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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
18/106

3-6

「三鷹くんにはわたしに対する敬意が感じられないよぉ」

 隣を歩く一条が頭をさすりながら不満をこぼす。

「お前のどこに敬意を払えって言うんだ、アホめが」

 ユキさんによろしくお願いされてしまったらしかたがない。一条を駅まで送ってやることにしたのである。

 一条がユキさんを先に帰した魂胆はなんとなく察していた。

「んで? 話があるんだろ?」

「あー、さっきの一発で忘れちゃったかも。――あ、うそうそ。チョップ禁止」

 思い出させてやろうか? と軽く手を上げて威嚇すると、一条はぴょんと飛び退いた。

「もう、三鷹くんったら。んーとね、実はあまり話して楽しいことじゃないんだけど、今日迷惑かけちゃったし、しょうがないよね。――詩都香(しずか)魅咲(みさき)から、わたしのこと聞いてる?」

「ん? お前が〈リーガ〉とかっていう組織から狙われてるってのは聞いてるぞ」

「じゃあ、その理由は?」

「……いや?」

「あ、それはやっぱりまだなんだ。じゃあ、今日のお詫びに、どうしてわたしが奴らから狙われているのか聞かせてあげる」

 意外な申し出に、目をぱちくりさせてしまった。

「いいのか?」

「だからお詫びだってば。それとも、聞きたくない?」

「聞きたくないわけじゃない。……だけどお前は話したいのか?」

 俺は一度首を横に振ったものの、再度確認せざるをえなかった。

「話したい……と言えば話したいのかなぁ。わたしも、どうしてわたしがこんなことで狙われなきゃいけないの、って思ってるからほとんど愚痴みたいなもんだね。それから、三鷹くんが信頼できる人だってわかってきたし。さすが魅咲の幼馴染だよねぇ」

 少し照れた。一条から面と向かってそんなことを言われる日が来るとは。

 だけど、俺がいったいどこで一条の信頼を得たのかは謎である。魔術師であるという一条たちの秘密を知っても、態度を変えなかったのが功を奏したのだろうか。

 ま、こいつのセンスはナチュラルにズレているし、考えてもしかたないか。

「一条家の家系のことは知ってるよね?」

「まあな」

 俺は首を縦に振った。この地方の住民にとっては常識に類する話だ。

「神話の時代の神様に遡るって奴。あれ、どうもまったくの嘘じゃないみたいなの。神様なんて呼ぶほどいいものじゃなかったみたいだけど」

 一条家はその家系の傍流である。今は一条家が経済的に成功しているため、本家筋の方がどうなっているのか、俺は知らない。

「じゃあ、お前は神様の末裔ってことか?」

 少し茶化し気味にそう尋ねると、一条はほにゃほにゃと微笑んだ。

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。言ったでしょ、神様なんて呼ぶほどいいものじゃないって。……〈(よる)(たね)〉」

「は?」

 唐突に出てきた名詞にまごついた。

「〈夜の種〉」一条は繰り返した。「――魔力の残りカスが具象した、この世ならざる異界由来の存在。それがわたしの祖先」

 一条は魔術師の力の源についての説明を始めた。以前魅咲から聞いたものよりももう少し詳細に。

 生物の魂に刻まれた亀裂――〈モナドの窓〉を通して引き込まれるのは、厳密にはいわゆる“魔力”ではないらしい。

 異界には宇宙が一切無い。空間も時間も無い。あるのは、それらになり切れなかった〈可能態(デュナミス)〉。何物かに生成変化する可能性のみを秘めた、いわば“混沌”。

 この混沌を呼び込んだ魔術師は、〈炉〉と呼ばれる機関の中でそれを精錬し、いわゆる魔力に変える。いや、魔術師だけではない。あらゆる生物が意識せずに行っていることなのだそうだ。

 だがその際、魔力にならない部分が出る。〈不純物〉と呼ばれる成分だ。この〈不純物〉は勝手に漏れていき、この世に溜まり、淀む。

「詳しいメカニズムはわからないけど、〈不純物〉が十分な量になると、何かのきっかけでこの世界で生き物として具象することがあるの。それが〈夜の種〉。まあ、いわゆる魔族やら化物の類ね。なんでも、きっかけのほとんどは人間の精神だとか」

 かつて、人間の自然崇拝が強かった時代には、そうやって強力な〈夜の種〉が生まれた。各民族の持つ神話に登場する超自然的存在はそうした〈夜の種〉だと考えられているという。

