスチャーで遺憾の意を表明した。その名前を聞いた途端、条件反射的に身を乗り出しそうになったが、どうにかこらえた。

「何だよ?」

 もちろん内心では聞きたくて仕方がなかったが、そうとまで言われると、関心の薄そうなフリをせざるをえない。

「それがねー。――あ、伽那(かな)ー。ちょっとちょっと」

 魅咲は教室の廊下側の席に座ろうとしていた女子を手招きした。

「なになにー?」

 それに応じて、その女子もこちらにやって来る。背中にかかるくらいの栗色の髪。丸くて人形めいた童顔。そのくせ愛嬌があって、笑顔が完璧で、しかも着痩せするタイプの隠れ巨乳。本人以外の誰もが認める学年一モテる女、一条伽那(いちじょうかな)だ。とてとてと擬声語(オノマトペ)のような足音を立てて魅咲の隣までようやくたどり着いた。

「一昨日の話」

「あー、詩都香のこと」

 ぽん、と一条は大げさな身振りと控えめな音で手を叩く。そして、ニコニコ笑顔をこちらに向けた。

「魅咲ったら意地悪なんだから。三鷹くんがどぎまぎしてるじゃない」

「してねーよ!」

 思わず口に出してしまった。一条はちょっと天然入っているのか、ナチュラルに人の心に踏み込んでくるから困る。

「あれ? 聞きたくないの、三鷹くん?」

「素直になりなよ、このこの」

 さっと俺の両サイドに回った一条と魅咲が絶妙のコンビネーションで言葉のドッジボールを始める。うん、キャッチボールではなくてドッジボール。一人残った敵陣の内野を、両サイドの外野がパス回しでいたぶるような具合だ。

 と、そこで今度は後ろの扉が開いた。入ってきたのは、魅咲とも一条とも違うタイプの、儚げな見た目の女子。腰の辺りまで届く長い黒髪を揺らして、無言のまま自分の席へと向かう。

 引き結ばれた唇には一片の笑みも浮かべず、視線はぶれることなく前だけを見つめている。新しい週の始まりに当たっての物憂さ気負いも、さらには三日前に俺の告白を断った気まずささえ感じさせることなく、ただ淡々と歩を進める。姿勢は完璧。意外なほど短いスカートから伸びる脚が、規則正しく前後に動く。やがて教室のど真ん中にある自分の席に到ると、音もなく椅子を引いて着席。鞄から分厚い本を取り出してその中ほどを開き、読み始める。うつむきがちの横顔にかかってくる髪を時折かき上げる仕草が、なんとも言えずサマになっている。

 俺の目はその姿に釘づけだ。

 高原詩都香、今の俺の意中の女子。

 彼女は毎朝こんな雰囲気をまとわせて登校してくる。誰にも文句のつけようがない、完璧なクールビューティぶりだ。

 だがしかし。これが高原のほんの一面に過ぎないことを知らない生徒が、今このクラスにいようか。しかも相当数の生徒が、この態度が若干人見知りのきらいがある高原本人によるキャラ作りであることも見抜いている。そして、誰にも知られていないと思い込んでいる人間は、たぶん当の高原だけなのだ。

 さてと、だ。魅咲の言う最新情報にも興味がないわけではなかったが、ひとまず高原に朝の挨拶をするのが先だ。このために早めに家を出ているんだからな。

 魅咲と一条は高原と小学校からのつき合いなので、さっそくそちらに向かおうとする素振を見せた。俺としては、それに先んじられるかどうかが勝負の分かれ目だ。

「一条さん、その髪留め似合ってるじゃん」

 武藤が一条に声をかけた。よし、いいタイミングだ、武藤。

 一条は活発な魅咲とは違うタイプだが、声のかけやすさではむしろ上である。この辺がモテ要素なのであろう。

「え? ありがとー、武藤くん。これ、一昨日魅咲と詩都香と行ったお店で買ったんだ。魅咲が選んでくれたんだよ」

 前髪を四対六くらいで分ける髪留めをいじりながら、一条がふにゃふにゃと微笑んだ。この笑顔にノックダウンされた男は数知れまい。こう見えて一条家はとんでもない名家で、普通だったら絶対に手の届かない存在なのだが、そんなことを忘れさせるくらい当人に魅力がある。

