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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
11/106

2-7

 どうにか門を乗り越えてこっそり忍び込んだ事務所内は無人だった。代わりに、壁一枚隔てた工場の方から言い争う声やら金属同士の衝突音やらが聞こえてくる。二つのスペースを繋ぐドアが派手に吹き飛んでいた。

 ドア枠に身を隠しながら窺えば、工場の中は超能力戦闘の真っただ中だった。

変身(メタモルフォーゼ)〉を解いた保奈美が念動力で浮かせた大小さまざまな物品を飛ばして攻撃をしかけるが、高原は飛来するそれを瞬時に自分の力場の支配下に置く。その処理が追いつかなくなると、考えられないような敏捷性でかわしてみせる。ひと跳びで優に五、六メートル。しかもひねりを加えたムーンサルトだ。ましらのごとき身のこなし、などという生易しいもんじゃない。

「何よそれ! あんた化け物なの!?」

 保奈美が悲鳴に近い声を上げた。

「――身体能力強化の魔法。込めた魔力の量に応じて、自分の元々の能力を何倍にも高められる。習得さえすれば、あなたもこれくらいできるようになる」

 高原はクールな顔を崩さない。

「――これなら、どうだっ!」

 保奈美の声に応じて、高原の周囲を囲むように、ハサミやら鉄くずやら事務机やらベルトコンベア(!)やらが浮いた。

「かわせるもんならかわしてみろ!」

 四方八方から迫りくる数々の物品に対し、しかし高原は微動だにしなかった。飛んできたものすべてが、その体の手前一メートルほどで見えない何かにぶつかって砕けた。

「――防御障壁。平たく言えばバリアね。戦闘を生業にする魔術師の基本中の基本。わたしが使えるのは一番シンプルなヤツだけだけど、色々種類があるみたい。特定の魔法だけに反応したり、相手の魔法の魔力を吸収したり。最近わたしが研究してるのは放射熱を遮れる障壁。あれ、熱くてさぁ」

 なぜか魔法の講釈を垂れながら、高原は防御障壁に阻まれて真っ二つに折れたベルトコンベアに右手の人差し指を伸ばした。親指を垂直に立てたいわゆるピストルの形だ。

「――そしてこれが攻性魔法。単純で、何のひねりもない、全然魔法っぽくない魔法」

 指先からスイカ大の火球が放たれ、ベルトコンベアの片割れに着弾。鉄とゴムの塊が派手な爆炎を上げて四散した。勝手に設備をぶっ壊しちゃまずいだろう、と俺は遅ればせながらに不安になったが、高原が言っていたのはこれを見越しての「裏工作」だったのだろう。

 保奈美はよろよろとへたり込んだ。

「……わかったでしょ? 〈異能〉の力だけじゃ魔術師には勝てない」

 冷然と言い切る魔法少女に対し、力の違いを見せつけられた保奈美は怯えた目を向けた。

「あんた、あたしを殺しに来たの?」

 高原は表情を緩めて首を振った。

「わたしはあなたを助ける気で来たんだよ。あなたはわたしなんかよりももっともっと恐ろしい相手から狙われている。もう接触は受けてるんでしょ? ――奴らから」

 保奈美は怯えた目をしたまま固まっていたが、やがて心当たりに到ったのか、大きく二度うなずいた。

「……半年くらい前、この力が使えるようになって少しした頃……。その力は二度と使うな、それが嫌なら何とかっていう組織に入れって。でも、そんなのわけわかんないし、あたし、普通の高校生でいたいし……。この便利な力を使って楽しく生きたかった」

「第一の警告ね。小さなことなら見逃してもらえるだろうけど、事件を起こしたのはまずかったわね。――ねえ、そこのあなた! いるんでしょ!」

 高原があさっての方向に声をかけた。

 それに応じて、奥まった暗がりから一人の初老の男が姿を現した。時代がかったダークスーツを身にまとっている。この男がいたことに、俺はまったく気づかなかった。

 見つかってしまったことに困惑した様子もなく、男は口を開いた。

「〈モナドの窓〉を開くことができる魔術師か。今回のターゲットはお前ではない。見逃してやるから失せろ」

 感情の起伏を感じさせない、低いがよく通る声だった。

「あれれ、わたしのことご存じない? この地方の魔術師としては、そこそこ名前が売れてるものだと思ったけど」

「……そうか、お前は――」

 その後は聞き取れなかった。外国語だった。

「勝手にそんな名前つけられてるんだ。……まあいいや。じゃあ、わたしのついでにこの子も見逃してあげてくれないかな。些末な事件じゃない。あと、来栖さんのことも。冤罪をかけられた人間を一人見逃させるくらい、あんたたちの組織の力なら容易いでしょ?」

