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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
14/106

3-2

「それじゃ、今日は解散としましょうか」

 飛鳥井先輩のかけ声で、部室内の全員が荷物をまとめにかかった。先輩が言った通り、部員たちはそれぞれ適当に本を読んだり喋っていたりしていた。部長すら来ていない。ゆるいのか忙しいのか、よくわからない部活だ。

 見学だけのつもりだった俺も、田中のコーナーから拝借したラノベを読んでいる内につい夢中になり、結局最後まで残ってしまった。『ミズジョ文芸通信』でレビューされていたものだ。アニメで視るよりも話がわかりやすかった。

『文芸部に入ろうかと思うんだけど、お前の本棚のラノベ借りてっていい?』

 続きが気になったので、そんなメールを田中に送ったところ、

『大歓迎だよ。男子部員が少なくて肩身が狭かったんだ。ラノベは自由に借りてって』

 という心の広いメールが返ってきた。田中の肩身が狭い原因は男子がどうこうではないと思うけどな。

 文庫本を夏用上着のポケットにしまったところで、荷物をまとめ終えた飛鳥井先輩が耳打ちしてきた。

「三鷹くんも田中くんと同じクチでそういうのが好きなの?」

「う~ん、まあ否定はしませんが、普段あまり本読まないもので、少しずつ活字に慣れていこうかと」

「本読まないのにウチ入るの? ……あ、もしかして一条狙い?」

 意表を突かれた俺は思わず一条の方に目を遣った。本人はとろとろと鞄に荷物をしまっている。

 ああ、まあたしかに、そういう風に見えてもおかしくはないか。

 一条は可愛い。いつも柔らかい笑顔を浮かべているので見落としがちだが、人形のように整った顔立ちをしている。その上誰に対しても愛想よく振る舞うし、これでモテないわけがない。

 だが一条はいまだにフリーである。入学してからこの方、交際の申し込みを受けた回数なんて一桁ではないんじゃないかと思うのだが。

 そういえば、魅咲(みさき)も恋人がいたって話は聞かないな。その辺、こいつら三人は奥手なのだろうか。それとも何か理由が?

