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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第六幕「瓜生山 その二」
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18.「人の世に」〜そして、ふたつめ

 気がつけば、俺は草地に一人倒れていた。

「ここ……?」

 呟くと同時に、急速に記憶が蘇ってくる。ちゃんと覚えてる。ここは、瓜生山(うりゅうやま)の山頂の手前の空き地だ。

 辺りを見回す。俺の原付は片隅に倒れていた。それから、不法投棄の品々もある。

 そういえば、別れ際に一条が何か言ってたな。「あの空き地に」とか何とかって。

 それはすぐに見つかった。記憶の隅に引っかかっていたのかもしれない。大型の薄型テレビに貼り付けてあった紙片。それは、白い封筒だった。表には、「三鷹誠介様」としっかり宛名が記されていた。

 俺は封筒をズボンのポケットに入れた。今読んでいる暇はない。

 あの時よりももっと急いで、魅咲(みさき)には負けたものの学年二位を叩き出した脚をフル回転させて、山頂に駆けつけるつもりだった。

 が、数歩駆け出した時点でその目算は頓挫した。靴底が破損しているせいでまったくスピードに乗れなかったのだ。


 おそらくあの時より二、三分遅れて、俺はその場にたどり着いた。

 瓜生山の山頂には、やっぱり高原ひとりが立っていた。大きな帽子をかぶり、黒マントを風になびかせた格好で。

 のんきな会話をしている余裕はなかった。声の限りに叫んだ。

「高原あぁッ! 攻性魔法が来るっ! 防御障壁を張れ!」

 高原がぎょっとしてこちらを振り向いた。

 俺が彼女のかたわらに駆けつけた直後。新兵器の人工翼に精神を潰された〈ノウム・オルガヌム〉(だったよな、たしか)が、やはりあの時と同じように絶叫しながら極大の火球を放ってきた。

 それを察知して、高原が正面に向き直り、防御障壁を展開する。

 二つの魔法がぶつかり合い、またもや強烈な放射熱が俺のところにまで届いてくる。思わず地面に伏せた。

 おかしいだろ。過去は変わったんじゃなかったのか。一条の言ってたタイムラグって奴か? だけどこのままだと俺はまた高原の魔法で――。

 そこで俺は重圧に耐えて必死に魔力を持続させる高原を見た。こっちに目もくれない。守るべきもの――恥ずかしながら、俺だ――に敵の魔法を届かせないために、限界まで集中している。

 と、高原の髪が青く輝き出した。

 その光景と体を襲う熱に、俺の焦りは頂点に達しようとしていた。

 高原は無言のままだ。きっと夢中で魔法を組み立てている。それがいかなる結果を呼ぶかも知らずに。吹きすさぶ空気の渦が長い髪とマントと短いスカートをなぶって……

 ――そうだ!

 俺は折り畳んでポケットに突っこんであった黒マントを引っ張り出した。未来の高原が「気休め程度だけど」と俺に渡したマント。それを広げ、体を丸めてくるまった。

 強烈な放射熱が遮られ、俺はわずかながら余裕を取り戻すことができた。

 ——さて、どうする? まさかのループものか? 俺はこのまままた未来に飛ばされて、過去を変えるための手立てをもう一度探すのか? ……冗談じゃない。あんな想いは二度とはごめんだ。

 いや、一条が言っていたじゃないか。条件がどうたらこうたら、って。もう揃っているはずなのだ。

 あとは……考えろ。考えてそれを活用するだけだ。

 このマントだってきっとその条件とやらのひとつだ。俺が思考をまとめる余裕を取り戻すための。一条が訝しんでいた、あの戦闘中に変わったことというのは、ひとつにはこれだ。