「馬鹿な。そんなことをしてこちらに何の得があるというのだ」

「デメリットを回避するのもメリットの内でしょう?」

 高原は鞄から紙を一枚取り出した。何が書いてあるのか、俺の位置からはまったく見えない。

「最近何かと物騒だからね。個人店主が設置する防犯カメラもあるわけ。この映像を提出したら、かえって面倒なことになるんじゃないの?」

 そう言うと、高原はその紙を放った。念動力を作用させたと見え、A4くらいのその用紙はふわふわと相手の手元まで飛んでいく。

 受け取った男はしばらくその紙を睨んでいたが、やがてくしゃっ、と丸めた。

「……あまり調子に乗るなよ? お前も一緒にこの場で排除してもいいんだぞ?」

「そんな指令受けてないでしょうに。それに、異能者の始末のために派遣されたあなたが、魔術師と戦えるの?」

 高原は一歩も引かない。だが、よく見ればその体は微かに震えていた。

「――試してみるか?」

 相手も高原の力の程を慎重に見極めているようだ。

「……面倒だけどね。それじゃ、やり合う? 言っておくけど、容赦しないわよ?」

 高原は大儀そうなポーズをとってみせた。その眼前に、辺りの薄暗がりよりもなお暗い円形の闇が口を開けた。高原はその中に片手を突っこみ、大きな黒い布を引き出す。

 かぶった帽子の折れ曲がった山を気にしながら、高原がさらに脅しをかけた。

「――念のため聞いておきたい。あなたのお葬式は何宗で出せばよいのかな、下っ端魔術師くん?」

 どこかで聞いたような台詞だが、思い出せなかった。高原のクールぶった態度が人見知りの裏返しなのだとしたら、この手の台詞は自分の弱さを全部呑み込んで奮い立たせ、外界と対峙するための鎧なのかもしれない。

 そして驚くべきことに、この強気の台詞は一定の効果を挙げたようだった。高原がその珍妙な“戦装束”を纏う間、相手の方は一歩も動かなかったが、やがてふと緊張を解いた。

「……しかたがない。この場はお前に任せよう。警察にも働きかける。だが、言っておくがその娘の処分は保留だ。罪は決して軽くはない」

 そう言い捨てて、男はまた闇の中に溶けるように消えた。

 事態の推移に取り残されたのは、本来ここで始末されるはずだったらしい保奈美と、まったくの部外者であり今なお身を隠したままの俺の二人だった。

 高原は完全に放心状態の保奈美に歩み寄ると、腰を落して話しかけた。

「今井さん、話は聞いてたでしょ? これからあなたは、罪の軽重に従って奴らに裁かれるかもしれない。わたしがあなたに味方したという事実が、有利に働くか不利に働くかは五分五分。でもね、ほんの少しでも嫌な感じがしたら……」高原は自分の髪の毛を一本抜いて手渡した。

「この髪を思いっきり引っ張って切っちゃって。すぐに駆けつけるから」

 呆けてたままそれを受け取った保奈美が、高原の顔を見上げた。

「……どうして?」

「ん?」

「どうしてあたしのこと心配してくれるの? こんなに殴っちゃったばかりなのに……」

 そうなのである。正直、ここまでのところ俺を一番驚かせたのは、保奈美の大変な才能でも、魔術の持つ底知れぬ力でも、“組織”とやらの構成員の乱入でもなく、高原の顔であった。保奈美からこっぴどく殴る蹴るの暴行を受けた高原の顔は、一日経ってあの美形の面影もなく腫れ上がっていた。

「なはははは、このくらいの怪我、なんでもないよ。わたしは魔術師。怪我をするのなんて慣れっこだし、治癒の魔法くらい使えるんだから」

 保奈美に責任を感じさせないようにだろう、高原は頭を掻いて笑った。

 ――嘘を吐くな、だったらとっくに治してるはずだろう、と言いたかった。

 工場内に保奈美を一人残し、高原は外に出ていく。

 俺も保奈美に気づかれないように気配を殺しながら事務所の扉から出た。


 前を行く高原がふと立ち止まってほっと息を吐いた。

「あー、おっかなかった。あいつらと対峙するのって疲れる」

「さっきの台詞ってなんだっけ? 葬式がどうこうってやつ」

 いや、ほんとのところ、こんなことが聞きたいんじゃないんだけど。

「なに三鷹くん、にーいちきゅーきゅーから入った世代? それともキムタク?」

 あー、元ネタ思い出した。ていうか俺とお前は同世代だろ。

「さっき持ってた紙は……」

「来栖さんのアリバイの証拠。犯行のあったはずの日時に別の場所を歩いてるとこ。本人から話を聞いて、ユキさんに当たってもらったの。あれはあれで夜遊びの証拠になっちゃうから、捜査当局には提出しづらかったんだけど。ま、あの“組織”はこの手の事件をもみ消すのがお家芸みたいなもんだし、来栖さんは大丈夫でしょ、きっと」