 ……って、俺はバカか。こいつらは現在進行形で世界中に睨みを利かす魔術師の組織と戦っているんだ。理由があるとすればその辺りだと考えるべきだろう。

「おい一条。一緒に帰ろうぜ」

 ようやく荷物をまとめた一条にそう声をかけた。高原を落とすには、もう少しこいつら三人の情報が必要だろう。

 それに、一条みたいな女子と仲良くするのには俺とてやぶさかではないのだ。

 しかし、俺の思惑とは裏腹に一条は渋い表情。

「……三鷹くん、今日いっぱい意地悪したくせに、よくそんなこと言えるよね」

「あん? 意地悪? 何かしたっけ?」

 一条は口をパクパクさせた後、「まあいいけどね」と溜息をひとつこぼした。

 俺たちは並んで文化部棟を出た。

 ああ、そういえばこんなに長居するつもりはなかったので、教室に荷物を置きっぱなしだったんだ。一条を伴い、鞄を取りにいくことにする。

「まーた四階まで階段上るのぉ? ここで待ってていい?」

 一条は昇降口で心の底から大儀そうに肩を落とした。

「少しはお前も体力つけろよ。ほら、行くぞ」

「つけようとは思ってるんだけどねえ。魅咲みたいなのを見ると、わたしにはとても無理、ってなっちゃう」

 情けない。

 と言うより、魅咲と比べるのがそもそもの間違いなのだ。

「できることからやってけよ。しゃあねえ、ほら」

 俺は一条の左手をとり、階段を上りながら引っ張ってやった。

「わわっ、楽ちん。ありがと」

 一条は俺の手に体重を預け、引っ張られるがままになっている。まったく、怠惰なお嬢様だ。

 一条を引きずって四階まで上がり、教室の机から鞄を回収してくると、先に教室を出ていた一条は廊下の掲示板を眺めていた。

「はぁ……、わたしの名前も載ってないかと思ったんだけどなぁ」

 一条が見ていたのは、先日の中間試験の成績上位者三十人の名前と点数だった。今朝登校してきたら貼り出されていたのである。

「何を調子のいいことを。お前、何番だったんだよ?」

「百二十六番。もう少しで平均だったから、ひょっとしたらと思ってたのに」

「図々しいにも程がある!」

 思わずツッコんでしまう。

 一条は頬を膨らませた。

「何よ~。そう言う三鷹くんは?」

「八十一番。平均クリアしてるぞ」

 俺は少し胸を張って答えた。

「うそ……。三鷹くん……? え? わたし、三鷹くんより成績悪いの……?」

 一条の目はこれ以上ないくらいに驚愕に見開かれていた。

「何だその驚きようは。失礼な奴だな。まあ、高原や魅咲にだいぶ協力してもらったしな」

 ここだけの話、実のところ高原の教え方はあまり上手くなかった。天才タイプではないのだが、勉強で苦労したことはあまりないらしい。

 それに対して、魅咲の教え方は丁寧かつ適切だった。俺がそれなりの成績をとれたのも、魅咲のおかげだ。

 後はまあ、俺自身も、せっかく勉強会に呼んでくれた高原や世話を焼いてくれた魅咲をがっかりさせたくなくて頑張った、ってのもあるけど。

 そしてその二人の成績は、というと。

「まったく、二人ともすごいよねぇ」

 一条は我がことのように喜ぶ。

 ――相川魅咲、一番。高原詩都香(しずか)、五番。

 高原は入学式で新入生代表を務めた奴なので少々席次を落としたことになるのだが、それでも恐ろしい成績である。魅咲の方はまったくバケモノだ。

 それにしても。

 いつも一緒に行動している二人が学年トップ層であることに、一条はこれっぽっちも屈折を抱いていないように見える。こいつはこいつでよくわからんな。


 俺と一条は連れ立って帰宅の途についた。

 よく考えると、一条と長い時間二人っきりになるのは初めてだった。いつも魅咲や高原が一緒だったし、そうでないときにも大抵誰かが側にいた。

 はっきり言って、一条の性格はいまイチ掴めていない。

 本人がそうした面を見せることはないが、一条家は大変な資産家だ。四代前だか五代前だかの祖先が明治維新の頃に財を成したのだという。日本史の教科書にさえ載っている。今では国内外の多様な企業を傘下に置く巨大な持ち株会社の経営者一族だ。しかも成金ではなく、系図を辿れば記紀神話の登場人物に行き着くというのだから畏れ入る。