 俺はそんな一条の笑顔に見入っていた。

「……なに、三鷹くん?」

「いやあ、お前の笑ってる顔って、癒されるなぁ、と思って」

 一条はもう一度にこーっと笑ってくれた。

「えへへ、ありがと。でもいいの? 詩都香に言いつけちゃうよ?」

 あしらい方もなかなかのもの。というより、これが素なんだろう。

「いやいや、ほんとだって。俺、笑顔なら一条の方が好きだよ」

「こらこら、なーに浮気してんのよ」

 魅咲が割って入ってきた。

「別に浮気じゃないさ。見ろよ、この緊張感のない笑顔。高原じゃこうはいかないね」

「……ひょっとしてわたし、バカにされてる?」

 一条は一転して頬を膨らませた。

「想像してみろって。高原がこんな屈託のない笑顔を浮かべてたりしたら、何かよからぬことが起こりそうな気がするだろ?」

 魅咲も腕を組んで中空を睨み、想像を膨らませた。

「うーん、まあ確かに。なんかまたくだらないこと考えてんだろうな、って不安になるな」

「だろだろ?」

「……ていうかあんた、ほんとに詩都香のこと好きなの?」

「……お前こそほんとに高原の友達かよ」

 しばし俺と見つめ合ってから、魅咲は沈黙を振り払うように武藤に話しかけた。

「ま、伽那は元が可愛いから、そういうワンポイントが効くのよね。武藤くんったら、耳だけじゃなくて見る目もあるじゃない。それに比べて……」

 魅咲がこっちに向き直って、右手でサイドポニーを梳いた。何かのサインか?

「あ、みさきちのリボンが変わってるー」

 と、左隣の渡会真由が指摘した。

 あ、ほんとだ。髪をくくるリボンが新色だ。今までに見たことのないオレンジ地のチェック柄。

「あ~ん! わかってくれるのはあなただけよ、真由~!」

「おー、よしよし」

 魅咲が大げさな身振りで渡会に抱きつき、渡会がその背を撫でながらあやす。よし、チャンスだ。

「おう、似合ってるぞ、魅咲」

 そう言いながら立ち上がり、魅咲の頭をぽんぽんと軽く叩く。ボッ、とその顔が赤くなった。

「なっ、ばっ!」

 おそらく魅咲はこちらに詰め寄ろうとしたのだろうが、自分から抱きついた渡会の腕を振りほどくような真似はできない。それを尻目に、俺はゆうゆうと高原の席へ向かった。

 ……が、俺の到着よりわずかに早く、彼女は三人の先客に囲まれていた。

「よーっす、しずかちゃん。ボンソワ~」

 高原は俯いていた顔を上げた。

「それを言うならボンジュールよ、田中くん。いきなり夕方にしないで」

「あれ? そだっけ? まあ、ともかくおはよう」

 田中翔一の軽い挨拶。こいつみたいに高原に対して何の気負いもなく声をかけられる男子は、入学して最初の中間考査が終わったばかりの今の時点ではまだそれほど多くはない。

「お、おはよう、高原さん」

「おはようございます」

 残り二人もご挨拶。こちらはやはりややぎこちない。

 田中翔一と吉田重和と大原祐司。クラス公認の“アニメオタク三兄弟”だ。田中に比べて、吉田と大原の挨拶は固い。この二人は女の子と話すのに若干の苦手意識を持っている、よくいるオタク男子だ。

「何読んでんの? ラノベ?」

「ん、小杉天外の『魔風恋風』。いつになったら面白くなるのかな、これ?」

「知らないよ」

 田中が肩をすくめた。吉田と大原は視線を交わし、首を振る。どちらも知らない作品のようだ。もちろん俺も知らん。

「しずかちゃん、昨日と一昨日の回見た? 今期のも終盤入ったわけだけど、どう思う?」

 高原は読書してるというのに、田中は委細構わず話しかける。高原が相手だと俺にはなかなかできない芸当だ。

 高原は気分を害した様子も無く、文庫本を伏せて視線を上げた。

「ん~、土日深夜だと、「六道逢魔紀」と「星海の商人」は最後まで視るかな。あ、「タスクフォーシズも」

「手堅いなぁ。古典的なバトルものとスぺオペ、新進スタッフの実験作と来た。『姉超』は?」

「いや、あれは切るわ。どうも展開がタルくて。面白くなったら教えて」

 田中の野郎、何が「しずかちゃん」だ。俺なんてまだ名字でしか呼ばせてもらってないのに。

 ちなみに、「姉超」というのは「姉が超人過ぎて困る」というタイトルのアニメの略称だ。どうしようもないクズの兄貴しかいない俺としては、あれはあれで面白いと思ったのだが、高原的にはアウトらしい。まあ、リアル姉だし、リアル超人だから仕方がないか。