「……組織って、お前もその一員なのか?」

 本当に尋ねたかったのはこちらである。

 高原はかぶりを振った。

「ううん、わたしはあいつらの敵。さっき保奈美さんが言ってたでしょ? 勧誘されたって。わたしもその勧誘を断ったの。その上で魔法を使ってる。あいつらはそういう存在を認めない。おかげでわたしはあいつらのこの辺りのブラックリストで二番目か三番目」

「敵対してるって……お前、さっきの奴が来るの織り込み済みだったみたいだけど」

「三鷹くんもなかなか鋭いじゃない。うん、あいつらが介入してくるの期待してた。今井さんが来栖さんに罪をなすりつけた時点で動くだろうとは思ってたけど。あんま時間もなかったし、ちょっとつついてやったわけ」

 高原はいたずらを見とがめられた子供のような表情で言った。たしかに、学校側がそろそろ来栖の処分を検討してるという噂が立っていた。

「来栖さん、こう言うのもなんだけど、あまり素行のいい方じゃないし、一度処分が下されたら無実が証明されても撤回されるかわからないから」

「じゃあ、保奈美の尻尾を押さえて警察に突き出すとかそういうプランじゃなかったのか」

 高原は証拠を握るために保奈美に能力を使わせたわけではなかった。もう一度あれを使わせることで、あの魔術師を呼び込んだのだ。

「当たり前でしょう? 指紋も監視カメラの映像もあるのに、今井さんが自首したところで誰が信じるの?」

「警察であの能力を見せて……じゃダメか、やっぱ」

「そんなことをしたら、今度こそ今井さんは殺されるわ。でも、今ならたぶんまだ間に合う。些細な事件で終わってる内に、世界中に影響力のあるあいつらを動かす――これが、わたしの考えついたたった一つの冴えたやり方」

 気がつけば工場の門の所まで来ていた。そこで高原は俺に片手を差し出してきた。

 ――なんだ?

 訝しみつつ、その手を取る。

「しっかりつかまっててね。跳ぶから」

 腕が引っ張られたと思ったら、浮遊感が襲ってきた。視界がぐんと開けた。高原が俺ごと跳躍したのだ。

「お、おわっ」

「ちょっとっ。危ないなぁ」

 着地の際によろけてしまい、脇から支えられる羽目になった。不意討ちすぎるんだよ。

 俺たちは少しの間手を繋いで歩いた。今日は色々なことがあったせいで、その幸運に気づいたのは後になってからだった。

「……お前はこれからもあいつらと戦うのか?」

 歩き始めてしばらくしてから、高原の手の震えがようやく収まった。そのタイミングで俺は尋ねた。

 ――そう、それまで高原は震えていたのだ。本当に怖かったらしい。俺の手を放さなかったのもたぶんそのせいだ。

 それなのに、高原はまだ戦うというのだろうか。

「まあね。引けない理由もできちゃったし。あいつらのリストの一番上はね、伽那なの」

 爆弾発言だ。一条が狙われている?

「なんでだよ? 一条なんて、人畜無害の極みじゃないか」

「これ以上は教えられない。関係者と見られたら、三鷹くんも危ない目に遭うかもしれないし。……じゃあ、今日はこれで解散ね」

 高原はそう宣言して俺の手を放し、先に立って歩き出した。すぅ、っと辺りの空気が静謐さを取り戻した。〈モナドの窓〉を閉じ出たのだ。

 解散と言っても、途中まで方向は同じだ。高原の歩みはそんなに速くないので、すぐに追いついた。と言っても隣を行くことはできず、少し退いた形だったが。


“たった一つの冴えたやり方”、ねぇ。

 前を歩く高原の背中を眺めながら、俺は考えてしまう。

 下心ありの俺や原因を作った保奈美はともかく、お前自身が傷つかないやり方、思いつかなかったのか?

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