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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
12/106

2-8

 あの男の言葉通り、来栖は二日後には学校に来た。いつの間にかクラスみんなで出迎えるみたいな雰囲気になっていた。皆を代表して「おかえり」の挨拶をしたのは高原だった。

 その頃には高原の傷はだいぶ癒えていたが、何か察するものがあったのだろう、来栖は高原に抱きついて泣いた。

 一方、保奈美とその家族は急に海外に引っ越すことになった。父親の異動らしいが、原因はおそらく別のところにある。保奈美からのメールには、東ヨーロッパのどこかとしか書かれてなかった。『ごめんね、セースケ。バイバイ』と結ばれたメールに、胸が痛んだ。

 保奈美の性格からすればずいぶんと素っ気ないように思われた。高原が魔術師だった時点で、俺がグルだったことに薄々勘づいていたのかもしれない。


「無事、解決したんだ」

「無事じゃねーけどな」

 来栖が復帰した日の放課後、魅咲(みさき)が俺の部屋を訪れた。一ヵ月あまりでだいぶ散らかった部屋の様子にひとしきり顔をしかめられた。原因の多くは次々に機材やレコードを持ち込む武藤にあるのだが。

「男やもめになんとやら、だね」

「……お前も古いな。高原のこと言えないじゃんかよ」

 勧めた座布団に、魅咲はスカートを気にしながらちょこんと座った。それから、持参してきたコンビニのビニール袋から、ジュースといくらかのお菓子を取り出す。幼馴染を部屋に連れ込むことにドキドキした俺だが、蓋を開けてみるとあまりそういう雰囲気ではなかった。

「事件解決のお祝いとお礼に、あたしが手料理でも振る舞ってあげようかと思ってたんだけど、あんたのキッチンのありさま見てやる気なくしたわ。少しは掃除しなよ」

「お前、料理なんてできねーじゃん」

 俺はちゃんと知ってるんだからな。ていうか、せめて食材を買ってきた上で言うべき台詞だろう。

 ――そだね、と魅咲はどこか弱々しく微笑んだ。

「あたしは詩都香(しずか)みたいにはなれないよ。料理だってほとんどできないし。今回のことも、あたしはしのぶの無実さえ晴らせればそれでいいと思ってた。あんな風に、ハメた側の子のことまで考えてふさぎ込んでやるなんてこと、あたしにはできない」

 コップある? と問われ、俺は立ち上がった。備え付けの食器棚から取ってきた二つのコップに、魅咲がオレンジジュースを注いだ。

「んじゃ、乾杯」

「ああ……」

 ちん。ガラス同士が触れ合うと軽い音。魅咲はぐいぐいっ、と一気に中身を飲み干した。いい飲みっぷりだ。

「さっきの話だけどな」お代わりを注ぐ魅咲に声をかけた。「いいんじゃねーか、魅咲はそれで。みんながみんな高原みたいだったら、気を遣わなきゃいけなくてちょっと疲れる。今回のことでは俺もだいぶ参らされたけどさ、それだって高原じゃなくてお前とだったら、もっとこう、痛快にやれたのかもしれない」

 高原の笑った顔は人をどきっとさせる。高原のウブな反応は人を面白がらせる。高原は他人のために泣き、他人のために怒る。そんな風に高原が泣けば誰もがおろおろし、高原が怒れば自らも気を昂ぶらせる。普段は冷静で狡猾な仮面をかぶることで自ら何重にも歪ませているし、誤魔化すように漫画やアニメのセリフを使うことも多いが、あいつの本質は周囲をも巻き込む真っ直ぐさなのかもしれない。俺は今回の件でそれを思い知った。

 ……だけど、ひょっとしたらそれは、周りの人間に安らぎを与えるような資質ではないのかもしれなかった。

「うーん、やっぱあんたと詩都香、似た者同士かもね。――でも、むふふふ、詩都香よりもあたしと居たい、って言っちゃうんだ?」

「そんなんじゃねーよっ」

 悪戯っぽい魅咲の言葉を、俺は即座に否定した。

「ていうかお前、そんなこと言いに来たの?」

「ううん、手料理を振る舞いに来たって言ったじゃん」

「嘘吐け。……あ、んじゃ、ちょっと休んでく? うちのベッド狭いけど」

「ばっ! ばーか。あたしはそんな安い女じゃないっつーの。つかあんた、場の空気を変えるためにとりあえずセクハラに走るその癖、治しなよ。引出しが少なすぎ」

 そう言う魅咲の頬はほんのり朱に染まっていた。ちいとばかしネタが露骨すぎたか。それにしてもこいつ、意外と俺のこと見抜いてるんだな。

「それから、詩都香にはあんまりやらない方がいいよ。あの子、ああ見えてというか見た目どおりにというか、なかなか潔癖なところあるからね」

「アドバイス遅えよ。もうやっちまったっつーの。グーで殴られたわ」

 だが、あの公園の出来事は選択肢をミスったわけではない。……ないと信じたい。

「……あんたほんとバッカじゃないの? ……まあでも、あの詩都香がセクハラされてグーパンチで手打ちってのは珍しいも。あれは絶対結婚するまで純潔守るタイプだわね」

「その辺り、お前はどうなん?」

「~~~~っ! だーかーらあ! それをやめろっつってんのっ!」

 俺としてはお約束のつもりの茶々入れだったのだが、魅咲はさっきとは比べ物にならないくらいに狼狽した様子を見せて赤面した。普段の態度とは裏腹に、こいつも十分潔癖だよなぁ。