 そして、多くの〈夜の種〉は姿形からして化物じみた存在だが、ときには人間と変わらぬ見た目と生理機能を持った者も生まれる。

「わたしのご先祖様がそれだったみたい。彼――か“彼女”かは知らないけど――の子孫には、何世代かに一人、極稀に似たような体質の子供が生まれた。人間と〈夜の種〉とのあいの子。魔術師たちは〈半魔族〉って呼んでる。生まれつき、卓絶した魔術師としての才能を持ってる」

「ということは、まさか……」

「そう、わたしがそれ。今の時代に確認されているほんの僅かな〈半魔族〉の一人。詩都香も魅咲も、魔力じゃわたしに敵わない。わたし、こう見えてもすごい力を秘めてるんだから」

 一条はそう言って笑みを浮かべた。自慢げなわりに、力のない乾いた笑顔だった。

 それに対する俺の反応が芳しくなかったせいか、一条はもう一度頬を引き締めた。

「それでね、だからこそわたしが狙われるはめになってるの。あいつらはわたしみたいな存在許さないから」

 どう言ってやればいいのかわからなかった。

 一条はいったい何をやらかして狙われるはめになったのかと考えていたのだが、蓋を開けてみるとあまりにも不運としか言いようがない事情だった。

 はるか昔の先祖がたまたま化物だった?

 しかも何世代かに一度しか生まれない?

 繰り返すが、一条家は傍流だ。つまり、〈半魔族〉とやらの遺伝形質が発現するのは、いわゆる直系の子孫に限らないということだ。何十世代もの、何千年もの間に、その〈夜の種〉の遺伝子を引き継いでいる人間がいったいどれだけ出る? 一条と同じ世代の子孫は何人いるってんだ?

 その中からたった一つの当たりを引いたのが一条だっていうのか。

 それで世界を牛耳る組織と戦うはめになってるっていうのか。

「……ごめん。やっぱ重たかった?」

 無言で歩く俺に、一条が上目遣いで訊いてきた。その表情に浮かんだ一条の抱える不安を、初めて目の当たりにした。

「いや。……って言ったら嘘になるか。重たかった。言葉が見つからない」

 どんな家に生まれようが本人に責任は無い。前からそう思っていたのに、その言葉が別種の重みを持ってのしかかってきた。

「でも言ったでしょ? おかげでわたしは詩都香や魅咲と出会えたって。そして今でもこうしてふたりと一緒に戦ってられる」

 そう言う一条の笑顔からは、さっき見せた不安の影が拭い去られていた。


 ……魅咲。

 魅咲。

 よかったじゃねーか、こんな友達見つけられて。

 お前が一度俺の前から消えたとき、お前が転校するって聞いたとき、俺はまず自分の無力に打ちひしがれたけど、やっぱりお前のこと心配したりもしたんだぞ。

 あんなことがあって、地元を離れて、この先お前がうまくやっていけるのか、って。

 とんだ杞憂だったな。

 お前は何があっても、どこに行っても、無敵の相川魅咲だよ。

 見ろよ、この一条の笑顔。

 一条も、それにきっと高原も、お前に救われてるんだぜ?


 並んで歩く俺たちの間には、いつしか沈黙が降りていた。

 前からやって来る中学生の一団とすれ違った。部活帰りだろうか。それともどこかで遊んできたのだろうか。活発にバカ話を交わしている。

 と、その内の一人が、見知った顔であることに気づいた。

 琉斗(りゅうと)だった。

 咄嗟に顔を伏せようとしたが、間に合わなかった。

 向こうもこちらに気づいたようで、友人たちに合わせて歩きながら、顔を、次いで上体をこちらに巡らせてきた。

 俺は素知らぬふりをして歩み去ろうと思ったのだが、

「あ、悪い。用事を思い出した。俺、ここで」

 仲間たちにそう慌ただしく別れを告げ、琉斗が俺たちの背を追ってくる気配があった。

「一条先輩! 三鷹さん!」

 声をかけられては、気づかぬふりをするわけにもいかない。それに、一条が俺よりも早く振り返ってぱたぱたと手を振ってしまった。

「あ、琉斗くんだ。こんばんは」

「どうしたんですか? ふたりで珍しいっすね」

 さっきまで俺たちの間でどんな会話が交わされていたかなど露知らず、気楽に並んでくる

 こいつは姉や一条たちが魔術師であることを知らない。もちろん、惚れた相手である一条伽那(かな)が半分人間でないことも。

 ここで教えてやったらどんな態度をとるのだろうか。

 無論、それを確かめることはできない。

「これからは珍しくなくなるよ。三鷹くんも今日からわたしの部活仲間だしね」

 あちゃ~。琉斗の気持ちになどこれっぽっちも気づいていない一条らしい。

 琉斗は疑心の籠もった視線を俺に向けてきた。

「あ、まあな。ただの部活仲間」

「今も三鷹くんのお家におじゃましてきたとこ」

「――ああ、そういやお前の家の夕食、今日はたぶん川魚の塩焼きだぞ?」

 こんのバカ、明日チョップ入れてやる、と決意しながら、俺は慌てて話題を高原に向けようとした。

「え? いや、姉貴なら、今日からしばらく部活が忙しくなるから夕食作れないって外食の小遣いくれましたよ?」

 あれ? 高原は部活なんて行ってなかったぞ?

