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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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4.「紅葉青山水急流」〜アルバイト開始

久しぶりの更新となってしまいました。申し訳ないです。

 六月十四日、金曜日。高原への六度目の告白も敢えなく玉砕して一週間。

「昨日、ユキさんに会ったんだって?」

 登校後の挨拶を交わすなり、高原がそう尋ねてきた。女子の間の情報伝達って異様に速いよな。昨晩一条お嬢様が弊廬(へいろ)に来臨なさったことももう知られているのだろうか。

「綺麗な人だったでしょ」

「あ、ああ。びっくりした」

 どう答えるべきか少し迷ったが、正直な感想を述べる。

「一目惚れした?」

「……お前に出会ってなかったらしたかもしれん」

「ふん、だ。ばーか」

 高原はこころもち唇を尖らせた。

 おっとっと、やきもちか?

 俺にOK出さないくせにそんな権利あんのかよ、と少々理不尽なものを感じつつも、高原に妬いてもらえるのは正直言って嬉しいのだった。俺もバカだな、ほんと。

「そういや、昨日は何か釣れたのか?」

 照れを誤魔化すように(照れるのも変だけど)そんなことを訊いてみる。

「ううん、ボウズ。全然釣れなかった。今日の放課後再挑戦の予定」

 高原はロッカーの上に置かれたデカいボストンバッグを指した。どうやらあの中に釣り用具一式が収納されているらしい。

 そういえば琉斗(りゅうと)が言うには、高原は部活を口実にして遅い帰宅を誤魔化しているらしい。どうしてそんなことをしているのか気になったが、高原に先を越された。

「三鷹くんはどうしてそんなもん見てるの?」

 俺の机の上の冊子に胡散臭そうな視線を遣る高原。ジョブ何とかという求人情報と広告が載ったフリーペーパーである。昨夜、一条を駅まで送った帰り道にコンビニに立ち寄り、同じような冊子をいくつかもらってきたのだ。

「バイトでも始めるの?」

「ま、そんなとこだ。一人暮らしだと何かと物いりでな」

 バイトを探していることを隠すつもりはない。

 高原は瞳を上方に向けた。もやもやと想像を巡らせているのだろう。

「……三鷹くんが労働するの? なんか似合わないなぁ」

 好き放題言ってくれる。人見知りのくせに俺にだけは達者なその口を、唇で塞いでやりてえ。

 だけど俺にできるのは、当たり障りのない応答だけなのだった。

「ま、バイト先が決まったら教えるから、魅咲(みさき)たちも連れて遊びにでもきてくれよ」

 ——結局、この約束は果たされることがなかったのだが。

「おはよー、詩都香(しずか)