 俺は居住まいを正し、ぷりぷり怒る魅咲に正面から向き直った。

「話があるんだろ?」

 魅咲はジュースを一口含んでからうなずいた。

「……うん。このままじゃあんたも消化不良じゃないかって思ってね。教えてあげる。あたしたちのこと、それから魔法のこと」

 ――ほとんど詩都香の受け売りだけど、と前置きして魅咲は語り出した。

 こうして俺は、魅咲の口から魔法の基礎知識とそれを統制するリーガという組織、そして彼女たち三人のこれまでの戦いについて聞かされたのだった。

 

 魔法の歴史は人類史と同じくらい長いそうだが、ここ五百年ほどの間は〈連盟(リーガ)〉を名乗る組織の統制を受けている。正式名称は〈悦ばしき知識の求道者連盟〉。スペインの片隅で生まれたこの組織は、いくつもの同種の組織をあるいは壊滅させ、あるいは併呑し、現在では世界の魔法技術を一手に握っている。

 その任は魔法の発展と秘匿であり、世界のあるべき秩序の維持である。そしてそのために、彼らは歴史さえ動かしてきた。

 十七、八世紀の啓蒙思想の普及、ヨーロッパ諸国の世界進出、そして産業革命――その全ての裏で彼らが糸を引いていたというからにわかには信じがたい。

 そうやって彼らは魔法などという非合理なものに人々の目が向かないように、全世界を合理化してきた。この二世紀の間に世界は急速に便利になった。次々に不可能を可能にする魔法のような科学技術に、世界は酔い痴れた。だが、本物の魔法との隔たりは、まだまだ埋まっていないのだ。

〈リーガ〉はまた、同じ目的のために、組織に属さず魔力を使う異能者や魔術師の処分も行っている。その際には、その相手と同等か若干上の実力を持った魔術師を派遣する。そうやって下級の構成員に実戦経験を積ませ、組織のボトムアップを図っているのだ。派遣された魔術師が力及ばず戦死しても痛くも痒くもない。その程度の手駒、リーガにはいくらでもいる。

 高校入学直後の四月、この街に住むとある魔術師に才能を見出された高原は、魔法の手ほどきを受けた。その際、師からは「〈リーガ〉には従っておけ」というアドバイスをもらっていたのに、彼女はそれを無視した。人間の自由意志を(なみ)するかのような〈リーガ〉のやり方に、反発を覚えたのだ。

 そしてそれから、〈リーガ〉から派遣されてくる下級魔術師との戦いが始まった。高原は覚えたての魔法で、かろうじてこれを撃退し続けた。学校ではまったく変わった様子がなかったのに、裏でこんなことをしていたという高原に、俺は呆れた。

 魔法の統制と発展を至上命題とする〈リーガ〉には厳格な戒律があり、所属する魔術師にその遵守が求められている。すなわち、魔法の存在を世に漏らさない、魔力を使えない一般の人間に必要以上の危害は及ぼさない、そして――魔法の発展のためと称してこれが一番厳しく戒められていることなのだが――人質をとるなどの手段を用いることなく、相手が抵抗可能な状況で戦う。高原が優等生のポジションを維持して学校に通いながら戦えたのは、相手のこうしたルールに由るところも大きいのだろう。

 しかし、その月の内に事態は急変した。たまたま接触を受けた一条が――魅咲はその理由までは教えてくれなかったが――〈リーガ〉から狙われ始めた。戦いが己一人の手から離れたことを悟った高原は、一条を守るため、小学校からの親友でほとんど人外の強さを秘めている魅咲に助力を求めた。魅咲は一も二も無くこれを承諾。高原と、魔法を教えられた魅咲と一条は、こうして三位一体のチームを組むこととなった。

 そして、今にいたるまで、高原たちと〈リーガ〉から派遣されてくる刺客との戦いは続いている。


「なんで俺にそんなこと教えてくれんの?」

 最後に俺はそう訊いた。「魔法の存在を世に漏らさない」という掟からすれば、魅咲はまたひとつ、奴らにとっての罪を増やしたことになる。

「……うーん、まあ、あんたには知っていて欲しかったから、ってとこかな。あいつらのやり方はわかったでしょ? この先あたしたちが負けたら、三人まとめて事故死で処理されるかもしれない。『女子高生三人無免許で暴走――若さゆえの過ち』とかね。詩都香は平気な顔してるけど、あたしはちょっとやだな。だから、誰かにあたしたちのやっていること、知ってもらいたかったんだ」


 部屋を辞し家路につく魅咲を見送りながら、俺はぼんやりと考えた。

 ――俺はまたこいつに置いていかれるかもしれない。

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