 が、ちょうどいい。俺は意を決して距離を詰め、オタクグループの輪に割り込んだ。

 自然に、自然に……。

「おう、俺も見たぜ、「星海の商人」。なかなか燃える展開だったな」

「やあ、おはよう、三鷹くん」

 田中はオタクのくせに人付き合いを怖れないタチなので、気安く挨拶してくる。でも他の男子二人は、仲間内だけでつるんでいたいタイプだ。まだ仲間と認められていない俺に対しては、ぎこちなく会釈してくる。

 そして残る高原は、ぷい、と顔をそむけながら「おはよう」とだけ返してきた。下心ありありなのがバレているのだろう。元々俺も隠す気はないが。

 まあ、あれだ。あまり興味がなかったアニメを今になって見始めたのも、高原との会話の共通点を作りたかったからだ。

 高原はこんなにクールな雰囲気を漂わせ、人生勝ち組みたいな容姿と学力を具えていながら、その現実に満足せずフィクションの世界に進んで身を投じる、いわゆるオタク少女なのだ。それもかなり重度の。

 それで俺も、今のサブカルの古層を成す昔の作品から順番にレンタルで視聴するとともに、今やってる最新の作品もチェックを始めた。最近では段々高原に話を合わせられるようになってきていると思う。

 その後しばらく、田中たちと今期のアニメの話をした。高原も多少乗ってきた。まあそうでなきゃな。なんせこいつは、自分からオタクアピールするタイプではないが、同好の士が集まる場で興味のないフリができるような器用な奴でもない。

 そこへやっと、魅咲が一条を引き連れてやって来た。

「しーずーかー! あんた、一昨日はよーっくも恥かかせてくれたわねっ!」

 ああ、魅咲様がおかんむりだ。闘気で周りの机や椅子が吹き飛ばないといいが。

 その剣幕に怖れをなして、吉田と大原はさっと立ち去った。高原がいなければ俺も逃げたいところだ。にこにこと事態の推移を見守っている田中はほんとに大物だと思う。

「ちょっとちょっと、魅咲。詩都香は別に悪いことしてないよ。むしろ、悪いのはあっちじゃない」

 一条がなだめにかかる。

「ふん、だ。わたしは行きたくなんかないって言ったでしょ」

 対照的に、高原はにべもなく唇を尖らせた。

 どうやら魅咲と一条は、また懲りもせず高原を他校の男子との合コンだかグループデートだかに引きずり込んだらしい。それに続く魅咲の一連のお説教で、大体の事情は掴めた。

 相手は地元の大学生グループ。しかも――俺の言えたことじゃないが――下心ありきだったようだ。相手が四人だったので、魅咲は一条と高原と、つい最近仲良くなった来栖しのぶを連れて行った。

 四人の中で高原一人が制服姿だった。おかげで、あわよくばと狙う相手グループが予約していた未成年お断りの店から入店拒否を食らったそうな。他の店も見つからず、結局喫茶店で盛り上がらないお喋りをしただけで、なぁなぁの内に散会したらしい。

 田中には大ウケだった。

「うははははは、やっぱしずかちゃんはそうでなきゃ」

「田中く~ん? 言っておくけど、そういう女の子は二次元でしか許されないんだからね」

 魅咲が肩をそびやかした。

「相川、次があったらあたしも制服で行くから」

 思わぬところから割り込みが入った。高原の右斜め前の席、来栖しのぶだ。高原とはまた違う、誰に対してもバリアを張っているかのような、鋭い雰囲気を漂わせた女子である。

「あー、はいはい。しのぶなんてもう誘いませんよーだ。ったく、詩都香よりも無愛想なんだから」

 俺も一枚噛んだのだが、先日窮地から救い出されてから、来栖はどうも高原のことを敬愛しているらしい。だからたぶん、高原に悪い虫がつきそうな状況になったら、積極的に阻止する。俺にとっては非常に頼もしい奴だ。