 ちょうどそこで、一条が教室に入ってきた。荷物を置いてこちらに歩いてくる。ニコニコ笑顔で、話したくて仕方がないことがある、といった感じだ。

 嫌な予感がした。昨晩の決意を思い出した。

「ね、詩都香。わたしね、昨日、三鷹くんから抱きつ——あいたっ」

 余計な可能性はあらかじめ潰しておこうと準備していたのが幸いした。居合い抜きの如きチョップを受け、一条が発言の途中で頭を押さえてうずくまった。

「いったーい! まだ何も言ってないのにぃ……!」

「アホか。言ったも同然だろうが」

 予定よりも強めに入ってしまったので少なからず心配になったが、一条は涙目になりながらも立ち上がった。

「ひどいよ……三鷹くんってばほんとに意地悪なんだから」

 意地悪なのはお前だろ、と内心で抗議しつつ高原の反応を窺う。

 事態に取り残された形の高原は、俺と一条の顔をなんだか呆れた様子で交互に眺めていた。

「ずいぶん仲良くなったみたいじゃない」

「そうだよ〜。昨日なんて三鷹くんの家に——あいたっ?」

 断っておくが、今度のは俺じゃない。高原が平手で一条のドタマをべしっと叩いたのだ。

「詩都香もひど〜い。昨日メールで言ったじゃない。これ以上成績下がったらどうしてくれるの」

「成績が上がらないのは普段から勉強しないからでしょうが。宿題、どうせまたやってきてないんでしょ?」

「あ、うん」

 一条は二度もぶたれた頭をさすりながら、高原にすがるような目を向ける。

「ほら、行くわよ? 宿題見せてあげるから」

「……え? ありがとう、詩都香」

 高原は俺に背を向けて自分の席に向かう。普段は一条から頼まれてもなかなか——最後には結局折れるが——宿題を写させてなんかやらないのに、珍しいことだ。

 とたんに従順になった一条もその後についていく。

 と、ちらっとこちらを振り返った一条はピースサインを向けてきた。

 したたかなお嬢だ。

 

「あはは、詩都香もわっかりやすいねー。リアクションに困ったんだよ、それは」

 高原の困惑を想像してか、声を上げて笑う魅咲。

 放課後。今日は文芸部に顔を出さずに帰ることにした。魅咲が一緒になった。

 話題は今朝の高原と一条との一幕。ちょうど高原が不自然に一条の発言を封じた場面にさしかかったところだった。

「あ、やっぱお前もそう思う?」

「そりゃそうでしょ。詩都香だって伽那(かな)が余計なことを言おうとしてるってくらい察するって。昨日伽那があんたの家に寄った話はメールであたしも聞いてるしね。でも、それをあんたの前で言われた自分がどういうリアクションを取ればいいのかわからないから、あらかじめ阻止しておいた、ってわけ」

 自分のことを好きだと公言している相手が別の女子と親密になったことを聞かされてどんな反応をすればいいのか——怒ったふりをすればいいのか何食わぬ顔で受け流せばいいのか、とっさにそつなく判断できるほど高原も大人ではないというわけだ。