 噛み合わない会話をほぐそうと、俺が口を開くより早く、

「あー、琉斗くんってばまた! 姉貴なんて呼んで、詩都香に言いつけちゃおっと」

 一条がびしっと琉斗を指差した。

「あ……すみません、あね……お姉ちゃんには黙っててください」

 惚れた相手とおっかない姉のダブルパンチだ。琉斗はしどろもどろになった。

「ふふふ、どうしよっかなぁ。ちょうどお腹空いてるし、何か甘いものでもおごってくれたら許してあげるかもしれないなぁ」

「えーっ? さっき飯食ってきたばかりで、あまり金無いんですけど」

「じゃあ、そこのアイスクリームで許してあげる」

 一条は意地の悪い笑みを浮かべ、前方のアイスクリーム・パーラーを指した。

 琉斗に断ることなどできるはずがなかった。


「ほんで? どういうわけなんですか?」

「誤解すんなよ。これもお前の姉を落とす作戦の内だっつーの」

 アイスを食べながら三人で駅まで歩き、北口で一条を見送った後、俺と琉斗はもと来た道を辿りなおしていた。その途上、俺は早速琉斗の追及にさらされていた。

「とか言って三鷹さん、一条先輩に気があるんじゃないですかぁ?」

 ひどい勘繰りだ。

「よせよせ、妬くな。いいか? 俺は一条のことを高原の親友としてしか見ていない。……いや、悪い、怒るなよ。一条に魅力がないって言ってるわけじゃないんだ。ただ、高原とお近づきになるためには、一条と交流しておいて損はないわけだ。ここまではわかるな?」

 俺は噛んで含めるように琉斗に事情を説明した。

「ふ~ん、じゃあ、一条先輩が三鷹さん家に寄ってったってのは?」

 琉斗はあくまでも矛先を緩めない。

「あれは、なんつーか、不幸な行き違いだ。そうそう、ユキさんっていう一条の保護者役の人ともいっしょだった。気になるなら後で聞いてくれ」

「ああ、まあ、ユキさんがいっしょだったっていうんなら、間違いが起こることは無さそうですね。……ユキさん、びっくりするくらい綺麗な人だったでしょ?」

「ああ、まあな。でも俺はやっぱり高原派だな」

 琉斗の姉を持ち上げてやる。

 こいつがなんだかんだ言って姉を自慢に思っていることはよく知っている。わかりやすいご機嫌取りなのだが、半分は本気だ。

 ユキさんほど完璧な容姿をしていると、もはや人間と相対している気がしないのだ。

「いやいや、うちの姉貴なんて、ユキさんに比べればとんだ子供ですよ。胸もないし」

 などと姉をこき下ろす琉斗だったが、言葉とは裏腹に少し口元が緩んでいるのがわかった。まったく、チョロい奴だ。シスコンめ。

「琉斗」

「はい」

 声の調子を真剣なものに変えた俺に、琉斗も真面目な顔になって続きを待った。

「タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている価値がない」

「はい?」

「一条を振り向かせたかったら、これを座右の銘にして生きろ」

「は、はぁ……」

 琉斗は困惑顔だ。

「……と言いたいところだが、お前はもう十分タフだし優しいな。その内きっと一条にも伝わるさ」

「そ、そりゃどうも……」

 狐につままれたかのような表情。煙に巻いたようなもんだが、これは教えておいてやろうと思っていたことである。

 これからどうするかは琉斗次第だ。


 琉斗と別れ部屋に戻ると、まずキッチンシンクが目に入る。目に眩しいくらいにピッカピカに磨かれていた。しばらくの間は俺が使用して汚す気になれない。

 それから、冷蔵庫に貼られたメモ。

『今日は本当にすみませんでした。粗菜がお口に合うといいのですが』

 うちには無かったはずの調味料が、いつのまにかシンクの上の棚にいくつも並べられていた。

 ユキさんの作ってくれた食事は絶品だった。

 完璧すぎるのも考えものだな、と豚肉と大根の煮物に舌鼓を打ちながら思った。

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