 本来であればこんな風に俺なんかが気安く連れて歩ける相手ではないのだが。

「えへへ、ありがとう、三鷹くん」

 校門のすぐそばのクレープ屋でおごってやると、一条はたちどころに上機嫌になった。普段もっといいもの食べてるだろうに、安い奴である。

 俺も甘いものは嫌いではないので同じものを買い、二人並んで食べながら歩いた。

「あれ? お前ってバスじゃなかったっけ?」

 バス停を通り過ぎてしまった。西京舞原の一条家まではバス一本で行けるはずだが。

「今は電車だよ。バスは混むし、うちの最寄りの停留所から一本で学校だもん。それじゃつまんない」

 せっかく高校生になったんだから寄り道もしたい、と言う一条。

「遠回りだな。いったん駅まで下って電車に乗って、か?」

「そ。それで西駅からバス」

 市内をほぼ半周して通学してんのか。

「車で送迎とかは?」

 俺にとってのお嬢のイメージといえばこれである。

「前はユキさんが車で送り迎えしてくれてたんけどね。もう高校生なんだし、って断ったの。――あ、寝坊して遅刻しそうなときには送ってもらってるけど」

 最後に少し恥ずかしそうにそうつけ加えて、一条はクレープにかぶりついた。

 こいつ食うの遅ぇ。俺はもう食べ終わったというのに、一条はまだ半分だ。

 適当なところで薄氷川の東岸に下りた。一条はこのまま歩いて駅に向かうという。せっかくだしつき合うことにした。

「三鷹くん」傾き落ちる初夏の日差しを横から浴びて頬をほのかに上気させた一条が、口をもぐもぐさせながら俺の顔を打ち仰いだ。「三鷹くんってちょっと変わってるよね」

「そうか?」

 隣でクレープを食べる一条を見ながら尋ね返す。無論俺とて、まだ十代で平凡に居直る愚鈍さは持ち合わせていないつもりではあるが……。

「だって、あんなこと知らされてもわたしたちへの態度変えないんだもん。ぜんぜん驚かなかったの?」

 一条たちが魔術師であること、か。驚かなかったわけではもちろんないが――

「魅咲はほら、人外みたいなもんだろ? 魔法のひとつやふたつ使えても、今さらあまり驚かない。高原はまあ、ああいう奴だし、これもありかな、って思っちまった」

「微妙にひどい……」

 嘘ではない。高原も相当だが、魅咲は文字通りの超人だ。本人が望んでのことではないのだが。

「だから、一番驚いたのはお前のことだよ、一条」

「わたし?」

 一条が口元に運びかけていた手を止めた。まだ残ってんのかよ。

「……ああ。こう言っちゃアレだけど、お前って家の事情とか置いとけば、いたって平凡じゃん」

 顔立ちが作り物めいて可愛いことは除く。

「魅咲や高原は納得できるけど、お前じゃなあ」

「ほんとにひどい……。でもありがと。わたしを平凡で陳腐で普通の人間だって言ってくれて」

「いやそこまで言ってないだろ」

 気を悪くしたのかと思って顔色を窺ってしまったが、意外なことに一条は薄く笑みを浮かべていた。

「……お前、もしかして“普通”に憧れてるとかそういうパターン?」

「パターン?」

 一条はきょとんとした。

「アニメとかでさ、よくあるんだよ。普通に生活したいだけなのになんで俺にはトラブルがついて回るんだー! みたいなさ。大抵自業自得だったり、自意識過剰だったりするんだけどな」

「自業自得ってのはなんとかなくわかるけど、自意識過剰ってのは?」

 一条が乗ってきた。興味あるのかな。

「ん、そういうキャラって、自分は人と違ってる、その違った面を出しちゃいけない、普通に、日常に埋没しながら生きていなきゃならない、みたいに考えてるわけよ。他人と違うのなんて当たり前だし、そいつが『他人』っつー言葉でひと括りにしてる連中だってみんなそれぞれ違うのに――」

 神妙な面持ちで聞いていた一条だが、やおら立ち止まると、クレープの包み紙にかけていた指を解いた。

「おいっ!」

 まだ残ってんだろうが! と慌てて伸ばした俺の手を空を切った。

 一条の手を離れたはずのクレープは、その場に滞空していた。

 念動力だ。

 唖然とする俺の顔を観察しながら、一条がぽつりと口を開いた。

「こんな力持ってても自意識過剰なだけの“普通”?」

 困ったな――まずそう思った。変な方向に話題をシフトさせてしまったようだ。

「普通……とは言えないかな、やっぱ」

 面倒事を避けようと慎重に言葉を選んだつもりで、実質的に何も言っていないのと同じになった。

「ま、そうだよね」

 そう言う一条に落胆の色は見出だせなかったが、俺は急いで言を継いだ。

「でもさ、魅咲が言ってたけど、そういう力持ってる奴って、一般に考えられてるよりたくさんいるんだろ? だからさ――」

「三鷹くん?」一条が小首を傾げる。

「だから、お前はすっごい特別ってわけじゃなくてな……」

 俺が四苦八苦していると、一条は宙に浮いたままのクレープを手の中に戻し、もぐ、と最後の一片を口に入れた。それを咀嚼し、嚥下してからこう言った。

「……三鷹くん、何か勘違いしてない? わたし、別にこの力が邪魔だって思ってたり、“普通”に憧れたりしてるんじゃないよ。だって、この力が無かったら詩都香や魅咲と出会えなかったかもしれないもん」

「そう……なのか?」

 これは魅咲の口からは聞けなかったことだ。一条の〈異能〉が、二人と引き合わせたというのだろうか。

「うん。わたしが途方に暮れていたときに、二人が助けてくれたの。わたし、この力は神様が与えてくれたギフトなんじゃないかって思ってるんだ」

 クレープの包み紙をくしゃくしゃに丸めながらそう言う一条は、たぶん笑っていた。俺の位置からだと逆光になっていてわかりづらかったのだが。


 後になって、何かの折に高原からこんな話を聞いた。

『イギリス人とドイツ人の感覚の違いって面白いよね。英語のgift(ギフト)って“贈り物”って意味じゃない? でも、同じ語源のドイツ語のGift(ギフト)はさ、やっぱり元々は“贈るもの”って意味だったらしいんだけど――』

 まったく関係のない文脈であるにもかかわらず、高原の講釈で俺はなぜかこの日の一条の言葉を思い出したのだった。

『――“毒物”っていう意味なの』

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