 ただ問題は俺自身も来栖から悪い虫扱いされていることだな。あの時は俺だって頑張ったんだけどなぁ。


 とまあ、魅咲と一条は、高原のオタクライフを「正しき青春、真なる高校生活」に軌道修正させようと、色々と世話を焼く。

「誠介もさ、詩都香側(あっち)に踏み込んでいくだけじゃなくて、たまにはこっちに引きずり出してみなさいよ」

 とは、いつかの魅咲の言だ。高原の趣味の領域にわざわざ分け入っていく俺のやり方が、どうも気に入らないらしい。

 どうしてそんなに一生懸命に高原の生活を改善しようとするのかと尋ねると、

「だって、詩都香みたいな子がまともな恋愛もせずにアニメやら分厚い本やらに青春時代を捧げるなんて損じゃない。……それに、詩都香みたいなのがいつまでもひとり身じゃ、あたしにいい男が回ってこないのよ」

 などと後半でぽろっと本音を漏らしたものである。


 蚊帳の外の俺を他所に、来栖を巻き込んだ口論に発展しそうになっていた魅咲と高原に水を差したのは、例によって一条お嬢様だった。

「ね、ね、詩都香。もし田中くんと三鷹くんで選ぶとしたらどっち?」

 い、一条……、お前、水を差すついでにさらっととんでもない爆弾をしかけやがったな。このお嬢には怖いものなどないのか?

 ……いや、実のところ一度拝聴してみたいところではあった。いい機会かもしれん。うむ、ナイスだ、一条。後でハグしてやる。

 俺はハラハラしながら高原の口元を注視した。のだが、

「田中くん。趣味合うし」

 即答だった。泣かすぞ、一条。

「ほーら、誠介。あんたの付け焼刃なオタク知識じゃ不満だってさ」

 魅咲が偉そうに胸を張った。お前が勝ち誇るところじゃないだろう。

「よかったねー、田中くん」

 そんなこっちの気も知らず、一条は田中の肩をぽんぽんと叩いた。その田中は、じっと高原の顔を見ている。高原もその視線をまっすぐに受け止めていた。

「しずかちゃん……」

「田中くん……」

 おい、なに二人の世界を作ってやがる。一条も「きゃーーっ」なんて顔してるんじゃねえ。

 二人は同時ににこっと笑った。

「――気持ちは嬉しいけど、ごめん。僕、とってつけたような貧乳設定のキャラはあまり好みじゃないんだ」

「――うふふふ。殺すわよ、くそギークが」

 雰囲気ゼロの会話に、一条はがくっと盛大に首を折り、俺はほっと胸をなで下ろした。

 しかしまあ、田中の言うとおり、確かに高原の胸は肉感に乏しい。俺が指摘しようものなら平手打ちの一発も覚悟しなきゃならんだろうが。

 そういえば月末には水泳の授業が始まるんだな。思わず横に立つ魅咲のその部位に視線を注ぐ。

「なによ?」

「いや、お前くらいがちょうどいいのかなーって」

「んなっ……!」

 またも頬を染める魅咲。が、俺の視線の向かう先に気がついたのか、次の瞬間には平手打ちどころかグーパンチで応酬してきた。

「いてぇっ!」

 顔の形が変わったかと思った。本気で殴られたら俺の頭部は潰れたトマトに早変わりのはずだから、魅咲なりに手加減してくれたのだろうけど、にしても痛すぎる。

「セクハラ男! 死ね!」

 魅咲は肩を怒らせながら自分の席に戻っていった。

「ばっかだなー、三鷹くんは」

 打ちぬかれた左頬を押さえて涙目になっている俺に、一条が容赦のない言葉を投げかける。

 そこへさらなる追い打ち。高原がじと目で俺を見ていた。

 しまった。ちょっと魅咲をからかうだけのつもりが、これでは俺まで高原を貧乳認定したのと変わらないじゃないか。

 ――無念。この三鷹誠介、幼馴染にかまけて戦いの中で戦いを忘れた。

 そこでチャイムが鳴った。生徒たちはいっせいに自分の席へと向かう。

 さて、俺も授業中に失地回復の戦略でも練るか。

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