 俺はジャケットのもうひとつのポケットに手をやった。

〈ザラスシュトラの盃〉——「本当に叶えたい願いがあるときに迷い込むお店」で、もみじが俺のために買い求めてくれた魔法道具。

 こいつこそがキーアイテムだ。

 使わせてもらうぞ、もみじ。

 その銀の盃を左手に握りしめ、俺は幾つかの名前を一息に呼んだ。

 不実なことだったろうか。……そうかもしれない。それでもやはり、俺はまだ自分の本当の気持ちに向き合うのを怖れていた。

 そのどれに反応したのかはわからない。にわかに世界が開けた。

 奇妙な万能感に襲われた。今の俺になら何だってできる——そんな気がした。これが、魔術師の具えた〈器〉ってわけか。

 だけど何かが欠けている。満たされたい、と切に願った。充足への渇望が、俺の右手を前へと誘った。

 長い髪を青色に点滅させた高原。魔力は十分なはずだ。同じ魔法は重ねがけできないという縛りが、今の彼女を窮地に立たせている。

 俺はそのふくらはぎにそっと指先で触れた。

 彼女の髪色が一瞬だけ元の黒に戻る。

 俺の空っぽの〈器〉に、溢れんばかりの力が流れ込んでくる。

 体に走った衝撃も、これまでで最大のものだった。眼球の奥がチカチカしたが、頭を振って正気をつないだ。

 最後の条件だ。

 ——俺が自分の異能の強まりを認識したこと。

 魔法なんて使ったことはないが、あの夜に幻視した高原の精神の作用をなぞって再現してやればいいだけだろう?

 俺は生まれて初めての魔法を行使した。

 ——防御障壁。

 高原の展開したものの内側に、もう一枚張ってやる。

「なっ!?」

 無我夢中で、俺が魔力を吸い取ったことにも気づかなかった高原が、驚いた顔でこっちを振り返る。その髪も瞳も、黒に戻っていた。

「高原! 三秒もたせる! そいつを引っ込めてもっと強力な障壁を張ってくれ!」

 高原は顔に驚愕の色を貼りつかせたまま、それでもうなずいた。こういうときには切り替えが速くて助かる。

 高原の張った障壁がかき消え、負担は俺に回ってきた。

「ぐっ、ぐうぅおぉぉ!」

 キツい。精神が根を上げそうになる。魔法ってこんななのかよ。

「誠介くん! お待たせ! 五秒もたせる!」

 気が遠くなるような三秒が過ぎ、高原が防御障壁を再展開。俺にかかっていた重圧がふと消失した。

 次は俺が準備する番だ。もっともっと、もっと堅固な障壁を……!

 五秒が経過し、防御障壁の担い手がまたも交代する。精神が押しつぶされそうになり、声が漏れた。

 だけどその一方で、俺はぞくぞくするような昂揚を感じてもいた。

 すげえ。俺は今、あの高原と共闘している。これだって立派な“合体魔法”だろ、なあ高原?

 俺にもやっと、一条のしたことがわかりつつあった。

 いくらなんでももう来ていいはずだ。このありさまではもう次の障壁を張れるかわからない。

 防御障壁を支えながら、俺は胸の中で叫んだ。

 やれ、高原――未来の高原! 十年分のお前の苦しみとお前の悲しみとお前の孤独を、全部ぶつけてやれ!

 魅咲や一条はああ言ってたけど、お前だって本当は過去を変えられるんなら変えたかったんだろ?

 だってお前、俺の夢の中じゃいつも悲しそうだったもんな。お前の毀れた〈器〉から漏れた魔力は、きっと俺に影響与えてたんだよ。

 それに、俺の前で何度も泣いてたじゃねえか。お前にゃ似合わねえんだよ、そんなの。

 くだらねえ意地張ってんじゃねえよ。せっかくそれができる力を得たんだ。変えられるんなら変えてやれ。

 お前は決して満たされることのない底抜けの器だ。「これでいい」だなんて現状に自足するのは、お前の本性じゃないだろうが。

 ――さあ、せっかく一条がお膳立てしてくれたんだぜ? 行け、高原詩都香(しずか)

 目の前の高原が防御障壁を展開した。

 あふれる想いが込み上げて、とうとう俺の口から噴出した。

「ぶちかませ、詩都香ああぁぁぁーーーーッ!!」

 そのときだった。

 異状を感知して首を巡らせた視線の先で、突如として空が奇妙に歪んだかと思うと、その中から強烈な光の束が出現した。俺と高原の左後方から飛来したその白い光線は、高原が張った防御障壁をかすめて蒸発させた。さらに、〈ノウム・オルガヌム〉の攻性魔法をも易々と吹き散らして発射源に命中。山肌を削り取りながらそのまま彼方へと消えて行った。

 その余波にひとしきりなぶられた後、ふらふらとしゃがみ込んだ高原は、呆然と俺の顔をふり仰いだ。

「誠介くん……。今の、あなたがやったの?」

「まさか。お前の仕業だよ」

 高原はまだ何か言いたそうに口を開いたが、直後にその頭がかくんと落ちた。さっきやりかけた〈超変身〉の後遺症だろう、目を開けたまま眠ってしまったかのようだった。

 嘯いた俺の方も、実は半ば腰を抜かしていた。

 ……ああ、一条。

 ――一条、お前はうまくやったよ。後でハグしてやる。

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