「でも、よかったじゃない。その程度には気にかけてもらってるってわけでしょ」

「それくらい気にしてもらえてなかったら俺も落ち込むわ。そんで、高原の本心としてはどっちだったのかね。内心ムッとしてたんかな?」

「さあねぇ。あたしも詩都香の性格全部知ってるわけじゃないから。でも、一応あんたのこと気にしてるってだけで結構な前進だと思うよ?」

「三ヶ月かけてこの程度の前進かよ」

 それはそれで落ち込む。

「だから最初に警告しといたじゃない、あれは難物だって。……んで、部活の次はバイト? あんたほんとにバッカじゃないの?」

「しょうがねえだろ。三ヶ月直球で攻め続けてこの程度の前進なんだからよ」

「その調子じゃ十年くらいかかりそうだね。あんた、素敵な彼女だか何だかを作りたくてこの学校来たんでしょ?」

 痛いところを突きやがる。

 魅咲の言う通り、初志貫徹を目指すのであれば高原のような“難物”に深入りするのは避けるべきなのかもしれない。

「ま、何とでも言え。やれることはやっておくさ。それに小遣いが乏しいのは事実だしな」

「そんならうちで働けばいいのに。お父さん、歓迎すると思うよ?」

 魅咲のうちの店はかなりの人気があり、客入に比して人手が不足気味らしい。一人娘の魅咲が戦力にならないのも痛いのだろう。

 魅咲の申し出はありがたいことはありがたいのだが……。

「いや、遠慮しとく。師匠の下で働くってのも、ちょっとおっかないしな」

 実のところ俺は、この街に越してきて魅咲と再会してからも、師匠と顔を合わせていないのである。まだ心の準備ができていない。

「あっそう。ま、バイト探しに失敗したら言ってよ。先輩店員としてビシバシしごいてあげるからさ」

「そういう台詞は少しくらい店を手伝ってから言えっての」

「いやごもっとも」

 俺がまぜっ返すと、魅咲は笑いながら頷いた。

「でも、あんたが部活に加えてバイトまで始めたら、こうしていっしょに帰る機会も少なくなりそうだね」

 魅咲は鞄をブラブラさせながらぼやいた。

「お前、クラスで最後の帰宅部だもんな」

 魅咲が運動部に入らない理由は、俺にも察しがついている。魅咲はもはや常人と競っていい存在ではないし、性格上手を抜くこともできない。

「文化部でも入ったらいいじゃないか。一条が言ってたけど、中学時代は手芸部だったんだろ?」

「そうだねえ。あんたも部活入っちゃったし、それもいいかな。あたしって、何部が合うと思う?」

「……帰宅部」

 高原の真似をしてそう答えてやったところ、魅咲はご立腹の様子だった。おかげで機嫌を直してもらうために、“ロワ・ソレイユ”とかいうケーキ屋で甘いものをおごるはめになった。なんでバイトを探そうという身で幼馴染におごってやらにゃならんのだ。高原め。


 帰宅後、情報誌を広げた。

 探すのは「年齢不問」もしくは「高校生可」と条件設定されているものだ。それも、何らかの資格が要件となっているものは外さなければならない。

 次に勤務時間。週四日以上なんて言われるとキツいし、せっかく入った文芸部にも週に二、三度くらいは顔を出したい。

 それから勤務地。交通費が出るとしても、(ひがし)京舞原(きょうぶはら)の外まで出向くのはあまり気乗りしない。

 最後に時給だ。高原に気に留めてもらうことが目的なので、バイトを始める動機としては二義的ではあるが、あまりにもあんまりな薄給でこき使われるのはさすがに意欲が削がれる。それに、俺は自分なりの目標を設定していた。

 アニメのディスクを月に二、三枚買えるくらい稼ぐこと。

 そして高原と貸し借りする……最高じゃないか。

 それから、そうしながら積み立てた資金で原付を買うことも考えていた。これについては、強いて理由を挙げるとすれば、俺の知らない魅咲が育ち、高原が愛するこの街に、もっと馴染みたいといったところだろうか。この街にはまだまだ不慣れだし、地理感覚を養うためには足がいる。幸いにももう原付免許を取得できる年齢になったので、資金さえあれば今すぐにでもやれることだ。それに、原付があればやっぱり何かと便利だろう。

 そんなことを思いながら、目を皿のようにして誌面の情報をさらった。

 接客、ファストフード、売り子……、まず俺のできそうな職種を選んでは赤ペンで囲んでいく。

 ビルの清掃業務というのもあった。

 警備員も悪くないかな、と思ったが、「大学生歓迎」とだけあるので、高校生が応募できるものかどうかよくわからない。

 そうやって五、六枚ページをめくったところで、その募集広告に行き当たった。

 年齢不問——よし。

 資格不要——よし。

 東京舞原駅より歩いて十分——よし。

 時給二千五百円、その他手当あり——よし。

 ……は?

 丸で囲もうとして、思わず赤ペンを止めてしまった。

 二千五百円? 某GSアシスタントみたいな、時給二百五十円の間違いじゃないのか? 他のバイトで高校生が稼げる金額の三倍はあるぞ。

 これって家庭教師とか予備校講師なのでは、と思って業務内容を確認したが、「事務作業」とだけしか記載がなかった。

 いいのか、これ、俺が応募しても?

 破格の待遇にかえって戸惑う俺だったが、備考欄に記された応募条件がさらに度肝を抜いてくれた。

「何だこりゃ?『五十メートル走六秒五以内、ベンチプレス百キロ以上、握力七十キロ以上……』?」

 その他、各種運動能力の条件が付されていた。アスリートを募集しているのか?

 気になる。待遇面を見れば競走になりそうだが、この応募条件をクリアできる人間はそう多くないのではないだろうか。

 帰り道に買ってきた履歴書を開封する。

 スピード写真の機械は近くにあったかな?

 ……ペン書きに慣れていないため一枚無駄にしてしまったが、どうにか初めての履歴書をこしらえた。

 こうして俺は、“薄氷(うすらい)調査事務所”なる得体の知れない事業所の募集に応募してしまったのだった。

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